[注目タイトル Pick Up] “コロナ禍の都市封鎖をテーマにしたジャー・ウォブルのシングル・シリーズがアルバムに / シフの求める繊細で溌剌としたブラームスに共感する奏者たちの姿が見える
掲載日:2021年6月22日
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注目タイトル Pick Up
コロナ禍の都市封鎖をテーマにしたジャー・ウォブルのシングル・シリーズがアルバムに
文/國枝志郎

 コロナ禍によってイギリスは昨年3月に最初の都市封鎖(ロックダウン)を導入したが、1年が経過してこの3月から段階的緩和策が進められ、6月21日にはほぼすべての社会的規制がなくなる予定だった。しかし、感染力の強いデルタ株(インド型)の影響で減少傾向にあった新規感染がまたもや増加したため、7月19日までは既存の規制が続くことになったという。これにはイギリス国民もさぞかしガッカリだろうと思うが、中でもジャー・ウォブルはもっともがっかりしているだろう。なんせ彼は6月4日に英チェリー・レッドから『End Of Lockdown Dub』というタイトルのアルバムをリリースしたばかりなのだ。
 ジョン・ライドン率いるパブリック・イメージ・リミテッド(PiL)のベーシストとして知られ、その後脱退してインヴェイダーズ・オブ・ザ・ハートやソロ名義での幅広い活動を繰り広げるイギリスきっての名ベーシストにしてダブ・ミュージシャン、ジャー・ウォブルは、ここ数年自作をBandcamp上で発表することが多くなった。Bandcampのジャー・ウォブルのページには、すでに50タイトルもの作品がアップされているが、その中の多くがロックダウン以後にリリースされたものである。2020年4月12日にシングル「Lockdown」が登場。以後この「Lockdown」はシリーズ化され、6月7日発売の「Lockdown7(Reprise)」までほとんど間を空けず発表された。興味深いのはそれぞれのトラックに添えられた短い文章で、たとえば「Lockdown2」には“ロックダウン・アルバムを作るかも”と書かれ、「Lockdown4」になると「私は“闘争心”を失っている。ロックダウンに関して私は徐々に“あきらめ”を感じ」、「Lockdown5」では「録音する前に私は髭を剃り、糊付けされた清潔なシャツを着て、アイロンをかけたネクタイをしめ、自分自身をじっくりと見つめ直し」、「Lockdown7」になると「ロックダウンは終わったと思ったが、そうでないことに気づいた」と、ジャー・ウォブルの心の移り変わりが手に取るようにわかる文章になっているのである。「Lockdown7」の翌週にリリースされた曲のタイトルは「End of Lockdown Dub」。ここには何も言葉が添えられていない。その曲調はほかのトラックに比べて明るく、前向きな力にあふれているのだが、残念ながらロックダウンは終わらなかったことを考えると、これは諦観の裏返しなのかもしれない。彼はその後も毎月のようにシングル・トラックをアップしたが、それらをまとめたのがこのアルバム『End Of Lockdown Dub』である。タイトル・トラックでスタートし、最後は自身の誕生日を祝うトラックで終わるこのアルバムは、この1年でジャー・ウォブルのみならずあらゆる人類が過ごしてきたこの不自由な状況を反映した、なんとも複雑な感情を捉えている。とはいえ、難しく考えることなく、この深い低音と美しい旋律をハイレゾ(44.1kHz/24bit)で楽しむだけでも全然OKだ。


 コシミハルのハイレゾ! これは驚き、そして嬉しいハイレゾ・リリースだ(48kHz/24bit)。ピアノを弾きながら歌うシティ・ポップ・シンガー、越美晴として1978年にデビューしながら、80年代に入ると当時世界的に流行しつつあったテクノ・ポップやニューウェイヴの洗礼を受け、1983年にYMOの細野晴臣がアルファレコード内に立ち上げたYENレーベルに移籍。細野晴臣のプロデュースでアルバム『チュチュ』を発表し、テクノ・ポップ歌謡の旗手として独自のポジションを獲得したシンガーである。アルファレコードではもう1枚、細野のプロデュースによるアルバム『パラレリズム』をリリース。その後、細野とともに細野がテイチクレコード内に新たに設立したノン・スタンダード・レーベルに移籍したため、結果的にアルファレコードには短期間の所属となったが、やはり現在まで続く彼女のテクノ・ポップ歌謡シンガーとしての原点はこのアルファレコード時代であるというのは間違いないところだ。今にして思うと意外とも言えるが、YENレーベル、ノン・スタンダード・レーベル時代を通じて彼女はまだ「越美晴」という名義で活動しており、「コシミハル」というカタカナ表記に変えたのは1989年のファンハウス移籍後。その後YENレーベル時代のアルバムが90年代に再発された際の表記は「越美晴」から「コシミハル」へと変更されている。残念なことにこれら2枚のアルバムは現在は単独のCDとしては入手できず、カップリング・アルバム『エポック・ドゥ・テクノ』(コシミハル名義)があるのみだった。そんな状況の中、突然この6月になって『チュチュ』と『パラレリズム』が、RECORD STORE DAYに向けて細野のプリマスタリングによるアナログLPで再発されるというニュースがあり、それと合わせるようにして『チュチュ』のハイレゾ配信が始まったのだった。配信サイトにはリマスターに関する詳細はなく、「2021 Remastering」としか書かれていないが、細野晴臣がプリマスタリングに関わったというアナログと同じ新マスターが使われているのではないかと推測している。『エポック・ドゥ・テクノ』と比較しても音質のクリアさが際立った印象だ。『パラレリズム』のハイレゾもお願い!


 トム・ジェンキンソン=スクエアプッシャーのデビューは1995年にSpymaniaからリリースされたシングル『conumber e:p』だが、実質的に彼が驚きとともに広く認知されたのはその翌年、エイフェックス・ツインのレーベルRephlexからのシングル「Squarepusher Plays...」と、その1ヵ月後に登場したファースト・アルバム『Feed Me Weird Things』だった。シングル、アルバムともに冒頭に置かれた「Squarepusher Theme」が始まった時、自分が聴いているのはいわゆるUKドラムンベースのはずなのに、ジャズっぽい雰囲気を漂わせたギターとベースの密やかなコード弾きで始まり、やがてせわしないブレイクビーツのリズムが参加し、さらにそこにテクニカルなベース(本人がプレイしている!)が蛇のようにうねりながら動き回るそれはジャズなのか? と思ったことを今でも覚えている。いや、それはもうジャンルを超えていた。衝撃だった。それまでに聴いたこともないような奇矯な音楽を作って我々に衝撃を与えたエイフェックス・ツインですら、スクエアプッシャーの音楽について「今までに聞いたことがないような“音のような音”(sound like sound never sounded before)だ」と評した。その後もスクエアプッシャーはスタイルを変化させながら多くの作品を作ってきたが、デビュー・アルバムの価値はけっして変わっていない。ジャズやダブ、トリップホップ、ハードコア、アンビエント、ファンクを混ぜ合わせる手法はまるで魔法のようだし、それがスクエアプッシャー独自のサウンドへと昇華されている様は空前絶後のもの。その名盤が25年の時を経て、初めてリマスターを施されてリイシューとなった。今回はRephlex(2014年にクローズ)からではなく、その後のスクエアプッシャーの受け皿となり、現在に至るまで良好な関係を築いている名門WARPから。オリジナルのDATからリマスターされ、シングル「Squarepusher Plays...」のB面の2曲をエクストラ・トラックとして加えた14曲入りの完全版。そして今回、初めてハイレゾ(44.1kHz/24bit)での配信も実現した。このアルバムはエレクトロニック・ミュージック史の中でももっとも重要で実験的な作品であり、若きトム・ジェンキンソンがどのようにエレクトロニック・ミュージックの境界を押し広げていったのかを刻印した必聴のアルバムだ。



 1925年に生まれ、デイヴ・ブルーベック・バンドのドラマー兼ヴィブラフォン奏者としてキャリアをスタートさせたカル・ジェイダーは、1950年代から1982年に若くして(享年56歳)コンサート中に亡くなるまで活躍を続けたサンフランシスコ出身のラテン・ジャズ・ミュージシャン。彼の作品はサンフランシスコのレーベルFantasyをはじめVerveなどから膨大なリリースがあり、その作品の一部はアシッド・ジャズ・シーンでも注目され、また日本の選曲家、橋本徹が提唱した「フリー・ソウル」においても彼の作品(『Soul Sauce』や『The Prophet』といった60年代のVerveからのアルバム)は重要な役割を担っていたものである。とは言いながらも、彼のオリジナル・アルバムは現在新品では入手が難しい状態になっていて、『Soul Sauce』も『The Prophet』も今は国内廃盤状態。そんな中、Fantasyから1971年にリリースされたアルバム『Agua Dulce』が突然ハイレゾ化。それだけでも驚くが、なんと96kHz/24bitと192kHz/24bitとアナログ・リマスターならではのハイスペックでの配信というのだから二度おいしいじゃないですか。このアルバムでカル・ジェイダーはローリング・ストーンズの「ギミー・シェルター」を取り上げているのだが、このカヴァーが今聴いてもなかなかのユニークさ。オリジナルよりテンポを上げ、ラテン・パーカッションを前面に押し出したラテン・ジャズ・ファンクは、オリジナルとはまったく違うテイストに変わっているけれど、アルバムの中でこのカヴァーはとくに強調されているというわけではなく、演奏時間も短いし(アルバム中唯一2分台)、全9曲の4曲目に置かれているというのもなんとなくインタールードと思わせてまたユニーク。たった34分しかない全体的にサルサ風味が漂うこのアルバムの、一種のカンフル剤のような意味を持っているような気もするのだがどうだろう。しかしやはりアルバムの白眉はOC&バックワイルドやビートナッツにサンプリングされたラストの「Morning」。このメロウすぎるヴァイヴの響きをハイレゾで聴いていればすべてを許せる気がする。


 2008年に出たカール・クレイグとモーリッツ・フォン・オズワルドによるカラヤン指揮ベルリン・フィルのラヴェル作品の“リコンポーズド(再作曲)”アルバムがその嚆矢だった。クラシック・レコードの殿堂として世界に君臨していたレコード・レーベル、ドイツ・グラモフォン(DG)は、21世紀に入って大きく変わっていった。……巨匠と言われるクラシック・アーティストのビッグネームが次々にレコードを作り、そのジャケットに輝く黄色の紋章から、“イエロー・レーベル”として親しまれてきたこのレーベルは、“ポスト・クラシカル”以後、このジャンルにおけるもっとも活動的なレーベルになった観がある。これはこのレーベルの歴史を考えてみると感慨深い。この老舗レーベルが、前世紀と同じことをやっていては生き残れないと思い、本気で舵を切ろうとしているんだなと思わせるに十分な動きだった。そしてDGは、“リコンポーズド”シリーズに続いてヨハン・ヨハンソンやマックス・リヒター(彼らはあわせて映画音楽の分野でも成功した)、ヴィキングル・オラフソンといったジャンルを横断するアーティストの作品を次々に世に問うようになる。今回取り上げる作品もその流れのひとつではあるが、これはかなりの注目作となりそうだ。90年代に『ツイン・ピークス』の音楽をサンプリングしたテクノ・トラック「Go」の大ヒットで一躍有名になり、その後はメジャーな舞台で大成功を収めているモービーのアルバムがDGからのリリースとなったことにはじつは伏線がある。2018年にモービーは請われてグスターボ・ドゥダメル指揮するロサンゼルス・フィルと共演して話題となったのだが、その公演を聴いたDGのスタッフが楽屋で制作を持ちかけて実現したのがこの『リプライズ』だ。モービー自身がオーケストレーションを行ない、複数のゲスト・ヴォーカリストをフィーチャリング、ヴィキングル・オラフソンも参加し、(残念ながらLAフィルではないけれど)ブダペストのオーケストラの演奏でこのアルバムを作り上げた。デヴィッド・ボウイの「ヒーローズ」のカヴァーという話題もあれど、こうして彼のヒット・ナンバーを豪奢な管弦楽の演奏で聴くと、ジャンルは関係なく、彼の曲の持つ力こそがこのアルバムの持つ魅力につながってくるのだなと思わせる。モービーというアーティストの顔が全面に刻印されたこの作品はやはりハイレゾ(48kHz/24bit)で聴きたい。

シフの求める繊細で溌剌としたブラームスに共感する奏者たちの姿が見える
文/長谷川教通

 このシューベルトはすばらしい! 矢野泰世というピアニスト。バロック・ヴァイオリンの名手ジュリアーノ・カルミニョーラとのデュオは、もう20年にもなる。音楽的な信頼関係は絶対的なものだろう。日本公演でも絶妙なアンサンブルを聴かせていたので、彼女の実力を認識している人も少なくないのではないだろうか。もともとはモダンピアノ奏者だったのだが。イタリアに渡ってピアノフォルテに接することで、その音色と表現の可能性に惹かれたのだという。このアルバムで矢野が弾いているピアノフォルテはシューベルトが使っていたコンラート・グラーフをベースにして復元された楽器で、2011年の製作だという。古いだけの楽器ではない。当時のピアノフォルテにはいろいろな仕掛けがあったようで、なんとペダルは6本も付いている。実際、D.845の第4楽章では太鼓やシンバルの音も入ってくる。面白い!
 ただし、200年近く前に作曲された曲だから当時の楽器で再現する……といったコンセプトではもちろんないし、もしそうだったら「フーン、こんな音だったのか」で済まされてしまう。現代のピアノでは引き出せない表現を「どう音にするのか!」だ。まずソナタD.894「幻想」の冒頭が鳴ったとき……この和音は現代のピアノでは出せない。矢野は中低域の和音のコントロールが絶妙で、やや重くて陰りを感じさせたり、あるときは力強くリズムを前進させたり、シューベルトが響きに込めた表情の変化をみごとに弾きわけている。その響きにシューベルトらしい旋律が呼応するかのように沈み込んだり浮き上がったり、その多彩な表情が聴き手の心を震わせる。けっして過度に歌わせようとしたり感情に溺れたりはしない。わずかにマットなトーンの高音域は、いかにもピアノフォルテらしい素朴さを残したタッチ感で、温かみと優しさを聴かせてくれる。最近のシューベルトのピアノ・アルバムでは出色のアルバムだと言える。ぜひとも全曲に挑んでほしい。


 レディ・アサのデビュー・アルバム。彼はバルカン半島、アドリア海とイオニア海に面したアルバニア、その首都ティラナに生まれた。ギリシャの北に位置し、周囲には北マケドニアやコソボ、モンテネグロなどの国々があり、まさにヨーロッパの火薬庫とまで言われた地域。父はクラシック・バレエのダンサー、母はチェリスト。1977年生まれのレディ・アサは母の勧めで6歳からチェロを学んでいたが、内戦が激化する故国を出ることになる。1990年に、年の離れた兄を頼ってイタリアに亡命したのだ。ティラナ音楽院から貸し出されたチェロとわずかな荷物だけを携えて……。アルバム・タイトルの『The stolen cello』(盗まれたチェロ)には、そうした彼の体験と故国への思いが込めら、歴史に翻弄される人たちの心の叫びが聴こえてくる。
 イタリアでのアサは“盗まれたチェロ”とともに第2の人生をスタートさせた。亡命から約30年、いまやイタリアきっての名手としてルドヴィコ・エイナウディとの共演でも注目を浴びている。アルバムはティラナの東にあるタジティ山への郷愁からスタートする。子供時代はまるで夢の世界のようだ。山から見た故郷の景色、サッカーで遊んだっけ、そして「1990 Autumn Escape」では緊張感をはらんだ曲想と未来への希望とが交錯する。ソロ演奏に多重録音など加えた多彩な音楽でアサの物語が展開する。後半の「The Prayer Of The Moon」「Not Far」は、故郷とのつながりや複雑な心境が映し出されている。ラストの「Morning Breeze」で、透明で曇りのない朝の風を今の自分に重ね合わせているのかもしれない。



 ヨーヨー・マほど、聴いても演奏する姿を見ても、音楽を心から愛して、その愉しさを少しでも多くの人に伝えたい……そんなチェリストは他にいないんじゃないかと思う。新型コロナウィルスによるパンデミックのさなか、ヨーヨー・マはYoutubeに「Songs Of Comfort」として自宅での演奏をアップしてきた。いまやヨーヨー・マのチャンネル登録数は30万人を超える。彼の演奏で世界中の人が慰められ、温かい気持ちにさせられた。それならと、パンデミックで孤独や不安に苛まれている世界中の人々に向けて音楽のメッセージを伝えたい。そんな彼の思いが「Songs of Comfort and Hope」というアルバムになった。2020年10月にボストンで収録された。ピアノは1985年以来たびたびペアを組んできた名手キャスリン・ストット。ジャンルを問わず誰もが親しめる曲が集められ、工夫を凝らした編曲でバラエティ豊か。ヨーヨー・マの奏でる音色がなめらかで優しくて、それに合わせるストットのピアノが何と素敵なことだろうか。録音もいい。音楽ファンはもちろん、オーディオ・ファンにもぜひ聴いてほしい。こういう心のこもった音を再現できてこそホンモノですよ!
 もう一つの朗報は、2020年8月にタングルウッドのセイジ・オザワ・ホールで収録されたベートーヴェンのチェロ・ソナタ全集。ヨーヨー・マと盟友エマニュエル・アックスにとって1981〜85年以来2度目の録音となる。当時の解釈とは基本的な路線は変わらないにしても、なめらかなボウイングから生み出される美しい音色と大きく弧を描くような旋律線にますます磨きがかかり、アックスの温かみがあって懐の深いピアノとが、ぴったりと寄り添うように呼吸を合わせたアンサンブルの成熟度は、おそらく唯一無二の世界だろう。もちろんベートーヴェンの演奏では、より剛毅であったり伝統的な解釈があるのは当然だろうが、これほどイマジネーション豊かで愉悦感が溢れ出すような演奏は他にない。



 えっ、えっ? これってヴィオラ・ダ・ガンバ? 『A Sentimental Journey』と題されたアルバム。聴いたらその華麗さに誰もがびっくりするだろう。バロック音楽で通奏低音を受け持ったり、どちらかといえば縁の下の力持ちといったイメージとは大違い。イタリアのヴィオラ・ダ・ガンバ奏者パオロ・パンドルフォの鮮やかな演奏はもう異次元と言ってもいいくらい。2017年に録音したテレマンの「ヴィオラ・ダ・ガンバのためのファンタジア」は、長い間楽譜が失われていたため作品の存在が謎とされていただけに、なんと280年ぶりによみがえった……と、日本でも話題となったが、何よりパンドルフォの演奏の素晴らしさに惹かれる。
 そして最新録音の『A Sentimental Journey』ではカール・フリードリヒ・アーベルの作品を弾く。アーベルはケーテン生まれで、父はバッハが楽長を務めた頃のケーテン宮廷楽団の首席ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者だったという。息子も当時屈指のヴィオラ・ダ・ガンバの名手であり、作曲家としても知られ、ドイツをはじめイギリスでも活躍した。このアルバムではヴィオラ・ダ・ガンバと通奏低音のためのソナタが収録されているが、その多くは最近発見されたもので、世界初録音となる。さすが名手の作品だけにとてもテクニカルで、これは並の奏者では弾けないのではないだろうか。ところが、さすがパンドルフォ。みずから華麗なカデンツァや装飾を加え、きわめてアグレッシヴなサウンドを発散させる。低弦をグワンと思い切りよく鳴らし、中音域の複雑な音型も勢いよくクリアし、高音域も鮮度が高くて、現代人の感覚にも十分刺激的。これほど色彩感のある音楽が250年前に作られていたとは嬉しい驚きだ。近現代の作品のような大音量によるダイナミックさとはダイナミクスの質が違う。わずかな音量のアップダウンと色彩の変化が生み出すダイナミクスの妙味。これこそハイレゾ音源の醍醐味と言える。


 ブラームスというと、ひげを生やした肖像画を思い浮かべてしまうせいか、老成した印象とか、作品も重厚長大で……と、そんなイメージをもってしまうかもしれない。でもピアノ・ソナタの楽譜を携えてシューマン宅を訪ねたのはまだ20歳の頃で、若々しく颯爽としていたし、そのとき彼の才能に驚いたシューマンは妻のクララを呼んでいっしょにブラームスの弾くピアノを聴いたという。クララもこの若者の溌剌とした姿と才能に惹かれたに違いない。ピアノ協奏曲の第1番はクララのアドバイスも受け、1857年に完成している。まだ20代の半ばなのだ。アンドラーシュ・シフが弾くピアノは1859年頃に製作されたブリュートナーのオリジナル楽器。現代のピアノに比べれば音量も小さいし、キラキラするような輝かしい音色とは違う。ところがこのピアノ、とても芯のある音で、とくに中音域の和音に生成りの美しさがあって、高音域にもまろやかな艶がのって美しい。オケのエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団から、シフは弾き振りで徹底的に意図する音を引き出そうとする。現代のコンサートが巨大化し、オケの規模も拡大し、楽器もパワフルになって、シフが言うように「私たちは重量級のブラームスに慣れてしまってきた」かもしれない。ブラームスの作品はけっして鈍重ではない。もっと繊細で溌剌としている。第1番の第2楽章を聴いてほしい。オケの響きが最高だ。弦のハーモニーに木管がみごとなバランスでのってくる。どの声部にも恣意的な協調感がなく、ピアノとの掛け合いがとても自然。こういう演奏を聴かせてくれると、もう古楽器オケかどうかとか、そいう問題ではない。シフの求めるブラームスに共感する奏者たちの姿が見えるかのようだ。録音はロンドンのアビイ・ロード・スタジオでのセッションだが、ワンポイントで録っているのかもしれない。もちろんピックアップ・マイクは使っているとしても、そのミックス・バランスがとても自然できれいなのだ。第2番も壮大ではあるけれど、けっして老境の音楽じゃない。ダイナミクスなフォルテの中にもフッとでした陰影感が織り込まれていたり、躍動するエネルギーやブラームスならではの深みのある響きに感動させられる。

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