最近、ないな。だからやろう――可能性を実証する入江 陽『仕事』を大谷能生と語る

入江陽   2015/02/25掲載
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 入江 陽の新作『仕事』は、恐らくこれから何年も、何十年も経過しても、日本のブルー・アイド・ソウルの新たなタームを作ったターニング・ポイント作として評価されていくだろう大傑作だ。いや、ブルー・アイド・ソウルという言い方はやや大袈裟かもしれない。平たくいうと、シンガー、歌手。ジャズやファンク、ソウルなどのブラック・ミュージックを下地にした音楽性の上に成立した曲を、マイク1本で魅惑させることができるヴォーカリスト。入江 陽という、実は医師免許も持つ、眼鏡をかけた小柄な男が、そういう可能性を大いに秘めていることを実証したのが『仕事』というアルバムだと言っていい。
 今回のチェンジ&チャレンジに手を貸した、プロデューサーは大谷能生。前作『水』にリミックスで参加するなど交流が進んでいた両者がイチから組んで制作した。その大谷のディレクションで、SIMI LABOMSBShiggy Jr.の池田智子、Yasei Collectiveの別所和洋、てんやわんやの小杉 岳らも参加した今作の作業プロセスなどは以下の対談をぜひ読んでもらいたいが、歌のバッキングという意識を最初から放棄したトラックと、そこに埋没したり出っ張ったりすることを厭わない歌とが織りなすこの破天荒な作品が聴き手の意識を柔軟にしてくれるだろうことは想像に難くない。入江と大谷の手によって、一定の価値観が静かに融解し、次なる価値観を結ぼうとしている瞬間をぜひとも聴き逃さないでいてほしいと思う。
――大谷さんが入江くんを最初に知ったのはいつのことだったのですか?
大谷 「2013年の夏前……5月、6月くらいでしたかね。たまたま横浜・黄金町の〈試聴室2〉にいた時に、そこでかかっていたのかな、入江くんの音源が」
入江 「〈試聴室2〉が前のアルバム『水』をかけてくれていたんですね」
大谷 「僕はロックがあまり好きじゃなく、ブラック・ミュージック・ラヴァーなので、基本的にいまの日本の音楽の多くがダメなんです。でも、入江くんのその時の曲には、コード進行の面でもヴォーカルの面でも、ブラック・ミュージックの要素があるというか、“おっ!”と思えるような部分がいくつもあって。“これは誰ですか?”って訊ねたら新人だって言うから、へえ〜!いいなあって思いましたね」
――日本人アーティストでも、ブラック・ミュージックにアプローチしてヒットさせている平井 堅とか……。
大谷 「平井 堅、好きですよ」
――CHEMISTRYとか……。
大谷 「も、ほぼほぼ好きですね(笑)」
――とまあ、メジャー・フィールドにはそれなりにいるわけですが、インディになるとこれがなかなか出てきにくい状況があります。
大谷 「途端にいなくなるよね。ソウル・シンガー、男性、若手……みたいなので脳内検索してもなかなか出てこない」
入江 「バンドは無数にいますけどね」
大谷 「そうだね。ファンク系とかね。もちろん、何もソウルじゃなくてもいい歌い手はいるんですよ。三輪二郎くんとかも大好きだし、一緒にやったりもするんですけど、ギターを持たないで歌だけでやってるインディの人となると本当にいないでしょ? 結局それって、ポップスというか歌謡曲のフィールドということにもなるんですけど、僕、そういう歌謡曲のフィールドで仕事をしたいって気持ちが前からあるんですよね。音楽ファン云々じゃなくて、ラジオで適当にかかっているような音楽、みたいなね」
direction 副島正紀
――入江くんはそういうところで勝負できるシンガーだと。
大谷 「そうそう。でも、『水』というアルバムはバックトラックに物足りなさも感じたの。ここはもっとこうした方がいいな、というようなね」
入江 「『水』はバンド・サウンドで録ろうとしたんですよ、最初。でもうまくいかなくて、データを切り貼りして仕上げたんですよね。正直言って、1stの時は歌以外のやり方をどうしたらいいかわからないところがあったんです」
大谷 「僕の方は、2013年の間、ずっと〈リアルタイム作曲録音計画〉というのを大島輝之と一緒にやって、そこに入江くんにも参加してもらうようになったんだけど、もうその頃から入江くんを僕がプロデュースしたらどこをどうするかな〜?みたいなことは何となく考えていましたね」
入江 「『水』にも既に大谷さんがやってくださったリミックスが入ってますけど、あれはその場で即興でやってくださったものでしたからね……。そういえば、『水』が出た後、大谷さんのおうちにお邪魔したことがありましたよ。色んな音楽を聴いてご馳走になって……」
大谷 「ああ、そうだね。聴いたね、うちでいろいろ。全然次のアルバムとかの話なんてしてなかったけど、どういう音楽が好きなんだろう?って知りたかったっていうのもあって」
入江 「レコードを聴いたり、YouTubeを一緒に見たりしながら色々聴きましたね」
大谷 「ナット・キング・コールとかデューク・エリントンとかね。和声の感覚をどこまで許容できるのか?というの、人によって結構違うんだよね。ジャズ的な意味での濁ってるサウンドっていうのは、今のポピュラー音楽の中には殆ど出てこない。で、入江くんはどこらへんまでオッケーなのか?ってことが、色んな音楽を聴きながら知りたいと思って。僕がやりたかったのは“エリントンのサウンドをディアンジェロのビートで鳴らす”みたいなのだったんだけど、入江くんならピッタリだなと」
入江 「僕、もともと古いジャズもヒップホップもソウルも好きだったんで、聴いているものの畑が大谷さんと似ているなって思いましたね」
大谷 「ただ、どのくらいアレンジで響きを自分の好きな方に寄せてもいいのかな?ってことが気になっていたんで、それでうちに来てもらって楽しくご飯でも食べながら、“あ、これも大丈夫なんだな”“あ、これもいけるんだな”って感じで様子を見ながら音楽かけてみて……」
入江 「試していたわけですか!(笑)」
大谷 「いやいや(苦笑)。でも、もうこの時には僕も手応えがあってやるつもりになっていたから、じゃあ、アルバム作っちゃおう、で、面倒臭いから、僕は参加して手伝ってくれるミュージシャンたちに声をかけて整えるようにしていったんだよね。それが2014年の5月か6月。スタジオには5、6回入りました。曲はまだ全部最初から揃っていたわけじゃなかったんだよね。入江くんが五月雨式に少しずつ送ってくれて……。だから、全体像が見えてきたのは作業をしながらでしたね」
入江 「確かに1曲のアレンジが進んだら、あとは割とサーッといった覚えがありますね。『水』は曲の構造面では繰り返しが多かったりコーラスが何度も出てきたりしていたんですけど、後から聴いたらR&Bとかに聴こえないんです。〈砂遊び〉って曲は自分で打ち込んだりしたんですけど、なんかダサいなって自分でも思っていたんですよね(笑)。だから、今回のアルバムに向けてはとにかく強いリズムを持ったトラックを作りたいと思っていたんです。リズムに尽きるな、と」
大谷 「それまでの入江くんの作品はバンド・サウンドだったんだけど、リズムがちゃんと組めていなかった。曲の展開に合わせてリズムがついていた、という感じ。だから、リズム自体にメスを入れるとコンテンポラリーなものになるという気がして。いっそバンド・サウンドにするならもっとちゃんとすればきっといいものになるはずし、逆にヴォーカリストとしてどんなタイプの曲でも乗りこなしていけるようにもできると思う。そのどっちになるのか、なんだよね。で、僕は、入江くんの資質を踏まえ、さらに個人的な希望も含めて、ヴォーカリストとしてどんなトラックでも、どんな曲でも歌えるようになっていってほしいと思って。歌手って感じのラインで大成してほしいなと。それで、今回のようなアルバムの方向性になったわけ」
――制作上の具体的なリファレンスはありましたか?
大谷 「井上陽水『氷の世界』(の現代版)を作ろうと思ったの。あれは73年の作品だけど、あれを今の時代にやるにはどうすればいいだろう?ってことですよね。まあ、陽水はフォークの人ではあるんですけど、ああいう作品はすごく洋楽的ではあるし、1曲ごとにプロダクションを替えているのも面白い。あと、岡村靖幸『家庭教師』とかもそうですね。岡村ちゃんは完全にR&B、ソウル・シンガーですけど、なんにせよ、このラインの歌手が最近の日本にはいないな、というところからですね。僕、割とそういうのが多いんですよ。“最近、ないな。だからやろう”というね」
入江 「なるほど。でもそうですよね。僕も意外とソウル・シンガーって日本にいないなって前から思っていて。そういう感覚で曲を作っていたところはありますね」
大谷 「今回、最初は14曲くらいかな?書いたよね?」
入江 「そうですね。ネットでデータをやりとりして……」
大谷 「で、それを元に僕が勝手にトラックをどんどん作って、それを入江くんにまた戻す、という感じだったね」
入江 「僕としては、なるべく声だけで完成するような曲を用意して。それ以外の部分は大谷さんにお任せするような感じで、極力声以外の要素は出さないように最初のデモを用意しました。でも、よくよく考えてみたら、こういう作り方ってすごく自分にとって自然なことだったんですね。というのも、僕は最初から歌い手を目指してメロディを書くようなタイプじゃなくて、ピアノとか楽器をやっていたけど、声の方がいいかも、みたいに気づいて、楽器としての声を使うようになったんです。だから、歌詞も響きが面白いものを選ぶようなところがあるんです。コーラスについても、前回の『水』で楽器でアレンジしようとした結果、上手く和音の感じが出せないなと思ってコーラスを足したんですよ。それが結果面白くなったっていう……。そういう意味でも、自分の声や言葉の語感を生かしたトラックが必要だなってことは気づいていたんですよね。僕ももともと井上陽水さんが日本の歌い手さんで一番好きなんで。彼は声の美しさが楽器として機能しているのと、歌詞もメッセージがあるのかないのかハッキリしないような独特な立ち位置で。声がとにかく美しいからそれだけでどんな曲でも成立するという。それでいて大衆性も前衛性もあるし。ディアンジェロも歌のリズムの乗せ方がすごく面白いし、マイケル・ジャクソンも曲の構造や歌のリズムが独特でしょう? それを日本語でやっている人って実はホントに最近いなくて。しかも、僕はメッセージ性にこだわりたくないんです」
direction 副島正紀
大谷 「言ってることはよくわかるよ。だって、ムーンライダーズYMOも、僕大好きだけど、歌詞はそもそもあまり大きな意味がないものが多いものね。逆にあまりメッセージが先行しちゃうと興味が薄れてきちゃう(笑)。でも、言葉としての面白さは音楽の中に絶対にあるよね」
入江 「そうなんですよ。昔、インストの曲を作っていて思ったのは、リズムとコードとメロディが曲作りの3要素だって言われてますけど、そこに言葉が入ったら4要素になるなということなんですね。あくまで楽器としての言葉、という意味で」
大谷 「ジャカジャカ弾いて歌っていれば気分がいい、とかそういうようなことじゃないよね。和音とリズムがあって、そこにメロディと歌があればもっといい、という感覚。歌詞の主張はないけど、それ自体が主張というね。入江くんの曲を改めて聴くとその面白さが絶対にあると思うの。低音がこういう風になってて、ここからコードはこうなってて、メロディはその上でこうなってて……楽しみながら聴くと、歌詞は“たぶん山梨”なんだ!って(笑)。なんだろう、これは!っていうね」
入江 「そういう良さをちゃんとカタチにしてくれたという意味では、エンジニアの中村公輔さんの存在も大きかったですね」
大谷 「ホントに無理をきいてくれたよね。ウチから近いから忘れ物してもすぐとりに帰れたりしたし(笑)」
――そういうエンジニアリングの効力も含めて、総じて、入江くんの歌が、ポーンと突出して前に出て聴こえる部分と、音の中に埋もれてしまう部分とのコントラストが面白かったですね。歌のバッキングという意識を最初から放棄したトラックと、そこに埋没したり出っ張ったりすることを厭わない歌とが織りなす破天荒な作品という意味で本当に面白いアルバムだと思いました。
入江 「わあ、それは嬉しいです!メッチャ嬉しい」
大谷 「ここはヴォーカルが要らない、埋もれていてもいい、みたいな、おちる箇所を見つけるのが難しかったですね。基本的にサビがない曲が多いので、その場合、どうやって聴かせればいいのかを考えながら丁寧にバックトラックを調整していかなければいけないわけで。言葉というより、リズム、和声、メロディ、音色、声、歌詞……をどう組み合わせるか、ですよね。それでいうとミニマルですけど、遊び部分が多い作り方だったとは思います。入江くんの曲はコード進行が割とどの曲も似ているというか、曲構造が一緒なんで、アレンジで1曲ずつ替えていかなきゃならない」
入江 「だから、トラックで遊んでいかないと、なんですね!」
大谷 「そうだよ。何を今更言ってるの(笑)。だから、弾き語りじゃダメで、ライヴだとダメじゃないけど、録音物の場合はいろいろとトラックを替えたほうが面白い。サビがない音楽って売りにくいって言われてますけどね(笑)。そういう意味では、作業上難しかったことはほぼないんです。だいたいがイメージ通りできたんで。今も言ったように、パーツの組み合わせが大変だったのと、音像が1曲1曲広がっていく作業をしている段階で苦労したことはありますけど、それは頭の中で想定していた音に近づけるためのことなんで、単純に締め切りとの戦いだったってことですね。あと、今回のアルバムは、実は完全に僕の持ち出しで制作したんで、先にお金をくれたらもっとラクにできたのにな〜っていうのはありましたね(笑)。ベースラインを全部自分で打ち込んだりしてね。ベーシストがいたらすぐだったのにな〜って。だから、早くホール・クラスを満員にして儲けてください(笑)」
入江 「はい、頑張ります(笑)」
大谷 「とにかく、まあ、入江くん、ステージをちゃんとやりなさい、という(笑)。キミはライヴが課題!」
入江 「あー、そうですよねえ(笑)」
大谷 「シンガーとしてちゃんと立ってバーン!とやらないと。杉 良太郎みたいにさ(笑)。今のピアノ弾き語りはやめよう。ギターちゃんとやってよ、白いスタインバーガー持つといいと思う(笑)」
入江 「あー、スタインバーガー(笑)」
大谷 「ちゃんとバックにはバンドをつけるから。その方が絶対に映えるから。ジャズ的な演奏の揺れとかブレみたいなものって、最近割と評価されてるでしょ? あの論調に対する回答みたいなところも今回のアルバムにはあると思ってて。だから、ライヴでもバンドでちゃんとやれるよってことを伝えたい。そのためにも、立って踊って唄ってギター弾いてって、もっと練習してください(笑)」
入江 「頑張ります!」
取材・文 / 岡村詩野(2014年12月)
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角田波健太波バンド vs 入江陽ズ
irieyo.com

2015年3月21日(土)
東京 高円寺 JIROKICHI

開場 18:30(予定) / 開演 19:30(予定)
前売 2,300円 / 当日 2,800円(税込)

[角田波健太波バンド]
角田健太(vo, g) / 吉田悠樹(二胡) / 服部将典(b) / 渡邊久範(dr) / jr(sax) / tomoyo(vo, key)


[入江陽ズ]
入江 陽(vo, key) / 大谷能生(track, sax)
その他メンバー調整中



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