今春のカルテットでのツアーを録音した『FRAGMENTS - CONCERT HALL LIVE 2025』を発表 松井秀太郎

松井秀太郎   2025/10/22掲載
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 まさしく俊英と言うにふさわしい、トランペッターの松井秀太郎の新作『FRAGMENTS - CONCERT HALL LIVE 2025』の聴き味にぼくはいささか驚いている。それは完全アコースティックな、2025年春に行なったホール・ツアーをソースに置くライヴ盤だ。そうした情報だけだとコンサバティブな内容を思い浮かべるかもしれない。しかし、ピアノの壷阪健登、ダブルベースの小川晋平、ドラムのきたいくにとを擁するそのカルテット演奏はなんとも瑞々しい佇まいを湛えている。オーソドックスであるのに、聴き味はいい意味で普通ではない誘いに満ちる。当人に、そんな『FRAGMENTS - CONCERT HALL LIVE 2025』の奥にある真意を問うた。
New Album
松井秀太郎
FRAGMENTS - CONCERT HALL LIVE 2025

AVCL-84181 / CD
AVJL-84182 / LP(12月3日発売)
――前作『DANSE MACABRE』はニューヨークで、小曽根真さんのプロデュースであちらの辣腕奏者たちと録音しました。続く今作は近い仲間たちと録りたいという気持ちがあったのでしょうか。
「何をしたいかしっかり決めて次作を録ろうと思っていたんですが、具体的には決めていない段階で、このカルテットによるツアーが始まったんです。その1公演目が終わったときに次はこれを録音したものにしたいと思いまして、急遽ライヴ盤想定のレコーディングの準備に入っていただき、実現したという形になります」
――急な動きだったんですね。
「ツアー初日がこのカルテットによる2回目のライヴです。メンバーはそれぞれとは何度もやっている大好きな人たちですが、このカルテットでツアーをやるのは初めて。当初はもちろんライヴ盤を作ることも考えていませんでした」
壷阪健登(p)、松井秀太郎(tp)、きたいくにと(ds)、小川晋平(b)
左から壷阪健登(p)、松井秀太郎(tp)、きたいくにと(ds)、小川晋平(b)
Photo by Tadayuki Minamoto
――ライヴ録音って、大変じゃないですか。スタジオに入って一気に集中して録ってしまったほうが、楽なのではないかとも第三者的には思ってしまいます。3ヵ所でのライヴがソースになっていますが、毎度録音していたらものすごい緊張感を維持し続けなきゃいけないようにも思えてしまいます。また、会場に機材を持ち込んだり、マイクの立て方にも留意しなきゃいけないでしょうし。
「ライヴだと、とくにホールでしか得ることができない響きがあるんです。スタジオにはスタジオの良さもありますが、そういう意味ではライヴ盤にしか出せないものがあると思うんですよ。ですからホールでライヴを録ることには、やっぱり憧れがありました」
――ぼくはジャズはライヴ・ミュージックであると思っている人間なので、新作がまずライヴ録音であることに大きく頷きました。ですから、ニューヨークでスタジオ録音した次の行動として、自分のバンドでライヴ録音に臨んだっていうのは、気合いの入り方が半端ないなって思ったんですよ。
「曲によって目指しているものがぜんぜん違うんですけれど、それがホールだととても表現しやすいんです。ですから、自分にとってホールはすごく合った環境だと思っていますね。マイクに向かって吹くというよりも、自分はマイクからすごく動いちゃっているんですが、その感じも含めて、作りたい音楽の理想みたいなものがホールにはあるんです。ホールまで含めて楽器だと思っている感覚があります。ですから、ホールの響きといかに仲良しになってコンサートができるかが大切だと思っています」
――では、ホールの響きによって微妙にトランペットの吹き方を変えていたりするわけでしょうか。
「全部違うと思います。それはジャズ・クラブでも一緒ですが、ホールはよりホールごとに個性がありますので、そこに合った吹き方がホールによって全然違うものになるのが面白いですね」
――今作の曲は、もしかするとホールでやってこそ映える曲を用意したというところもあるのでしょうか。
「そういうイメージもあったりしますね。自分は基本的にホールでやることを意識して書いている曲が多いです」
壷阪健登(p)、松井秀太郎(tp)、きたいくにと(ds)、小川晋平(b)
Photo by Tadayuki Minamoto
――トランペットのソロ演奏から始まる曲もありますが、それを筆頭にトランペットがいい響きをしているなあと感じました。そういう人だと自分の演奏だけで完結しちゃう人もいると思うんですが、松井さんはメンバーを束ねた全体のサウンドにも多大な留意ができる人であるとも感じます。とにかく、曲趣とその展開がすごくバラエティに富んでいると思ったんですよ。メンバーにはけっこう細かい譜面を渡すのでしょうか。
「譜面自体はすごくシンプルですね。そこから個々がやりたいようにやってほしいっていうのもあるので、メンバーに委ねることができる部分はできるだけ委ねたいです。ソロについても、イメージを伝えたりはしますが、そこからどのようにするかはお任せしていますね」
――今回ホールのツアーに出る際、なぜこの3人を選んだのでしょう。みんなちょっと年上の同年代ですよね。
「そうですね、だいたい同世代です。もちろん素晴らしい技巧を持っているんですが、音楽に向き合う姿勢みたいなところがすごく自分と近く、それがすごくやりやすいんです。実際やっていて、予定外のことを演奏しあってもしっくりくるところがありますね。持っている根本的なエネルギーのようなものが、みんなすごく近い気がします」
――その向き合う姿勢とかエネルギーという部分を、もう少し説明してもらえますか。
「みんな思っていることが違ったりもするんですけど、この曲はこう弾きたいというエネルギーが強く、それが感じられるということがとても自分としてはやりやすい。だから、自分がこうしたいと思っていることも逆にすごく理解してくれるところがあって、すごく音楽的に作っていきやすいです」
――メンバー各々がちゃんと自分や個性を持っていて、その先に松井さんの曲があるという感じでしょうか。メンバーみんなの重なりが有機的で、それゆえ曲はドラマティックになり、ぼくは曲の尺が実際の時間よりも長く感じました。そして、オリジナル以外ではサン=サンースの曲を一つ取り上げています。普通だとスタンダードとかポップ曲とかを入れちゃうところ、サン=サーンスの曲を入れるというのはクラシックの修練もたっぷり積んでいる松井さんらしいと思いました。巧みにジャズ化されていますし、澄んだ個性がアピールされているとも感じました。
「ありがとうございます。自分にとってはサン=サーンスのほうがなじみのある曲なのかもしれないですね」
松井秀太郎
Photo by Sakiko Nomura
――今もクラシックはよくお聴きになるんですよね。
「よく聴きますし、練習もしますし、オーケストラのCDをかけながら吹いたりします」
――新作『FRAGMENTS - CONCERT HALL LIVE 2025』はリアルなジャズ・アルバムとしてのアドバンテージをいくつも持っていると感じます。まず、ちゃんとアコースティックであり、ワン・ホーンで勝負していること。その潔さは美点になると思います。それから松井さんの世代だとR&Bやヒップホップなどの要素を入れがちなところいっさいそういうことをせず、自分の求めるアコースティック・ジャズを格調高く求めているところに清新さも出ていてすごいと感じました。そこらへん、意識してはいないですか。
「意識はしてないですね。ホールでやるコンサートというところで、アコースティックにというコンセプトはありますが、演奏していてまだ自分はこの編成でやりたいことがたくさんあると思いました。とくに“縛り”を持ってやっていたわけではないんですが、自分はすごくシンプルなことが好きなのかもしれないですね」
――いや、でもシンプルじゃないと思います。インタープレイし合っていて、すごく動的な感覚を持っていますから。当然それはジャズの変わらない要点であるんですが、その一方で古いジャズの世代にはぜったいに出し得ない不思議な広がりというか、佇まいが新作にはあると思います。それはもしかするとどこかでクラシックの確かな素養がプラスに働いているのかもしれないですが、新しい世代のリアル・ジャズの何かがここにはあると思ってしまいます。
「ありがとうございます。そこらへんは、あまり意識はしていませんが」
――でも、自分ならではのジャズを作りたいという気持ちは強いですよね。
「そうですね。自分の音楽っていうものがあると思います。そんなやりたいことを探していくというのは、自分の音楽を作っていくうえで一番大事にしているところです」

取材・文/佐藤英輔
information
〈松井秀太郎 CONCERT HALL LIVE TOUR 2026 FRAGMENTS〉

出演:松井秀太郎カルテット(松井秀太郎〈tp〉、壷阪健登〈p〉、小川晋平〈b〉、きたいくにと〈ds〉)

1月24日(土)東京・三鷹市芸術文化センター 風のホール
2月6日(金)東京・サントリーホール ブルーローズ
2月11日(水・祝)神奈川・ヨコスカ・ベイサイド・ポケット
2月14日(土)群馬・高崎芸術劇場 音楽ホール
3月7日(土)北海道・札幌コンサートホールKitara 小ホール
3月13日(金)福岡・福岡シンフォニーホール
3月15日(日)大阪・住友生命いずみホール
4月5日(日)埼玉・所沢市民文化センター ミューズ マーキーホール
4月10日(金)東京・サントリーホール ブルーローズ
4月12日(日)広島・広島県民文化センター
4月24日(金)宮城・日立システムズホール仙台

https://avex.jp/shutaro-matsui/live/concert-hall-live-tour-2026

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