お箏ほどしっくりくる楽器はない――筝曲界の新星LEO、箏の可能性を追求するデビュー・アルバム

LEO(今野玲央)   2017/04/07掲載
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 日本の伝統楽器でありながら、多くの日本人にとって未知の楽器といっても過言ではない箏(そう=こと)だが、そうした状況を変え得る逸材が登場した。アメリカ人の父、日本人の母の間に1998年、横浜で生まれ、今春から東京藝術大学音楽学部邦楽科に通うLEOである。才能は現代最高峰の箏演奏家、沢井一恵が“箏を世界中に発信する役割を託す”というほどに恵まれており、モデルであっても不思議はないイケメンぶりもスター性が十分だ。デビュー作『玲央 1st』は、新日本音楽(伝統的な邦楽に洋楽の要素を取り入れ、新しい邦楽を志向した大正半ばから昭和初期にかけての音楽運動)の代表「春の海」から現代箏曲、モーツァルトの「トルコマーチ」、ジャズの「テイク・ファイブ」、自作の「十七絃箏のためのさくら変奏曲」まで、多彩な楽曲が収められ、箏の可能性を追求するLEOの意気込みが明快に示されている。
――箏とはどのようにして出会ったのですか?
 「インターナショナルスクールは1年から5年までが小学校、6年から8年までが中学校、9年から12年までが高校ですが、僕が通っていた学校は小学4年と5年のときにお箏が必修で、音楽の時間に弾くことができました。触ったときからお箏は好きだったんですけど、その頃、学校で中学の先輩が、CDに入れたようなかっこいい現代曲を演奏しているのを聴いて、さらにお箏が好きになって、たくさん練習するようになりました」
――授業では、クラスで揃って弾けるような曲を習ったのですか?
 「最初は練習曲とかもあって、すごくやさしい曲を合奏しました。年に1度、学校の近くのお寺で演奏会があり、そこに向けての練習をするなかで合奏の楽しみを知ったんです。それと、5年生の優秀な生徒の何人かはソロで演奏する機会をもらえるんですけど、そこで僕も弾かせていただいて、ひとりで弾くのもいろいろな表現ができて楽しいなと思いました」
――箏が向いていたんでしょうね。
 「そうですね。中学に入って、友達とバンドを組みたくていろんな楽器をやってみたんですけど、お箏ほどしっくりくる楽器はなくて、ダントツで楽しいと感じました」
――バンドをやりたかったということは、聴く音楽としては海外や日本のポップスも好きだったということですね。
 「ふつうのポップスもですし、ジャズも含めて、いろんなジャンルの音楽をよく聴いていました。いまも聴くんですけど」
――自分で演奏するとなると、ぴったりくるのが箏だったのですね。
 「そうですね。自分の表現したいものを表現しやすい楽器でした」
――中学生くらいのかたが、自分の表現したいものを考えて楽器を演奏するということはなかなかないと思うのですが、どういうものを表現したかったのですか?
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 「中学の頃は英語がちょっと苦手で、学校でコミュニケーションがうまく取れなかったんですけど、音楽を通してだと、みんなが注目してくれました。演奏している間は自分の時間ですよね。自分の感情なんかを、音を通してすぐに表わせる。ふだん溜まっているストレスなんかも、楽器を通して発散できました(笑)」
――13歳のときから沢井一恵先生に師事するようになったのですね。
 「最初は、夏のコンクールで演奏する〈讃歌〉(『玲央1st』に収録)という曲のレッスンを受けました。一恵先生のレッスンはちょっと特殊で、演奏に対して細かく指摘するというよりは、だいたいの感想を教えてくれて、自分で考えて直すというスタイルです。そこで、言われたとおりに弾くのではなく、自分でどうしたらもっといい音楽にできるか、考えることを勉強できましたね」
――師事して6年になる現時点で、沢井先生からいちばん影響を受けたと感じるのは、どんな点ですか?
 「(5秒間ほど考えて)お箏って、けっこう堅いイメージがあると思うんですけど、一恵先生から教わったことは、自分が表現したいことがあったら、ジャンルの垣根にとらわれずに、やりたいことをやって音楽にしたほうがいい音楽ができるんじゃないか、ということです」
――それが今回の7曲の選曲にも影響しているのですね。
 「そうですね」
――箏、和太鼓、ベース、ピアノ、キーボードという「テイク・ファイブ」のバンド編成はどなたの発案ですか?
 「キーボードのミッキー吉野さんが、僕のおじいちゃんと中学か高校の先輩後輩の仲だったらしく、この曲をCDに入れられたらなと思ってミッキー吉野さんに相談したら、“和太鼓なんかいいんじゃない?”と言ってくださって。ミッキー吉野さんが中心になってメンバーを集めてくださいました」
――「テイク・ファイブ」は調絃からして邦楽とは違いそうですね。
 「お箏は、押手(おしで)といって、左手で絃を押さえて音程を半音から1音上げたりとか、柱(じ)の位置を動かして調絃を変えたりしながら演奏します。〈テイク・ファイブ〉のようなジャズはふつうにドレミではなくて、いろんな音が出てくるので、僕はこの録音のときに、ドレミに調絃したお箏と、ペンタトニック・スケールに調絃したお箏を同時に用意して、メロディはドレミ、ソロはペンタトニックというように2面の楽器を使い分けました」
――五線譜で演奏するのですか?
 「そうです。五線譜を渡されて、自分で調絃を考えます。まず、いちばん下の音といちばん上の音を出して、たしか2オクターブくらいに収まったんですけど、そこから押手をどう使うのがいちばん弾きやすいかを考えて、音符の下に糸の番号をふっていきます」
――では、同じ「テイク・ファイブ」を弾くとしても、人によって調絃も違えば弾き方も違うということになり得るわけですか?
 「はい。そのとおりです。けっこう変わってくると思います」
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――「春の海」のように、箏のためにつくられている曲は、調絃も決まっているのですか?
 「そうですね。調絃は決まっていて、指使いにも指定があります。〈春の海〉は五線譜も出ていますが、お箏の一般的な楽譜は縦譜といって、ギターのタブ譜に似た、絃の番号が書いてある楽譜で弾きます」
――箏を使う曲では最も知られている「春の海」を演奏するにあたって、どのような表現をしようと考えましたか?
 「すごく有名な曲で、クラシックでいったらバッハみたいな感じの堅いイメージですが、今回はそれをちょっと忘れて、自分の〈春の海〉をつくろうかなと思い、試行錯誤しながら、といった感じですね。テンポに緩急をつけたり、ダイナミクスを強調したり、こっちのほうが音楽的に面白いんじゃないかって、僕が勝手に思ったことを実践してみたんです。ただ、あまり外れすぎちゃうと別の音楽になってしまうので、そこのバランスを先生に指導していただきながら録音しました」
――この曲では藤原道山さんと共演していますね。
 「僕がまだ至らないので、納得がいくまで5〜6回、録り直させていただきました。いちばん印象に残ったのは、僕が弾くと、それに答えるように尺八を吹いてくださったことです。音楽を通して、こんな会話みたいな感じで合奏ができるんだなと思い、すごく楽しいなと感じました」
――「さくらさくら」を原曲とする「十七絃箏のためのさくら変奏曲」は、一般的な十三絃箏にはない低音の響きによって、深山のような重厚な映像的イメージが広がります。
 「十七絃箏の魅力はそういうところにもあると思うので、作曲したときもそれを活かせるように意識しました。もともと〈さくら〉は有名な曲で、いろいろな作曲家のかたがお箏の独奏や合奏に編曲されているんですけど、十七絃のソロの変奏曲というのはいままでなかったので、この機会に作曲しました」
――デビュー作では、広い音楽的視野をもつ箏演奏家であることを示していますが、今後にはどんな展望をもっていますか?
 「今回のアルバムには入っていないような、お箏の古典の音楽を勉強中です。新しいことをお箏でやるにしても、古典の基礎がしっかりしていないと、ちゃんとした音楽は弾けないと思うので。これから大学生なんですけど、大学でも古典の基礎を勉強して、その上に新しいことを積み重ねていけたらなと思います」
取材・文 / 浅羽 晃(2017年3月)
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