“豊かさ”を思い出させる音楽 児玉奈央『IN YOUR BOX』

児玉奈央   2019/04/09掲載
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 キャロル・キングに衝撃を受けて十代からシンガー・ソングライターとしての活動を始め、これまでに2009年の1st『MAKER』、2010年の2nd『SPARK』という2枚のフル・アルバムで高い評価を得てきた児玉奈央。2013年にはミニ・アルバム『MAGIC HOUR』を発表、アコースティック・ユニットであるYoLeYoLeでの活動も展開してきたほか、ハナレグミ冨田ラボRIDDIMATESの楽曲にもシンガーとしてフィーチャーされてきたが、このたびリリースされた『IN YOUR BOX』はフル・アルバムとしては実に9年ぶり。生活環境の変化とスランプを乗り越え、ようやく辿り着いた新たな歌の境地についてじっくり話を伺った。
――この9年間で普段の生活もだいぶ変わったのでは?
 「そうですね。そのあいだに子供を2人産みましたし、お母さんぽい生活をしてましたね。2013年にミニ・アルバムを一枚作って、そのときにちょこっとツアーした以外は、依頼されたものだけをやってた感じでした。レコーディングにせよライヴにせよ、割と受け身というか」
――子育てをしていると、どうしても時間的な制約が大きいですよね。
 「あと、自分から何かを発信していくモードになれなくて。母であることと音楽家であることのバランスがどうしても取れなかったんですよ」
――音楽に対して意識が向かなかった?
 「(ゲスト・ヴォーカルなどの形で)求められることは嬉しいし、それに対しては100パーセントの力で答えてきたんですけど、自分の作品作りにはどうも意欲が湧かなくて。3年ぐらい前に一度アルバムを作ろうとしたことがあって、緻密にデモも録ってたんですよ。でも、自分のスタートが切れてなかったのか、デモを作っていくなかで“これを世に出していいんだろうか?”という気持ちになってしまった。それで一度制作そのものをバラしちゃったんです。そこから自己嫌悪に陥ってしまって……。今回の収録曲はほとんどそのとき作った曲なんですよ」
――では、3年前のスランプから抜け出せたきっかけは何かあったんですか。
 「以前はまず弾き語りのデモを自分で作って、それをバンド・メンバーに渡して一緒に練っていくというやり方で進めていたんですけど、もともと私はバンド上がりなので、演奏ありきで曲を作っていくところがあるんです。だから、自分の作品性よりも、ドラムはドラムのプレイヤーの良さが出ていて、ベースはベースの良さが出ていないといけないという固定概念があった」
――自分の表現よりも、バンド全体の演奏を重視しちゃうということですか。
 「そうですね。結果、みんなに気を使いすぎちゃうところがあったんですよ。でも、それが去年ぐらいから変わってきて、矢沢永吉さん的な自分が急に出てきたんですね」
――矢沢的?
 「“間違いないものを作るから、俺のために一肌脱いでくれないか”っていう矢沢的な自分が(笑)。今回のアルバムの紙資料に載せるコメントも自分で書いたんですけど、知らない間に“児玉奈央ここに覚醒”って書いちゃってて(笑)」
――コメントの最後には“よろしく!”って書いてますもんね(笑)。
 「そうそう(笑)。細胞が入れ替わっちゃったのか、お母さんから脱皮して、“作るぞ!”っていう人に突然なっちゃったんですよ」
――その矢沢的マインドっていうのは、もともと奈央さんのなかにあったものなんですか。
 「ありましたね。自分のなかにある意地悪な部分であったりイタズラな部分って、大人になると隠してしまって、自分でも忘れちゃうことってあると思うんですよ。私の場合はPTAの役員なんかもやっていて、ごくごく普通の保護者になっていくなかで忘れてしまったものも多かった。でも、そういう層って誰でも心の奥底にあるはずで、その存在に気づいてもらえるような作品を作りたいと思ったんですよ」
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――そして、アルバム作りを再開した、と。それが去年の秋だったそうですね。
 「そうですね。まずは初めてGarageBandを使ってデモを作ってみようと思ったんです。そうしたら、案外自分の思うようにできたんですよ。ドラムがいらないと思ったら(音を)ミュートしちゃえばいいわけで、そこにはドラマーへの気遣いもないし、ベーシストへの気遣いもない。そのデモをプレイヤーに渡すところから始めたんですね。そのなかで自分のやりたいことも見えてきたし、これは自分でできるんじゃないかと思って、初めてセルフ・プロデュース / セルフ・ディレクションで作ることにしたんです」
――ギターの弾き語りとGarageBandでのDTMだと、たとえデモの段階であっても音の質感であるとかリズムに対するアプローチが変わってきますよね。
 「そうなんですよ。私は普段からヒップホップを聴いているので、ベースやキックへの意識が強くて。そういう面がよりはっきり出てると思います。今までは自分が普段聴いている音楽とやってる音楽のギャップがあったんですね」
――ギャップ?
 「オーガニックなシンガー・ソングライターとして作品を作りつつも、聴いているものは重低音のダンス・ミュージックやヒップホップ。90年代だったらトリップホップやダウンテンポを聴いてたし、その時代時代のクラブ・サウンドは割と意識的に聴いてきたんです。でも、いままではそういう要素をどうやってアウトプットしていいのか分からなくて。それが自分で作るようになって初めて混ざり合ってきたんだと思います」
――奈央さん流のシンセ・ポップという感触がある1曲目「ドラマティック・ノンフィクション」から前2作とだいぶ音の色合いが違いますよね。この曲ではYOSSYさんが参加しています。
 「この曲は私が作ったデモにかなり忠実だと思います。そこにYOSSYさんがシンセを重ねてくれました。今回ミックスは全部ウッチーさん(内田直之)がやってくれたんですけど、どうやったらドラマティックになるか、だいぶ試行錯誤しました」
――内田さんにはミックスについてどういうリクエストをしたんですか。
 「“暴力的なぐらい低音を出してください”とお願いしました。“奈央ちゃん、そんなに出すの?”と重低音マスターに心配されましたね(笑)」
――2曲目の「Melody & Harmony」だと一転、越野竜太さん(ギター)を中心とするバンド・サウンドになりますね。越野さんは作曲も手がけています。
 「越野竜太くんはエレキギターを弾きまくるイメージが強いと思うんですけど、ポップスの才能がすごくある人なんですよ。彼だったら自分にはないキラキラしたポップスを書いてくれるんじゃないかと思って、作曲をお願いしました。彼にはプリズムや太陽の光の写った写真をイメージとして送りましたね」
――この曲もそうですけど、伊賀 航さんのベースが各所で効いていますね。
 「伊賀さんはベースだけじゃなく、ミックスやマスタリングにも参加してくれたんです。私のイメージを伊賀さんが通訳してウッチーさんに伝えてくれたり、自分の参加曲以外にも関わってくれました」
――「時のおりがみ」なんかは伊賀さんのベースがめちゃくちゃ動いていて、ちょっとフュージョン的な感覚も感じました。
 「これはディアンジェロの〈Spanish Joint〉が元ネタになってるんですよ。(景山)奏くん(Nabowa / THE BED ROOM TAPE)が作ってくれたデモから発展させていくなかで、伊賀さんから“〈Spanish Joint〉みたいな感じにするのはどう?”という提案があって。あの曲は私もめちゃくちゃ好きだし、それはいいと」
――ディアンジェロといえば、「Bye bye bye」にもちょっとネオソウル的な雰囲気を感じました。
 「そうですね。こういう音楽をずっと聴いてきたんで、この曲なんかは“ようやく混ぜることができたな”という感じがします。最近だったらノー・ネームとかFKJも好きだし、今回のアルバムでいえばムーンチャイルドインターネットのヴォーカルの子(シド・ザ・キッド)のアルバムを参考にした箇所もありますね」
――まさに現行R&B / ソウル〜ヒップホップの感覚も入っているわけですね。
 「ただ、打ち込みでそのままやってしまうと私らしさがなくなっちゃうので、自分で作ったデモを伊賀さんのようなプレイヤーに再解釈してもらおうと。“都会的なものと土着的なものの中間”というのは今回のテーマでもあったんです」
――「きみだけのマジックアワー」はKan Sanoさんによるリミックスが収められていますが、原曲(2013年のミニ・アルバム『MAGIC HOUR』収録)に比べると、だいぶダンス・ミュージック寄りになってますね。
 「そうですね。BPMもだいぶ速くなってますし。6年前に景山 奏くんのプロジェクト(THE BED ROOM TAPE)に参加させてもらったことがあったんですけど、その曲をSanoさんが聴いてくれて、連絡をくれたことがあったんですね。“いつか一緒にやりたいですね”とお互い話していたので、今回こちらから声をかけさせてもらいました。Sanoさんにもリミックスのイメージとして写真を送ったんですよ、キラキラした写真を(笑)」
――今回はキラキラ感がひとつのイメージとしてあったわけですね。
 「プリズム的なイメージは『MAGIC HOUR』ぐらいからあるんですよ。角度によって見え方が違うもので、マットななかにキラッと光っているイメージ」
――都会の摩天楼というよりも、森のなかに太陽の光が煌めく感じというか、キラキラでも自然派。
 「そうそう。今回〈IN YOUR BOX〉のヴィデオクリップも作ったんですけど、それもそういうイメージを元にしてるんです」
――ラストはその「IN YOUR BOX」ですが、以前のような“バンドのヴォーカリスト”としての奈央さんがここにいる気がします。
 「最後の曲だから何やってもいいかと思って、ちょっとオルタナっぽい感じにしました。この曲は3年前にはなかったんですけど、できたときに“これでアルバムを作れるな”と思いましたね。矢沢化した後の曲です(笑)」
――そう思って歌詞を見てみると、すごく矢沢感がありますよね。“自分にしか出来ないやり方で そのモノサシをいつかへし折って 命をもやせ”という歌詞なんて、まさに(笑)。
 「こういう歌詞を強く歌っちゃうとトゥーマッチになっちゃうと思うんですけど、ソフトに乱暴な歌詞を歌ってみたかったんです(笑)。この曲でも伊賀さんに“ダサいベースラインをお願いします!”と言って弾いてもらったんですよ。そうしたら、ダサいはダサいんだけど、ベルボトムっぽいダサさだったから“フードを被ってるダサさで!”とお願いしたらこういうベースラインになりました(笑)。私のそういうおかしな注文をみんな形にしてくれる人たちなんですよ。伊賀さんもそうだし、ギターの(佐藤)克彦さん、ドラムの(北山)ゆう子さんも」
――資料に書かれたコメントのなかで“このアルバムを作りながら、関わってくれたいろんな人の力をもらいながら、歌いながら、思い出してきた。なんで音楽をやっているんだろう”と書いていらっしゃいますね。
 「作ってる最中は夢中だったし、そんなことを考える余裕もなかったんですけど、マスタリングが終わったときに突然そんなことを考えたんですよ。で、できあがった音を聴いて“そうか、こういうことだよな”と思えたんです」
――“こういうこと”というのは?
 「みんなの人生は豊かなもののはずなのに、年齢を重ねていくと、その豊かさを忘れてしまったり、どこかに置いてきてしまったりする。その豊かさをもう一回思い出させる音楽になったらいいなと思ってたんです。そういう音楽になったなと思えたし、今後もそういうものを作っていきたいんですよね」
取材・文 / 大石 始(2019年3月)
Live Schedule
KODAMA NAO“IN YOUR BOX”Release Tour

2019年4月20日(土)
東京 富ヶ谷 Little Nap COFFEE ROASTERS
出演: 児玉奈央(vo, g)with 北山ゆう子(ds) / 伊賀航(b) / YOSSY(key, cho)
Food: さいあきごはん
DJ: Tommy Returntables ほか

開場 / 開演 18:00(ライヴ開演 20:00)
2,500円(税込)
※お問い合わせ: Little Nap COFFEE ROASTERS 03-5738-8045

2019年4月29日(月)
富山 富山市 HOTORI
出演: 児玉奈央(vo, g) with YOSSY(key, cho) / マツバラーズ
開場 19:30 / 開演 20:00
3,000円(税込 / 1ドリンク込み)

2019年4月30日(火)
“TREE of LIFE”オープニングパーティー Special Live 児玉奈央
富山 南砺市 閑乗寺公園 展望塔 公園内飲食店
出演: 児玉奈央(vo, g) with YOSSY(key, cho)
マルシェ・マーケット 11:00〜 / 開演 14:00(2部制 / 日没で終了予定)
3,000円(税込 / 1ドリンク込み)

2019年5月1日(水)
石川 金沢市 kappa堂
出演: 児玉奈央(vo, g) with YOSSY(key, cho)
開場 19:30 / 開演 20:00
3,000円(税込 / 1ドリンク込み)

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