何事にも全力!丘みどり、デビュー15周年ベスト・アルバムを発表

丘みどり   2020/11/02掲載
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 幼少期に見た鳥羽一郎のステージに憧れて演歌歌手を志し、2020年にデビュー15周年を迎えた丘みどり。大阪で10年活動した後、2016年に上京して所属事務所とレコード会社を移籍し、「霧の川」のヒットで一躍ブレイクした。同年から3年連続で『NHK紅白歌合戦』に出場し、キャンペーンやコンサートで全国を駆け巡りつつ(今年はコロナ禍で思うようにはいかないが)、気さくな関西弁のお姉さんキャラでバラエティなどにも引っ張りだこ。老若男女に愛される庶民派スターである。
 そんな彼女が去る10月7日にリリースしたのが、名が体を表す『15周年ベストアルバム』。全シングル曲にファン投票で選ばれた2曲を加えた16曲で聴ける歌声は、“演じるように歌う”というポリシーどおり、ときに勇壮、ときに儚げだが、どんな曲でも常に温かみをたたえている。初めて会った丘の印象は、テレビで見る姿そのまま。気取らず朗らかで芯の強いプロフェッショナル、という感じだ。そして人なつっこい笑顔から伝わってきたのは、歌と同様の温かみであった。
――アルバムには2005年のデビュー曲「おけさ渡り鳥」から最新シングルの「五島恋椿」「白山雪舞い」まで入っていますが、デビュー当時は現在とは路線が違ったそうですね。
 「はい。ヘソ出し衣装でデビューしました」
――とてもイヤだった、とよく話されていますが、どういうところがイヤでしたか?
 「わたし自身がイヤっていうよりは、おばあちゃんや母に“なんであんな服着るの?”とか“ほかの衣装ないの?”とか言われたり、弟が“おまえの姉ちゃん、ヘソ出して歌ってるやん”って友達にからかわれたりしてるって聞いたりして、家族に申し訳ないなって。“賛否両論ありました”ってよく言うんですけど、“賛”はほぼなくて(笑)、大人になってこんなに人に怒られることあるんだな、って思うくらい怒られました。毎日毎日“なんなん、その格好”とか“人前に出る人やのに、そんな格好するもんじゃない”とか“演歌なめてんのか?”とか」
――“これを着なさい”と言われて着ていただけなのに。
 「もうちょっと衣装がおしゃれだったらよかったのかもしれないんですけど、本当に布を切っただけみたいなやつだったので(笑)。営業でスナックに歌いに行くと、店員の女性の方のほうがきれいなドレスをお召しだったりして、お客さんに“ここに働いてる姉ちゃんのほうがきれいな格好してるやん”とか“おまえ売れたい思ってるんやったら、その格好はないやろ”とか、大阪だったのでわりとダイレクトに言われまして、“すみません……”と謝る毎日でした」
――なんと理不尽な……。デビュー11年目の2016年1月に上京されましたが、大阪で活動した10年間は丘さんにとっては下積み時代みたいな感覚ですか?
 「下積みというか、頑張りたくても頑張れないし、もっと歌いたいけど何も成長できない、ずーっと同じことをしてる10年間でした。このまま続けててもきっと何も変わらないだろうなと思ったので、デビューから10年で、30歳だし、切りもいいしここでやめよう、って決めて当時の事務所の方にお話ししたんです。“わかりました。契約期間はあと○ヵ月です”って言われて、その○ヵ月は楽しもうと思って楽しんでたら、東京のお仕事が少しずつ入ってくるようになりました」
丘みどり
――東京に人脈がまったくない状態で上京してこられたんですよね。
 「まったくゼロでした。東京の人をひとりも知らないのに出てこれるわけないって思ったけど、もう後がないし最後だから……と思って、現場でお会いしたことがあった徳光和夫さんだったり美川憲一さんだったり、とにかくほんの微かなツテをたどって“事務所を紹介してください!事務所を紹介してくれる人でもいいので紹介してください!”とお願いして、ほとんどの人に断られるなかで、今の事務所に拾ってもらいました」
――すごいガッツですね!
 「今振り返って、自分でもよくあんなことしたなって思います、正直」
――そして2016年6月に「霧の川」がヒットして現在に至るわけですが、大阪時代につらかったことは何ですか?
 「さっきの衣装の件もそうですけど、とにかく歌を聴いてもらえなかったこと。たとえば企業のパーティで歌うお仕事が入っても、誰も聴いてくれなくて、目の前で名刺交換をしてたり、お食事をしながらおしゃべりされてたり。“こんにちは、丘みどりです”って歌い始めたときにせめて振り返ってもらえるような歌手になりたいとずっと思ってました」
――そういうときに抱いた感情って、どんなに売れても忘れないですよね。
 「忘れないですね。“みなさんこんにちは。わたしは姫路市出身で……”と話してても誰も振り向いてもくれないんですけど、ひとりでも聴いてくれているんじゃないかって思いながら歌っていたことは今でも思い出します」
――人間不信になったりしませんでしたか?
 「なりそうになりましたけど、ある日突然パーンって吹っ切れたんです。もういいや!と思って。“どうせ誰も聴いてないんだから思いっきり歌おう!”とか“ちょっとおかしなこと言ってみよう!”とか(笑)。切り替わった時期がありました」
――売れたらてのひらを返されたケースは?
 「それは正直めちゃくちゃあります(笑)」
――ですよね(笑)。僕たちが今日メディアで拝見する、気さくな“みどりちゃん”のキャラクターは、どのようにしてできてきましたか?
 「東京に出てきたときに、頑張って取り繕ったところで、しょせんデビュー10年で30歳になっても売れなくてなにもない自分なので、もう失敗してもいいからありのままで出ていって、それで受け入れられなかったらこの世界に合ってなかったってことやなって吹っ切ったんです。だからキャラというより素がこれなんです」
――YouTubeの丘みどり公式チャンネルでいろんなことに挑戦される「全力!」シリーズをひととおり拝見したんですが、ドミノ倒しのときも白山登山のときも、よく人生に喩える人だな、と思ったんですよ。
 「あはははは!つらくなると人生に喩えたくなるんですよ!“登山って人生やな”って言ったら“この間はドミノは人生やなって言うてたやん”ってつっこまれるみたいな(笑)」
――しんどいことがあると“人生”が出てくる人はだいたい苦労人です(笑)。そのご苦労が実って上京半年後に「霧の川」がヒットして以降は、僕らの目には順風満帆に見えるんですが、ご本人的にはいかがですか?
 「わりと“東京に出てきてすぐ売れたね”って言われるんです。まぁ時間的にはそうなんですけど、それって“売れた”じゃなくて“売りに行った”“お願いして回った”という感じなんです。“これまでの10年間はいっぱい休んだので、この先は休みはいりません。歌える機会があったら全国どんなところでも行きます”と事務所にお話しして、一日に少なくとも2軒、多いときには5軒ぐらいキャンペーンで回って、47都道府県を何周もしました。そうしてるうちに、1回目は30人だったお客さんが2回目は50人に、3回目は100人に、と目に見えて増えていって、“この前テレビ見たよ”とか言ってくれるようになって……そういうことの積み重ねだと思ってます」
――風向きが変わってきたと思えたのは?
 「わたしのファンはアツい方が多いんですけど、“いつか『紅白』に出られるように頑張ります”って言ってたら“みどりちゃん、いつかとか言ってるからあかんのよ”って。“今年わたし『紅白』出ます!”ぐらい強気にいかないと誰にも響かない、“わたしはいいです”みたいなその性格がいけなかったんじゃないの?と言われてから、“わたしは今年『紅白』に出ます!それぐらいの勢いで頑張ってるので応援してください”と言うようになったんです。そしたら自分の気持ちも変わりました。やっぱり言葉にするのって大事ですね」
――そうすると立ち居振る舞いなども変わってきますよね。
 「変わりました」
――元来は弱気な性格なんですか?
 「人見知りが激しくて、引っ込み思案というか、あまり人と深く関わりが持てないタイプです」
――今のお姿を拝見しているとそんなふうには見えませんが、どういうふうに折り合いをつけていらっしゃるんですか?それとも根っから変わった?
 「あまり意識してないんです。普通にしてることでファンの方にも楽しんでもらえるってわかったので、“もういいや、自分のままで”って」
――今の丘さんから昔のご自分はどう見えますか?
 「人に対して壁を作りすぎてるところがあったのはよくなかったし、あと積極性がなくて、事務所の方に“こうしなさい”と言われて“はい、わかりました”というだけで、自分で何かしたいと言ったこともないし、もしかすると思ったこともなかったかもしれない。自分が何がしたいかを考えることを怠ってたなと思います」
――それが東京に出てきて変わったのはすごいです。丘さんは“演じるように歌う”という言い方をよくなさいますが、そのことにも人見知りが関係ありそうですね。
 「あります。“わたしは緊張してない”って頑張ってステージに立ってても、見る人が見るとわかっちゃうんです。振付の師匠の花柳糸之先生と出会ったときに“みどりのいいところも悪いところも、全部ステージに出てる。それはよくないから、ステージに立つときは本名の岡 美里でも芸名の丘みどりでもなく、歌の主人公を演じなさい。そうすれば恥ずかしくないでしょう?だってあなたじゃないんだから”と言っていただいて。最初につけていただいた振付が〈佐渡の夕笛〉なんですけど、その冒頭でこういう(左手で顔を隠してスーッと左に引く)振りがあるんです。それはわたしが仮面をつけて歌の主人公になるってことを表すためにつけてくださった振りで、それからあまり緊張しなくなったというか、自分じゃない誰かとしてステージに立てる楽しみみたいなものに出会えて、気持ちがだいぶ変わりました」
――コンサートだとご自分の持ち歌だけじゃなくいろんな歌を歌われますが、そのときもそれぞれの歌に入っていって演じる感覚ですか?
 「そうです。こういう気持ちでこういうことをしているんだよ、みたいなことを先生と話し合いながら、一曲一曲丁寧に物語を作っていくという作業をしてます」
――演歌に登場する古風な女性像に、現代を生きる女性として正直なところ違和感はありませんか?
 「わたし自身とは真逆なんですけど、だからこそ演じることができると思ってます。待つ女性が主人公の歌がどうしても多いんですけど、わたしだったら絶対に待たないですし、行列にも並べないぐらいせっかちなので(笑)、そういう気持ちはわからないからこそ、わかりたいと思って深く入り込めるというか」
――わかりました?
 「待つ女性の気持ちですか?そうですね……待つ女性ってか弱いイメージがあると思うんですけど、“何があろうとここで待つ”と決められるのはある意味、強い女性なんじゃないかなと思いました。逃げてないわけですから」
――たしかに。“あの人は帰ってくる”という自信もあるのかもしれませんし。
 「そうです。普通だったら“絶対ムリやんなぁ”と思うところを、きっぱりと“絶対に帰ってくる。わたしは信じてるで”と思える強さに憧れますし、尊敬してます。理想の女性だと思います」
編集部「丘さんの“待たない女”エピソードがあれば教えてください」
 「本当にせっかちなんですよ。行列になっていたら並ばないですし、エレベーターは行先階の前に“閉”ボタンを押します。“その数秒で何が変わるん?”って言われますけど、そういう問題じゃないんです。最近はもうエレベーターに乗らないで階段登ってるぐらい(笑)。エレベーターで行くより遅くても自分は満足なんです。前に進んでる感じがうれしいから」
丘みどり
――アルバムを1曲目からリリース順に聴いていくと、やっぱり弦 哲也先生が作曲された「霧の川」からあきらかに曲調が変わりますよね。色合いが豊かに、鮮やかになるというか。以降のシングル曲はすべて弦先生ですが、丘さんが考える弦メロディの魅力は?
 「スケールが大きくて、前奏が始まるときから“あー、かっこいいなぁ”って感じる曲が多いですね。弦先生にとってのわたしのイメージが〈霧の川〉の主人公だったらしいんです。“ミステリアス演歌”っていうキャッチフレーズで出たんですけど、弦先生にとっての丘みどりは、突然目の前に現れて“デビュー10年?知らん知らん!誰?”みたいな(笑)、ミステリアスな歌手だったそうなんです。それでこういう歌を書いてみようと思ってくださったみたいで。わたし自身こういうスケールの大きな、思わず手を前に伸ばしたくなってしまうような女の情念というか、熱い想いをうたった曲を歌いたかったので、ものすごくうれしかったです」
――各地の風物を歌い込んだご当地ソング的な曲も多いですが、そういう曲を歌うときはやっぱりロケハンというか、現地にいらして歌詞のイメージとのすり合わせをなさるんでしょうか。
 「はい、します。自分の曲はもちろん、カヴァー曲を歌わせていただくときも、時間の許す限り、現地に足を運ぶようにしています。やっぱり見ないと景色を思い浮かべられないので」
――旅はお好きでいらっしゃいますか?
 「国内も海外も大好きです!」
――そりゃ全国の焼肉にも詳しくなりますよね。
 「焼肉は裏切らないんです(笑)。大阪はおいしいところ多いですし、九州に行ったらこことか、いろいろ決めて行ってます」
――毎年、上半期にシングルを発売して、下半期はそれを携えてキャンペーンやコンサートで全国を回るというのが演歌のスタイルですが、2020年はそれができませんでしたよね。やっぱりショックでしたか?
 「めちゃめちゃショックでした。オリンピックが予定されていたので、3月から7月までほぼ毎日コンサートが入っていたのに、それが全部なくなってしまったわけですから。でも落ち込んで“悔しい1年だったね”で終わるわけにはいかない。何かしなきゃ、と思って配信ライヴをやったり、YouTube企画をやったり。でも、もっとこうしたかったな、というのも正直あります。やっぱり悔しい1年でしたね」
――そこでめげないで別の方法をみんなで考えたのはさすがだと思います。それであの愉快なYouTubeが生まれたんですね。
 「そうです、やたら人生に喩えるYouTubeが(笑)」
――丘さんとマネージャーさんとヘアメイクのあんちゃんさんと、チームの雰囲気がものすごくいいですよね。
 「あははは!なかなかヘアメイクさんがあんなにガツッと出てるYouTubeないですよね(笑)。でもわたしたち、ふだんから本当にああいう感じなんですよ。誰が裏方とか表とかじゃなくひとつのチーム。1年365日ずっと、家族以上に一緒にいるので。もちろんそのぶん喧嘩もします。喧嘩して仲直りをして……の繰り返しなんですけど、チーム全員で頑張ってるよっていうのを出してもいいかなと思って」
――それも“ありのまま”の一環ですね。すごくいいと思います。あの雰囲気のよさは丘さんご自身のお人柄の反映とお見受けしましたが、その部分を見込まれてバラエティへのご出演も多いですよね。
 「楽しいです。演歌を歌うお仕事とはまた違った緊張感があって、どこの現場に行っても新鮮なことばかりなので、その場その場で楽しみながらやれてます」
――丘さんは演歌以外の音楽もお好きだと思うんですが、どんなものを聴かれますか?
 「流行っている曲は幅広く、ひととおり聴くようにしています。カラオケに行ったら今だと〈香水〉(瑛人)や〈裸の心〉(あいみょん)を歌ったりしますし、洋楽も聴きます。先生にも“リズム感がすごく大事だから、洋楽を聴きなさい”とよく言われます」
――演歌とJ-POPの違いってどういうところに感じられますか?
 「こぶしはやっぱり演歌特有だと思いますけど、あまり違いを意識してないんです。演歌だからこうしなきゃいけない、みたいなこともあんまり考えない。今って“演歌は演歌”みたいになってますけど、同じ音楽の、ひとつの歌だと思うし、演歌を歌ってるからポップスを歌っちゃいけないこともないですし。まだ歌ったことのないジャンルにもこれからいろいろチャレンジしてみたいです」
――その架け橋みたいな役割も意識されていたりしますか?
 「演歌と聞くだけで“そっか、演歌か”っていうふうになっちゃって、なかなか“聴いてみよう”とはとくに若い方は思われないですよね。そのハードルがちょっとでも低くなればというか、すっと入ってきていただけるようになるといいなと思って、バラエティとかに積極的に出ていってる部分もあると思います」
丘みどり
――丘さんが演歌歌手を志したきっかけは5歳のときにおばあさまに連れられてご覧になった鳥羽一郎さんのコンサートで“かっこいい!”と思ったことだそうですが、その前から歌が好きな子供だったんですか?
 「大好きでした。当時のホームビデオを見ると、ずーっとひとりでテレビの横でコンサートをしてるんです。3歳ぐらいのときに初めて歌ったのが島倉千代子さんの〈人生いろいろ〉です」
――3歳児の「人生いろいろ」(笑)。鳥羽一郎さんのどういうところがかっこいいと思われたんですか?
 「バンドの中心にドンと立って、“♪波の〜〜”と〈兄弟船〉を歌い出された瞬間に“うわっ、かっこいい!”と思ったんです。それはもう理屈じゃないので、なんでかって聞かれてもわからないんですけど。母はわたしが他人と違うことをしたときにほめてくれるタイプだったので、みんなが“KinKi Kidsかっこいい”と言って下敷き持ってるときに“鳥羽一郎さんの下敷きあったらいいんちゃう?”って、雑誌の切り抜きを挟んだのを作ってくれて、学校に持っていってました。みんなに見せたら“お、おう……”みたいな感じでしたけど(笑)。好きになったら好きなので、あまり気にしなかったですね」
――お母さま最高です(笑)。“好き”という感覚にブレがなかったのも素敵ですね。
 「ずっと鳥羽一郎さんを好きですし、演歌歌手になるという夢もずっと変わらなかったので、高校生のとき先生に“進路どうするの?”って聞かれて“演歌歌手になります”と答えました。“何言ってるの?”と言われましたけど、何も疑わず“わたしは演歌歌手になるんだ”と勝手に思ってました。思い込みの激しさはあったかもしれない(笑)」
――思い込みというか初志貫徹ですね。思春期にもブレなかったのは偉い。
 「友達とカラオケに行っても、みんなが安室(奈美恵)ちゃんやあゆ(浜崎あゆみ)を歌ってるときにわたしは〈兄弟船〉を本気で歌ってました(笑)。みんなわたしが鳥羽一郎さん好きと知ってたので、“〈兄弟船〉歌ってよ〜”みたいな感じで」
――11月18日には第3回の配信ライヴ(〈丘みどり2020配信LIVE Vol. 3〜雪華〜〉)が開催されます。僕は過去2回は拝見していないんですが、どんな内容でしたか?
 「配信ライヴならではのことをしようと思っていろいろ取り組みました。ホールでやるのとは全然違って、近い距離から撮影していただけるので、細かな演出ができるんです。遠い席からだとわからない表情の変化などもお見せできますし、最前列どころか、なんならステージ上で見ていただいてるような、そんな感覚で撮っていただいてます。ホールでは見れない、後ろからとか横からのショットを入れたり。毎回テーマと物語を決めてやっていて、同じことは二度としないようにしてます」
――楽しみです。あと、そのころにはきっと発表されていると思うんですが、今年の『紅白』にもぜひ出ていただきたいですね。
 「出たいんですけど、本当に今年は何もしてないので、“こんなに頑張った〜”みたいなものが何もなくて(笑)。それはたぶんみなさん同じだと思うんですけど。不安しかないです」
――標高2700メートルの白山に登ったじゃないですか。
 「登って出られるなら、もう一回登ってこようかな(笑)」
取材・文/高岡洋詞
■Streaming Information
〈丘みどり2020配信LIVE Vol.3〜雪華〜【Streaming+】〉
2020年11月18日(水)
時間:19:00〜 ※約75分公演予定
視聴券:3,300円(税込)+ システム利用料220円(税込)
制限枚数:1回のお申し込みで1枚まで
申し込み回数制限:1回
販売期間:2020年10月20日(火)10:00〜11月21日(土)19:00
購入ページ 

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