[こちらハイレゾ商會]第85回 ベームとウィーン・フィルの名手達でモーツァルトを聴く幸せ
掲載日:2020年12月8日
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こちらハイレゾ商會
第86回 ベームとウィーン・フィルの名手達でモーツァルトを聴く幸せ
絵と文 / 牧野良幸
 今回はカール・ベームがウィーン・フィルハーモニー管弦楽団と録音した『モーツァルト:管楽器のための協奏曲集』である。ハイレゾの配信はDSF。1972年から1979年というアナログ全盛期の録音だけにDSFで聴けることは嬉しい。
 カール・ベームといえばカラヤンと並ぶ人気指揮者であったが、なぜか没後に忘れ去られた時期があった。その後再び取り上げられるようになり、それについてはこの連載の第64回で書いたので繰り返さないが、ベームのハイレゾはその後着実に増えて、今ではDSFでの配信も多い。高音質ファンにも確実に人気を取り戻した証だろう。
 『モーツァルト:管楽器のための協奏曲集』はベーム全盛期の録音で、当時は1枚ずつLPレコードで発売になった。LPのジャケットにはソロをとる楽器が描かれた美しい絵画が使用され、レコード愛好家にはそれだけでも思い出深い。今でも中古レコードを物色していて、それらのLPが出てくると手をとめて見入ってしまうほどだ。LPはやがてボックスとしてまとめられた。そのジャケット写真が今回のハイレゾで使われている。
 収録されるのはモーツァルトが管楽器のために作曲した協奏曲である。収録順に書くと、フルート協奏曲第1番、オーボエ協奏曲、クラリネット協奏曲、フルートとハープのための協奏曲、協奏交響曲、ホルン協奏曲の4曲、そしてファゴット協奏曲。フルート協奏曲には第2番もあるが、それはオーボエ協奏曲からの編曲なので収録されていない。
 これらをベームはウィーン・フィルと演奏した。ソリストもウィーン・フィルの各セクションの首席奏者が務めている。ウィーン・フィルともなると首席奏者も名手揃いだ。たしかにソリストの技量は、他の数多くある名盤とくらべてまったく聴き劣りしない。それどころかウィーン・フィルの演奏とともにウィーンの香りを伝える貴重な演奏になっている。さっそく聴いてみよう。
 フルート協奏曲第1番はヴェルナー・トリップの豊かで芯のあるフルートの音色に魅了される。フルートというと女性的で優雅なイメージを持たれる方も多いだろうが、実際に生のフルート、それも名手のフルートを聴くとパワフルで濃厚な音であるのに驚かされる。フルート一本で会場を埋めつくしてしまうほどだ。もちろんモーツァルトなりの演奏様式があるだろうが、DSFならフルートの音色を濃厚に聴ける。
 続いてオーボエ協奏曲。モーツァルトの協奏曲はソロが登場するまでのオーケストラの前奏で聴く者を幸せな世界に導くが、オーボエ協奏曲も冒頭から魅了する。そしてオーボエの登場するところは何度聴いても鳥肌ものである。ゲルハルト・トレチェクのオーボエはつや消しの渋い音色。ウィーンの香りとはこういうものかもしれない。
 そしてモーツァルト最晩年(といっても35歳だが)の名曲クラリネット協奏曲。これまでに数々の名盤が残されており、クラリネット奏者にとって激戦区ともいえる曲。クラリネット奏者はさながらボクシングのファイター、リングサイドで支えるセコンドが指揮者とオーケストラという感じだ。アナログ初期から古楽器まで、お気に入りのクラリネット奏者をこの曲の録音で発見した方も多いだろう。
 ベーム盤のクラリネット奏者はアルフレート・プリンツ。プリンツのクラリネットは高音から低音までマイルドで、オーケストラと溶け合うようなバランスで聴けるところが特色。先ほどは指揮者とオーケストラをセコンドと書いたがとんでもない。第2楽章の哀愁のある旋律をベームとウィーン・フィルはロマンティックに奏でて我々を魅了する。古楽器が登場した頃は歯切れが悪いと思ってしまったベームであるが、今聴くとやはり味わい深い。
 フルートとハープのための協奏曲はギャラント様式による華やかな曲で、これも人気曲だ。フルートはともかく、ハープをソロ楽器にするところが異色なのだが、モーツァルトは素晴らしい曲を書いた。この曲にふさわしい生き生きとした演奏で、DSFではハープの粒だちの良さが引き立つ。
 協奏交響曲はオーボエ、クラリネット、ホルン、ファゴットを独奏にした協奏曲。今回初めて聴いたのだが、4つのソロ楽器の受け渡しが心憎いほどうまく書かれている。オーケストラパートが奏でる旋律も極上。録音当時はモーツァルトの作品として疑いが持たれ、偽作扱いだった曲だと思うけれども、今はどうなのだろうか。モーツァルトの真作と思いたくなるような演奏である。
 そしてホルン協奏曲の第1番から第4番。ホルンのソロはギュンター・ヘーグナーで、楽器は一般的なフレンチ・ホルンではなくウィーン独特のウィンナー・ホルン。温かみのある音色が特徴だ。ホルン独特の広がる音色、透明感がDSFでの聴きどころだと思う。
 最後のファゴット協奏曲は収録曲の中でいちばん若い時期の作曲。青年モーツァルトらしいキビキビとした曲だ。しかし満天から降り注ぐ喜び、ふっと影をさす哀しさなど、“これぞモーツァルト”とため息がもれるところは他の協奏曲と同じ。
 このように『モーツァルト:管楽器のための協奏曲集』は、ベームとウィーン・フィルの名手達でモーツァルトを聴く幸せにひたれる。ぜひハイレゾで聴いていただきたい。



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