【ハクエイ・キム】“ピアノの貴公子返上”で新境地に挑んだトライソニーク『ボーダレス・アワー』 インタビュー

ハクエイ・キム   2013/08/28掲載
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 ジャズ・ピアニストのハクエイ・キム率いるバンド、トライソニークが、セカンド・アルバム『ボーダレス・アワー』をリリースした。アコースティック・ピアノでのリリカルな演奏を得意とする白皙のピアニスト、というイメージが強いハクエイだが、このアルバムはプログレッシヴ・ロック的ですらあるエレクトリック・サウンド。ピアノだけでなく、新しく開発された鍵盤楽器「ネオヴィコード」を駆使してユニークな音楽をクリエイトしたハクエイに、このバンドに賭ける思いを語ってもらった。
――この『ボーダレス・アワー』はトライソニークのセカンド・アルバムですが、バンドを結成したのはかなり前ですよね。
「もう4年になりますね。でもこのアルバムの曲については、わりと最近出来たものばかりなんです。去年の9月ごろに1、2曲できて、それから2月のレコーディングまでにまとめて作りました」
――曲はすべてハクエイさんのオリジナルですね。
「はい。他のメンバーにも作って、と言っているんですが、誰も作ってくれない(笑)。でも、僕一人でアレンジをするというのはこのバンドではないですね。みんながいろいろアイディアを出してくれて、どんどん変わっていきます。最初は自分のオリジナルが人にいじくり回されるのに抵抗があって(笑)、でも後から考えると納得できるんですね。自分にない世界がどんどん出てくるから」
――アルバムを聴いて、精緻に作りこまれているのに“ライヴ感”も強く感じたのですが、録音の方法は?
 「基本的にはジャズのアルバムの作り方と最初は変わらないんです。ライヴでやったことをそのままスタジオでやって、その後にレコーディングでしか出来ない要素を乗せたということですね」
――ネオヴィコードという聞いたことのない楽器をお使いになっていますが、これはどういう楽器なんですか?
 「ネオヴィコードは、クラヴィコードという古い鍵盤楽器に興味を持っている大学教授の方がいて、その方がクラヴィコードを改良した楽器です。僕がいつもお願いしている調律師がその方の知り合いで、紹介されて会いにいったんです。演奏してみたら、ワクワクするような音が出る楽器だったので、今度の録音に使わせていただきたいとお願いしました。最初に聴いた音がアコギっぽかったんです。でも彼も、僕がネオヴィコードにピックアップ・マイクを付けてディストーションをかけたりする、とは思っていなかったみたい(笑)。もともとはアコースティックでも演奏できる楽器ですが、音量がすごく小さいんです。ですので、ピアノに取り付けるピックアップ・マイクを製作している方にも開発チームに入っていただきました。今度はライヴで使えるコンパクトなツアー・ヴァージョンを製作してもらっているんですよ」
――シンセサイザーのような電子楽器ではなく、生楽器を電気的に増幅した電気楽器、というところがおもしろいですね。
 「電子楽器でなく電気楽器、ということにはこだわりがあります。電子楽器って、演奏者の細かいニュアンスが伝わりにくいと思っていまして、電気楽器だとまだそこが伝わるのでは、と」
――たとえば2曲目の「ジャッキー・オン・ザ・ラン」で、ピアノと同時にソロを弾いているのがそれですね。この音はどうやって?
 「2曲目のネオヴィコードの音は、まずアンプ・シミュレーターを通して、そこにフランジャーとディレイをかけたものです。最初にピアノでソロを弾いて、そこにダビングしたんですけど、はじめはピアノ・ソロを弾くときに、ネオヴィコードが入るための隙間を開けてたんですね。でもやってみたら嘘っぽかったので、次は隙間を意識せずにピアノをまず弾いて、その後にネオヴィコードのソロをかぶせたら、両方がクロスオーヴァーして、いい感じになりました」
――ライヴでもお使いになるんですよね。どんな感じですか?
 「ライヴでやるときはこうやってこうやって(と両手を広げて)、片手がピアノで片手がネオヴィコード。けっこう疲れるんですけどおもしろいです。ピアノとは鍵盤の大きさもタッチも違うので、指が滑っちゃったりもするんですが、それもありか、と」
――リズム的なチャレンジというか、変拍子の曲が印象的です。たとえば「パラレル・ブルース」という曲は、7拍子・6拍子・5拍子・8拍子…と移行していくんですが、意識的に変拍子の曲を増やした、ということでしょうか。
 「リズムが変化していく曲はおもしろいですよ。でも僕は最初に変拍子の曲を作るぞ、と思っているんじゃなくって、歌ってみたらたまたま変拍子になった、というのがいいと思います。民俗音楽の変拍子もそうですよね。今のジャズって、たとえば7拍子をさらに境目を分からなくしてさらっと演奏して、“どう?”みたいな感じが多いんですが、僕はそれはあまり好きじゃない。そういうのは学生の時にさんざんやりましたし。それより、ロック的というか、このフレーズがいい、と思ってやったらたまたま変拍子になった、という感じでやってますね」
――あーなるほど。今のジャズの変拍子って「割り算」っぽいのが多いですもんね。7を3で割るとどうなるか、みたいな。
「割り算的な発想って、数学がずっと赤点だったので苦手です(笑)。そういう発想ですばらしい音楽ができることもあるとは思いますが、僕のやり方じゃないな……」
――他に今回の曲作りで意識したことはありますか?
 「曲作りは、今回はリフを中心に作った曲が多いですね。ロックの曲って、歴史に遺る名リフが多いじゃないですか。それを意識しました。もともとロック・バンドのキーボードをやっていて、自分の世界を拡げたくてジャズに接近した、という経緯がありますので、自分の中ではジャズだロックだ、という区別はあまりないんです。ジャズ・ピアニストとしての僕のファンは、これを聴いて“なんじゃこれは?”って思うかもしれないけれど、このアルバムを作ることは僕にとって絶対に必要なことだったし、内容にはそれなりに自信がありますしね。だからこれを聴いて、あ、いいな、と思ってくださる人が一人でもいたらうれしいですね」
――ミックスや楽器の音色にたいへん神経を使っているように思えますが、どれぐらいの時間をかけたのですか?
 「ミックスや音色を変えたりする方に時間がかかりましたね。レコーディングが3日で、ミックスが2日」
ディレクター 「ミックスはメンバーが非常にこだわったため2日といっても両日深夜までやったので深夜料金がかかり、結局3日借りるより高くついてしまいました(笑)」
 「杉本さんがプロトゥールズを自宅に持って帰ってミックスする、ということもやってみたんですが、3人とも自分のサウンドにこだわりがすごくあるので、結局スタジオで一からやりました。それをユニバーサルがやらせてくれた、というのが驚きですよね!」
――トライソニークは“ハクエイ・キム・トリオ”というより、ひとつの“バンド”という感じがしますが、ベースの杉本智和さんと、ドラムスの大槻“KALTA”英宣さんの魅力について語ってください。
 「杉本さんはトライソニークの中で、総合的な音楽監督的な役割かな。僕も自分では先が見えているつもりなんですが、杉本さんはもっと先まで見えている人だと思います。それと、彼は音楽をただ音楽でしか見ているのではなく、“音楽の先や裏にある何か”を表現するために音楽をやっている、という感じがします。そこがとても共感できます。いい音楽家になるために音楽をやる、ということだけだと、僕はつまらなくなっちゃうと思うんですよ。杉本さんに“ほらこの音の向こうにダリの絵が見えるでしょ”と本気で言われて(笑)、うーんなるほど、と。KALTAさんもそういうところはあるんですが、彼はもっと数学者的というか理詰めです。レコーディング・エンジニアでもあった人なので、今回のレコーディングでは力を発揮しましたね。あと、KALTAさんはフュージョン的なジャンルの人で、杉本さんはスピリチュアルなジャズを追求している人、みたいなイメージがあるみたいで、よく“なんでこの二人と一緒にやってるの?”って訊かれたりするんですけど、一見合わないような二人がいて、その個性をすりあわせていくのがおもしろいと思うんですよ。僕はその二人をマネジメントするので精一杯(笑)」
――なるほど。お話を伺っていると、本当に“バンド”ですよね。
 「トライソニーク、というバンドを大事にしていきたいですね。トライソニークのピアノって誰? ああ。ハクエイ・キムね、ぐらいになるとうれしいな。バンドのメンバーがソロ活動するときも、“トライソニークのメンバーがソロ活動!”とかね。CDのジャケットにもバンド名が大きく書いてありますしね」
――このアルバムは3人編成ですが、管楽器を入れてもおもしろそうです。
 「実は今度、管楽器を入れたい、と思っているんです。トライソニークは管楽器の人に評判がよくって。今回の曲は管楽器に向いている、と思うんですよね。ライヴでまずトライしてみたいですね。枠にはまらない、いい管楽器プレーヤーいませんか?(笑)」
――さて、「ジャズ・ピアニストのハクエイ・キム」のファンの方たちの、このアルバムについての反応はいかがですか?
 「反応はさまざまですね。このアルバムを聴いて“アコースティックのアルバムはいつ出るんですか?”とか、“ソロ・ピアノの作品は出ますか?”とか言われていますしね。それはありがたいご意見だけど、僕はこのアルバムをやっとかなくちゃだめだ、と思ったんです。普段の僕はジャズ・ピアニストであることが多いから、なかなか難しい面もありますよ。昨日もデイヴ・マシューズさんとデュオで“ボディ・アンド・ソウル”やりましたけど、あれを聴いてくださった方が、このアルバムを買って、帰ってから聴いてどう思ったのか?(笑)とか。でも、ご年配の方に受け入れられないかと思ったら、ロックを通ってきているその世代からいい反応がある、というのがうれしかったですね。今のとがっている若者より、ロックの危ないムーヴメントをリアルタイムで経験している世代の方が豪快ですよね。

 僕はおとなしいピアニストだ、と思われているかもしれませんが、今回はレッドゾーンに突入! という感じで弾いてます。なんかね、少年時代に戻った、みたいな気分なんですよ。子供のときにエマーソン・レイク&パーマーの『展覧会の絵』を聴いて、今なら音楽的に見えてくるものもあるけど、当時は“なんだかわかんないけどとにかく凄い!”と思ったことを思い出したりして。今の学生さんが僕らの演奏を聴いて、そう思ってくれたらうれしいですね」
――サウンド的にもかなりそうですが、曲のタイトルも“プログレ”してますね。
 「プログレの人たちって、なんか不思議やストーリーやキャラを真剣に考えるじゃないですか。“タルカス”ってキャタピラーのついた怪獣ですよ(笑)。それについてリスナーもその意味を一生懸命考えたりして、そういうことがすばらしいですよね。今回は、文明とか時間とかに関係するタイトルの曲が多いですね。今回、曲のタイトルは全部後付けなんですけど、“メソポタミア”という曲の展開は、ひとつの文明の始まりから終りを現している、と考えたわけです。勃興、反映、危機、戦争、滅亡という。メソポタミアというのはすべての文明の大もとになったもので、そのサイクルが何度も繰り返されて人類の歴史がある、ということですね。そんなことを考えながらタイトルを付けていったら、長い時間や人間の営みや文明、みたいなものが繋がったんです。

 僕たちが子供の頃の80年代って、ベルリンの壁が壊れたりして、これからもっと平和な世の中がやってくる、と思ったりしましたよね。でもそう簡単にいかなくて、経済も悪くなって、みんな自分のことだけでいっぱいいっぱいになって。したがって、音楽もアートも希望がない感じになってきたと思います。僕は音楽に希望があってほしいし、そういう音楽をやりたいんです。音楽家、特にジャズ・ミュージシャンはそうだと思うけど、その時々の時代とか権力に対して、疑問の目をもっていると思うんですね。僕たちはそんなに強いメッセージがあるわけじゃないけど、暗い時代の状況を、僕たちの音楽には持ち込みたくない、と思ってはいます」
取材・文 / 村井康司(2013年8月)
【プレゼント】
トライソニーク『ボーダレス・アワー』発売記念ライヴ 東京公演
2組4名様


トライソニーク『ボーダレス・アワー』発売記念ライブ東京公演へCDジャーナル読者2組4名様をご招待いたします。
プレゼントフォームより奮ってご応募ください。

2013年9月13日(金)
ビルボードライブ東京
2ndステージ(開場 20:45 / 開演 21:30)
2組4名様


www.billboard-live.com
トライソニーク
『ボーダレス・アワー』発売記念ライブ
ハクエイ・キム(p)杉本智和(b)大槻“KALTA”英宣(ds)


8月30日(金)大阪 梅田 Billboard Live OSAKA
9月13日(金) 東京 赤坂 Billboard Live TOKYO
9月15日(日) 三重 鈴鹿 どじはうす
9月16日(月) 石川 金沢 もっきりや
9月17日(火) 長野 Back Drop
9月21日(土) 山梨 甲府 CAFE RESTRANT THE COTTON CLUB
9月22日(日) 静岡 袋井 Live & Cafe' MAM'SELLE
9月23日(月) 愛知 名古屋 jazz inn LOVELY
9月25日(水) 群馬 桐生 Jazz & Blues Bar Village
9月26日(木) 福島 いわき Bar QUEEN
9月27日(金) 秋田 Jazz Live House THE CAT WALK
9月28日(土) 岩手 盛岡 Bar Cafe the S
9月29日(日) 栃木 宇都宮 FM栃木 RADIO BERRY


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