ここは最果てだよ──静かに穏やかに、誰にも真似できない歌世界を描き出す京都のシンガー・ソングライター、長谷川健一

長谷川健一   2010/06/11掲載
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ここは最果てだよ──静かに穏やかに、誰にも真似できない歌世界を描き出す京都のシンガー・ソングライター、長谷川健一
 京都のシンガー・ソングライター、長谷川健一が新しいアルバム『震える牙、震える水』をリリース。最初、音を聴いて戸惑った。常日頃、“がさつ”な音楽に塗(まみ)れて暮らしている私にとって、ゆったりとした時間が支配する歌の数々に、しばらく、じっくり向かい合うことができなかった。何度か繰り返し聴くうちに、高速道路を降りて、しばらく一般道の車速に慣れるかのように、あるいは、薄い暗闇に目が慣れるかのように長谷川健一の音楽の輪郭がはっきりと認識できるようになってきた。歌はゆっくりとしながら、同時にピンと張り詰めてもいた。それに気づく頃には、すでに彼の音楽にすっかりと掴まれていた。この歌が何処から生まれてきたのか。そのヒントを探りに指定された場所へ向かった。そこは、最果て(「絶景」から)……ではなく、京都左京区の歴史ある洋館アパートの一室。ご本人に淹れていただいた美味しいコーヒーを呑みながら。


――生まれも育ちも京都ですか。
長谷川健一(以下、同) 「そうです。実家は右京区で、25歳くらいにひとり暮らしを始めるときに上京区に引越して、その後すぐに左京区に。そこから、何軒か変わってますけど、ずっと京都に住んでます」
――ジャケのイラストはJR京都駅ですね。
 「デザイナーから、最初、京都の景色を使いたい、と言われたんですけど、鴨川とか、なんか違うなーと思って。僕自身、いかにも京都らしい歌を歌ってるわけでもないですし」
――普通、ってことはないですけど、京都駅といってイメージするのは京都タワーのある側ですよね。
 「そうですね、八条(口)ってあんまり一般的には知られてないかもしれないですけど、10年くらい京都駅でバイトしてたんで、僕にはこれが慣れ親しんだ風景です。僕が写真撮ったのをイラストにしてもらいました」



撮影/船橋岳大
――京都で暮らしていることが作品に具体的な影響を与えていると思いますか。
 「去年、会社を辞めて、それから毎月、東京でライヴを演るようになりました。東京に行くと、たとえば、こういうミュージシャンがいる、とか、こういう傾向のCDが売れているとか、そういう情報を知らずにいることができないな、と感じて。反対に言えば、こっち(京都)にいると、そういうのとは無縁で。僕自身、影響を受けやすいほうなんで(笑)、あえて、それがなくて良かったかな、と」
――最初に音楽に触れたきっかけは。
 「父親がクラシック・ギターを弾いてて。そのギターを中学の時にもらったんです。コードが書いてある歌本を買ってきて、ひとりでコードを覚えはじめました。高校1年のとき、エレキ・ギターを買ってもらって、それも練習しました。ラジオで好きな曲を聴いて、主にコードを取っていくことばかりしてました。速弾きとかができないんで(笑)。『ロッキン・オン』とか読んでて、オアシスとか、レディオヘッドとか、載ってるのは一通り聴いてました。あと、今も聴いてるんでけど、尾崎豊とか。それから、ジェフ・バックリィが好きになって、あの人の弾き語りのギターって、パッと聴いてどうやってるのかわからなかったんですけど、すごく気に入りました」
――自分で曲を作り始めるのは、いつごろですか。


 「大学に入ってコピーバンド演ってたんです。そこでは歌わずに、ミッシェル・ガン・エレファントとか、オアシスとかのギターを弾いてました。曲を作り始めたのは、大学4回の頃で、それはバンドとは別にひとりで。MTRを買って、小室哲哉みたいにヴォーカルを重ねて。就職活動もせず(笑)」
――その頃の曲は今と同じスタイルですか。
 「いやー、もう、歌がヘタで(笑)。それまで人前で歌ったことなんてなかったんで。作ったテープをオーディションや、フリーペーパーを作ってる人なんかに聴かせたりしたりしていると、必ず、“ライヴはしないんですか?”と聞かれて、じゃあ、やらないかんな、と。実家の近所にスタジオがあって、そこに週3〜4日、一日4時間入って、ライヴの練習をして、それをテープレコーダーで録音して、家で聴き返して……を繰り返してました。そのうち、だんだん、大きな声で歌うようになってきました。歌い上げるというんじゃなくて、ただ大声で歌ってて、最初は押すところも、引くところも考えずに全部、オンで歌ってました。歌っててもしんどいし、聴いててもしんどかったと思います(笑)」
――音楽を仕事にしよう、と思ってましたか。
 「ずっと食べていけるとは思ってなかったですね。まず、人前でちゃんとライヴができるようになろう、と最初はそれだけ考えてました。同時に曲はずっと作り続けてました」
――あえて、ナンセンスな質問を。もし、誰かの作った歌を歌うことと、誰かに曲を作ること、どちらかひとつを選ばなくてはいけないとしたら……。
 「選べないですね。シンガー・ソングライターということで、ひとつですね。たとえば、レコーディングのときにも、パートごとにギターと歌と分けて録音することでさえ、難しいんです。いつも同時にやってるんで」
――ひとりで歌うために作った曲に伴奏をつけたのは船戸博史さん(ベース奏者。長谷川の最初の2枚、『星霜』『凍る炎』のプロデューサー)が最初ですか。
 「そうですね。ポップスとか歌謡曲とかロックとか聴きながら、フリージャズも熱心に聴いていて、その流れで船戸さんを知って、何度かライヴに足を運ぶうち、自作曲のテープを渡したら、一緒にやってみる?と言われたのがきっかけです。船戸さんと、ドラムスの伊藤(拓史)さんと3人で始めたのが、6〜7年前かな。なので、ちゃんとバンドやりだしたのは30歳を越えてです」
――歌詞についてお聞かせください。いつも歌詞のことを考えていますか。それとも曲作りをしようと思ってから、考え始めますか。


 「ここ何年かは曲を作ろうとしてですね。最初に鼻歌でメロディを作って、それに言葉を乗せていく感じです」
――実際に自分が見た風景なのか、頭の中にある風景なのかが、ひとつの曲の中で入り交じった独特な歌詞世界ですよね。
 「そうですね……。あんまりメッセージ性とかは無くて、思いついた断片、断片を繋いでいるだけなんですけど。書いてるうちに、どんどん自分でもわけがわかんなくなっていくこともあって(笑)、書き直したりもします。今度の(『震える牙、震える水』)にも10年くらい前に作った曲が入ってますけど、その歌詞をどんな気持ちで作ったか、とか、まったく覚えてないです。歌詞については、聴いた人が勝手に想像してもらえれば、いいかな、と。メロディより歌詞を大きく捉えている人が多いな、とは感じますけど」
――最後に『震える牙、震える水』について。
 「集大成と言ってもいいと思います。曲数も、これが初めてのフル・アルバムという感じで。メンバーも船戸さんと山本達久さん(ドラム)、 石橋英子さん(ピアノ、コーラス)と豪華やな、と思いますし。ありふれた言葉ですけど、音楽好きな人や嫌いな人、いろんな人に聴いてほしいです」
――音楽以外で、たとえば文学や映画みたいに、それ以外になにか影響を受けているものってありますか。
 「なんですかね。御飯作ることとか、食べることが好きなんですよ。そういうことがなんか繋がってる気もします。自分より若い、20代の人が飯食わんとレコード買ったりしてるの見てると、食べたほうがいいのに、と思うようになってきましたね。僕も昔は同じことしてたんやけど、やっぱり食べることが大事やな、と。一食、一食、雑に出来ないというか。作ったものを美味しいと言ってもらえるのと、作った曲をいいな、と言ってもらえるのは同じ感じがします」


取材・文/安田謙一(2010年6月)
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