ExT Recordings 10th ANNIVERSARY――対談: 永田一直 × tomad

永田一直(KAZUNAO NAGATA)   2016/12/22掲載
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 驚異的なロングセラーとなったDE DE MOUSEの1stアルバム『tide of stars』の衝撃から早くも10年。
 日本の90sテクノ黎明期を支えた最重要レーベル「TRANSONIC RECORDS」の主宰者であった永田一直が2006年に設立した「ExT Recordings(エックスティー・レコーディング)」が、10周年を迎えた。
 レーベル第1号となったDE DE MOUSE、今や看板的存在のCHERRYBOY FUNCTION、レーベル初のロック・バンドとなるビイドロ、唯一無二のエキゾダブ・ユニットのKING OF OPUS、新世代インダストリアル・ユニットのCARREなど、ExTから発信される音楽はどれも圧倒的な個性を持つものばかり。最新ベスト・コンピレーション『ExT BEST FILE』には、レーベルのそんな濃密な10年が凝縮されている。影響を公言する若き才能が続々と出現しているのも納得だ。
 このたび、その若き才能の中から、Maltine Recordsの首謀者であるtomadと、永田一直の対談が実現。
 CDやアナログ・レコードといったフィジカルな形態で作品をリリースするExT。片やMaltineは、音源の無料ダウンロードが売りのネット・レーベル。両者は両極端に位置しているように見える。しかしそれは手法に限っての話であり、音楽に対するアティテュードや、交友関係には驚くほど共通項が多い。イベントでのアーティストの交流もますます活性化しており、ここから新たな何かが誕生することは間違いないだろう。今回の2人の対話も、様々な興味深いエピソードから今後のヴィジョンまで、予定時間を大幅に超過する熱いものとなった。
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――今回の対談は永田君からの希望で実現したのですが、対談相手にtomad君を選んだ理由というのは?
永田一直(以下 永田) 「5年前の5周年の時に、あるインタビューで言ってたんですよ。今はネット・レーベルでブイブイ言わせてる20代前半の連中がいると。具体的に(レーベルの)名前は出してないけど、それはMaltineのことを言ってたの。あと、不思議に思ってることもたくさんあるから聞いてみたいってのがあって。正直、まだ配信だけじゃ(収入面で)レーベルを回せない。でもMaltineはほぼ全部配信で無料なわけでしょ?最初はそこがまったく理解不能っていうか、自分のキャパ超えて分かんないことになってて。こうやって人間は年を取るんだなって思ったんだけど(笑)」
tomad 「逆に僕らからすると、CDはハードルがすごく高くて、かといって(自分たちのは)デモテープをどっかに持ってくような音楽でもないし、みたいな。2000年ぐらいから海外でネットレーベルが徐々に出てきて、その音源とかも聴いてたんで、とりあえずこれを真似してやってみようみたいなノリで始めたんです。CDアンチみたいな感じでもなく、自分たちにできる範囲で、サーバーを借りてアップロードして聴いてもらう、みたいなノリで」
永田 「ExTは10年やって実質(リリース・タイトル数は)20枚。アーティストは6組。Maltineは何タイトル、何組?」
tomad 「今157タイトルで、何組いるんだろう?50組くらいはいると思うんですよね。でもフリーだから色々出せるっていうのもあると思っていて。あんまり出し過ぎないように気を付けていますね。けっこう有名になってくると出してほしいみたいなオファーはたくさん来るんですけど、自分が納得いくように出していかないと後悔するので」
永田 「アーティストはお金のこととか言ってこないの?」
tomad 「そうですね。リリースは基本無料っていうか、お金のやりとりなしでやらしてもらうみたいな感じですよね」
永田 「逆に“お金を出してくれないならやらない”って言う人とは付き合わない感じ?」
tomad 「今までそれでダメになったみたいな例はないですね。向こうも了承したうえで、出したいって言ってくれる、みたいな」
――活動を続けるうえで、有料化しようと思ったことはないのですか?
tomad 「有料化しようかなと思った時期もあるっちゃあるんですけど、最初のスタンスを崩さないほうがいいかなっていう気もしていて。基本的に無料でどんどんリリースを重ねていって、お金とれるとこっていうのは、イベントとか、あと他の(グッズなどの)物販とか、他のレーベルからお願いされてリミックスを制作をするみたいなところから」
永田 「パーティだってものすごい人が入るわけじゃない?1000人近くとか絶対入るわけでしょ?それとかもものすごい驚異的だし」
tomad 「最初に広めちゃおう、みたいのがあって。ちょうどTwitterとかFacebookが出てきて、口コミで広がる土壌が整った時だったんで」
永田 「タイミングがかなり合致したと」
――アーティストはどうやって見つけてくるのですか?
tomad 「僕から言うと、デモテープは週に1本ぐらいは来るんですけど、あんまりいい人はいなくって。個人で音源をSoundCloudとかに上げてる人に僕が声かけて出させてもらうとか、“この人、いいよ”と友達伝いに紹介されたり。あとはクラブで出会ったりとか。そういうことが多いですね。どういう人なのかを知って出したほうがいい結果に繋がるな、っていうのは思います」
永田 「そうね。今はネットが当たり前の時代だけど、実際に会ってみないとね。ExTも、DE DE MOUSEとかCHERRYBOY FUNCTIONとかは人伝いだし」
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――永田君は90年代から日本のインディ・テクノ・レーベルの草分けと言うべきTRANSONIC RECORDSで精力的に作品を発表してきましたが、2004年にレーベルの活動を停止させますよね。そして2006年にExT Recordingsを新たに立ち上げる。その辺の流れはどういうものだったのですか?
永田 「TRANSONICは10年で100タイトル以上出してるんだけど、TRANSONICの時はネットがなかったし、CD作るのってまだ高額で命がけだったのね。バンドと違ってテクノのアーティストは家でDATで完パケ作れるから、(音源製作は)ゼロ円でいけるけど、マスタリングや盤のプレスはお金がかかるから、最低でも600枚売らないと製造費も出ないみたいな。でも無理してやってたのは、それしか発表の場がなかったから。しかもその時は同世代と先輩の人ばっかりで、下がいなかった。自分が一番下ぐらいで、相当な苦労しつつCDをバンバン出してた。ところがメジャー展開やってしくじり、一度メジャー展開やっちゃうとレベルも下げらんないから、どんどんきつくなってくる。そうすると、“もう違う商売やりてえや!”ってなってきちゃって、一回(前線から)退いて世捨て人みたいになってた時期が一瞬あったのね」
tomad 「(そういう時に)DE DEさんと出会えて、“またレーベルやろう!”みたいな?」
永田 「まさにそれ。ただ、そのちょっと前にCHERRYBOY FUNCTIONが、虹釜(太郎)がやってる〈360°〉っていうアヴァンギャルドなレーベルのコンピ(『Mecadog』)に提供した〈Time Tunnel〉って曲がものすごくよくて。あれでハッとなったのね。これは何かあるかも、って思ったんだけど、でもまだレーベルをやるまでにはいかなかった。でもそれからしばらくしてDE DE君を見た時に“アッ!”て思って。〈RAW LIFE〉っていうメチャクチャな野外パーティがあった時に俺がひとつブースを仕切ることになって、まだ無名だったDE DE君をピークタイムにもってきたら、まあ大当たりして。(盛り上がりが)あまりにすごかったから、自分も(レーベルを新たに始めることで)再起しようと思ったの」
tomad 「〈RAW LIFE〉的なシーンっていうのは行けなかったっていうか、僕は遠目で見てたみたいな感じだったんですけど」
永田 「だってその頃はまだ高校生でしょ?」
tomad 「そうですね」
永田 「あれは高校生が来ちゃまずいイベント(笑)」
tomad 「あ、やってるな、みたいな。DE DEさんが高円寺のライヴハウスでやったリリース・イベントとかにも行ってて」
永田 「すごいね、それ。2006年のExTの旗上げのやつだね」
tomad 「僕が普通にインターネットにDJ MIXあげてたら、DJ WILDPARTYから“イベントに一緒に出てくれないか?”みたいなメールが来て、高円寺のライヴハウスでブレイクコアのイベントをやるようになって。その繋がりで周りの人と仲良くなって、DE DEさんのイベントとかも遊びに行った感じだと思うんですよね」
永田 「Maltine軍団形成についても知りたくて。たとえばtofubeatsなんかは神戸の人じゃない?ネットを介して会うわけで、昔から知ってるわけじゃなかったんでしょ?」
tomad 「そうですね。最初、お互いブログを見てて、何かのきっかけでメッセージを送って、そこから徐々に繋がっていったという感じですね。初めて会ったのが2008年の〈WIRE〉かな。サブステージみたいなところにtofubeatsが出るってことで観に行ったんですけど。彼がまだ18歳くらいの頃で」
永田 「tofubeatsは、CHERRYBOY FUNCTIONのトラックを使ったマッシュアップをできたばかりのニコ動に上げてて、そのおかげでCHERRYBOY FUNCTIONの1stがそれまでの倍以上売れたという(笑)」
――tomad君は昔のTRANSONICの音源も遡って聴いたりはしたんですか?
tomad 「そうですね。ちょっとずつ聴いたりとか、あと(永田さんから)CDもらったりとか」
永田 「ACiDWHiTEHOUSEって気の利いた名前のユニットやってるアルマンドって奴とちょいちょい呑んでて。“事務所の倉庫にあるCDの在庫を整理したいので、手伝ってくれる人集めてくれない?”って言ったら、連れてきた一人がtomad君だった(笑)。(バイト代のかわりに)好きなの持ってっていいよ、って(笑)」
tomad 「アルマンドさんとは、なぜか高円寺繋がりってのがあったと思うんですけど。ドムスタとかでやってるイベントがあって。実機でノイズ出してる人がいるな、みたいな感じで、そのまわりと仲良くなっていったんです」
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永田 「そういうとこ、ちゃんと通ってんだよね。高円寺にドムスタジオ(Sound Studio DOM)っていうバンドの練習スタジオがあって、そこをやってるのが面白い人達で、その練習スタジオでイベントをやることになったんだけど、ほとんどスクワット・パーティみたいなやつで(笑)。事務所から徒歩1分ぐらいのとこだったし、こっちはExT始めるちょっと前で暇だし、タダで飲ましてくれるなら行くよって感じで1年ぐらいそのイベントに出てた。」
tomad 「そういう〈RAW LIFE〉的なシーンのパーティに行きつつ、インターネットもやってたみたいな感じで。自分で後々イベントとかも始めるようになって、三軒茶屋にHELL'S BARっていう箱があったんですけど(2014年閉店)、そこでCHERRYBOYさんとかDJで初めて呼ばせてもらったりとかして」
永田 「2階にあったとこだっけ?俺も何回か(DJを)やったことある」
tomad 「そういうとこのシーンは通ってきつつ、色々な部分を参考というか、反面教師にして(笑)」
永田 「反面教師大事だよ、本当(笑)」
――永田君はExT以外にも和モノイベントの〈和ラダイスガラージ〉をオーガナイズしたり、DJ / 電子音響作家としてたくさんのイベントに出演していますよね。それだけ精力的に現場に関わるのは、何が原動力なんですか?
永田 「こっちも47歳とかになって、明らかに老いてきていて、若者のクラブとか行くの気が退けるようになってきたよ。邪魔しちゃいけねえなって思うし。でも新しいことが起きる瞬間が見たい。今でもそう思ってる。自分らは子供の頃にYMOが出てきて音楽だけじゃなく服装から何から、文化も変わっちゃったのを見てきた。で、90年代に入ってからのクラブ・ミュージックとしてのテクノ。そういう明らかに新しい事が起きる瞬間を見てきちゃったから、ずーっとその癖が抜けないっていうか。逆に過去のことにあまりに無頓着っていうか、無責任と言われるけども、どうしてもそればっかりは仕方がないんだよね。いまだにテクノって新しいものだと思ってるから。これは音楽のフォームの話じゃなくて、考え方ってことね。せっかく先鋭的な音楽なのに、それを何年も引きずる意味が分からんとか、すぐ思っちゃうから。」
――ExTでビイドロみたいなギター・バンドをリリースするのもそういう理由から?
永田 「音楽はフォームじゃないってことですよ。変わったものが好きっていうね。たとえばムーンライダーズがテクノ・バンドかっていうと、そうではないでしょ?どっちかっていうと、ロック・バンドじゃないですか。そういうことも関係ありますよ。ライダーズが好きだったっていうこととか。子供の頃は生ドラムが入るぐらいでもう嫌だって思ってたけど、大人になると、そういうロック・バンドの形態が好きになってきたりとか。極端に内田裕也を好きになって〈ニューイヤーロックフェスティバル〉を本当に観に行ってしまうとか(笑)でもニューウェイヴって、そういう大きな振れ幅があるじゃないですか。テクノ寄りのニューウェイヴもあれば、パンク寄りなのもあるし、エスニック寄りなのとかもある。ニューウェイヴ感覚が抜けないってことだよね。常に変わったもの、新しいものが好きだっていう」
――ビイドロをリリースすることにしたのは、どういう経緯で?
永田 「伊集院 光のラジオを聴いてたら、彼らの曲〈くじらの半回転〉が流れたの。びっくりして。なんだ!? このNEU!が日本語の歌モノになったみたいなバンドは!って。ラジオなんて、今普通に売れてるものしかかからないじゃない?調べてみたらメジャーじゃないし、どうやら活動を休止しているらしい。でもCDが出たから1回だけライヴをするっていうので観に行って。十中八九今の日本語詞って、そんなこと歌わなくてもいいよっていうものばかりだけど、ビイドロはしっくりきたんだよね。あと、わざと3ピースの形態は崩さないって言ってて。でもエフェクトとか相当凝ってるし、聴いた時にただものじゃないなと思った。それで“(本格的に)活動再開しませんか?”って話をしたら、してくれて。〈和ラダイスガラージ特別篇2013〉を活動再開の場に用意して。その時の共演が(((さらうんど)))一十三十一砂原良徳。お客さんもパンパンに入って良かった。それが3年くらい前。だから今回のコンピ『ExT BEST FILE』もそうだけど、ビイドロだけは歌も入っているし、異質にはなると思うんだよね。エレクトリックなものではないから。前だったらレーベルを分けたりしたんだろうけど、新しいレーベル名考えるのが面倒くさいってのもあって(笑)」
tomad 「僕は90年代を体感できなかったんですけど、その頃のレイヴの音源とかは好きで。YouTubeに上がってる動画を見て(この時代は)面白かったんだろうなと思いつつ、でも(自分は)今の時代でやれることをやっていくしかないな、みたいな感じがありますね。ただ、テクノとかクラブ・ミュージックばっかりになっちゃうと、ちょっとハードコアになり過ぎちゃう面も実感として見てきたので、もうちょっとポップな要素を入れて、どうにかお客さんが増えないかなみたいのを模索していたっていうのはありますね。最初(に関わったの)がブレイクコアっていうジャンルで、シーンができて終わっていくみたいなのを見てきたから」
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――レーベルとして新しい展開を考えたりはしていますか?
tomad 「基本的にこのままでやりつつも、そうですね……(しばし考え込む)」
永田 「メジャーが寄ってきたりはしないの?レーベルごとうちで、みたいな話はなかったの?」
tomad 「ちょいちょい、CDを出させてくれとかはあったけど、あんまりそこで出しちゃうと面白味がなくなっちゃうな、みたいな」
永田 「はい、その通りです(笑)。TRANSONICがメジャーでやった時、大失敗したからね。メジャーだから宣伝費なんかアホみたいに使うけど、結局売り上げ(インディ時代と)変わんなくてさ。昔のお客さんが離れていって、新しいお客さんは離れていったお客さんと同じくらいの数。ただ入れ替わっただけ。収入はインディ時代の十分の一……あの時にそういう考え方ができればしくじらなかったって気がするけど、しくじったおかげでExTができたってとこもある(笑)。そのへんの慎重さはすごいよね」
tomad 「それは貫いていたほうがいいかなと思って。今、メジャーレーベルの仕事とかも手伝っているんですよ。トイズファクトリーの中にレーベルを立ち上げるみたいなことをやってるんですけど、それはMaltineとは別で考えていて。Maltineで人気になってきたアーティストを次のステップに行かせるためのレーベル。このあいだPa's Lam System(パズラムシステム)っていうアーティストを出したんですけど、それはほぼ僕が仕切って。アートワークとかホームページとかPVとかをまとめてリリースさせてもらったみたいな感じですね。配信限定のEP(『TWISTSTEP』)だったんですけど、iTunesの総合チャートで30分ぐらいなんですけど1位とったりとか、クラブ・ミュージックでは頑張ったかな、みたいな」
永田 「すごいな(笑)」
tomad 「そういうのもやりつつ、基本Maltineは新しいことをやりたいというのが常にあって」
永田 「そういう場を並走させてるのはいいやりかただね」
tomad 「Maltineからリリースしても(自分に)お金が返ってくるわけじゃないんで、自分のモチベーションが上がらない盤は出したくないなっていうのはすごくあって」
永田 「長くやってたくさん出してくると、そういうこともあるからねえ(笑)」
tomad 「中途半端なやつを出しちゃうと、徐々に後悔が。もうちょっと、ここはこうできたんじゃないか、みたいな。そこは自分の中での美学の問題というか」
永田 「そこでのジャッジができるってことは、レーベルをうまくやる人向きだよね。ジャッジに確固たるものがあるから、うまくいくわけですよ」
tomad 「レーベルとして繋げていくみたいなことをけっこう考えたりしますね。たとえば、出す時に別のアーティストにリミックスさせたりとか。レーベルの中でコラボレーションができていくほうが面白いかなと思って。あとは一度盛り上がった時期とかあっても、次の手を考えておかないとすぐ終わっちゃうから、そういうのを意識したりとか」
永田 「偉いな。俺、そういうのできないんだよ(笑)。こう見えて、わりと後先のことを考えない(笑)。新しいものに突っ込んでいくけど、後先考えない。今でもそうだからね。流行に乗るとかじゃなくて、どうやっても一番最初に見つけたいというか、最初のほうに入りたい。たとえばジュークとかゴルジェとかは完全に乗り遅れたと思ったから、手を出すのはやめたの。ジュークのPAISLEY PARKSとかすげえ面白かったし、彼らの所属する横浜PPPは弟分みたいな奴らだから、出そうと思った時期もあったけど、彼らは彼らでBandcampで販売していくっていう確固たるやり方だったから、KING OF OPUSのリミックスだけ頼んだ。PAISLEY PARKSのって奴は高校生の時にKING OF OPUSにやられちゃった人だから、(リミックスを依頼した時は)本当に喜んでくれたし、リミックスの最後のくだりにKING OF OPUSの1stのサンプリングを持ってきた。あれはけっこう感涙でしたよ」
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――そういう意味では、今回のコンピは10年間の活動のベスト・トラック集でもありますね。
永田 「そうだね。実際6組しか入ってないけど、ECDELEKTRO HUMANGELって電子ハードコア・パンクのバンドと一緒にやってる曲も入ってるし。TRANSONIC時代の10年から考えるとタイトルやアーティストの数は全然少ないけど、それでよかったんじゃないかな。片やMaltineみたいに、150以上のタイトル出して50組っていうとこもあるわけだし。こっちが下手に若者に近づいても、うさんくさいでしょ(笑)?」
――tomad君にとってExTはどういう存在ですか?
tomad 「長く続いてるインディ・レーベルで、話を分かってもらえるっていうか。Maltineから見て近くにあるなってところだと、それこそExTとか、イベントにイルリメさんを出させてもらったカクバリズムぐらいが芯を持ってやってるなって感覚があって。そういうレーベルが続いていってくれてるってのはありがたいっていうか、こっちとしてもやる気になりますね」
永田 「嬉しいことですよ。こっちは体力も落ちてきてるし、止めたいなと思う時もあるわけですよ。でも自分よりも一回り上くらいの先輩、たとえば幻の名盤解放同盟の人たちとか井出 靖さんとか見てると、まだまだと思う。このあいだ井出さん主催のイベント〈HOME PARTY〉でDJさせてもらったんだけど、平日で500人とか入ってて、お客さんほとんど40〜50代だよ。それもオシャレな、元不良みたいな人しかいないしさ。ああいうのを見ると、励みになる。(さらに自分よりも若い世代に)今みたいなこと言ってもらえるってのも、嬉しい話ですよ」
――永田君としては、10周年で一区切りという感じはありますか?
永田 「あるんじゃないかな。これからは、今までの10年と同じことはやらないと思うし。かといって、何やろうとかまだ考えついてないけどね。前みたいに自分から探し回るようなことはしないかもしれないけど、新しい人が突発的に出てきたら、やっていきたいよね」
tomad 「Maltineとしては、Maltineの音のカラーみたいのができ過ぎちゃってるので、ちょっとそこから離れたアーティストをリリースしていきたいな、みたいな。逆にマニアックな方向に行く可能性みたいなのはあると思いますね」
永田 「これだけは指南しときますけど、あまり行き過ぎないように。戻ってこられなくなっちゃうから(笑)」
取材・文 / 小暮秀夫(2016年12月)
撮影 / 久保田千史
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2016年12月23日(金・祝)
東京 代官山 UNIT / SALOON / UNICE
開場 / 開演 23:00
前売 3,800円 / 当日 4,300円(税込 / 別途ドリンク代)
※未成年者の入場不可 / 要顔写真付きID


[live]
DE DE MOUSE / CHERRYBOY FUNCTION / ビイドロ / KING OF OPUS / CARRE / OS(ORGANIZATION + shirakosound) / ELEKTRO HUMANGEL / DORIAN / 脳 / PALM STREET / 町あかり

[DJ]
砂原良徳 / tofubeats / WILDPARTY / XTAL / LATIN QUARTER / GROSS DRESSER / SUNGA / AKIRAM EN / yudayajazz / 秘密博士 / 珍盤亭娯楽師匠 / 中村保夫 / KAZU / MOCHO / 永田一直

[VJ]
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