「ある意味、すごく危険な思想のアルバムかもしれないんですけどね」――坂本慎太郎、2ndアルバム『ナマで踊ろう』を語る。

坂本慎太郎   2014/05/27掲載
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坂本慎太郎
“ナマで踊ろう”
坂本慎太郎の2ndソロ・アルバム『ナマで踊ろう』を初めて通して聴いたとき、この架空の未来の寓話に描かれた日本の姿のおそろしさに、言葉をしばらく失った。 なぜなら、そこに描かれた世界をどうしても“架空”とも“未来”とも思えなかったからだ。スチールギターやヴィブラフォンはあちらこちらを浮遊し、チップマンクスのようなムシ声やヴォコーダーがゆらぎながらメッセージを伝え、バンドは淡々とやるせないラウンジ・サウンドを奏でる。かつて人間がにぎやかに生きていたはずの、このぼんやりとした場所で、坂本慎太郎が歌っているのは、この世の地獄のように見える“あの世”なのだろうか、それとも……。聴く者の予想をはるかに超えた世界を描き出した、坂本慎太郎の“幻のその先”を本人の言葉で聞くべくロング・インタビューに臨んだ。
――『ナマで踊ろう』は待望の新作なんですが、こちらの想像のはるか上を行く問題作で、すごく驚きました。ダークでエキゾチックなサウンドはもちろん、歌詞は現代社会に対するおそろしい啓示のようでもあって何度も何度も聴き返しているんです。そもそも、このアルバムの着想はどこから始まったんですか?
 「去年の1月に〈まともがわからない〉のシングルが出た頃には、もうアルバムの2曲目の〈スーパーカルト誕生〉の曲の原型はできていて、“なんかすごくおもしろくなりそうな曲ができたな”と思っていたんです。そこから生まれた妄想をどんどんふくらませて、熟成させたという感じです」
――2012年の暮れに「まともがわからない」の取材をしたときに、ファーストの『幻とのつきあい方』から「まともがわからない」までのモードはここで一区切りという答えがあったんです。と同時に、そのインタビューを読み返すと、「次に作るものについて、アイデアのちっちゃいかけらみたいなのは自分の中にできかけている」とも発言されていたんですよね。その時点で歌詞の方向性もすでに見えかけていたんですか?
 「いや、最初は適当な英語みたいなのが乗っていただけで、歌詞はもっとぜんぜん後ですね。そこにスチールギターを入れたらすごく合いそうだなと思って、13年の1月4日くらいにインターネットでスチールギターを買ったんですよ。そこからチューニングとか弾き方を教則本で覚えて、曲に合わせて弾けるようにしていった感じでした。やっぱり音色の破壊力がすごい。ぴーんと弾いただけで腰が抜けるような音がして、それはもうハマっちゃいましたね」
――ファースト・ソロの『幻とのつきあい方』は、レコーディングで坂本さん自身がそれまで弾いたことのなかったベースも弾いていて、それがあの独特のインナーなファンク感覚の土台になっていたんですが、そういう意味で、今回の鍵となった音色はスチールギターだったんですね。確かに、全篇にわたって妖しい響きがとても印象的なんですけど、このイメージはどこからきたんですか?
 「いわゆる人工的な楽園みたいなものです。といっても、すごいスケールのものじゃなくて、自分が子どもの頃に流れてたCMとかあるじゃないですか。常磐ハワイアン・センターとか、ハトヤホテルみたいなリゾート温泉の。そういう人工的な楽園を作ろうとしてた人たちが、もう死んじゃってこの世にいないんだけど、志だけが残って空気中を漂っているような感覚ですね」
――僕が感じたのは、1950年代末にアメリカで流行したマーティン・デニーみたいなアーティストたちが作り出したエキゾチカ・サウンドの空気感でした。あれもジェット機の発達で開けた楽園や異郷への興味を音楽で描く反面、その背景にはアメリカとソ連の冷戦の高まりや核戦争への恐怖で現世から逃避したいという願望がある。その終末感と背中合わせの甘美さと通じるものを、今回のアルバムにはすごく感じました。
 「ええ。そういう音楽が、人間が滅亡した地球上で小さいスピーカーから流れてたり、ブラウン管からそういうCMが流れていたりする世界を妄想したんです。あとは若い時に読んでたSF小説とか、子どもの頃に読んでた漫画とか、そういう存在感のアルバムにしたくて。現実の日本の社会を照らし合わせたというよりは、まずは今言ったようなムードのアルバムにしようと曲だけどんどん作っていったんです」
――じゃあ、アルバムの歌詞的なコンセプトというより、まずはサウンド面でのムードで作り進めていったんですね。
 「スチールギターを日本のムード歌謡みたいな使い方をしたいなというのはありましたね。ハワイの明るい感じのじゃなくて、どっちかというとマヒナスターズみたいな感じ。ホテルのラウンジとかパブとかで演奏してるハコバンみたいな温度の低さはイメージしていました。ロック・コンサートで、ステージ上にバンドがいて、お客さんがみんな同じ方向を向いて、同じ動きをするという一体感じゃなくて、バンドは演奏しているんだけど、その場にいる人たちはみんなばらばらで、踊ってる人もいれば、しゃべってる人もいるし、ご飯食べてる人もいるけど、音楽は鳴ってる、みたいな感じの音楽にしたい。バンドでスタジオに入って練習するときには、そういうことを言いました」
――やっぱりこのアルバムを聴いた人は、歌詞にすごく驚くと思うんですよ。さっき言われた、人類が滅んでしまった後の楽園というのもテーマとしてはフィクションなんですが、その前提として描かれている「こんなことがあったので人類は滅んだ」という状況が、今の社会の姿に暮らしている僕たちに非常に刺さってしまうんです。
 「次のアルバムは社会風刺とかメッセージにしようと最初から思っていたわけじゃないんです。先にちょっとSFっぽい世界観があって、曲がだいたい出そろってから歌詞を書き始めて。歌詞も〈スーパーカルト誕生〉からできたんですよ。頭のフレーズがすらすらすらと口からでてきて」
――「二千年前 それは生まれ」が、ですか。
 「ええ。それが自分でもすごく気持ち悪いなと思いながら、パソコンでカタカタと打ち込んでいったら、続きもすらすらと出てきて、すごくばっちりとハマってて、タイトルも〈スーパーカルト誕生〉になったんです。かっこつけるわけじゃないんですけど、自分で書いたんじゃなくて、何かに書かされたような感じになっちゃって。“これ何なんだろうな。なんかすごく怖い曲だな”って。タイトルもちょっとダサいし、レコーディングの本番までにもっといいタイトルを考えようと思って、〈スーパーカルト誕生(仮)〉にしてメンバーに歌詞は渡してたんですけど、最終的にはもうこれ以外にないという感じになってました」
――確かに、歌詞に書かれている内容も怖いですけど、自分の意志ではなく勝手に降りてきたという感覚も怖いですよね。
 「“二千年前、それは生まれ”になってますけど、最初、歌いながら出てきたのは“それ”じゃなくて“俺”だったんですよ。“うーん、これはどういう意味なんだ?”と自分で考えて、たぶん、未来にものすごく危険なドラッグが作られて、そのドラッグを擬人化した人格が“俺”だという歌だととらえたんですよ。でも、そう思ったんだけど、次の歌詞が“いろんな人が俺にハマり”で。“俺にハマり”ってしちゃうと、なんか超ナルシストみたいに誤解されそうで(笑)。それは違うなと思って、ちょっと引いた目で“それ”にしたんです。要は、いまだかつてない宗教を超えるほどの強力なドラッグが発明され、みんなそれにのめりこんで一瞬で滅びたみたいな、そんなイメージが瞬時に浮かんできて、そこから始まった感じなんです」
――まさに、世界の崩壊のふりだしであり、このアルバムのあらすじを語るような曲ですよね。他の曲の歌詞も、そこからムードが伝染するようにできていったんですか?
 「〈未来の子守唄〉だけ意図的に作ったんですよ。〈スーパーカルト誕生〉が設定を説明するような曲に聞こえたんで、その序章的な曲が欲しいなと思って。そこからイントロに流れる感じのにしたいなと。それで一曲、頭に付け足したという感じなんです。他の曲は、決まったストーリーがあってそれに合わせて作ったわけじゃないんですけど、日頃からそういうことばっかり考えてるからか、全部救いのない曲や殺伐とした曲、薄気味悪い曲ばっかりになって。さすがに今回はヤバいかなと思ったんだけど、まあもうこれでいいやと、そのまま出しました」
――そのヤバさというのが、ずばり言うと、今回のアルバムが社会に対する感覚をすごく帯びているということでもあると思うんです。ヤバい現実があって、それを歌うための寓話というか。
 「もうぼやかしたり、なんかありそうな雰囲気のものはもうやりたくないという気持ちがあったんですよ。そのものずばりの、CMソングとか、子どもの読む少年漫画とか、そういうバシッとしたものにしたかった」
――「あなたもロボットになれる」なんて、まるで地獄で流れてるCMソングみたいじゃないですか。
 「そうですね。この曲は、スーパーに晩飯の買い出しに行ったときに、店に入った瞬間に最初のフレーズが出てきて、“ん? これはすごく曲にハマってるな”と思って続けていったら、レジに行くときにはもうサビまで出来てたんです」
――これも曲が先にできていたわけですよね。あの底抜けに陽気なバンジョーも最初から?
 「入ってました」
――でも、歌詞はまだどんなものが入るかわからなくても、言葉の容れ物としてすでに曲がこの世界観を予見していたようなところもあるんでしょうけど。
 「そうなんですよ。今までもそうだったし、そうなることはわかってたんで、歌詞は無理には考えないようにしてるんです。作ろうとして考えると、どうしても自分の意図したような感じになっちゃう。イメージがポンと入ってくるまで歌詞には手を付けないようにしてるんです」
――音楽的な要素としては、これまで以上に何でもありですよね。スチールギターやバンジョー、ヴィブラフォンだけでなく、ビーチ・ボーイズみたいなコーラスもあるし、チップマンクスみたいなムシ声、ヴォコーダー……。音楽要素はカラフルになっているのに、歌詞はより直接的でダークになっている。ハッピーなものとダークなものが乖離しながら共存しているというのが、まさしく現実そのものだなというか。
 「うーん。ものすごく邪悪なものって、かわいかったり、フレンドリーな姿をしてやってくるという気がしてるんですけど、そういう本質的なところも表現したかったというのはあります。あと、SF的な設定とか手法にすると、ものすごく現実的な歌詞をストレートに言っても、意外と生々しくならない。ちょっとメロウに響かせることができるなと作りながら思って。ちょっと間違えると、社会的な骨太ロックみたいになりそうな題材を、このスチールギターとかのサウンドと、人類が滅亡した後の話という設定にすることで、自分でも書けるということを発見したというか。子どもの頃には漫画とかでも、そういうのはいっぱいあったじゃないですか」
――『ゴジラ対ヘドラ』(1974年)の主題歌「かえせ!太陽を」とかも思い出しました。
 「ああいう表現って、すごいかっこいいと思うんだけど、普通の肉体性を伴ったロック・バンドだと難しいと思うんですよ」
――確かに、ああいう曲には、本当は存在しない人たちが歌っている感覚というのは備わっていますよね。
 「だから、曲の中身はそれ以上ぼやかす必要はない。そのものずばりを言っても、音楽として聴けるんじゃないかなというのが、今回のアルバムにはあったんです。意図したわけじゃないんですけど、できる曲できる曲がぜんぶ歌詞は直球というか、これ以上説明する必要がないものばかりで。タイトルも含めて“読めば子どもでもわかるでしょ”みたいな感じになってるし。なんとでも取れるけどなんにも言ってない、みたいなのは、もうあんまりおもしろくない。すごくバシッと言ってるんだけどなんとでも取れるみたいなほうがおもしろい。それだったら、すごくストレートに単純なことを言ったほうが、幅が広がる感じがしたんですよ。自分の肉体から出る言葉というより、個人の言葉から離れた標語みたいな歌詞がおもしろいかなと思ったんです」
――アルバム・タイトルが『ナマで踊ろう』になったのはなぜですか?
 「普通に成り立ちから考えたら、アルバム・タイトルは『スーパーカルト誕生』なんですけど、“俺がカルトだ”みたいな誤解をされそうじゃないですか。“最強ロックバンド誕生”とか“俺がナンバー・ワン”みたいな調子に乗ってる感じ(笑)。だったら『ナマで踊ろう』かなと。サビで“ナマのコンガで踊ろう”というフレーズがかっこいいなと思って。言葉の響きもかっこいいし、“ナマのコンガ”が“生コン”みたいで気持ち悪いし、すごくいやらしい感じもあって、いいなと思ったんです(笑)」
――人間のいなくなった世界で肉体を失った魂だけが踊っているという意味では、このタイトルもアルバム全体をまさしく体現していると思います。でも、じっさいに聴く前は、アルバム・タイトルや曲目では、正直に言ってどういう曲が出てくるのか、想像がつかなかったんですよ。寓話のようなものになるのかなとは想像はしたんですけど。
 「さっきも言った、かつてホテルのラウンジで演奏していたいい感じのラウンジ・バンドみたいな感覚を出すには、やっぱりひとりの多重録音じゃなくて、演奏をしてたという場のムードの記録が残っていくみたいなものなので、今回バンドでレコーディングしたことは結構重要でしたね。自分とはノリの違うベースを入れて、スタジオでじっくり練習して、お互いのズレみたいなものも含めたグルーヴを録りたいというのがありました。違いはみんなには伝わらないかもしれないですけど、そのときにいた3人で演奏したものがベースになっているというのは、自分のなかでは重要なポイントでした」
――生身なサウンドの感覚が、よけい終末の空気を醸し出しているという面はありますね。バンドであるからこその反応が音にも出ているというか、「めちゃくちゃ悪い男」のイントロのドラムとか、日本語がわからない人が聴いても、これからなんか不吉なことが起こるというのがわかる気がします。
 「ああ、そうですか? 普通のエイト・ビートですけどね(笑)」
――いや、しのびよる現実の不吉さみたいなものをめちゃめちゃ反映してるように思えますよ。じっさい、今はそういう心理的な方向性と明るい未来を掲げる社会とが、どんどん乖離する時代になっていて。だからこそ、この寓話的なアルバムがめちゃくちゃリアルに感じられるんだと思うんです。
 「だから、このアルバムは30代とか40代の人はいいから、小学生中学生に向けて歌ってるようなところがあるんですよ。そういう子たちが“曲がおもしろい”とか言ってこれを聴いていたのが、2020年の東京オリンピックの頃になって、“あの曲はこういうことを歌ってたのか”ってなればいいなというのは思いますけどね(笑)。子どもの頃に読んでた漫画を大人になって読むと、差別や管理社会の風刺になってたとか、背景にこういう社会問題があったんだと気づく。我々もそうやって育ってきたわけじゃないですか」
――坂本さんから「子どもに聴かせたい」という発言が聞けるとは。
 「でも、昔からそういう意識はあるし、子どもが聴いてもハッとするようなものがやりたいというのは一貫してありますけどね。今回のアルバムは、確かにストレートすぎるんですけど、まあこれはこれでおもしろいかなと。こういうのは“ためになる歌”とも言えるじゃないですか。たとえば〈めちゃくちゃ悪い男〉だったら、“困ってるときに寄ってくるやつには気をつけたほうがいいぞ。そういうやつが一番悪いんだぞ”とかね(笑)。もうちょっと本質的で広い意味での社会的な歌になるんじゃないのかなとも思いますね」
――「あなたもロボットになれる」でも、ロボット化した職業の例として歌詞で挙げられているのは、だいたい社会の役に立つ職業なんですよ。これって、頼りになりそうな存在がじつはロボットであるというのは、すごい怖いことだなと思って。つまり、警官とか政治家がロボットである、みたいな構図は割とありがちな発想なんですけど、この歌の場合は、もっと身近で助けてくれそうな人だったりする。永井豪の漫画で、お母さんが自分の子どもを殺す敵になってしまう世界を描いた短篇『ススムちゃん大ショック』を思い出したりしました。
 「俺が思ったのは、それよりもっと怖い世界ですね。楳図かずおの『14歳』の終盤で、地球が壊れていくときに大統領の奥さんが国民にドラッグを許可するというくだりがあるじゃないですか。このままだともうみんな狂っちゃうから、これを飲んで楽にさせる許可をくれるというあの感じ。つまり、対処できないハードな局面になったときに、自分をなくしてロボットにすることで苦痛から逃れられるという世界の歌でもあるんですよ。管理する側が“おまえをロボットにしてやろう”という歌だと受けとってもいいんですけど、人々が自ら痛みに耐えられないからロボットになるという状況にもとれる。どっちにしても、あまりにも救いがなさすぎますけどね(笑)」
――ラストの「この世はもっと素敵なはず」でくり返される楽天的なリフレイン「この世はもっと素敵なはず」も、めちゃくちゃこわいですよね。人のいなくなった楽園で、かつてこういうメッセージが流されていたというイメージですけど、そのもっと手前の現実にあるシャッター商店街とか廃墟と化した郊外のモールを思い出させる現代への警句のようでもあり。
 「ヴォコーダーがそう言って終わるのが、いいかなと思って。このアルバムには、本当だったらあんまり見たくない光景を見せられたような感じもあるのかなと思ってるんですけどね。現実に、これが出たあとで〈スーパーカルト誕生〉が吉野屋とかラーメン二郎とかでかかって、食べてる人たちがだんだんうなだれていく場面とかがあるとしたら、その映像的なイメージは本当に地獄ですよね(笑)」
――アルバムのアートワークのキノコ雲とガイコツも直接的なことこの上ないですよね。
 「まあ本当に、ひねりなしですよね。そういうことがやりたかったのかもしれない。なんか冷静に考えると、ゆらゆら帝国を始めた初期の感じに戻ってきてるんですよ。今回のジャケットも、あの当時のチラシでやってたことそのまんまという感じなんです。絵の技術は上がってるんですけど、世界観とかはそのまんまで。結局、ほっとくとこういうふうになるんだなというのを自分でも再発見したのと、だけど今は昔と違って、これでどこまで行けるかなという感覚もある。普通にスチールギターが入ってて、トロピカルな感じもするし、カフェでかかるかな、そしたらどうなるのかな? とかも思うし」
――普通にCDショップで大音量で流れるだけでインパクトありますよ。
 「ある意味、すごく危険な思想のアルバムかもしれないんですけどね。でも、別に放送禁止になるようなことは何も言ってないわけで」
――あくまで寓話ですからね。
 「ということは別にラジオでかかったり、テレビで流れても問題ないかもしれないじゃないですか。そしたらちょっと事件っぽくておもしろいなというのはありますね」
――その一線をこの寓話性が乗り越えられたら、そこはこれからの音楽にとっての重要な一手だと思います。
 「そうですね。これが子どもたちの間で流行るとは思わないですけど、なんだろうな、連帯して何かを動かすんじゃなくて、連帯しないで、個人として効率よく抵抗するというか、そういうことはちょっと考えますね。全員がひとつになる熱狂とか陶酔じゃなくて、ぜんぜん違う人がいるんだけど共存してるという、そういう状態がいいなというのは、メッセージとしても自分がやってきたことと辻褄が合ってるんじゃないかと思ったんです。でもこれって、ジャンルで言うと何になるんですかね? ポップス? ロック?」
――坂本さんは、どっちだと思いますか?
 「ロックっぽくはないような気がするんですよ。〈泳げたいやきくん〉とか、そういうのに近いと自分では思ってるんですけどね」
――「泳げたいやきくん」って百万枚売れたわけですけど、じつは暗い曲だし。
 「めちゃくちゃ憂鬱な曲ですよ。ああいうのが許されたんですよね。今やったら苦情がくるわけでしょ? “たいやき屋の気持ちになれ”みたいな(笑)」
――しかし、このアルバムがこのジャケットでやたら明るいCDショップの店頭にずらっと並んで、「スーパーカルト誕生」が大音量で流れるというのも、一種のクーデター的な雰囲気がありますよ。
 「すごく反社会的な活動のような気はしますよね」
――でも、それを含めて、ひとつの寓話のように提示してしまう今回のアルバムの構図は、やっぱりすごいですよ。
 「某CDショップで発売の展開をすごくやってくれるそうなんですけど、ジャケットの等身大のパネルを作って、顔の部分を切り抜いて記念撮影できる顔ハメにするっていうんですよ。そのオファーが来て、“えー! 俺はいいけど、店はあんな不吉なものがあって大丈夫なのか?”って思いました(笑)。それってすごいことですよね」
――すごすぎますよ! 顔ハメしたお客さんの写真があちこちでSNSを通じて無数に拡散していくわけでしょ? たとえオファーする側がそこまで深く考えていなかったとしても、それはもう結果的に作品に対する最大の賞賛であり、ものすごい社会批評ですよ。
 「すくなくともそこでは、このアルバムの曲ががんがん流れて、パネルでみんなが記念撮影してるんですよ。それは世紀末的な光景で、すごくおもしろいですよね(笑)」
取材・文 / 松永良平(2014年4月)
撮影 / 山田 薫
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