スティーヴ・ライヒを探る〜ライヒ、新作を語る

スティーヴ・ライヒ   2008/05/21掲載
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 「武満徹作曲賞」の審査員と自身の楽曲演奏のため、新作『ダニエル・ヴァリエーションズ』を手に11年ぶりに日本を訪れたスティーヴ・ライヒ。自身初の経験となる審査員、久々の日本での演奏、『ダニエル・ヴァリエーションズ』日本初演と、記念すべき事柄の多い今回の来日にあたり、ライヒの音楽を振り返りましょう。




 スティーヴ・ライヒは1936年生まれ、ニューヨーク在住の作曲家。ベリオの下で学び、60年代より作曲を始めた彼の楽曲は、ラ・モンテ・ヤングテリー・ライリーフィリップ・グラスと並び“ミニマル・ミュージック”と称されるようになります。現在、“反復”というキーワードだけがピック・アップされる感のある“ミニマル・ミュージック”。ライヒの“ミニマル”は、ヤングの単音の持続に重点を置いたものとも、ライリーの即興性を伴うものとも異なり、最小限の確定要素を組み合わせることによって生じる現象の“プロセス”を重視していました。

 初期の作品は、ライヒが興味深いと感じた特定の台詞をテープに録音し、2台のプレーヤーでループさせるというもの。テープの劣化具合やプレーヤーの個体差などの要素によりわずかずつ生じる“ずれ(フェイズ・シフト)”が、聴衆に新鮮な効果をもたらします。この時期の代表作は「It’s Gonna Rain」(1965)や「Come Out」(1966)。世界の終焉についてのペンテコステ派牧師による説教がループする「It’s Gonna Rain」。15歳の黒人少年が白人警官によって射殺されたことをきっかけに勃発した1964年のハーレム大暴動の折、怪我を負ったまま連行された少年が、病院へ行かなければならないことを警官に傷を広げて証明しなければならなかった時のことを語る「Come Out」。ポリティカルなメッセージを内包したこの2作は、新作『ダニエル・ヴァリエーションズ』を紐解くにあたっても重要な作品と言えるでしょう。また、初期から“言葉”と“音”の関係に拘った多分にユダヤ教的な要素が含まれていることも興味深いことです。

 その後ライヒは手法はそのままに、テープと生の楽器、または生の楽器のみで演奏される楽曲の制作を始めます。それが「Piano Phase」(1967)「Violin Phase」(1967)といった一連の“フェイズ”作品です。2台のピアノによる、永遠と続くかに思われる「Piano Phase」の美しさは特筆すべきものがあります。この頃の作品を体感したければ、ライヒとつながりの深いベルギーのダンス・カンパニー、RosasのDVDがおすすめ。「Piano Phase」「Violin Phase」「Come Out」「Clapping Music」を基に振付けたものを収めた作品集「FASE」では、卓越したダンスによってライヒの世界を視覚的に、より深く感じることができます。

 “フェイズ・シフト”の手法に一旦区切りをつけたライヒの楽曲は、フレーズの一部を変化・循環させる手法を用いた「Four Organs」(1970)、ガーナにわたり学んだアフリカ音楽の影響を受けた「ドラミング」(1971)、天井からぶら下げたマイクを振り、通過点に設置されたスピーカーとのハウリングで構成されるコンセプチュアルな作品「Pendulum Music」(1973)などの制作を経て、より複雑なものへと変化してゆきます。そして生まれたのが、現在のライヒ作品の雛形とも言える「Music for 18 Musicians」(1974)。タイトル通り18人の演奏家が、アトモスフェリックな音空間を作り上げます。今回の来日でも演奏予定となっているこの作品は、現代音楽に留まらず、多くのミュージシャンに影響を与えました。

 それでは、彼の世界観を、新作に関する言葉からさらに探ってゆきましょう。



 5月14日にスティーヴ・ライヒの新作『ダニエル・ヴァリエーションズ』がリリースされた。テロリストに命を奪われたジャーナリストの遺言と旧約聖書をテキストとしたという本作について話を訊いた。

 スティーヴ・ライヒのニュー・アルバム『ダニエル・ヴァリエーションズ』に収録された「ダニエル・ヴァリエーションズ」は、2002年、パキスタンでテロリストによって斬首処刑されたユダヤ系アメリカ人ジャーナリスト、ダニエル・パール記者をテーマにした問題作である。

 「パールが斬首処刑されたというニュースを初めて聞いた時、なんというか、胃が痛くなるような思いがした。現在、多くの国家で死刑は廃止されているし、アメリカでも稀にしか行なわれないが、仮に行なわれたとしても、痛みのない注射による刑の執行がほとんどだ。なのに、人間を斬首処刑するなんて……。そんなニュースを耳にして、動揺しない人間などいるかい? とても卑劣なことだ。銃殺や刺殺もひどいが、斬首処刑は行き過ぎだと思う。だけど、パールは唯一の犠牲者じゃない。(2004年に斬首処刑されたアメリカ人ビジネスマン)ニコラス・バーグの例もあるし、他にも名前の知られていない多くの犠牲者がいる。パールは、そうした犠牲者のほんの一例にすぎないんだよ」

 とはいえ、パールを作曲の題材に選んだのは自分自身ではない、自分が作曲するように選ばれたのだ、とライヒは言う。

 「ロサンゼルスでのリハーサル中、パールの父親が面会を申し込んできてね。そこで初めて、パールがクラシックやジャズ、ブルーグラスを演奏するヴァイオリン奏者でもあることを知ったんだ。パールにとって、ヴァイオリンの演奏は本職の事件報道と同様、文化交流の手段でもあった。その父親が、自分の息子を追悼するための曲を作曲してほしいと依頼してきたんだよ。パールの父親は息子の死後、国際理解を目的とするダニエル・パール財団を設立していた。普通、そんなことはできないと思う。たまたま『18人の音楽家のための音楽』(1976年録音)と同じ編成を用いた新作の委嘱をすでに受けていたので、その新作の題材をダニエル・パールにすることに決めたんだ」

 現在の混迷きわまる世界をそのまま表現したような、暗く重々しいハーモニーで始まる『ダニエル・ヴァリエーションズ』。コーラスが歌うのは、パールが生前に遺した言葉と、旧約聖書のダニエル書の一節である。

 「そもそもダニエルという名前は、ダニエル書に出てくる預言者ダニエルに由来する。そこでダニエル書を読んだところ、ダニエルが仕えるバビロン王ネブカドネザルがこんな言葉を残しているんだ。“私は夢を見た。恐ろしい光景が夢の中に現れ、頭に浮かんだ映像に悩まされた”。それを読んで、ぼくは9.11同時多発テロのことをとっさに思い出し、背筋が寒くなったよ。9.11の当日は別の場所にいたが、当時のぼくの住まいはワールドトレードセンターから4ブロックしか離れていなかったからね。だけど、話は9.11に限らない。例えば、バリ島で爆弾テロの犠牲になったヒンドゥー教徒の住民や、キリスト教徒の観光客は? あるいは、アフガニスタンのバーミヤンで仏像が破壊された仏教徒は? ロシアのベスランで殺害されたキリスト教徒の子供たちは? ネブカドネザル王が見た夢というのは、実はぼくたちが住む現在の世界そのものでもあるんだよ」

 だが、『ダニエル・ヴァリエーションズ』の最終楽章は、天上を思わせる美しいハーモニーが響きわたる意外な終結部を迎える。

 「コーラスが“その日が終わったら、ガブリエルはきっと私の音楽を受け入れてくれる”という歌詞を歌うんだが、これはパールが生前に残した言葉に由来するものだ。ユダヤ教の神秘主義においては、ある夢が誰かの“正夢”となるとき、その夢は神の言葉を伝えるメッセンジャーたる天使によって運ばれる。そのメッセンジャーが、大天使ガブリエルというわけだ。『ダニエル・ヴァリエーションズ』は、パールを追悼する作品ではあるが、彼が生前に愛した“美”をも見つめているんだ」

 今年72歳を迎える大御所作曲家ながら、レディオヘッドジョニー・グリーンウッド新作に興味を示すなど、年齢をまったく感じさせないライヒ。その『ダニエル・ヴァリエーションズ』は、暗黒の現代に福音をもたらす“預言”なのかもしれない。


取材・文/前島秀国(2008年4月)
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