クールス対談 ジェームス藤木×近田春夫

クールス   2019/05/22掲載
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 1975年にデビューし、いまもなお現役のロックンロール・バンド、クールスが“クールス・ロカビリークラブ”名義にてトリオ・レコードからリリースした全アルバムを収めたBOXセット『コンプリート・コレクションBOXトリオ・イヤーズ 1977-1979 I AIN'T GONNA BE GOOD』が5月29日(水)に発売される。これを記念して、クールスのコンポーザー兼ギタリスト&ヴォーカリストのジェームス藤木と、当時のクールスをサポートしていた近田春夫の対談をお送りする。
――おふたりの出会いは、1975年のクールスのデビュー時ですか?
ジェームス 「そうですね。ちゃんと出会ったのはキングレコードで」
近田 「クールスが始まる前から、メンバーのムラ(村山一海)とヒロシ(舘ひろし)が原宿にあったアパレル・ブランドのGRASSに務めてて、俺は友だちだったんで。“バンドやるから手伝ってくれよ”って言われて、いったらジェームスがいたんだ。知り合いで音楽関係者って俺だけだったんだよ。俺にとってはさ、ムラは店にいて、ヒロシはさ、ドン小西と営業してる“GRASSの人”なんだよ。クールスではジェームスだけがミュージシャンだったからさ、アルバムは俺と2人で相談して作っていったよね」
――デビュー・アルバム『黒のロックンロール』は“ジョニー大倉プロデュース”との触れ込みでしたが。
近田 「ジョニーはほとんどこなかったよ。あの時代ってよくあるよ。プロデュースって名前だけ書いてあるけど、みたいな」
ジェームス 「あとから知ってびっくりしちゃう」
――このアルバムには、近田さんが書いた「シンデレラ」や「言えなかったんだ」なども入っています。
近田 「ちょうどあの時期って映画の『アメリカン・グラフィティ』とかが流行ってて、シャ・ナ・ナのステージのショウアップぶりってのがたまんなく好きだったのよ。やっぱロックよりショウビズと思ってたんだけど、"ショウビズなんだけどロックを感じる"っていう意味で、シャ・ナ・ナが好きだった。彼らの〈Rock & Roll Is Here To Stay〉って出し物があってさ、色んな曲をメドレーでやるんだけど、“ああいうのが作りたいな”ってのが頭にあった。誰に向けてってことではなく、曲を書いてたんだと思う。〈言えなかったんだ〉ってのはさ『アメリカン・グラフィティ』に登場するメガネのモテない子のイメージ。〈シンデレラ〉は、若いころ遊んでて女の子と“今日はいけるかな?”と思ってもその子は帰っちゃう。昔って遊んでる子でも固かったりしたんだよ」
ジェームス 「初めて聞いた話だよ。〈シンデレラ〉はディスコでも流行って、よくDJがかけてくれたんだよね、知らないうちに踊り(振り付け)もできて。最初のクールスの手本はシャ・ナ・ナだよね」
近田 「それは絶対そうだよね」
ジェームス 「シャ・ナ・ナには魅力を感じてたよ。ウッドストック(の映画)で見て、ヒッピーの時代、スライ&ザ・ファミリー・ストーンとか、ちょっと変則型のカッコいい連中が出てる。シャ・ナ・ナはあそこで一番アメリカを感じるっていうか、本当はヒッピーに反発していた保守派向けに作ったんだよ。異色だったよね」
近田 「俺はねえ、この人たちはインテリなんだと思ったよ。フィジカルにやってるんじゃなくて、意味として、ロックンロールとは何なのかということを体で表した。表面的な、ショウアップすることとは別に、ロックンロールとは何なのかっていうことを解っている、その部分に関して。例えばジェームスと俺みたいに、そこを感じている人は割と少なかったと思う」
――クールスはキング時代を経て、トリオ・レコードに移籍。1977年にはトリオでの2作目となる『ビー・ア・グッド・ボーイ』を発表します。全曲をジェームスさんが作曲、プロデュースは近田さんと共同という形でしょうか。
近田 「俺はピアノ弾いてるだけ。しばらく間が空いてたのに誘ってくれてすごく嬉しかったよ。俺の音、気に入ってくれてるんだなって」
ジェームス 「近田くんは俺たちのイメージを“こんな感じ?”ってすぐに聴かせてくれる、要するに音楽の知恵袋っていうか」
近田 「俺は音楽的な意味での……客人っていうか、用心棒っていうか先生とか、そういう立場。だからジェームスとの“こうやってよ”“これでいいの?”“違うなあ”なんてやり取りから、どうしたいのかを理解して翻訳していくみたいな」
ジェームス 「やっぱりそういうノリじゃん。譜面を書いてとかじゃないからね」
近田 「あとは相性だよ」
――ちなみにアルバムで2曲だけ、山本さんという女性が作詞をされてるんですけど、どういう方なんですか?
ジェームス 「増井(トリオ・レコードの担当者)の彼女だよ。ゴーゴーガールやってたんだよ」
近田 「あーそうそう(笑)」
――1978年にはアルバム『ザ・クール』が出ます。
ジェームス 「これはけっこう丁寧に作ったんだよね。実数で10万ぐらいいったんだよね」
近田 「そんなにいったんだ。このころってさあ、(トニー)萩野と横山(剣)がボウヤ(スタッフ)だったころだよな?」
ジェームス 「そうだね」
――『ザ・クール』は自他ともに認める傑作ですね。
ジェームス 「前から自分で作ってた曲のストックもあるし、ちょっと音楽的にも冒険しようっていうアルバム。この時のツアーがね、100本近く決まってたんだよ。当時、レインボーの来日公演で観客が死んじゃったじゃん?」
近田 「あーっ、あったね」
ジェームス 「あれが原因で、クールスのツアーは北海道も東北も全部中止。南の方はその前に椅子が壊れたから会場を貸さないとか、日程が半分くらいになって大変だったんだよ」
――これも近田さんが参加されてますよね。
近田 「〈恋のゴールデンリング〉がいまだに好きなんだよね」
ジェームス 「これ、結婚式用に作ったんだよ」
近田 「一応そういう戦略がお有りになったんですね(笑)」
――同年のライヴ・アルバム『デッド・ヒート・日比谷』は、『ザ・クール』のツアーから日比谷と名古屋の演奏が収録されていて、鍵盤では近田さんと、後にデビューする佐藤 隆さんが参加しています。
近田 「佐藤はひどかったよ。あいつ何もやってないと思うよ、酒飲んでるだけで(笑)」
ジェームス 「酒癖が悪くて(笑)、隆は中学の同級生なんだけど、そういうところでクールスに張り合ってたと思うんだよね」
――女性コーラスやホーンセクションがいて鍵盤が2人で、大所帯のソウル・レヴューみたいな感じです。
ジェームス 「昔から男女混合の編成でやりたいってのはあったんだ。とにかくクールスは男っぽいイメージで、でも男だけの世界じゃなくて、男と女がいて、チークタイムがあって、楽しくいこうぜって話だよね。クールスはどうしても強面のイメージが先行するから」
近田 「クールスってさあ、音じゃなくて“黒い”イメージなんだよね。シャ・ナ・ナとはそこが違うんだよ。シャ・ナ・ナは音楽なんだよね。クールスは革ジャンとかオートバイとか、音じゃないところが勝っちゃってるじゃん? そこが少し残念だよ、俺は」
ジェームス 「この頃はいろんなことを経て、やっと音楽中心でいけると思ったらクールスのイメージができあがっちゃってて。売れてるときはいいけど、売れなくなったら、結局、金の話になっちゃうじゃない? いまは、純粋に音楽が好きだって原点に戻ろうってやってんだけど。自分の好きなことをやりきって、どうにかいい形に残していきたいね」
――80年代後半の話ですけど、ジェームス藤木&The DUKES、近田春夫&ビブラストーンは、どちらも大所帯で同じ時期にインクスティックでライヴをやってました。どちらにもパーカッションに野毛(NOGERA)さんがいましたよね。
ジェームス 「野毛は面白かったよね」
近田 「こうやって振り返るとさあ、ジェームスと俺は別なところで似たようなことをずーっとやってきた気がすんだよね」
――ジェームス・ブラウンであるとかは、おふたり共通の言語のようなもの?
近田 「やっぱJBはいちばんすごいと思うよ。ほんとうに」
ジェームス 「基本的にやっぱりそうだよね、ショウアップのルーツ。ジャッキー・ウィルソンとか、みんなそういうルーツがあってさ。きっかけとしては影響を受けて、別の解釈で広げて」
近田 「JBの音楽は何が素晴らしいかっていうと、打ち合わせしなくてもできんだよ。練習しなくてもできんだよ。本人の中にいいグルーヴがあれば、言葉を交わさなくても現場でできるじゃん。あの興奮っていうのはね……。日本の音楽はそういうのじゃなくて段取りなのよ。それ絶対違うなって思うんだよね。本質はブルースだと思うんだけどさ。ブルースってコード変わるけど、最初のコードのとこがずーっと変わらなかったらそれでいいわけよ。変わるとなったらそっから合図すればよくて、十二小節とかじゃないのよ。俺が感じたのはブルースって表現の自由さっていうの? 俺らみたいにアメリカの音楽にノックアウトされてる人にとっては、どこまでいってもブルース。それもね、俺わかったんだけど、セブンスの音だよね」
ジェームス 「セブンス難しいもんね。やっぱ持ってないとね」
近田 「セブンスじゃないところに入れる感じ? あの濁りがたまんないんだけど。ジェームスがいつも作るものは、そこがたまんないんだよ、俺は」
ジェームス 「わかるよ。近田くんに“ジミー・スミスの音”って言ったらその場ですぐにムードを出せる、すごく渋い世界だから。やっぱそれを“持ってる”ってのはね、器が違うわけだ」
近田 「俺たまたまさ、こないだ『グリーンブック』って映画を観たんだよ。アメリカの公民権運動のころ、60年代が舞台。黒人のクラシック・ピアニストに、イタリア移民の運転手が付いてって話なんだけど、どっちもそれなりに差別される中で……。これ絶対観たほういいよ……。そうそうほんと言うとさ、前に一緒にステージやろうと思ったらジェームスがちょっと体調崩しちゃって、そっからちょっと保留になってるんで。元気そうだよね?(笑)」
ジェームス 「元気元気(笑)歌はだいぶうたえるようになったけど、うん」
近田 「俺はどうしても、コウちゃん(エディ藩)とジェームスとでやりたいんだよ。エディ藩とジェームス藤木って2トップで。ふたりには共通するものも違うものもあるし、いまの時代に、なんとしてでも客の前でやりたいんだよ。そのために俺はバンマスやろうと思ってるから」
――それは見たい人たくさんいますよ。
近田 「ほんとだよ。ふたりには自由にやってもらって、めんどくさいことは俺が全部引き受けて。っていうライヴをほんとにやりてえんだよ。クールスの話じゃなくなっちゃってすみません」
――来年はクールスがデビュー45周年を迎えますが、最近の活動は?
ジェームス 「思い出もいいんだけど、きりがねえじゃん(笑)。才能ある若い子を育てたくて、17歳のギタリストと女の子のヴォーカルで、いまJIM & RESPECT ALLってグループをやってるよ」
――近田さんの近況としては?
近田 「“活躍中”ってバンドはドラムの恒田がいま体調を崩しちゃったんで休んでて。DJのOMBとLUNASUNっていうユニットを一緒にやってるんだけど、去年アルバムを出して、そっからもうねえ、40曲ぐらいできてて。とにかく俺はさあ、みんな信じないかもしれないけど、結局この国じゃなくて、世界中で通用したいって気持ちがあるんだよ。そのために、いまの時代はやっぱり四つ打ちっていうかさあ、それでとにかく勝つしかないから。トレンドがあるじゃない? 技術的にはホントに俺、負けてないと思うんだけど、やっぱりコネクションがないと。世界の大箱のDJになったら年収何十億だよ。たかだかレコードをかけてるだけで。どうしてもそこにいきたいんだよ。で、それとバンドやるのは別で。最終的には全部を融合させて、自分の音楽ってもので世界中を旅したい。おっきいサーカスみたいなさ。24時間、48時間、72時間、ずーーーっと遊んでられる場所っていうものを、絶対に俺は死ぬまでに作りたいのよ」
ジェームス 「単純に、音楽でみんなで踊って楽しかったって、年齢とか関係なくさ。それでいければいいじゃん」
近田 「あとね、ジェームスと俺との関係で言うと色んな仕事をしたけどさ、クールス40周年のときにふたりで作った〈Rock&Roll Love Affair〉が、いちばんいい曲だよ」
ジェームス 「あれは久々のダンス・ナンバーでグルーヴィーだったじゃない? 近田くんが、不良のパーティにいってきたって話してて、面白いなーと思って。やっぱ歌ってるとそういうワクワク感が出てくるんだよね」
近田 「商売抜きでさ、みんなが“すみませんでした”って言っちゃうようなものを作ろうよ。ジェームスのメロディと俺の詞は相性がいいと思ってるから。これからはね、ふたりで作った曲を、ジェームスが歌うやつ、俺が歌うやつって、ふたつ作ったら面白いと思うんだよ。笑えると思うんだよね。さっきジェームスが言ってたけど、過去じゃなくて、こっから先の新しいものとして、このロックンロール・スピリットってやつを……。やっぱりねえ、あの時代のアメリカの音楽は素晴らしかったから。それにノックアウトされた人間が、いまこっから先、どういうものを作るかってこと。しかもそれで、世界をノックアウトしなきゃ気がすまないっていうのはあるよ。ね?」
――近田さんとジェームスさんのコラボレーション、新たな作品を作って欲しいですね。
ジェームス 「やるよ。フランクも仲間に入れたいし」
近田 「とにかく俺がジェームスを好きなのは、チャチャっていうかホースのリズムっていうか、ずっと踊りながらね、ギターをカッティングしてるとこ。これをできるギタリストって、あとはポール・スタンレーだけだよ。KISSは好きじゃないけど。チュッチュッチュってカッティングと関係なく身体ができんだよ」
ジェームス 「それは考えたことなかったけど(笑)」
近田 「上半身と下半身が別って運動神経の出せるビート感が、ロックンロールにおいては重要なものだという気がしてるんで。俺もできるんだけど。最初クールスを見たときに“あっ、この男もできるんだ”と思ったから。つまりは譜割りが全部できてる、自分がどこにいるかってことが曖昧になってないんだよ。ものすごくデジタルなことでもあって、なかなかギタリストでそういう人はいないんだよ」
取材・文 / サミー前田(2019年4月)
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