満島貴子 ボーダーレスなフルート奏者 ラグジュアリーで情熱的な新作

満島貴子   2023/07/19掲載
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 国立音楽大学フルート科卒在学中からクラシックの世界で活躍し、卒業後はクラシックはもちろん、ブラジリアン・ミュージックやジャズ、ポップスなどのライヴ活動、ミュージカル劇伴、テレビCMやドラマ、映画のレコーディングなどボーダーレスに活動するフルート奏者、満島貴子。近年はドラマ『#リモラブ〜普通の恋は邪道〜』サウンドトラックへの参加でも知られる。4月にリリースした2ndアルバム『クレプスクロ-Crepúsculo-』には、オリジナル楽曲をはじめ、ボサ・ノヴァの巨匠アントニオ・カルロス・ジョビンのナンバーのほか、松任谷由実(荒井由実)の「中央フリーウェイ」やエリック・サティの「ジムノペディ」などの名曲をブラジリアン・テイストでカヴァー。大人の夜を彩る、ラグジュアリーで情熱的な一枚に仕上がっている。
――『クレプスクロ-Crepúsculo-』にはユーミンのカヴァーも収録していますが、ユーミンがお好きだったのですか?
 「昔から大好きでした。地元が府中付近で、それこそ〈中央フリーウェイ〉は慣れ親しんだ町並みが歌詞になっているので大好きな曲です。学生時代はほかにハイ・ファイ・セットやカーペンターズなどを聴いたりしていました」
――ブラジリアン・ミュージックと言えばリズムですが、満島さんの作品には、歌心というかメロディに対する感性を感じます。それはクラシックと並行して、ユーミンやカーペンターズなど聴いていたことも理由にあるかもしれません。
 「それはあるかもしれませんね。私はクラシックに始まり、ジャズやラテンなどあれこれやってきて、"じゃあ結局何の人なの?"とよく聞かれるのですが、何かのジャンルで抜きん出ているわけでもないというか、それを聞かれるとすごく苦しい気持ちになるんです。そう考えた時にこれならばと思えたのが"旋律"です。メロディを吹かせたら誰にも負けない自信がある。それは人から言われたのですが、"あなたは旋律屋ね"って。それは自分の活動にすごく自信を与えてくれた言葉でした」
満島貴子
満島貴子
――『クレプスクロ-Crepúsculo-』はとくにメロディが際立った楽曲が多いです。
 「はい。〈中央フリーウェイ〉と〈Skindo-Le-Le〉は歌モノの楽曲で、〈中央フリーウェイ〉は学生時代からカラオケでいっぱい歌っていましたし、〈Skindo-Le-Le〉も自分のライヴでちょくちょく歌っていたんです。馴染みのある2曲でもあったので収録したのですが、フルートで演奏するのはすごく難しかったです。声で歌うことと楽器で歌うことは、やっぱり感覚が違うんですよね。歌っているかのように聴かせるテクニックが必要で、そこは新たな勉強になりました」
――半分以上オリジナル曲で構成されています。
 「自分で言うのは恥ずかしいのですが、私は格好いい系だねとよく言われるのですが、その奥にある女性らしさを、アルバムとして表現していきましょうというのが今回のコンセプトのひとつなんです。それにあわせてアレンジしていただいたり、新曲を作ったり、カヴァーの選曲をしていきました」
――『クレプスクロ-Crepúsculo-』は、ポルトガル語で黄昏時という意味ですね。
 「どの曲も夕方から夜とか、明け方から朝といった、グラデーションを描いているイメージにハマる曲が多かったんです。もともとは“トワイライトなんとか”みたいなタイトルを考えていたのですが、それをポルトガル語に変換したのが『クレプスクロ-Crepúsculo-』です。ただ、この言葉はあまり日常会話では使わず、ポエムなどで使われるらしいのですが。ブラジルの方に言うと“これはとても美しい言葉だよ”と言われます」
――グラデーションという言葉はまさしく、この1枚を通して徐々に夕方から夜になっていく情景が浮かびます。とくに「ゆうやけの国」以降はどんどん日が沈んでいきます。
 「そうです、そうです!ありがとうございます。〈ゆうやけの国〉は、クラシック経験者の方にはとても評判のいい曲です」
――すごく日本人らしいメロディと情景が浮かびますね。
 「これはサウンド・プロデューサーの今井亮太郎さんから、"家族を思って曲を書いてみたらどうか"と提案があって作った曲です。今年受験生の娘がいるんですけど、反抗期前のまだ小さくて可愛かった時の彼女を思い出して書こうと思いました(笑)」
――娘さんに怒られますよ(笑)。
 「でも娘は最初のイメージだけなんです(笑)。小さい子が公園に行ったらどういう遊びをするかを漠然と考えて、それを鳥瞰したと言うか、みんなが遊んでいる公園を空の上から見下ろす感じで発想していきました」
――メロディが細かいフレージングは、子供が走り回って遊んでいるようなイメージと重なりました。
 「それもありますし、ジャングルジムとか水飲み場の蛇口とかが太陽でキラッとしたり、噴水の水しぶきがキラキラしていたり。五連符でそういうきらめきを表現しました。それを演奏陣の皆さんがすてきに演奏してくださいました」
――ちなみに、娘さんは音楽をやられているのですか?
 「いえ、やってないんです。やっぱり親を近くで見て、"大変そうだな"と思うみたいで。楽器をやっている人間は、私に限らず皆さんストイックですから、そういう姿を見ていると、簡単にはやれないなと思うのでしょうね。私とは真逆で、数学と理科が好きみたいです(笑)」
――「ピカレスク」はすごく格好よかったです。
 「この曲と〈ゆうやけの国〉が今作のために書いた新曲で、こういう格好いい系の混沌とした曲を以前から書きたかったんです。〈ピカレスク〉は演奏メンバーを想像して、この人たちならこういうことをやってくれるよねって、イメージがかなりはっきりした状態で書きました。タイトルの"ピカレスク"は、嫌われ者とかならず者みたいな意味で、そこから義賊と言うか、ルパン三世みたいな人たちのことを思い浮かべながら曲を書きました」
――ブックレットで各曲に添えられているショート・ストーリーでは、峰不二子とキャッツアイと書いてありました。
 「悪のヒーローみたいなイメージで、誰の名前を出したらみんなにわかりやすいかと思って。ショート・ストーリーのほうも最初はルパン三世の名前を使って書いたのですが、今井さんが"女性版も書いてみたら?"と提案してくださって。結果的に、女性版のほうがいいねとなったんです」
――アントニオ・カルロス・ジョビンのナンバーも収録しています。
 「これはアルトフルートを使っています。もともとアルトフルートの曲を1曲やりたいと思っていて、今井さんが選曲してくださいました。これくらいライトなボサ・ノヴァで、ジョビンのこんな感じでどうかなと、わりとぼんやりとしたところからはじまって。でも制作を進めていくうちに、せっかくだからここにバスフルートを入れてみようかとかアレンジがどんどん変わっていったんです」
――「Rosa」は、フルートだけで構成されていて、満島さんの本領発揮といった感じです。
 「ピッコロ、フルート、アルトフルート、バスフルートなど、フルートにはいっぱい種類があるんですが、何かの曲で使いたいと思って、フルート一人多重録音をしましょうとなったのがこの曲なのです。今井さんが五重奏のアレンジを手がけてくださりました。レコーディングの時はいつもクリックを聴いてテンポを確認しながら演奏するのですが、〈Rosa〉はテンポを揺らしながら演奏したかったので、あえてクリックを聴かずに録りました。今井さんのピアノに合わせて私がフルートを演奏した仮音源を最初に録り、それに合わせて順に録っていき、最後に仮音源を抜いてメインのメロディを収録するという順番で録っていきました。結果的に指揮者の指揮棒に合わせて演奏しているような、気持ちのいい揺れを感じさせる音源になりました」
――多重録音だと、こっちのフルートを録り直したいとかなりませんでしたか?
 「それを始めるとキリがないので(笑)。それにレコーディング・エンジニアの成田浩一郎さんが、技術者と言うよりアーティスト肌の方で、"今のテイクの音はこうだったけど、テンションが良かった"とか、"音は間違っちゃったけど、演奏はすごくいい"といった具合に、音楽家としてディレクションしてくださって。自分がもう一回録り直したいと思っても、エンジニアさんを信じてお任せしました。そのおかげもあって、結果として全体的に生々しい演奏になりましたね」
――それによって、目の前で演奏しているように聴こえたり、ブラジルの夜を過ごしているような気持ちになったり。
 「そう感じていただけたらうれしいです。ただ私、ブラジルにまだ行ったことがなくて(笑)。ただバンドのメンバーはブラジリアン・ミュージックの業界でトップを走り続けている方ばかりだから、こうやったらブラジルのグルーヴに近づけるとか知識も経験も豊富ですから、そこに乗っかれば間違いないと思いました。エリック・サティの〈ジムノペディ第1番〉も収録しているので、これでブラジルを感じていただけたとしたら、大成功なんじゃないかと思います」
――あの有名なピアノの旋律をフルートで。
 「はい。1stアルバム『My cell My suite』に〈西新宿の蒼く苦い溜息〉という曲があるのですが、この曲のイントロで〈ジムノペディ第1番〉を少し引用していたので、そこから派生させた形で選曲しました。このように一作目とリンクしている部分が随所にあるんです」
――ブラジリアンのことはよくわからないけど、ユーミンやサティは知ってるとか、ジャズは聴きますといった方は、こういうカヴァーがあるとすごく入りやすくなりますね。
――ジャケットもすごく格好いいですね。
 「これ、“貴子さんの奏でる素晴らしい響きを皆さんにも聴いてもらいたい”ということで、今回の企画をくださったエグゼクティブ・プロデューサーの白石清裕さん私物の車で、フェアレディZなんです」
――かの有名な!
 「はい(笑)。今井さんが"あの車に寄りかかった貴子さんを撮りましょう"と言いだして白石さんや今井さんも含めたみんなで撮影に行きましょうという話だったのですが、日程が合わなくて、結局、私とカメラマンとメイクさんの3人で行くことになったんですけど、車は私が運転したんですよ!撮影場所である富士五湖の西湖まで。大変でした(笑)。あと、この写真にも意味があって、"まだ見ぬ未来に進む"といったメッセージを込めています。写真に添えてあるポルトガル語の"Boa Viagem!"という言葉は"良い旅を"という意味で、アルバム1枚を通して、過去・現在・未来を旅して、結果的にいい未来をイメージしていきましょうというメッセージが込められています」
――コロナ禍を経た現在ということで考えると、そのメッセージからは意味深いものを感じます。
 「そうですね。1枚目を出した直後くらいにコロナ禍になって、レコ発ライヴをしましょうと張り切っていたのが中止になり、アルバムにまつわるプロモーションもイベントも何もできなかったんです。それで昨年の今頃に"2枚目を作りましょう"と言われた時は、まだ規制があった中なのに本当にありがたいと思いました。ミュージシャンだけでなく、すごく大勢の方が力を貸してくださって」
満島貴子
満島貴子
――今作は4月に、レコ発ライヴを開催できましたね。
 「はい。1枚目の曲も演奏できたので、3年前のリベンジも果たせました。渋谷Jz Bratでやらせていただいたのですが、ソールドアウトになったのもうれしかったし、アルバムにも負けないいい演奏ができたので、お客さんもすごく喜んでくださって」
――では最後になりますが、満島さんはクラシックとブラジリアン・ミュージックの二刀流フルート奏者として活躍されています。そんな満島さんにとって、クラシックとは? ブラジリアン・ミュージックとは?
 「私の中でクラシックとはロックです。皆さんが想像するような上品なものじゃなく、やることは重箱の隅をつつくことを重ねるような作業ですけど、感情をぶつけ合うと言うか魂を燃やしまくるのが私の中のクラシックで、それってつまりロックじゃないですか。そして、ブラジル音楽はリズム&ビート命。リズム、メロディ、ハーモニーの三要素はどのジャンルにも不可欠ですけど、その中でもリズムの色が濃いのがブラジル音楽です。バンドのメンバーとグルーヴを共有し、その鼓動の中で、旋律屋としてどう旋律を紡いでいくか。それが私の中でのブラジル音楽の醍醐味です」


取材・文/榑林史章
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