シンガー・ソングライター/ギタリストのReiがデビュー10周年を迎え、これを記念した初のベスト・アルバム『FRUIT』をリリースする。彼女はブルースや60年代ロックをルーツとしながらも、ジャズ、ソウル、ファンク、ヒップホップ、ロカビリーなどさまざまな要素を取り入れ、斬新な楽曲を生み出してきた人だ。このベストにはそうした多彩な音楽性や、卓越したギター・プレイやソングライティング・センスも含め、現時点での彼女の魅力を詰め込んだ作品といえる。新曲「SODA!」も、彼女らしくハイブリッドな会心のキラー・チューン。そのベスト・アルバムを中心に、彼女に話を聞いた。
――ジャケットがガーリーというかキュートですよね。前作の『XINGS』がすごくクールだったので、今回はインパクトがあるように思えますが、コンセプトなどはあったのでしょうか。
「むしろ前作の『XINGS』が自分にとってはちょっと逸脱したアートワークだったんです。今回は『FRUIT』という作品名で、そのジューシーさを表現したいなと思いました。服部恭平さんという素晴らしいフォトグラファーの方に撮っていただいた写真に、私がデザインやイラストを加えてコラージュしました」
――今回のベストは、この10年を振り返った総括、という意味合いが大きいですか。
「振り返るというより、未来に向かっていく上で、これまで自分が育ててきた、実らせてきた成果を、フルーツバスケットみたいな感じでひとまとめにして、それを持ってまた次の場所へと出かけていくようなイメージです。過去というより未来を見据えた上で作った作品ですね」

©Kyohei_Hattori
――CD2枚+DVD2枚の“初回盤”ではDISC1“Sunny Side”が代表曲を時系列順に並べていて、DISC2の“Reiny Side”がReiさん選曲となっています。
「“Sunny Side”はシングル・カットした曲を時系列順に並べた、自他ともに認めるベスト盤です。2枚目の“Reiny Side”はパーソナル・ベストです。リード曲を選ぶ時は、その時のいろいろな状況を鑑みて主役に抜擢しているわけですけど、私は収録曲すべてをリードのつもりで書いている作家なので、あらためてこれまでの楽曲を聴いていただく機会を作りたいという想いや、10年経ったからこそ、Reiっていうのはこういうアーティストだっていうことを自己紹介する上で欠かせない曲、というのを選曲させていただきました」
――“Reiny Side”は、マニアックな曲が多いように思えますし、時系列もバラバラで、DJプレイを聴いているような感覚があるのですが、どんな感じで選んでいったのでしょうか。
「Reiというアーティストを客観的に見た時に、その音楽性の幅広さ、カラフルさというのがあると思うんです。ブルーズやクラシックという軸があって、その時々でいちばん心惹かれているサウンドを表現してきました。そういうジャンル感の幅広さが"Reiny Side"では楽しめます。もうひとつの強みとして、ギターを3種類弾いていること。クラシック、アコースティック、エレクトリック、それぞれまったく別の楽器だと私は認識しているので、スライド奏法だったりとか、使用ギターの違いも“Reiny Side”ではまんべんなく楽しんでいただけるようになっています。Reiというアーティストを知る上で、初めてのリスナーの方、これまで一部聴いていたけど全部聴いたことはなかった方に、あらためて発見していただく機会になればと思い選曲しました。この間、あらためて数えたんですけど、自分名義で世に出した曲が98曲なんです。それはすべて等しく愛しているので、あまりバイアスはないんですけど、自分のターニングポイントになった曲とか、それぞれ理由があって選ばさせていただいています」
――“Sunny Side”の1曲目に、新曲の「SODA!」が入っています。ブルージーなスライド・ギターで始まって、ラップ的ニュアンスのヴォーカルがあって、ゴスペルっぽいコーラスやホーン・セクションも入ってきて、ソウルの要素もあって、Reiさんらしくいろんなものが混ざり合った曲ですね。
「"SODA!"というのは、日本語の感嘆語の“そうだ!”と、炭酸水の“ソーダ”の意味が込められています。発想力は活動を続けていく上での燃料だと思っていて、なにか思いついた時は思わず形にしたくなる。その時のエネルギーが自分の活動を持続させてきたと思っているので、そのひらめいたものを形にする時のときめく心を大事にしたいという思いを込めて作った楽曲です。音楽的にはおっしゃってくださったように、自分の音楽の幅広さ、ミクチャー感というのを1曲に集約できたらいいなと思って、シンガロングのところはゴスペルっぽい表現で、オリビア・バレールさんというゴスペルがバックグラウンドにあるコーラスの方に歌っていただいています。ベーシストはシックのジェリー・バーンズさんが演奏していて、ブラック・ミュージック的なグルーヴがあるけど、アメリカン・ポップ・ロックみたいな雰囲気もあったり、スライド・ギターでちょっとライ・クーダー感があったり、自分にしかできないミクチャー感を大事にして作りました」
――歌詞には"新しいステージへと君を連れて行くの""新しく生まれ変われる"など、"新しい"という言葉が何度も出てきますね。それはまた新しいスタート、みたいな気持ちがあったのでしょうか。
「そうですね。私はルーツ・ミュージックに非常に影響を受けていますけど、温故知新という言葉も同時にとても大事にしています。なにかを焼き直ししたり、みんなが好きなものを薄めたようなものを作りたいなんていっさい思っていなくて、あくまでも新しいものを作りたいといつも思っていて。これまでの10年の軌跡を1枚のベスト・アルバムとしてまとめましたけど、その作品群にいっさいとらわれずに、新しいものを作りたい気持ちを大切にしていきたいという意思表明でもありながら、自分の過去にとらわれずに生きてほしいというメッセージもあります。歌詞の中でも、“失ったっていい。ゼロから始めるのもアリ”と歌っているのですが、喪失に伴う痛みがありながら、ゼロから始めることにしかないワクワク感というのもあると思うので、そんな想いを歌詞にしてみました」
――それと“全てがバカバカしいこの世界で”という、今の世界情勢の悪化を表したような、政治的・社会的とも思える表現も出てきますよね。そこは自然に出てきたということなんですか。
「考えて生きている人ほど、世の中で起こってることに対して疑問を抱くことってあると思うんです。でも、そうやって疑問を抱く人がいるから、直したいとか、正したいって思う人がいるから、これ以上悪くならなくて済んでいるという考え方もあると思う。とはいえ、やっぱり自分の力のなさにがっかりすることもあります。音楽は社会インフラではないし、なくても生きていけるものではあると思いますが、それでも、なにか力になりたいという気持ちでやっています。すべてを諦めたくなる瞬間ってあると思うし、生きることさえが野暮だななんて思うことばかりですけど、でもそのバカバカしさの中に、生きる価値をリスナーの方にも見出してほしいし、自分も見出したいという想いがあります」
――Reiさんの歌詞って、以前から深かったりいろんなものを投げかけていたり、考えさせられるものが多いですよね。ただ単にリズムに乗っていればいいというのではなくて。
「意味がない音楽というのもすごくかっこいいと思うんです。だから私も意味があることがすべてじゃないとは全然思う。でも、意味を込めるんだったら大切に書きたいという想いはあります。あと、自分は帰国子女として日本語と英語が両方つたないので、コンプレックスとして感じている中で、言葉は大切に扱いたいというのはずっと思っています」
――「SODA!」の次がファーストEP『BLU』から「BLACK BANANA」で、これもギターはブルージーでリズムは打ち込みでヴォーカルもラップ的で、「SODA!」に通じるような斬新な曲なので、すごくいい流れだと思うんです。最初からブルースをそのままやるのではなくて、新しいものをやりたいっていう気持ちが強かったのでしょうか。
「新しいものを作りたいというのは最初からありました。ビートルズが本当に大好きなんですけど、ビートルズもレコーディングの先進的な技術を使ったりしていたので、そういうパイオニアになるような音楽作りをしていきたいです。でも、その想いをより促進してくれたのは、(『BLU』をプロデュースした)長岡亮介さんの存在が大きいです。生楽器の音楽ばかりを聴いて育ったので、そこに打ち込みを取り入れて演奏するという発想がなかったんですけど、『BLU』を作った時に、違和感って必ずしも悪いことじゃないと思いました。〈BLACK BANANA〉もベースの役割をティンパニーがやってたりするんです。硬かった自分の発想を揉みほぐしてくれたのが亮介さんです」
――この“Sunny Side”は、前半にアッパーな曲で攻めていって、中盤はクール・ダウンがあって、後半はルーツ・ミュージック的な曲が続いて、最後は「GUITARHOLIC」で締めるっていう、すごくスムーズな流れになっていますよね。
「自然とこのような並びになったので、奇跡的だなと思っています(笑)。その時々のムードで、グラデーションで生きているから、私の作品もそういう風に、自然とこういう流れができたのかな」
――後半になるとコラボ曲が増えていきますね。SOIL &"PIMP"SESSIONS、細野晴臣、長岡亮介、藤原さくら、ジンジャー・ルートといった方たちとのコラボ曲を収録していますけど、活動全体を見ても他アーティストとのコラボってすごく多いですよね。
「本来の自分は全然社交性がないんですけど(笑)、音楽を通じて会話をすると深く通じ合えると思っているので、機会に恵まれて、いろんなコラボレーションをしてきました。やっぱりソロ・アーティストなので、ほかの方とコラボレーションしないと生まれないケミストリーだったり、刺激があったりします。コラボする上でなるべく両者の良さが出るような楽曲を作るというのは至難の技ですが、でもそれを受けて立ってもやる価値があるなと思います」
――それと、べスト・アルバム初回盤にはDVDが2枚付いています。
「ミュージック・ビデオ・コレクションと、10周年を記念したライヴが丸ごと収録されています。ライヴはアーティストReiのすごく大事な側面で、それで好きになってくださった方もたくさんいるので、興味あるけどライヴはまだ行ったことないんだよねという方にも、私のライヴ体験をするのにぴったりのDVDになっています。ミュージック・ビデオもこだわっていて、監督と密にコミュニケーション取って、自分の世界観を視覚的にも表現してきましたので、ぜひ通常盤と合わせて、初回盤を初めましての方でも手に取っていただけたらうれしいです」
――ライヴでのReiさんを見ていると、すごく楽しそうにイキイキとギターを弾いていて、いつかはギター・ソロだけのアルバムを作るんじゃないかと思うんですけど、でもやっぱりソングライティングや歌も大事にしていて、両方あるべきって思っているんでしょうか。
「ギターとソングライティングと歌。どれが優勢っていうのはないです。でも、将来的にギターのインストのアルバムを作るようなことがあってもいいなとは思いますし、ギターをいっさい弾かないで人に伴奏していただいて、歌だけを歌う作品があってもいいなとも思います。でもそれより以前に、やっぱり自分の存在を世界に気づいてもらうっていうことが先決だと思うので。今のところ、その中でギターを弾かないっていうことは、しばらく選択肢にはないかなとは思います」
――歌も聴いてほしいし、もっといい曲も書いていきたい?
「そうですね。私はどちらかというと楽曲のほうが長生きすると思っているんです。Reiという人間より、プレイより、作品の方が長生きする。だから自分で作品を作るということは延命治療だと思っています。いつか死ぬんですけど、残っていくのは楽曲なんです」
――振り返ってみて、Reiさんにとってどのような10年間でしたか。
「カオスでしょうか。カオティックを繋ぎながら10年も続けてこれたということは、自分の自信になっていると思います」
――この10年はリリースのペースがすごく早くて、どんどん作品を出していたように思えるんです。生き急いでいるようにも思えるんですが、どんどん新しいものを作っていきたい、というような気持ちがあるんでしょうか。
「常に曲作りはしています。でも、自然と湧き出てくるような感じではありません。毎回これが最後だなという想いで作っていて。それを言うと、ライヴもこれが最後になる可能性があるといつも思っていて、それでも自分が納得できるかということを基準に作っています。聴いている人の人生と並走できるような、聴いている人の人生のBGMになるような音楽を作り続けていきたいです。矛盾しているようですが、終わってもいいと思えるほどの熱量で紡ぐ瞬間を繋いでこそ未来があると思います」
――この先でやってみたいことってあるのでしょうか。
「いっぱいありますよ。なかでも、映画音楽を作ってみたいというのが、ずっと描いてる夢。あと、ワールド・ツアーもやりたいですし、わかりやすいところで言うと、武道館公演はやりたいです」
――そういうストレートに王道的な目標もあるんですね。
「本気でやっていますから。頂きが見えているのに目指さないという発想はありません」
――じゃあ今回のベストも、そこへの途中報告みたいなことですか。
「そうですね。新しいリスナーとの出会いのきっかけになるといいなと思っています」
取材・文/小山 守