高野寛 デビュー30周年の締めくくりとなるアルバムは“今”を表現する原点回帰作

高野寛   2019/10/11掲載
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 高野寛デビュー30周年のアニバーサリーの締めくくるアルバム『City Folklore』は冨田恵一をプロデューサーに迎え、シティ・ポップへと“原点回帰”した充実の作品だ。今作についてたっぷり話を聞いた。
――高野さんのデビュー30周年アニバーサリーの締めくくりとしてリリースされるニューアルバム『City Folklore』(シティ・フォークロア)は、どんな作品を目指したんですか?
 「ここ数年、海外でも日本の70年代のシティ・ポップが話題になってて、それは自分にとってもすごくうれしいことだと思っていたんです。シティ・ポップっていろんな定義があると思うけど、はっぴいえんど、シュガー・ベイブ、ティン・パン・アレーとその周辺の人たちのことかなと自分は思ってます。そういう自分のいちばん根っこにある音楽が、配信の時代に海外にも受け入れられるようになった。だったら、そういうイメージで海外にも届くようなアルバムを作ってもいいんじゃないかと思ったんです。あと、最近の雑誌で僕のファースト・アルバム(『hullo hulloa』/88年)が“日本のシティ・ポップ100選”に入ってたこともあったんです。いろんなタイプのアルバムを作ってきたけど、30周年の最後に原点回帰するのもいいかなって思えて。そうしたところから制作がスタートしました」
――冨田恵一さんをプロデューサーに迎えたきっかけは?
 「やっぱり自分でプロデュースをすると、どうしても完成形が見えちゃって自分の中で面白みがないところがあるんです。たとえば1曲目の〈魔法のメロディ〉はデモの段階で結構完成してて、これをただ音質だけよくして録り直しても今ひとつだなと悩んでたんです。そのときにふっと冨田さんのことを思い出して。ラジオを聴いてて、これ誰の曲だろう? って調べると、新人だけど冨田さんプロデュースの作品だったということがかなり多かったんです。これは、自分が冨田さんの音に反応してるんだなと思いましたね。あと単純に、自分の歌が冨田サウンドとコラボしたらどんなものになるんだろうという興味もありました。最近の冨田さんの作品は音楽性も幅広いし、冨田さんと組んだらどんな音になるんだろうと、予想がつかないところが好奇心をそそられました」
――シティ・ポップの話になりますが、70年代後半から80年代の日本の音楽がヴェイパーウェイヴだったりYouTubeだったりの文化と絡んだりして海外で広がっている状況は、高野さん的にはどんな印象がありますか?
 「ティン・パン・アレーが進めた音楽が、世界のスタンダードになったんだなって思いもありますし、日本語の歌で世界に広げるのは無理だとずっと言われてきたのが変わったことは大きいですね。もしかするとこれからの時代、日本語のままでもいけるんじゃないかなって。あと、今の日本の音楽はJ-POP一色じゃないですか。シティ・ポップの出始めの時代は、歌謡曲があって、ニューミュージック(≒シティ・ポップ)があるバランスだったんですよ。その頃の歌謡曲にあたるのが今のJ-POPだから、そこにはカウンターでいたいんです。僕もJ-POPのアーティストって言われてやってきたけど、自分の中ではいつもカウンターの意識が抜けきらないんです」
――高野さんのアーティストとしてのスタンスが見えますね。
 「そう。だからシティ・ポップの評価って、自分の立ち位置の再確認でもあったんです。それがちゃんと希望につながるというか。80年頃、YMOが世界で認められて日本に逆輸入されたことがあったけど、この先、日本のシティ・ポップが海外でもっと広がって、ある種の音楽の共通言語みたいになっていくのかなって。90年代のクラブ・ミュージックが世界の共通言語になったのと同じようにね。それがもう始まってると思います。アジアでツアーする日本のアーティストも増えているし。30年やってきて、自分もそういうところに参加してみたいという気持ちになりました。今でも、自分の音楽がもっと届いてほしい気持ちは貪欲なんです。ただ、今までいいものを作ればいつか届くんじゃないかという淡い思いだったけど、今回はまず音で攻めて音に反応してほしいって気持ちがありました」
――冨田さんとの作業はどのように進めたんですか?
 「お互い宅録系なので、データのやり取りが中心でした。僕がシンプルなギターと歌と軽いリズムくらいのデモを渡して、それを自由に料理してくださいってお願いして。一緒にスタジオ作業したのは歌入れのときだけです。音に関しては、冨田さんに丸投げですね。自分のイメージで作ることはさんざんやってきたから、自分の想像とは違うものが上がってくるのがすごく新鮮でした」
――資料には“アルバム制作を進めていったらシティ・ポップじゃないものになった”と書かれてました。
 「シティ・ポップって若い人にとっては幻想も含めた過去の世界観だと思うけど、自分はリアルタイムの体験なので、若い子がピュアな気持ちで作るのとはどうしても違っちゃうんです。だったら、今ならではのサウンドを作りたいと冨田さんともよく話していました。それが冨田さんだとエレクトロ的な味付けにつながって、僕は歌詞の部分でそれを表現したんです。たとえばユーミンが中央高速を“中央フリーウェイ”って言い換えた幻想的な世界とは真逆のリアリズム。2019年の東京の実感を書いたんです。結果、いわゆるシティ・ポップとは違うものになってきたなと思って」
――それで『City Folklore』というワードになったと。
 「はい。打ち込みも多いし全然フォークロアっぽくない部分もあるんだけど、でも僕と冨田さんの2人だけの手作業だけで作ってるし、それってコンピュータを使った現代の民芸みたいな手作り感もあるのかなと思ったんです」
――たしかにそうですね。では、具体的に曲に触れていきたと思います。「魔法のメロディ」はゴージャスな雰囲気もあるドリーミーな楽曲です。
 「冨田さんが“交響曲じゃないよ”って歌詞から汲み取って、オーケストラ的なアレンジにしてくれたんです。イントロや間奏で出てくるフレーズは大貫妙子さんの〈色彩都市〉を想起させるんですが、それももともとは50年代の〈ミスター・サンドマン〉(ザ・コーデッツ)のイントロに似てたりして。そうやって、いろいろ受け継がれてきたものをちょっとずつちりばめています」
――歌詞は、街で物語が始まるスイッチ感がありますね。
 「いきなりリアルな世界じゃなくて、1曲目は夢見るポップスで始めたいなと思ったんです。最近、シティ・ポップの文脈で、大瀧詠一さんの世界観を自分の中で掘り下げていたんです。歌詞の“今夜、僕は恋泥棒”ってフレーズは、松本隆さんが作った大瀧さんの詞を意識してたりします」
――アルバム通じてのサウンドですが、エレクトロニカ、テクノ・ポップ感とストリングスや生音が絶妙なブレンドで展開されます。この濃密な音を、冨田さんひとりだけで手がけているのは素直に驚きました。
 「もう職人芸の極みですよね。打ち込みだけで作るのは今では普通のことだけど、冨田さんは30年間あの表現を極めてきた人だからその積み重ねがあって、真似できないところがありますよね。ドラムは鍵盤やパッドを叩くわけじゃなく、全部数字で打ち込んでるらしいです」
――なんと。リアルな打ち込みですか。
 「いちばん古典的な打ち込みのやり方です。今それができる人はほんとに少ないと思います。僕もできないです(笑)」
――ほんとに職人ですね。さて「Wanna be」は、ブラック・ミュージック的なアプローチのナンバーです。
 「これは10年くらい前に1回書きかけてそのまま膨らまずにいたんですけど、今回このアルバムに合うかなと思って引っ張り出したんです。メロディラインだけ活かして、あとは冨田さんに自由に作ってくださいとお願いしました。そしたら、マーヴィン・ゲイを彷彿させるデジタル・ブラック・ミュージックという感じにアレンジしてくれました」
――歌詞は、世の中のコミュニケーションが歌われてます。
 「これはSNSのことを歌ってるんです。今はあまりにいろんな価値観が世の中にありすぎて、自分の好きなようにやるしかないんじゃないかなって。人を気にしてやるよりも、確信が持てるなら自分がやりたいことを突き詰めていくしかないという宣言ですね。僕は、今まで何曲か電話やコミュニケーションの歌を作ってきたんですが、そういう歌って5年、10年経つと古くさくなるんです。それもわかってるけど、今の記録として作っておこうと思いました」
――ハース・マルティネスの「Altogther alone」のカヴァーも収録されています。
 「これ、AOR感というかシティ・ポップ感もあるんですけど、歌詞はUFOと遭遇した人の話って結構ヘンなんですよ(笑)」
――そんな歌詞だったんですか(笑)。
 「この曲が、10年くらい前に韓国でヒットしたんです。そんなに広く知られてないけど、名曲だし、カヴァーするのは面白いかなって。配信の時代だし、これがきっかけでどこかに届くこともあるかなという思いもあります」
――「Tokyo Sky Blue」はAORチューンですね。
 「そうですね。これは冨田さんの真骨頂のサウンドです」
――歌詞は、東京の夢と現実の儚い心情が歌われてます。
 「昔から気になってたんですけど、空や海の“ブルー”は爽やかで明るい感じがするけど、沈んだ気持ちも“ブルー”って例えるじゃないですか。すごく不思議ですよね。だから、この曲は“東京の空の青”って感じです。渋谷の交差点は、空もほとんど見えないですしね。日常もどんどんよくない話題で塗り替えられてる。そういう今の時代の記録です」
高野寛
――そして、アルバムの最後は「ベステンダンク(2019 ver.)」で締めくくられます。
 「〈ベステンダンク〉はこの何年間か、一ヵ所歌詞を変えて歌ってきたんだけど、そのヴァージョンを録音してなかったので残しておきたいと思ったんです。30周年のアルバムだし、ちょうどいいなって」
――ダンス・ミュージックのアレンジは意外でした。
 「冨田さんにお任せして、こういうアレンジになりました。最初はもっとエレクトロだったけど、アルバムのほかの曲に違和感なく溶け込むようにちょっとだけ生っぽい感じに軌道修正しました」
――歌詞は“虹の都へは 遠すぎるようだ”というフレーズが、“あと少しなんだ”に変わったんですね。
 「“手が届きそうだ”って歌うときもあったんだけど、“あと少しなんだ”っていうほうがリアルな感じがしたんです。手が届いてる実感はないから、でも“あと少しなんだ”って見えてる実感はあるんですよ」
――聴く人それぞれの目標や夢と重ね合わせると、すごく明るさが見えるような感覚になりますね。では、アルバムを作り終えての感想は?
 「僕の中で新しい世界に踏み出せたなっていう手応えはあるし、まだ聴いたことのない若い人や海外を含め、新しいところにも届いてほしいと思いますね」
――可能性を感じられるものを作れたと。
 「そうですね。あとは、歌とギターに専念できたことで歌の表現はより深く掘り下げられた気がします。今まででいちばんナチュラルに歌えたし、曲によっていろんな歌い方の幅が広げられました。そこはすごく手応えありますね」
――では、デビューから30年という長い活動を経て、高野さんが音楽をやってきてよかったと思えるのはどんなことですか?
 「最初は憧れから始まって、自分が聴いてきた先輩の音楽に近づきたいという思いしかなかったんです。それがだんだん自分でも描いたイメージを表現できるようになってきて、今はやっと音楽のコアなところに手が届くようになったという思いはすごくあります。あと、ちょうど平成30年が30周年で、いろんな時代の変遷を見てきたんですよ。やりやすい時期もあれば、しんどい時期もあったんですけど、今はわりと楽なんです。時代的にもいろんな価値観が受け入れられるようになったから、自分のやりたいことを素直に突き詰めていけばちゃんと受け入れてもらえる場所があるという実感があります。若いころは世間の流行に合わせて自分を変えていかなきゃいけない義務感に駆られてたときもあったんです。でも、続けてきたことで自分の居場所ができたし、それが続けてきたことのいちばんのご褒美って感じもします。あと、最初の10年ぐらいはライヴが苦手で。いつしかその緊張がなくなって、ライヴが楽しくなったのがよかったですね」
――ライヴが苦手だったんですか?
 「ビビりだし、うまくないっていうのもあって、昔は自分が思い描くようにできないくやしさしかなかったですね。ライヴが終わったあと、よく落ち込んでたな」
――自身のライヴだけではなく、いろんな方のサポートもされてましたよね。
 「ギタリストとして海外でやれたことも大きかったです。僕はシンガー・ソングライターであり、サウンド・プロデュースもしながら、時にはギタリストとして海外ツアーもやる、そんなあんまりほかにいないタイプだと思うんですよ。自分の歌以外の世界があったことで、場数を踏んでライヴにも慣れて、自分の音楽も新鮮に見つめられてよかったですね」
――では、これからの音楽活動はどんなことをしていきたいですか。
 「ライヴのやり方をもっと追求したいなと思ってます。ひさしぶりに誰かと組んでバンドやユニットでやるのもいいし。あとは、ここのところライヴはアコースティックでシンプルにやることが多かったんですけど、このアルバムをきっかけにマシンビートとアコースティックなものを絡めたり、そういうのもやってみようかなと思いました」
――やりたいことがたくさんある。
 「いっぱいあります。アルバム終わったばっかりだけど、もう新曲も作ってますよ」
――アルバム制作のあとは、抜け殻になる人が多いのにすごいですね。
 「今回、冨田さんが作業を担ってくれたので、ぐったりするスタジオ・ワークが全然なかったんですよ(笑)」
――もしかして、アルバムを通じてイマジネーションが掻き立てられましたか?
 「そうなんです。自分の曲がこういうふうにエレクトロなものと融合できることがわかって、自分で試したいものがたくさん出てきて」
――宅録心に火がついた、みたいな。
 「やりたいことだらけで時間が足りないぐらいです」
取材・文/土屋恵介
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