寺井尚子、“ジャズ・ヴァイオリンの女王”による多彩なナンバーで、新たな世界が花開く

寺井尚子   2020/04/14掲載
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2018年にデビュー30周年&CDデビュー20周年というダブル・アニヴァーサリー・イヤーを迎え、それらを記念して同年5月に同時リリースされた2枚のアルバム『The Standard II』と『寺井尚子ベスト』も好調。昨年は森口博子がセルフ・カヴァーしたデビュー曲「水の星へ愛をこめて」(アニメ『機動戦士Zガンダム』のオープニング・テーマ)のプロデュースと演奏を担当し、これまで以上に幅広い層から反響を呼んだ“ジャズ・ヴァイオリンの女王”。そんな寺井尚子から2年ぶりとなる待望のニュー・アルバム『フローリッシュ』が届けられた。アレンジの才能に加えてコンポーザーとしても定評のあるピアニスト・北島直樹、在籍5年の新世代ドラマー・荒山諒、そしてバンド初加入ではあるが寺井との共演歴は長いベース界の重鎮・古野光昭からなるレギュラー・クァルテットで、多彩なナンバーを艶やかに染め上げた、期待を裏切らない一枚だ。
――節目の2018年を経て、新しい世界が“flourish(花開く)”素敵なイメージのアルバム・タイトルです。
「30周年は大きな節目ではありましたが特別な気負いもなく、その後も充電をしつつステージは続けていましたし、いつレコーディングになっても大丈夫なようにバンドの状態も整えていました。前作から約2年ぶりのアルバムではありますが、時が満ちて花が咲くのと同じように自然な流れだったのではないでしょうか」
――クァルテット編成でのレコーディングは2013年の『セ・ラ・ヴィ』以来とか?
「ずっとクインテットでしたからね。でも、メンバーが替わったのも自然の成り行き。4人になったことで少しタイトになり、お互いに良い意味で緊張感を持ってバンドの音をよく聴くようになったかもしれません」
寺井尚子
©Katsunari Kawai
――1曲目の「トゥーランドット〜誰も寝てはならぬ」から鮮烈でした。あまりに有名な「誰も寝てはならぬ」のメロディに辿り着くまでに、イタリアの巨匠プッチーニがあのオペラに盛り込んだ、めくるめく旋律たちがジャズに変換されて次々に登場するのでワクワクしました。
「以前からとりあげたいなと思っていたんです。聴かせどころであるクライマックスの壮大なオーケストラ・サウンドをどうするのかも重要だったのですが、劇中に面白い旋律がちりばめられているので、ソロを入れて違う世界で表現してみたら楽しくて、そちらにもハマりました。オペラが好きな方はぜひ場面を思い浮かべてみてください」
――2曲目の「セルタオ」は世界的なアコーディオン奏者リシャール・ガリアーノの曲ですね。おふたりがこの曲を一緒に演奏する模様はDVD『ライヴ・アット東京JAZZ 2008』にも収録されていました。
「しばらくライヴでもとりあげていなかったこの曲が、ある日突然、頭の中で鳴りだして、これはもうクァルテットでやってみるしかないなと思いました(笑)」
――パット・メセニー・グループのヒット・アルバム『オフランプ』(1982年)に収録されている「ジェイムス」は、逆にライヴでもよく取りあげている人気曲です。オリジナルとは違う味わいですが、どことなく曲を捧げられたジェイムス・テイラーの優しい歌声を彷彿とさせますね。そういえばメセニーとこの曲を共作したピアニストのライル・メイズも2月に亡くなられたばかりです。
「そうですね、ご冥福をお祈りします。この曲は原曲のイメージからすると意外に思われるかもしれませんが、美しいメロディがヴァイオリンによく合うので気に入っています」
寺井尚子
©Katsunari Kawai
――「シンドラーのリストのテーマ」はスピルバーグ監督の映画も胸に迫る名作ですし、なんと言っても世界的な奏者であるイツァーク・パールマンのヴァイオリン・ソロのイメージが強烈です。
「すでにオリジナルの世界観が完成されているし、パールマンは私の子ども時代からのアイドル。どうやって自分の〈シンドラー〉を奏でようかとずっと悩んでいたら、新幹線の中でイントロがぱっと浮かんで、五線紙を持っていなかったのでその場で紙に線を引いて夢中で書き留めました。それで、その日のライヴが始まる前にエンディングも一緒に一気に書き上げた。ソロの部分に独自のイントロとエンディングを付けることで、ひとつの物語として仕上げることができたのです」
――「ピーター・ガン」もサントラ曲です。しかも巨匠ヘンリー・マンシーニの作品。いかにも1960年代初頭にテレビで放送されていた、アメリカの私立探偵ドラマのテーマといったサスペンス風(ラテン・テイスト)8ビートの原曲とはがらりと雰囲気が変わりましたね。
「ここではぜひ、うちのバンドが誇る天才アレンジャー北島直樹が得意とする4ビートをご堪能ください。とくに古野さんの特徴であるグルーヴ感と美しいベース・ラインの歌心が際立って、ほかのメンバーもノリノリで演奏しています」
寺井尚子
©Katsunari Kawai
――北島さんは今回、オリジナル曲のコンポーザーとしても大活躍。しかも4曲とも作風がまったく違っているのが素晴らしいです。たとえば5曲目の「ラ・シャンパーニュ」はこれからとびきり素敵なお店で、美味しい食事が始まるような予感。
「レコーディングの直前に仕上がってきた、小粋でお洒落なワルツ曲。こういう曲なら不意打ちでもむしろ大歓迎。やはり第一印象がすべてなのです」
――8曲目の「シテ島」は古いフランス映画のようなロマンティックなムードを醸し出しています。
「こちらはその名のとおり、以前パリ公演の時にみんなでシテ島に行った時の想い出だそうです。パリ市内でもっとも古い歴史をもつ場所なので、観光客に人気のスポットが集まっていて大興奮でした」
――個人的には6曲目の「インディゴ・アリア」がとても好きです。「シンドラーのリストのテーマ」にも通じる深い哀しみに彩られた美しい佳曲ですね。しかも暗いまま沈んで終わるのではなく、ラストに光を見いだせるところが感動的。
「ヴァイオリンとピアノが織りなすハーモニーの美しさにも耳を傾けてみてください。こういうテイストの曲は初めてで、いい意味で今回も驚かされました。一方でラストを飾る〈月夜に柳〉は北島さんの真骨頂。あのノスタルジックで妙に浮き足立っているような感じは彼にしか書けない独特のテイストであり、私じゃなきゃ演奏しようって思わないかも(笑)。本当に相性がいいのだと思います」
――5月からアルバム発売記念の全国ツアーも予定されていますが……。
「新型コロナウイルスの感染拡大防止を第一に考え、まだまだ先の見えない状態ですので、今は事態が早く収束に向かうことを祈るばかりです。自分としては、毎日できることをしっかりやって、それをまた次へのエネルギーにして繋いでいく姿勢は変わりません……つねに全力投球! 身体が資本なので、今後も自己管理には気をつけたい。また皆さんとライヴ会場で会える日を心待ちにしています」
取材・文/東端哲也
Photo by Katsunari Kawai
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