ふっと飛び込んでくるワンフレーズ “現場の音楽”HIT『Be!!』

HIT(Rapper)   2017/07/21掲載
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 近年のフリースタイル・ブームにとって、フィメールラッパーの数も飛躍的に増加するなか、「久しぶりに危ないビーストなフィメールラッパーが登場」とのレーベルコピーと共に届けられた、HITの初EP『Be!!』。WDsoundsが全面バックアップし、GOLBY SOUNDがトラックを手掛けた全5曲とそのインストゥルメンタルからなる本作は、しかし、リスナーに強力なパンチラインをしたたかにお見舞いする作品でもなければ、ウェットな叙情性や甘ったるい感傷にどっぷり浸ることもない。そして、安易に共感を誘うような、ステレオタイプな表現をさらりとかわすと、彼女のスキルフルなラップはフロア映えするトラックを巧みに乗りこなし、クラブの現場で映える「音楽」を提示してみせる。そのクールなタッチに鋭い牙を隠し持つHITとは果たしてどんなラッパーなのか?
――今回のEP『Be!!』が配信シングル「1987」に続く、フィジカルのデビュー作ということですが、現在は東京在住のHITさんはもともと地元・大分でラップを始めたとか?
 「そうですね。地元の大分でやってるヒップホップやレゲエのイベントに遊びに行ってるうちに、先輩のDJがありもののトラックを持ってきてくれて、“これでリリックを書いてみな”って。そんな感じで、気づいたら、ラップしてました(笑)。当時はUMB(ULTIMATE MC BATTLE)が盛り上がってた時期だったんですけど、私の場合、誘ってもらったイベントでのライヴが最初で、その後、仲良くなった男の子たちがやってるフリースタイルの場に混ぜてもらって。切磋琢磨してラップを極めるというより、遊びの延長線上でフリースタイルをやるようになったんです。みんな、お金持ってなかったので(笑)、コンビニでビールを買って、“何しようか?”“じゃあ、フリースタイルしよう”っていう、そんな感じで、ライヴをやったり、フリースタイルをやったりしながら、地元で6、7年活動した後、5年くらい前に東京に出てきました」
――当時の大分にはHITさんの他にも女性ラッパーはいましたか?
 「いる時期もあったんですけど、やめちゃったりして、ずっと活動しているのは私だけでしたね。今回の作品にフィーチャーした椿も福岡出身ですけど、彼女をはじめ、今繋がりのある女性ラッパーのほとんどは東京に出てきてからの知り合いだったりするし、大分は福岡や熊本だったり、近県のシーンとも繋がりが薄かったので、他の女性ラッパーとこれといった交流もなく。そんな感じの活動だったので、“地元でラップやっててもなぁ……”と薄々思いつつ、だからといって、どうすればいいのかも分からなくて、決意して上京したというより、ふわっと東京に出てきて、今となっては“よかった。CD出せて”っていう感じですね(笑)」
――ギラギラした上昇志向に煽られて、音楽をやってきたわけではない、と。
 「私はそういうタイプではないですね。そこまでの欲はないし、“負けたくない!”っていう気持ちでは椿には絶対叶いませんからね。それは私のラップも同じで、誰かに対して何かが言いたいというより、自分が楽しみたいという気持ちの方が強いですね」
――ただ、上京しても、すぐに音楽シーンと繋がりが出来るわけではないですよね。
 「ちょうど同じ大分出身の(ラッパー)押忍マンがレギュラー・パーティをやっていた池袋bedに行ったり、大分にいる時、私が働いていたクラブにゲストで来た東京のラッパーやDJと交流があって、定期的に東京に行っては、その人たちのイベントで遊んでいたりもしてたので、そういうつてからだんだん友達が増えて、イベントに誘ってもらえるようになっていったんです。ただ、私はクルーに加入したこともないし、一対一の出会いから仲良くなった人にイベントに誘ってもらっていたので、端から見たら、ひたすら謎の動きをしているように見えたかも(笑)」
――2015年にリリースされた仙人掌 & QROIXのアルバム『Inbound』に参加されていますけど、その経緯というのは?
 「仙人掌とは前から仲良くしてて、“たまにヴァース蹴りに俺のライヴに来てよ”って言ってくれたり、音楽的に付き合ってくれてて、今も彼のアルバム・ツアーに同行して、ライヴを急遽やらせてもらったりもしているんですけど、参加させてもらった『Inbound』では仙人掌が作ったビートで私だけがラップしていて、そこでもまた謎が深まるっていう(笑)」
――自分でもその謎を楽しみつつ、都内各所を暗躍していたと。同じクラブに色んなジャンルや人が集まって、多彩な音楽性や密な人間関係が育まれる地方に対して、人口が多い東京は同じ指向性の人たちが集まって、掘り下げ方がディープになる反面、異なるジャンルや人が混ざりにくかったりもしますよね。大分から東京に出てきて、HITさんの音楽観はどう変わったと思います?
 「地元にいた頃は、フラストレーションとか余剰エネルギーを燃やすようにラップしている意識が強かったんです。ラップって、バトルにしてもそうですけど、人に向ける表現だったりするし、そこには自己顕示欲もプラスされるじゃないですか。でも、そういう意識が強くない私は、東京で遊んでいるうちに、ライヴをしている時やフロアで自分の曲がかかった時に音楽として気持ちいいものであって欲しいなって思えるようになったし、自分が好きだと思える作品を作ればいいんじゃないかなって、今は考えていますね」
――今回のEP『BE!!』のリリース元であるWDsoundsは、HITさんにとってはどんなイメージのレーベルですか?
 「正直、得体が知れないレーベルというか、MERCYさんももちろん存在自体は認識していたんですけど、最初は何をしている人なのかぴんと来てなくて(笑)。WDsoundsもMERCYさんも色々やってるし、作品をリリースしているから、未だに自分のなかで特定のイメージは持ってないですね」
MERCY 「仙人掌がいる現場でよく会って、話すようになったんですけど、当時作っていた曲は90sマナーを踏襲した、もっとオーセンティックものだったんですけど、オンでラップを乗せる彼女のようなスタイルは自分の周りにはいなくて、面白いなって思ったし、それと同時にオーセンティックなトラックより今の音の方が個性が活きるんじゃないかって。それでGOLBY(SOUND)さんのトラックを提案させてもらったし、ジャケットも俺らが聴きたい音楽が入ってそうな、そういうものだったりすると思うんですよ」
――ジャケットが過剰にカラフルだったり、ピンクだったりすると、男性リスナーが手に取りづらかったりもするし、リリックもダメ男罵倒系とか男の愚痴、好きだ嫌いだっていう女性ラッパーのステレオタイプな表現は個人的に食傷気味だったりして。でも、この作品はそうじゃなく、男女問わず、音楽として響くものがあると思いますし、クラブで真価を発揮しそうな現場の音楽だなって。
 「私、今までそういう曲を作ろうと試みたことは一度もないですね。今回、作品を作っていくなかで、トラックは自分が好きなものじゃないとダメだなっていうのは大前提として、リリックはあまり聞いたことない言葉だったり、その時に思いついた面白いことを書いてるだけだったりするし、意味があるようでないリリックが好きなんですよね。かつては決定的なことを言おうとリリックを書いていたこともあったし、これからそういうリリックを書くことがあるかもしれないですけど、今の気分としては、ツイッターで呟くように、ぱっと思い付いた面白い言葉から広げていく書き方をすることが多くて、その結果として上手く着地させられないこともあるんですけど、言葉遊びと捉えて、トラックのハマりや音としての気持ち良さを意識して書いた曲の方がライヴ映えするんですよ。日本語ラップっていうことになると、一語一句聴き逃さないように、曲が始まると、会話が止まったりするじゃないですか。そうじゃなく、さらっと聴いて欲しいんですよ。会話が止まらず、その合間にふっと飛び込んでくるワンフレーズが聴き手に作用するような、そういう曲になったらいいなって思いますね」
――先日、椿さんが優勝したシンデレラMCバトルをはじめ、女性ラッパーも以前と比べて層が厚くなっていると思うんですが、同性から見て、現状についてどう思われますか?
 「私自身、バトルに出るのはやめちゃってるんですけど、ここ何年かで一気に人口が増えたことは間違いないですし、人が少ないより多い方がいいとは思うんですけど、全体的に格好よくならないと意味がないし、現状、私がフリースタイルバトルをやってる人の作品を聴くかといったら、多分聴かないんですよね。だから、フリースタイルも作品もどちらも格好いいっていう、そういうラッパーが沢山出てくるような感じで盛り上がったらいいなって思ったりはしますけど、私自身、いい成績が残せたわけじゃないし、バトルに出るモチベーションも下がってしまった今、自分としてはいい曲を残していくことに注力していきたいなって思っていますね」
――そして、この作品とは別に制作しているアルバムがほぼ出来上がっているとか?
 「去年録ってたアルバムがあって、それは自主で出そうと思っているんですけど、そっちは途中で行き詰まって、13曲くらい録ったんですけど、さあ、アルバムだ!っていう気持ちではなくなってしまって。そんなタイミングでMERCYさんが声をかけてくれて、今回、『Be!!』を先に作り上げたんです。でも、制作が止まっていた作品も形を変えて、ストリート・アルバムとしてリリース予定ですし、CreativeDrugStoredooooくんのトラックで曲を作ったり。私自身、計画や予定を立てるのが得意ではなかったりするんですけど、今年はどんどん予定を入れて、がんばろうと思います」
取材・文 / 小野田 雄(2017年6月)
TRASMUNDO NIGHT VOL.5
- HIT『Be!!』RELEASE PARTY -
2017年7月22日(土)
東京 代官山 晴れたら空に豆まいて
開場 17:30 / 開演 18:00
1,500円(+1D / 600円別途)

出演

LIVE: HIT
DJ: DJ HOLIDAY / SHIN MIYATA(BARRIO GOLD RECORDS) / 16FLIP / DA2G & DOPEY(ROYAL GHETTO FAMILY / B2B DJ SET) / TRASMUNDO DJs
FOOD: MEGUDAO FOOD(カオマンガイ / 30食限定 1,000円)


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