[注目タイトル Pick Up] “オレグ・カスキフが弾く、ストラディヴァリウスとグァルネリ・デル・ジェスの頂上決戦 / あきらかに音の異なるメタリカ“ブラック・アルバム”の2種のスペック
掲載日:2021年9月28日
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注目タイトル Pick Up
オレグ・カスキフが弾く、ストラディヴァリウスとグァルネリ・デル・ジェスの頂上決戦
文/長谷川教通



 ストラディヴァリウスとグァルネリ・デル・ジェスといえば、泣く子も黙るヴァイオリンの最高峰。これを聴き比べてみたい。クラシック音楽ファンやオーディオ・ファンなら誰もが思い描く願望だろう。ヴァイオリンの鳴りは、奏者はもちろん魂柱などのセッティングや弦の種類によって大きく変化するし、使用する弓や弓毛によっても微妙に変化する。できれば同じ演奏者 / 同じ曲で比較したい。ということで取り上げたのがウクライナ出身のヴァイオリニスト、オレグ・カスキフがスイスの老舗クラーヴェスに録音した2枚のアルバムだ。『The Colours of Giuseppe Guarneri del Gesù』『The Colours of Antonio Stradivari』というアルバム・タイトルからわかるように、それぞれの名器の音色&魅力にフォーカスした録音。それだけに音質が抜群に良い。まずは1724年製グァルネリ・デル・ジェスを聴こう。このアルバムでカスキフはイザイの名曲「無伴奏ヴァイオリンのための6つのソナタ」全曲を弾く。多くの国際コンクールでの受賞歴を持ち、現在はジュネーヴ音楽院の教授でもあるカスキフの演奏がすばらしい。とくに第1番に注目したい。というのも、1718年製ストラディヴァリウスを使用したアルバムでも、イザイの第1番を弾いているからだ。こちらのプログラムはバッハ、ブロッホ……と続くが、使用楽器の音色を比較するにはイザイの第1番は最適な曲。第1楽章では重音の強靱さと高域に駆け上がる音色のピーンと張ったタイトで輝かしい音色、低音弦の迫力。“これがデル・ジェスの音か”と感動する。一方のストラディヴァリウスの重音には透明感があって、高域に駆け上がる艶やかな音色は美しい。低弦の鳴りもデル・ジェスらしい輪郭が鋭角な切れ味に比べると、ストラディヴァリウスは迫力とともに豊かさも感じられる。どちらが優れているかといった比較論には与したくない。まさに頂上決戦の様相を呈しているのだ。ただし、録音が優秀であれば、名器ならではのすごさに圧倒されるだけでなく、両者の違いまでも確かに聴きとれる……なんという贅沢な愉しみであろうかと思う。楽器の直接音と空間情報をみごとなバランスで収録し、たんなる音比べ的な録音とは次元の異なる音楽的な音源に仕上げた技術の優秀さと感性のすばらしさにも感心させられる。もう1タイトル。1694年製のストラディヴァリウスで弾いたベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲。2010年にスイスで結成され、腕利き奏者が揃ったグスタード・フェスティバル・オーケストラをバックにカスキフの奏でるヴァイオリンがクリアに浮かび上がる名録音だ。


 オーケストラと合唱の規模といい、描き出される音響の壮大さといい、数百年におよぶクラシック音楽の歴史上でもまさに最強の作品だ。オケは拡大された弦五部、ホルンはなんと12本、8対のティンパニに10対のシンバル、4管のトランペット&コルネットにトロンボーンで構成するパンダ(別動隊)にはチューバも加わる。これだけの演奏者を集めるだけでも大変だし、この音響の渦を音楽としてまとめあげる指揮者の手腕も桁外れ。作曲当時33歳のベルリオーズにフランス政府から公式行事の作品として委嘱されたのだから、これも異例ことだが、ベルリオーズはこの大作をわずか3ヵ月で書き上げたという。その才能も桁外れ。この演奏はベルリオーズの没後150年を記念して2019年5月にコンセルトヘボウで行なわれた公演のライヴ録音だ。オケはもちろんロイヤル・コンセルトヘボウ管、指揮するパッパーノは手兵とも言えるローマ聖チェチーリア国立音楽院合唱団を引き連れてアムステルダムに乗り込んでいる。
 まずは第2曲の「Dies irae」。後半の「Tuba mirum」では猛烈なティンパニの連打が唸りを上げる。ホール全体が揺らぐかと思われるほどの低音の鳴りに金管の咆吼と合唱のフォルテが重なり、オケの全合奏。おそらくこの異次元の音圧感に、再生するスピーカーは目一杯。ヤワなスピーカーでは飽和してしまうのではないだろうか。しかし解像度の高いスピーカーで聴けばわかるのだが、ホールいっぱいに鳴りわたる大音響にもかかわらず響きが整理され、不快なハモリや混濁感がほとんどないのだ。これはすごい。指揮するパッパーノのコントロールが行き届いているのはもちろん、ホールの良さと、それを知りつくした録音技術のすばらしさだと思う。第5曲「Quaerens me」では無伴奏の合唱になるが、その美しさと空間に伝播していくイメージがよく録られている。第9曲の「Sanctus」ではテノール・ソロをメキシコ出身のハビエル・カマレナが抒情的な歌唱で聴き手の心をとらえる。そして終曲の「Agnus Dei」。静謐なコーラスがいったん盛り上がりを見せ、やがて「アーメン」で静かに曲を終える。この激烈なダイナミックレンジを完璧に収録した192kHz/24bitの音源……オーディオ・ファンにとってはリファレンスとすべき録音となるはずだ。


 NHKのBSドキュメンタリーでクレモナを訪れた映像が2013年だった。とても印象的で記憶している人も多いのではないだろうか。その後カナダやアメリカをはじめヨーロッパや日本でも広く活躍する五明カレン。彼女の成長ぶりを証明するようなアルバムの登場だ。BISレーベルからの第2弾『ピアソラ・トリロジー』が96kHz/24bitのハイレゾ音源で配信された。ピアソラの生誕100周年を記念するアルバムだ。クラシックの音楽家がたくさんピアソラを取り上げている中で、彼女はどんな音楽に仕上げようとしているのだろうか。プログラムは「ブエノスアイレスの秋」「タンゴ風エチュード」「タンゴの歴史」の三部作。非常に野心的な構成だ。まずレオニード・デシャトニコフ編曲「ブエノスアイレスの秋」はヴァイオリン・ソロと弦楽合奏版で、オケはフランス国立ロワール管だが、これが特殊奏法やら効果音を入れて、聴いていて「ワオーッ、これはいい!」と嬉しくなる。ピアソラをクラシックで料理しましたなんていう演奏とはまったく違う。曲の合間に入るヴィヴァルディの旋律にも違和感はないし、無理してタンゴ風の味をだそうなんていう意図も感じられない。とにかく五明カレンが、愉しくてしかたない! といった勢いで弾いているのだ。こんな面白いピアソラは滅多に聴かない。そう! ピアソラが創った音楽って、ピアソラ自身の想定を超えた可能性を秘めているんだと思う。だからなんでもかんでもオリジナルが最高だという先入観は捨ててもいい。ヴァイオリン・ソロによる「タンゴ風エチュード」では思いっきり五明カレンの感性をぶつけている。彼女の多彩なテクニックがピアソラの音楽にオーバーラップして跳ね回っているようだ。ギターとのデュオによる「タンゴの歴史」もとても刺激的だ。ヴァイオリンがギターを誘い、ギターがそれに応えるかのようにヴァイオリンを挑発すると、ヴァイオリンがキレッキレの音色と奏法で切り返してくる。そのやりとりが聴き手の好奇心をくすぐる。次にはどんな火花が散るんだろうか。最高にスリリング! 録音も良いので、奏者の息づかいがダイレクトに伝わってくる。

あきらかに音の異なるメタリカ“ブラック・アルバム”の2種のスペック
文/國枝志郎

 個人的に今月のハイレゾ・リイシュー大賞はこれに決定! 1982年にヴォーカル / ギターの杉林恭雄を中心に結成されたポップ・ユニット、QUJILA(くじら)は、結成当時からそのアコースティックな響きと卓越したポップ・センス、ひねりの効いた文学的な歌詞で静かな人気を集めていたバンドで、1985年にスウィッチ・コーポレーションからシングル「砂の子供」でデビュー。その後メジャーのEpicと契約し、同年暮れにアルバム『PANORAMA』をリリースした。当時のメンバーは杉林のほか、ベースのキオト、ドラムスの楠均のトリオ編成だった。QUJILAがEpic時代にリリースした『PANORAMA』、『たまご』(1986年)、『MIX(3枚のミニ・アルバムをカップリングしたもの)』(1988年)、『島の娘』(1989年)、『メロン』(1990年)、QUJILAプラス駒沢裕城、玉城宏志、ロケットマツ、関島岳郎、篠田昌巳ら豪華ミュージシャンを迎えたQujila“Dragon”Orchestra名義でのアルバム『in my soul』(1992年)、杉林のソロとなり、打ち込みを大胆に導入した『COBALT BOY』(1993年)はいずれも時代に流されることのないエヴァーグリーンな作品ばかりだったので、今回まとめてハイレゾ配信(96kHz/24bit)となったことは非常にめでたい。ハイレゾ的にどれか1枚というのであれば、2作目となる『たまご』を推薦しておこう。メジャー第1弾ということもあってか、ややオーヴァープロデュースなところもあった1作目と比べると、ゲスト陣がぐっと少なくなって彼ら本来の“実験性を持ったアコースティック・ポップ”という側面が引き出されたこの2作目の成功は、プロデューサーを務めた清水靖晃とオノ セイゲンの手腕によるところも大きい。加えて録音をパリで、ミックスをベルリンで行なうという豪華な制作状況は当時のメジャーならではのものだろう。結果的にこのアルバムは彼らのアルバム史上もっとも音の良い1枚となったのは言うまでもない。


 コロナ禍が始まって少し経った昨年の夏あたりから、日本のハイレゾ配信サイトにLate Musicレーベルの音源が登場するようになったことには気がついていた。Late Musicは、カナダの電子音楽家、サラ・ダヴァチが主宰する実験音楽のレーベル。フィジカルの国内盤CDは今のところリリースされていないが、なぜこのレーベルが日本の配信サイトに? と思って調べてみると、このレーベルが、もともとイギリスはシェフィールドのテクノ / 電子音楽レーベルの草分け的存在であるWarp Recordsをパートナー・レーベルとして創設されたためらしい(Warpのハイレゾはかなり以前から日本でも配信されている)。アナログ・シンセサイザー、ピアノ、オルガン、オーケストラの多彩な音色を巧みに組み合わせて幽玄な音楽を生み出すサラ・ダヴァチは2013年にアメリカの実験音楽レーベル、Full Spectrumから『The Untuning of the Sky』でデビュー、以後レーベルを変えながらすでに10枚以上のアルバムをリリースしてきた強者である。その音楽には60~70年代にかけてブームとなったミニマル・ミュージックの影響が色濃いが、いっぽうでチェンバロなどで演奏されるバロック音楽などの要素も彼女の音楽には欠かせないものであり、それを実験的音楽へと昇華させてきた。Late Musicからの彼女のアルバムは今のところ3枚で、最初の『Cantus, Descant』(2020年)と、最新作で3枚目にあたる『Antiphonals』(2021年)の2作が日本でもハイレゾ配信(44.1lHz/24bit)されている。ちなみに2作目である『Figures In Open Air』(2020年)も海外ではハイレゾ配信されているが、このアルバムはライヴ・アルバムということもあるのか、今のところ日本での配信からは外れている。本人曰く「『Cantus, Descant』を補完するもの」であるとのことなので、将来的な配信を望みたいところだが、まずは最新作『Antiphonals』をお聴きいただきたい。「Antiphonal」、つまりアンティフォナ(交唱)は、2つのグループによって交互に歌われたり、朗読されたりする教会音楽のことだが、このアルバムでダヴァチは一見不協和な音色を織り交ぜ、メロディ(横のライン)とハーモニー(縦のライン)が互いに響き合う美しい構造物を作り上げる。ハリー・パーチやラ・モンテ・ヤングを彷彿させる精妙な微分音が、ミステリアスでスピリチュアルな雰囲気の中から浮かび上がるさまをハイレゾ音響で楽しみたい。




 今月のメタリカがアツすぎる……。
 これまでにもメタリカのアルバムについては継続的に「リマスター・デラックス・ボックス・セット」企画が進められてきたが、ついに今回はメタリカがその評価を不動のものにした5作目のアルバム『メタリカ(通称ブラック・アルバム)』が登場してきた。まずはオリジナル・アルバムのリマスター盤。オリジナルの12曲のみを収録したこのヴァージョンはまあ順当なものだけど、そこに大量のライヴ・トラック、デモ、リフのみのテイク、リハーサル・テイク、ラジオ・エディットなどを加えた『リマスタード・デラックス・ボックス・セット』はなんと全193曲(!)、トータルタイム15時間39分(!!)。値段差は10倍以上(!!!)というすさまじさ。とりあえずファンだからボックス買えばOKだろ……と思うでしょ? ところが、だ。同じリマスターかと思ったら、スペックが違うのである。12曲入りのアルバムの配信スペックは96kHz/24bit。ところが、ボックス・セットのほうはオリジナル盤の12曲を含む全曲が44.1kHz/24bitなのである。どちらも「2021リマスター」と明記されているのだが。試しに両者を聴き比べてみると、あきらかに違うのである。1曲目「Enter Sandman」のイントロのギターの響きからしてかなり異なっている。スペック的に有利なのは12曲版なのだが、一概にそっちのほうがいいというふうに言い切ることができないくらいの違いなのだ。なんせボックス版はかなりの高価格なので、おいそれと手を出せるものではないとは思うけれど、トラックごとに買うこともできるので、気になるファンはボックス版の頭の12曲だけでも買う価値はあるかもしれないとだけ言っておく。そしてもうひとつのアツさの原因、それは53組(!!!)のアーティストがこのアルバムの収録曲全曲をカヴァーした企画盤『The Metallica Blacklist』だ。12曲を53組のアーティストがカヴァーするわけだから、冒頭から「Enter Sandman」が6ヴァージョン続いたりするし、「Nothing Else Matters」に至っては12ヴァージョン収録である。参加アーティストの振れ幅も規格外。ロック / ポップ関係だけではなく、たとえばヨーヨー・マ(vc)やイゴール・レヴィット(p)といった堂々たるクラシック・プレイヤーまで参加した本作はこれまた収録時間4時間以上のハイレゾ(96kHz/24bit)作品。収益はすべてチャリティ団体に寄付されるという。

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