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feature【CDJournal.com 10th 特別対談】ケラリーノ・サンドロヴィッチ×星野源

ケラリーノ・サンドロヴィッチ / 2010/07/28掲載
【CDJournal.com 10th 特別対談】ケラリーノ・サンドロヴィッチ×星野源
 劇作家、演出家、ナイロン100℃主宰者として、いまや演劇界になくてはならない存在となっているケラリーノ・サンドロヴィッチ。大人計画の舞台やドラマ『ゲゲゲの女房』などで俳優として活躍する星野源。二人の共通するもうひとつの顔は、ご存知のとおりミュージシャンとしての顔。演劇、音楽と、どちらのフィールドに軸足を置くわけでなく、いずれの分野でも精力的な展開を見せる二人は、どのようなスタンスで表現活動を繰り広げているのか。それ以外にも意外な共通点を見せる、マルチなどという三文字ではくくりきれない異彩対談、スタートです。






「源は見た目の印象だと、高校生みたいだった(笑)。
なんか面白い少年だなあって思ったのが最初」(KERA)


──お二人はずいぶん以前からのお知り合いだそうですが、最初に会ったのはいつぐらいなんですか?
 星野源(以下、星野) 「故林広志(※注1)さんの『コントサンプル2(1)』(2000年)という舞台にコントで参加させてもらった時に、KERAさんが観にいらっしゃってその時が最初ですね」
 ケラリーノ・サンドロヴィッチ(以下、KERA) 「あの時いくつ?」
 星野 「19とか、20歳前ぐらいだったと思います」
 KERA 「見た目の印象だとね、高校生みたいだったんだよ(笑)。なんか面白い少年だなあって思ったのが最初ですね。時系列が自分の中でめちゃくちゃなんですけど、一番しょっちゅう会ってたのは、KERA・MAP(※注2)の1本目(『暗い冒険』 / 2001年)に源が演出助手で参加して、ずっと稽古をいっしょにやってた頃かな」
──星野さんがKERA・MAPに参加したのはどういったきっかけだったんですか?
 星野 「ナイロン100℃で文芸部っていうのを一時期募集してたんです」
 KERA 「あ、それに応募してきたんだ。そうそう、寂しかったんだなあ。松尾(スズキ)さんには宮藤(官九郎)みたいな片腕がいるのに、もうちょっと感覚を共有できる人がいたらと募集したんだけど、結局どう接していいかわからなくなっちゃって(笑)」
 星野 「一回だけKERA・MAPの演出助手をやらせていただいて、なんとなくフェードアウトしちゃったんですけど(笑)」
 KERA 「俺が意識したのはペンギンプルペイルパイルズ(※注3)の『不満足な旅』(2005年)で源が音楽をやってたのが、劇伴としてすごいよかったの」
 星野 「ありがとうございます」
 KERA 「劇伴って難しいんだよね。芝居のバックに流れるわけだから、主張しすぎてもいけないし、なんでもなくてもつまらない。なんかカーニバルっぽい音楽だったよね」
 星野 「海外のよくわからない祭りみたいな設定で窓からずっと祭りの音楽が流れるっていう。10分くらいの曲を8曲ぐらい宅録で作って」
 KERA 「なんかニーノ・ロータフェリーニと組んだ時のような祝祭感があった……ちょっと大げさか(笑)。あとは、たまに楽屋で会ったりとか、そんなゆっくり話すことはなかったよね」
 星野 「今回がはじめてぐらいですよね。KERA・MAPの時も演出助手という関係だったんで、あまり話せずで」
──ナイロンのスタッフに応募したということは、やはりナイロンの作品をご覧になって?
 星野 「あの時はとにかく書く勉強がしたくて、物書きに憧れていて。募集してるんだっていうのを知って、勉強させてもらおうと応募したんです。中学の時から学校内の演劇に参加してたんですけど、高校2年生のときに先輩から"大人計画っていうのがおもしろいらしいよ"って言われて、一番最初に観たのは、大人計画じゃないんですけど(松尾スズキ作・演出の)『マシーン日記』(1996年)だったんです。そこから小劇場やKERAさんの作品とか観るようになって。『カラフルメリィ』の再演(ナイロン100℃『カラフルメリィでオハヨ'97』 / 1997年)の時が最初だった記憶がします。まだ小劇場の作品の戯曲があまり出版されてない時期で、当時唯一出ていた『ウチハソバヤジャナイ』(1992年初演)をむちゃくちゃ読み込んでました」
──ただでさえ、ナンセンスで出鱈目な作品の戯曲を舞台も観ずに読み込む作業ってのもすごい経験ですよね(笑)。
 星野 「萩原流行さんがスライドで出てくるこの感じはどんな感じなんだろうと想像しながら(笑)」
 KERA 「(苦笑)」
──それこそ、星野さんはWOWOWのシティボーイズ(※注4)のライヴ中継を小さい頃から観て育ったんですよね?
 星野 「シティボーイズは大好きで毎回観てましたね。いい親だったなあと思います」
──ある意味英才教育ですよ。
 星野 「親がシティボーイズが好きで"源、録画したから観なさい"って」
 KERA 「観なさいって(笑)」
 星野 「最初はわけもわからずだったんですけど、だんだんおもしろさがわかるようになって。その辺から演劇色の強いお笑いが好きになって」
 KERA 「俺も中学時代にモンティ・パイソンをはじめて観たから、似たような感じかもね。ラジカル・ガジベリビンバ・システム(※注5)はモンティ・パイソン的な笑いを日本ではじめてライヴでやったユニットだった。似たようなものを似たような時期に観てるのかもしれないね。小学校の高学年から中学生にかけてああいうのを観ちゃうと、そこに行く人が多いんじゃないかなあ」
 星野 「当時はやっぱり周りに観てる人は誰もいなかったですね。モンティ・パイソンの話しても誰もわかってくれないし」
 KERA 「いないよねえ。その時期にそういうものを観てる人がもっとたくさんいれば、仲間が増えてたような気もする」
 星野 「仲間ということは、KERAさん自身にも孤立感があったってことですか?」
 KERA 「今は特にないけど、中高から20歳前後ぐらいまでは、なんでこんなに話が合う人がいないんだろうっていう思いはあったよ」
 星野 「僕もそうです。年上の人と仲良くなることが多いというか」


「僕はモノが大好きで、データだけだと不安になるんです」(星野)


 KERA 「今日は音楽の話をするんじゃないの? CDジャーナルなんだから。今の音楽の現状はよく知らないけど、大変だっていうのはわかるのね」
 星野 「(笑)」
 KERA 「HMV渋谷がなくなるんだよね」
 星野 「ええ、8月に」
 KERA 「CDがなくなるかもしれないじゃない。音楽配信がエコだっていう流れもあったり」
 星野 「あの考えはすごいですよね。外に買い物に行かずに家でダウンロードして"エコです"っていうのはちょっと強引すぎる気がします(笑)」
 KERA 「ああいう感覚って末期的な感じがするね。個人的には、音楽配信って得体が知れなくて好きになれないんだよ。実体がないような感覚。これ(星野のソロ・アルバム)も15曲入ってるじゃん。作り手は15曲トータルでどういう印象を残すかということを考えて作るでしょ? それをランダムで3曲目と8曲目だけ聴きましたっていうのは……。聴いてもらえるだけ嬉しいんだろうけど。コンプリートしてなんぼっていうのあるじゃない。なんか寂しいね、すごく」
──アルバム単位で楽しんだり、ジャケット込みで音楽を楽しむっていうのは、すでにありがたみがなくなっちゃってるんですかね。
 星野 「僕はモノが大好きで、データだけだと不安になるんです。配信も苦手で。配信って1曲単位で買うために作られてる感じがするんです。CDやレコードって曲間の秒数が曲の秒数とは別に設定されてて、次の曲まで何秒って決まってるじゃないですか。でもiTunesのアルバム配信にはそれがなくて、曲間が全部一緒で。だから同じ作品でもCDのトータルの再生時間とiTunesのアルバム配信の再生時間は違うんです。曲間にもこだわって作っているのに、それがなかったことになっちゃうのは寂しくて。だから、今回はアルバム配信をやってないんですよ。あと、僕はモノがないとすぐに忘れちゃう(笑)。ネットとかのニュースを見てても、3時間ぐらいで内容は忘れちゃうんですけど、雑誌って、10年前の記事の内容でも微妙に覚えてたりするじゃないですか」
 KERA 「このページのこの位置にこういう写真があったとかね」
 星野 「高校生のときに中野ブロードウェイのタコシェで見つけた古い『宝島』の中に、旬のお笑い特集で一番上にダチョウ倶楽部がいて、その下にシティボーイズがいたってよく覚えてるんですね。それってやっぱり大事だなって。モノがあって、それに対して動くっていうのはものすごく大事だなって思うんですよね。SAKEROCKのときもそうですけど、ブックレットを厚くして漫画を入れたり、川勝(正幸)さんにライナー書いてもらったり。飽きにくい、手に取った人の思い出にちゃんと組み込まれるモノになるようにいつも工夫しています」
 KERA 「マスタリングで曲間決めるのって何度もやるじゃん。"あと0.2秒早く"とかさ。そういうデリケートな配慮が無意味になってしまうのは寂しいよね。演劇でいえば、(照明が)明るいか暗いかのどちらかしかない、みたいな。そんな簡単に済ませられることじゃないし、そうなっちゃうと、個性がどんどんなくなってっちゃうし」
──小さなこだわりの積み重ねによって作品の個性が作り上げられるという当たり前の事実が軽視されがちな風潮は確かにありますよね。
 KERA 「ところで、俺がソロ・アルバム作った時って会社が介入してきて、秋元康さんにプロデュースしてもらって、有頂天と全然違うことをやったんだけど(『原色』1988年発売)、今回はセルフ・プロデュースなわけじゃん。バンドで作る時とはどんな感じで違うの?」
 星野 「まずメンバーが違うのと、あと今までは真面目になるのが恥ずかしいから、照れ隠しでくだらない方にもっていくというのを率先してやってたんですね。でもだんだんその自分の天の邪鬼さが逆に格好悪いと思うようになったんです。だからソロではそういうことをなるべくせずに、恥ずかしいと感じても頑張ってそのまんま前に進んで、素直に素直に作るっていうのを心がけて。なるべく歌をちゃんと届けるというか。なんとなくそんな感じです。KERAさんがソロを作った時はどんな感じだったんですか?」
 KERA 「まだ半分アナログの時代だったから、最初はA面を秋元さんのプロデュースで歌謡曲を……当時、歌謡曲が一番カッコ悪い時代だったの。アイドルが崩壊しておニャン子しか残ってない。だから、作られた虚構性のある芸能界っていうのが一番ダサいという時代だったから、あえて往年の歌謡曲をやろうというコンセプトで。もう片面はセルフ・プロデュースでジャズをね、デキシーとかビッグバンドの王道をやりたいっていう気持ちがあって。実は当時、親父が入院してて、まさに『カラフルメリィ』の時だよ。ホントに1年もつかもたないかっていうのがあって、それを医者に言われてたから、ジャズマンだった親父の影響で音楽に……直接的な影響ではなかったかもしれないけど、やっぱり子供の頃、親父が年がら年中、家の中でジャズのレコードかけてなかったら、自分は音楽やってなかったんじゃないかっていう思いもあるのね。だから、親父に気持ちを伝えたいというかな、言葉で言うのは恥ずかしいから作品で。で、1回このタイミングで有頂天というバンドではできないジャズをできないかと思って提案したわけよ。しばらくその線で制作準備が進んでたのが、途中で秋元さんがLP両面じゃなきゃやらないって言い出して……それが非常に悔しい思いだったよね。“親父もう死ぬからさ”って言えないじゃない。レコード会社には、また次の機会にやればいいじゃないかって言われて、忸怩たる思いで。それで親父に自分がハネたビートで歌を歌ってることを聴かせることができなかったんだけど。そんなような、特殊なアルバムだったなあ」
後編に続きます!



●注釈

【注1】故林広志
台本作家・演出家・俳優。劇団MONOの土田英生、水沼健らとコント・ユニット「ガバメント・オブ・ドッグス」で活動(台本・演出・出演)。 【TOP】

【注2】KERA・MAP
自身が主宰する劇団、ナイロン100℃と併行してケラリーノ・サンドロヴィッチが2001年に立ち上げた演劇ユニット。不定期に公演を行なっている。 【TOP】

【注3】ペンギンプルペイルパイルズ
2000年 劇作家・演出家 倉持裕の個人ユニットとして始動。2002年より劇団化。SAKEROCKが公演の劇伴を手掛けている。 【TOP】

【注4】シティボーイズ
大竹まこと、斉木しげる、きたろうの三人から構成されるコント・グループ。 【TOP】

【注5】ラジカル・ガジベリビンバ・システム
シティボーイズ、宮沢章夫、竹中直人、中村ゆうじ、いとうせいこうらによって1985年に結成されたギャグ・ユニット。 【TOP】
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