ジョン・グラム、みずから手がけた大河ドラマ『麒麟がくる』の音楽を語る

2021/02/22掲載
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 NHK大河ドラマ『麒麟がくる』は、「本能寺の変」以後の生存説を夢想させて物語を締めるなど、新たな明智光秀像を打ち立てた一大野心作となった。これまでにない新しい視点を持った戦国期の創作にあたり、音楽担当にハリウッドの作曲家を招聘するのは、今にして思えば、正しい選択だったといえるだろう。アメリカ人作曲家ジョン・グラムは期待に違わず、新鮮な風を音楽面から物語に吹かせた。その充実の仕事がいよいよ6枚組の完全盤でリリースされる。この機に、あらためて作品への思いを作曲者に訊いた。
――あなたが作曲した『麒麟がくる』の楽曲が多くの未発表曲を含む6枚組のボックス仕様でリリースされます。この知らせを耳にしたときのお気持ちをまずうかがえますか。
「信じられなかったよ! テレビ作品の仕事となると、せいぜい40〜50分程度の楽曲を収録したアルバムが出るくらいだ。それを、ほとんどすべての楽曲を網羅してくれているんだから。僕にとっては本当に贈り物だよ」
――大河ドラマの存在はご存じでしたか。
「まったく知らなかった。だから、依頼をもらったときはビッグなサプライズだった。ただ、僕は歴史が好きだし、それも“戦国もの”が大好きなんだ。もともと日本に興味を持っていたし、物語自体、とても興味深いものを含んでいる。戦国時代、織田信長、徳川家康……。今の日本を構成するすべてがあると思うんだ。僕にとっては『スター・ウォーズ』の音楽を書くことよりも嬉しかったね。『スター・ウォーズ』も遠い過去の銀河を描く“戦国もの”だけれど(笑)」
――大河ドラマで外国人の作曲家が音楽を担当するのは、『武蔵 MUSASHI』(2003年)のエンニオ・モリコーネ以来、あなたで2人目となります。
「光栄であると同時に、大きな責任を感じたよ。日本の人たちにとって、大河ドラマはとても重要な番組。しかも、この作品は天下統一を目指す人々を描く作品。これまでで最高の作品になるように、真摯に、誠意をもって、全力で取り組もうと思ったんだ。図書館で文献を借りて読んだし、日本の戦国時代を描いた絵画にもインスピレーションを受けた。『忠臣蔵』の映画も観たし、黒澤明の映画は全作品観た」
ジョン・グラム
――明智光秀という武将は、日本では主君を裏切った奸賊のように思っている人間が多いです。しかし、今回の光秀には好人物としての側面が強く描かれています。
「脚本家(池端俊策)は素晴らしい物語と人物を書いたし、光秀に対する同情は僕の中でも大きい。共感できる人物であり、ヒーローといっていいだろう。しかし、同時に彼はドリーマー(夢見人)であり、見えていないものが多かった。平和を願って走ったが、ときに盲目的になり、信長とともに暴力的なこともしてしまう。テーマ曲を作曲するにあたっては、光秀の武将的な面を表すと同時に、戦国時代の日本に戦死や餓死など、さまざまな死があったことも加えて、多角的に表現しようと考えたんだ」
――今回の音楽制作は俗に言う“ため録り”、つまり映像完成前に製作陣から提出された音楽メニューに基づいて作曲をする方法がとられました。普段、映像の動きに合わせて作曲をしているあなたにとっては通常の作曲方式ではなかったと思われます。
「たしかに、通常のやり方ではなかった。でも、私には映像のための音楽制作に関する長い経験があるからね。シーンがどう始まって、どう変化し、着地するか。僕はストーリーが好きだから、物語がどう具体的な形をとるのかが具体的に想像できる。その頭に浮かんだイメージに音楽を書いていく感じだね。“本能寺の変”についての曲は18分くらいあるんだが、光秀がどういう思いでそれを見ていて、彼の中で感情がどうこみ上げているのかをじっくり想像したよ。作曲は2018年7月に始めて、終わったのは2020年の12月だ」
――メインテーマを恒例のNHK交響楽団で録音したほか、劇中曲に関してはブルガリア、ナッシュビルなどで録音セッションを持っています。
「今回の音楽の特徴として、ストリングスのパートが多かったんだが、ブルガリアには素晴らしいストリングスの奏者がいてね。弦以外では、ブルガリアでは木管の、ナッシュビルでは金管の奏者がアメイジングで、それぞれの特徴に合わせて場所を変えたんだ。今、Netflixで配信されている『ザ・クラウン』というドラマの音楽もブルガリアで録音されたと聞いている(音楽担当はルパート=グレッグソン・ウィリアムズ、ローン・バルフェ、マーティン・フィップス/テーマ曲はハンス・ジマーが作曲)。エクセレントな経験だったよ。ただし、松永久秀のための曲で流れるサックスに関しては、東京で録っている。音楽プロデューサーの備耕庸(※)が推薦するプレイヤー(平子健介)にお願いしたんだ」
――映像音楽への興味はいつから芽生えたのですか。
「ほんの小さな子どもの頃だ。僕は小説が好きな少年で、ベートーヴェンの交響曲第3番〈英雄〉を聴いてオーケストラが好きになった。映画ではイングマール・ベルイマン監督の『魔笛』(1975年)を見たのは大きかったな。そして、もちろん『スター・ウォーズ』(1977年)だ。映画館に行って、あのテーマが流れ出す。(曲をハモりながら)……すごかった。あれを誰が嫌いになるっていうんだ(笑)? “カモ〜ン!”だよ! 僕にとって、ジェリー・ゴールドスミスとジョン・ウィリアムズは本当にすごい作曲家なんだ」
――『麒麟がくる』の音楽の素晴らしさのひとつに、中心となる主題や動機が明快だということがあります。腰の強い旋律が全体を支配して大きなうねりを出している。まさにゴールドスミスやウイリアムズがそれぞれの作品で果たしている仕掛けですが、こういう音楽的発展は現在の映画界ではどこか傍流になっている感があります。
「僕は観客や視聴者のために音楽を書いている。そして『麒麟がくる』は僕自身のための番組ではない。まさに、日本の国民的な番組といっていいだろう。大河ドラマの視聴者はどちらかといえば年配の人が多いと思う。彼らにしてみれば、そういう種類の音楽を期待していると思うんだ。何より、僕自身がメロディの好きな作曲家だ。ペンデレツキのような現代音楽も好きだけど、そればかり聴きたいとはけっして思わない。そういう僕の嗜好も今回の楽曲に反映されていると思うよ」
ジョン・グラム
NHKの録音スタジオにて林英哲と
――ハリウッドでの生活はいかがですか?
「作品によっては、監督たちとリアルなコラボレーションができる。そうなればすごく楽しい。でも、それがかなわないとなると、もはや家の壁をペンキで塗る作業のようなものだ。“赤がほしいな、青がいいね、いや、やっぱり黄色かな”みたいに言ってくる。そんなときは“いいかげんにしてくれ!”って思うよ(笑)」
――あなたにとって夢の企画がありましたら、教えてください。
「正直に言って、『麒麟がくる』よりもいい企画はもうないんじゃないかな。これほどすばらしい制作チームがいて、素晴らしい脚本家、俳優もいて、さらに衣裳もセットも、馬や兵器のプロップも、すべてがグレイトだった。いい協力関係が築けたし、この作品にかかわることができたことを誇りに思っている。間違いなく、今までで最高の仕事だった。もしこれ以上の企画があったら、それこそ夢の企画だし、本当にビックリだよ!」
※備耕庸(そなえ・こうよう)氏はアメリカの映画音楽エージェンシー「Soundtrack Music Associates」に所属する人物で、ジョン・グラムの代理人を務めている。
取材・文/賀来タクト
写真提供/Teddix
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