TKコンピ発売記念 TK大座談会

クラレンス・リード   2023/06/27掲載
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 ウルトラ・ヴァイヴから発売された、DJの黒田大介が選曲・監修したCDコンピレーション『MASTERPIECE - CLARENCE REID 45S COLLECTION FROM T.K. 1969-1980』と『SOUNDS FUNKY! - JAMES BROWN 45S COLLECTION FROM T.K.』の2タイトルのリリースを記念し、5月21日に渋谷のレコード・ショップ、ULTRA SHIBUYAでイベントが行なわれた。
 the SharkらのDJと、TKについて語る座談会形式のトークイベントは大盛況のうちに幕を閉じたが、今回はそのトークイベントの模様をお送りします。
――本日は『MASTERPIECE - CLARENCE REID 45S COLLECTION FROM T.K. 1969-1980』と『SOUNDS FUNKY! - JAMES BROWN 45S COLLECTION FROM T.K.』発売記念ということで、TKについて語る座談会形式のトークイベントを行なうことになりました。登壇されるのは、ステージに向かって右から、DJの黒田大介さん、ジェームス・ブラウン愛好家で仙台のCafe & Bar SUPER GOOD店主の佐藤潔さん、ディスコ・クリエイターでディスコ研究家のT-Grooveさん、レコード・コレクターのthe Sharkさん、コンピ制作にあたって資料提供などもされたデザイナーのMASKMANさんの5名です。そして、本日、司会進行を務めます音楽ライターの林剛と申します。よろしくお願いします。
黒田「今日のイベントはCDをご購入いただいた方々に来ていただいているようで、本当にありがとうございます。楽しんでもらえばと思います!」
TK大座談会
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(写真左より)MASKMAN、the Shark、T-Groove、佐藤潔、黒田大介
――まず、TKについて、詳しい方も多いと思うので釈迦に説法にはなりますが、林から軽く説明させてください。アメリカ南東部にあるフロリダ州マイアミのハイアリア地区、位置的にはダウンタウンの北東、マイアミ国際空港の少し上になりますが、そこに本社を構えた音楽プロダクションでありレコード・カンパニーです。創設者はヘンリー・ストーン。NYのブロンクス出身で、2014年に93歳でお亡くなりになっています。TKとは彼の名前から取ったわけではなく、エンジニアのテリー・ケインさんの頭文字です。日本でTKというと小室哲哉さんの名前を思い浮かべますが、数多くのヒット・レコードを量産したという点では似ていなくもないですね。成り立ちとしては、ざっくり言うとディストリビューターからスタートして、その結果として多くのサブ・レーベルを抱えることになり、ディープなソウル、ファンク、ディスコ、AORなど、さまざまなジャンルの音楽を世に送り出しました。カリブ諸国に近いので、レゲエ、カリプソ、ソカ、アフロ・キューバンなどの影響も大きく、パームツリーのロゴに示されるようなトロピカルで開放感のある曲が多いイメージがあります。のちにレア・グルーブやフリー・ソウル、ディープ・ファンクといったムーヴメントで再評価もされて、サンプリング・ソースの宝庫であったりもします。
今日お話しいただく皆さんは、ソウル/ファンク好きという共通点がありながらも、それぞれ専門分野があるので、かなり濃い話をお聞きできるんじゃないかなと思います。で、まずはクラレンス・リードのコンピレーション『MASTERPIECE - CLARENCE REID 45S COLLECTION FROM T.K. 1969-1980』(ライナーノーツはthe Shark氏)から始めましょうか。クラレンス・リードの7インチ・シングル(A、B面合わせて45曲)を、CD2枚に“ほぼ”コンプリートで収めた画期的な作品集になります。
黒田「そうなんです、“ほぼコンプリート”としか言いようがなくて(笑)。TKプロダクションの時代に出されたクラレンス・リードの7インチ・シングルを知りうる限り集めたつもりで、気持ち的にはコンプリートなんですけど、絶対ではないので“ほぼ”としか言えない。今回は時系列に曲を並べたんですけど、一貫性がありつつ一貫性がないというところも含めて、本当に曲が素晴らしくて、あらためてびっくりしましたね。クラレンスの曲はまとめて聴かれることもほとんどないですし、シングルをコンプリートに近い形で収めた編集盤はこれまでなかった。半分ぐらい集めたやつはありましたけど」
the Shark「Henry Stone Musicが雑な1枚組のコンピを一回だけ作ってるんですよ。本当に適当に作られていて。それ以外はないんじゃないかな」
T-Groove「(別名義の)ブロウフライのベストはあった気がしますが、クラレンス・リード名義のシングルを集めたのは初めてのような気がします。これはすごいなと思いました」
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――コンピのブックレットには7インチ・シングルのラベル(写真)が載っていますけど、クラレンス・リードのシングルでレアというか、入手困難なものってあるのでしょうか?
黒田「インプレッションズ〈I've Been Trying〉のカヴァー(69年)ですね」
the Shark「ただ、あれは値段が高いとかではなくて、知られてなかっただけで、見つかれば意外と安いと思う。〈I Get My Kicks〉(71年)とかは高いですけどね」
黒田「今だから高いだけで、時代によっては安かったこともあるんですよね」
the Shark「昔はね、〈Mr.Hot Stuff〉(71年)が1500円ぐらいで買えたんだけど」
黒田「初期のシングルは(原盤レーベルのAlstonが)アトランティックにディストリビューションされていなかったからめずらしいものもあります。ビギニング・オブ・ジ・エンドの〈Funky Nassau〉(71年)とかもそうで、ローカルプレスのやつと(メジャーの)アトランティック配給のやつとではプレスも違うし、音も違う。あと、ラベルのフォントも違う」
MASKMAN「アトランティック配給のやつはいっぱいあるけど、ローカルプレスの7インチはめずらしいよね」
黒田「今回のコンピで個人的に注目してほしいのは、CD1枚目の真ん中あたりですね。コンピのタイトルにした〈Masterpiece〉(70年)と、その周辺の2〜3曲。自分はディープ・ファンクというムーヴメントに関わってきましたが、そこでもよくかけていた曲なので。あと思い入れがあるのは、〈Miss Hot Stuff〉(71年)かな。あれはthe Sharkさんとトレードしました。 20年前ぐらい、the Sharkさんのご実家に伺って、上品なお母様にお茶とお菓子を出していただいて、正座しながらトレードしましたね(笑)」
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――ウィリー・クラークと一緒に作っている曲が多いですが、有名曲を自分風にアレンジして作り変えるみたいなものも多いですよね。ルーファス・トーマス風の「Chicken Hawk」(70年)や、ジャクソン5っぽい「Three Is A Crowd」(71年)あたりは狙っていますね。「Caution! Love Ahead」(76年)はヴァン・マッコイのディスコを意識しているようです。
黒田「さっきもthe Sharkさんと話していたんですけど、フレーズの引用が多いよねと。〈Nobody But You Babe〉(69年)もアイズレー・ブラザーズの〈It's Your Thing〉を真似たとしか言いようがない」
T-Groove「トレンドを取り入れて、なんとか売ってやろうみたいな気持ちがあったんでしょうね。それでもあんまり売れなかったっていうのが愛おしいです」
the Shark 「さっき話に出たインプレッションズ〈I've Been Trying〉のカヴァーもありますけど、自分はオリジナルよりもこのクラレンス・ヴァージョンのほうが好きですね」
黒田「インプレッションズの曲を収めたシングルは両面カヴァー(オーティス・レディング〈Direct Me〉とのカップリング)でめずらしいパターンですよね。しかも、レコードとしてもめずらしい」
the Shark「そこらへんも考えてリリースしてるんだよね。でも、考えているわりには売れなかった。ただ、影響力がないシンガーは2枚ぐらいで終わっちゃうから、その点はすごいよね」
黒田「シンガーに対しての影響力はすごくあった」
the Shark「クラレンスのヴォーカル面に関しては、J.P.ロビンソンと並べて聴くと似てるんだよね。だから、歌唱指導とかやってたのかなとは思いますね。こういう風に歌えとか。ただね、今回のコンピを通して聴くとわかると思うんですけど、最後のほうはヴォーカルの力が弱くなるんですよ。もう、ソウル・シンガーとしては歌いたくなかったんじゃないかな。それでブロウフライみたいなこと(エロ漫談)をやらざるをえなかった。そんな人だから、ベティ・ライトがやるような一流のコンテンポラリーなセッションに呼ばれなかったような気がしますね。クラレンスはベティ・ライトの恩人ですよ。それなのに使われなかったのは、ソウルをやらなくなったからなんじゃないかと」
TK大座談会
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――先ほどからブロウフライの名前が出てきますけど、これはクラレンス・リードのオルターエゴで、“クロバエ”という名前からも想像できるように、下品な放送禁止用語を連発するエロ漫談みたいものをレコード化していた時の名義ですね。クラレンス・リード名義では正統なサザン〜ディープ・ソウルを作っていたのに、ブロウフライになるとやりたい放題という……。
黒田「ブロウフライって、子供の頃におばあちゃんに付けられた名前だった気がする」
the Shark「でもね、真面目に曲を作っても報われなかったクラレンスの身にもなると、フラストレーションが溜まって、そうなっちゃうかもしれない。心の闇みたいなのが爆発したんじゃないかな。孤独な独身の狂気みたいなのもあって、それでいて覆面を被っちゃうようなシャイな部分もある。コインの裏表というか。『Wax Poetics』誌のインタビュー記事でも言っていたけど、自分はいい曲を書くのに売れない……チキショー!って。それでブロウフライになったと」
MASKMAN「あんまり社会的に通用しない人ではあるよね。ブロウフライはエロ漫談だから…」
黒田「でも、クラレンス・リードとしては、他人に提供した曲では売れたものもあって、ベティ・ライトの〈Clean Up Woman〉(71年)もそうですし、クラレンスが先に自身でシングルを出していた曲ですがグウェン・マックレーの〈Rockin' Chair〉(75年)も有名ですよね」
T-Groove「どっちもスケベ・ソング。“掃除”も“ロック”も(セックスを連想させる)隠語ですよね」
――ブロウフライ名義の作品は、特に今の時代、無邪気に笑えないところもあるのですが、裏方としてのクラレンスも女性アーティストへのセクハラが酷かったようですね。グウェン・マックレーのインタビューで、彼女がTK(傘下のCat)での最後のアルバム『Melody Of Life』(79年)を作る時、それまでクラレンスと組んでいたけど、セクハラが酷すぎてベティ・ライトに制作をお願いしたという話を読んだことがあります。
the Shark「レコーディングにセクハラ持ち込むっていう話は聞きますね。クレランス・リードって、ガール・グループをよくプロデュースしています。でも、すぐにグループがいなくなるのは、やっぱりレコーディングにセクハラを持ち込んだのが大きな理由だと思います。(クラレンス主宰のReid's Worldから登場した)リード・インクとかも、クラレンスがセクハラをしなかったらセカンド・アルバムが出ていたかもしれません」
T-Groove「女性ばっかりプロデュースするイメージがありますね。70年代後半にReid's Worldからアルバムを出したレジーナ・ジェームスもですよね。歌が下手くそなシンガーなんですが……」
the Shark「彼女も犠牲になっていた可能性は高い」
MASKMAN「ワイルド・ハニーとかも、たぶんそうだよね」
佐藤「ジェームス・ブラウンもセクハラはあったと思うんですが、彼はDVのほうですね……。そういう負の部分は、私はあまり語りたくないですが、先ほどのリード・インクに関して言うと、メンバーのアン・ビードリングっていう人は、70年代後半にジェームス・ブラウンのレヴューに入って、ベースのデヴィッド・ウェストンっていう方と結婚して、今はアン・ウェストンといって、Facebookもやられてます。どういう経緯でミスター(=ジェームス・ブラウン)のところに入ったのかは謎ですが」
MASKMAN「まあ、そうした人たちはコーラスとして必要だから。大歌手の名前があって存在するみたいなグループは結構いたよね」
the Shark「レイ・チャールズのレイレッツとか」
T-Groove「KC&ザ・サンシャイン・バンドのバック・シンガーをやっていたファイアも」

『俺がJBだ! ―ジェームズ・ブラウン自叙伝』
(文春文庫)
――佐藤さんからジェームス・ブラウン(JB)の話が出たところで、『SOUNDS FUNKY! - JAMES BROWN 45S COLLECTION FROM T.K.』(ライナーノーツは佐藤潔氏)について、お話していただきましょう。ジェームス・ブラウン絡みの7インチ・シングルを集めたコンピレーションですけど、これもまた素晴らしい選曲です。全曲ジェームス・ブラウンがプロデュースをしているようですが、クラレンス・リード絡みの曲もあります。
黒田「ボビー・バードとヴィッキー・アンダーソンで半分以上を占めていますね」
佐藤「“ジェームス・ブラウン・プロデュース”って書いてないものもあるんですけど、おそらくそう思われるものということで。ジェームス・ブラウンの自伝(『俺がJBだ! ―ジェームズ・ブラウン自叙伝』)が86年に出ていまして、巻末に、イギリスの音楽評論家、クリフ・ホワイトがまとめたディスコグラフィがあるんですね。そこでは、今回収録した曲はすべて“ジェームス・ブラウン・プロダクション”という扱いになっている状況です」
黒田「クラレンス・リード絡みの曲は……不思議なんですけど、演奏しているのは誰かわからない。一聴しただけでは誰が演奏したかわからないように作っています」
佐藤「そうですね。曲はハイアリアにあるTKスタジオで録音していて、マイアミっぽい感じではあるけど、ジェームス・ブラウン・プロダクションとして出されると、やっぱりJBだなとは思います」
黒田「うっすらとJBが絡んでるってことですね。ただ、クラレンスにしてもJBにしても、曲の提供みたいになっているけど、本当に書いているかどうかはわからない」
佐藤「直接ジェームス・ブラウンが関与したのかどうか、調べてもわからなかった曲もあります。“お前ら、やっとけ!”みたいな感じで、勝手にやらせてたみたいなのがずいぶんあると思われます」
黒田「ま、それが魅力なんですけどね。基本妄想なんで。TKもJBも妄想。妄想は楽しい」
T-Groove「TKってクレジットが間違えてたり、雑だったりするので、あてにならない。だから耳で聴いて、こうだったんじゃないかな?って思うしかない」
――コンピに収録されているシングル(全21曲)は71年から77年までにTK系列のBrownstoneとInternational Brothersからリリースされたものです。ジェームス・ブラウンとTKというと、一般的にはJBが80年にリリースしたアルバム『Soul Syndrome』がよく知られていますが。
佐藤「懐かしいですね。〈Rapp Payback(Where Iz Moses?)〉ですよね。Pファンクとラップが合体したような感じのディスコ・サウンドで、長い曲ですが、不思議なことに12インチ・シングルにはロング・ヴァージョンが入っていないという」
T-Groove「ディスコ時代のJBとしては、あのアルバムがいちばんいいかもしれないですね。JB自身がプロデュースしているだけあって出来がいい。ただ、79年の『The Original Disco Man』は、好きな人がいたら申し訳ないですが、個人的にダサいと思っていて。やっぱり時代に飲まれた感はある(笑)」
MASKMAN「いちばん聴かないアルバムだもんな」
佐藤「そうですね(苦笑)。まあ、私はどれも大好きで、ジェームス・ブラウンに駄作はないと。『The Original Disco Man』は中古レコード店でずっと残っているジェームス・ブラウンの代表格でした。私も若い頃にそれを聴いて、これはファンクじゃないなとか思ってたんですけど、年を経るにつれて、あの時代でもジェームス・ブラウンはきちっとやっていたんだなっていうのがわかるようになりました」
黒田「あとになって良さに気づく。子供の頃、甘納豆を食べられなかったけど、年取ったら食えるようになったというか、そんな感覚」
T-Groove「あの時代の曲だと、アニター・ワードの〈Ring My Bell〉(79年)を人によっては駄作と言いますが、僕は傑作だと思っています」
TK大座談会
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――JBは、TKからアルバムを出すよりずっと前、70年代初頭くらいからBrownstoneをヘンリー・ストーンと一緒にやっていたんですよね。
佐藤「はい。もともとジェームス・ブラウンとヘンリー・ストーンの関わりというのは〈Please Please Please〉(56年)のリリース前後からでして。当時King Recordsの社長だったシド・ネイサンがヘンリー・ストーンのところに電話をかけて、“メイコンに行って、ジェームス・ブラウンっていうやつを探して契約してこい”って言って、ヘンリー・ストーンが急いでメイコンに行ったんですけど、Kingのサブ・レーベル、FederalでA&Rをやっていたラルフ・バスがすでに契約してしまっていた。ただ、ジェームス・ブラウンは、当時マイアミの近辺でライヴをよくやっていて、そこでヘンリー・ストーンと会って交流を深めていたんです。で、60年代に入る頃にジェームス・ブラウンは、自分のやりたいことをやろうっていうことで、〈(Do the) Mashed Potatoes〉という曲を出したかったけど、シド・ネイサンは、そんなインストのレコードなんか売れるわけがないっていうことで断られたのですが……ヘンリーのところに持っていって、ナット・ケンドリック・アンド・ザ・スワンズ名義で(ヘンリーの)Dadeから出してもらって、R&Bチャート8位の大ヒットになった。そこで信頼関係がさらに深まって、70年代初頭のBrownstoneに繋がっていく。その後、Polydorとの契約が終わる頃、ワンポイントでTKに入って、90年代に入ってからBrownstoneが再復活するんです。だから、ずっと付かず離れずみたいな、いい関係でやっていたんだと思います」
黒田「ナット・ケンドリックって人は実在しないという話がありますね。定かではないですけど。キング・コールマンという人のことだとされますが、その名前はナット・キング・コールに因んでいると。彼はマイアミの人で、ヘンリー・ストーンが紹介したらしいんです。まあ、JBとTKとの関係はそこが出発点というか、お互い、助け、助けられみたいな感じで、なんかロマンがありますね。そういう話、好きなんですよ」
――コンピに入っている、ビリーヴァーズ、JB'sインターナショナル、JB'sウェッジ、これはどれもJB'sの変名バンドですよね。
佐藤「そうですね。変名で出したりするのはほかのアーティストでもよくあるパターンですけど、同じ名前だとDJがかけづらい、つまり同じアーティストの曲ばっかりになるってことで、名義を使い分けたようです。ほかにもJB関連ですと、ザ・サンズ・オブ・ファンク、ザ・ラスト・ワード、ファースト・ファミリーとか、そういった変名が使われていた」
黒田「あと、オケが他人の曲と一緒だけどタイトルが違うみたいなのも。リー・オースティンの〈Screwdriver〉(71年)のことですが、これはクラレンス・リードの〈Miss Hot Stuff〉のオケを使っている。JBのそういうところがちょっとわからないです」
佐藤「リー・オースティンの〈Screwdriver〉は、よく聴くとクラレンス・リードのシャウトが聞こえるんです。 リー・オースティン名義でインストなのに、クラレンスのヴォーカルが下のほうで鳴っている」
黒田「(シンガーの)リー・オースティンのインストってのも、なんかふざけてるような」
佐藤「〈Screwdriver〉も“じゃあ、ヘンリー・ストーンよろしく!”で、クラレンス・リードが全部やったのかなっていう。調べたんですけど、ちょっと不明で。リー・オースティンはディープな感じがよく出ている〈Put Something Of Your Mind〉のほうがいいな。解説にも書かせていただいたんですけど、リー・オースティンはジェームス・ブラウンの幼馴染みで、ピアノの弾き方をJBに教えた方で、付き人でもある。60年代はシングルを何枚かJB系列から出しながら、70年代入ってからもInternational BrothersやPolydor系列からシングルを出しています。そういえば、74年の“キンシャサの奇跡”の音楽祭の模様を収めた映画『ソウル・パワー』(2008年)にも彼が出てくるんです。最後のシーンで、 ジェームス・ブラウンのライヴが終わって、控え室まで戻ってく様子をカメラが追うのですが、その時に付き人としているのがリー・オースティン」
T-Groove「そこまでよく気づきましたね。さすが!」
佐藤「すごく好きなんで、映像は穴が空くぐらい見て、この人は誰だろう?って。自分の庭に知らないところがあるっていうのはよくないと思ってて(笑)。本人はあまりメディアに出ない人なんですけど、その時期にJBが『ソウル・トレイン』を真似して『Future Shock』っていう番組を作って、全国放送される前にパイロット版だけで終わってしまったんですけど、 その番組にも出て、当時出したシングルの曲を歌ったりしてるんですよ」
――JBファミリーのシンガー(&ベーシスト)ということでは、今年3月に他界したスウィート・チャールズが、今回のコンピに入っているJB'sインターナショナルの「Nature」(77年)で歌っていますね。
佐藤「そのレコーディング・メンバーで、ホリー・ファリスという白人のトランペッター(70年代中期頃から30年間JBのバックを支えた)がいるんですけど、その方に当時のレコーディング・メンバーを憶えてますか?って聞いたら、だいたいこんな感じですって返事が来て、解説に反映させてもらいました。そのやり取りの中で、スウィート・チャールズが亡くなったというメッセージをいただいて、私もびっくりしていたら、その後ニュースになりました。スウィート・チャールズはアルバム『For Sweet People』(74年)に収録されたクローヴァーズのカヴァー〈Yes It's You〉をカーティス・メフィールドみたいな裏声のヴォーカルで歌っていて、フリー・ソウルで有名になりましたよね。バンド・メンバーとしては60年代後半から、今で言うBlack Lives Matterみたいなテーマの〈Say It Loud,I'm Black And I'm proud〉(68年)とか〈Funky Drummer〉(70年)でベース弾いたりとか、ジェームス・ブラウンの作品に貢献しました」
黒田「『ソウル・トレイン』にも出てましたよね?」
佐藤「出てました。(アルバムでカヴァーしたサム&デイヴの)〈Soul Man〉を歌ってましたね。20年ぐらい前、メイシオ・パーカーと一緒にやっていた頃にブルーノート東京に来て、その時、一緒に写真を撮ってもらいました」
T-Groove「ジェームス・ブラウンが70年代後期にプロデュースしたレコード、JB'sインターナショナルとかあのへんのアレンジはトミー・スチュワートに任せているんですよね。そのへんの関係性がちょっと気になります」
佐藤「おそらくですが、ジェームス・ブラウンは自分があまり興味のない作品と言いますか、自分の理解が及ばないところに関しては、他人のものを取ってくるところがある。実質的なプロデュースはアレンジをやっている人で、自分は名前だけをポンと置くみたいな。ディスコ系の曲もそうで、マーサ・ハイ(がSalsoulから79年に出したセルフ・タイトル作)もそうですね」
――コンピにはヴィッキー・アンダーソンの曲が4曲入ってますけど、それこそ、コンピのタイトルにもなった「Sounds Funky」(71年)はクラレンス・リードのアルバムに入っていた曲を引用しているという。
佐藤「クラレンスの曲は〈Doggone It〉(69年)ですね。そのヴォーカルとコーラスを除いてピッチをちょっと遅くして作ったのが〈Sounds Funky〉。で、びっくりしたのが、今回のコンピレーションのタイトルは『Sounds Funky!』で、私が持っている7インチは白黒のラベルのやつで、そこでは“s”が抜けて〈Sound Funky〉と書かれていて。でも、黒田さんが持っているオレンジ色のラベルには〈Sounds Funky〉と書かれている」
黒田「最初は〈Sound Funky〉だったんですよ。それで俺のレコードを見たら〈Sounds Funky〉だったんで、じゃあそっちで行きましょうと」
佐藤「何でだろう?と思っていたのですが、データをいただいてラベルを見たら確かに〈Sounds Funky〉になっていました」
――ヴィッキー・アンダーソンの「I'm Too Tough For Mr.Big Stuff(Hot Pants)」(71年)はジーン・ナイトの「Mr.Big Stuff」(71年)へのアンサー・ソングなんですよね。
佐藤「曲名からしてそうですね。最後に(Hot Pants)とありますが、ただ、歌詞には“ホット・パンツ”って入ってないんですよ。何でかなと考えたところ、これ、ジェームス・ブラウンが〈Hot Pants〉を録音した翌月に録音してるんです。 ジェームス・ブラウンは69年に〈Mother Popcorn〉を出していますが、その前後から“ポップコーン”関連の曲を9曲くらい出していて、それぞれヒットしたんですね。それを“ホット・パンツ”でもう1回やりたいという思いがあったんじゃないかと。気に入った言葉を何度も使って流行らせようという魂胆だった。ボビー・バードの〈Hot Pants - I'm Coming,Coming,I'm Coming〉(71年)もそうですね。88年にリリースされた『I'm Real』っていうアルバムの中に〈Static〉っていう曲がありますけど、ここでサンプリングされていた曲。まさに自分で自分の足を食うタコみたいなことやってますけど(笑)」
the Shark「クラレンス・リードに近いものがありますね」
佐藤「ただ、〈Static〉はプロデュースを手掛けたフル・フォースが過去のジェームス・ブラウンの音源をサンプリングしたりして作ったわけで、本人がやったわけではないですけどね」
――ボビー・バードの曲は、クラレンス・リードとウィリー・クラークが書いたことになっている「Headquarters」(75年)はオージェイズの〈For the Love of Money〉(73年)を意識していそうですし、「The Way To Get Down」(74年)は「バンプでゴキゲン」という邦題もついていて、意識的にディスコに向かってます。
佐藤「〈Headquarters〉は確かにオージェイズの曲にリフが似てますね。〈The Way To Get Down〉は日本盤シングルが75年に出たんですけど、邦題はコモドアーズの〈The Bump〉(74年)に便乗しようとしたんじゃないかな」
MASKMAN「〈バンプでゴキゲン〉ってすごいタイトルだねぇ。〈恋はゴキゲン〉みたいなタイトルもあるけど、“ゴキゲン”にしときゃいいのかよって(笑)。“ゴキゲン”とか普段言わないよ」
黒田「言ってませんでした?」
MASKMAN「あ、言ってたかも。〈俺、ゴキゲンですよ〉って。ええ、そんな感じで今日もゴキゲンです!」
T-Groove「タイトルは、曲を売るために適当にダンスの名前とかを邦題にぶち込むものが多かったんですよね。“恋するなんちゃら”とか“なんとかバスストップ”とか。“なんちゃらゴキゲン”は本当に多いですよね」

ボビー・バード
「バンプでゴキゲン」
――ボビー・バードはスティーヴィ・ワンダー「Signed,Sealed & Delivered」のカヴァー(73年)がありますね。カヴァーということでは、最後に登場するジョニー・ザ・マンによるサム・クック「A Change Is Gonna Come」のカヴァー「A Chance Is Gonna Come」(73年)も印象的です。
佐藤「ボビーのカヴァーは、71年3月にパリのオランピア劇場で行なったジェームス・ブラウンのライヴからの音源ですね。そのライヴは90年代に『Love Power Peace』(92年)として世に出ましたが、じつは72年に3枚組LPで出そうとしたけど、Polydorに移籍したばかりで、バンド・メンバーもブーツィ・コリンズたちが辞めた後だったので、それはお蔵入りにして、新メンバーとアポロ・シアターでやったライヴを『Revolution Of The Mind』(71年)として出したんですよね。ジョニー・ザ・マンが歌うサム・クックの素晴らしいバラードは、あれを黒田さんが最後に選んでもらって、いい締めになったなと」
黒田「これはたぶん世界初CD化ですよね。今のところYouTubeにも上がっていない。このシングルはカップリングもサム・クックのカヴァー〈Win Your Love For Me〉です」
佐藤「TKらしいなと思ったのが、オリジナルの〈A Change Is Gonna Come〉ではなくて〈A Chance Is Gonna Come〉(チャンスはきっとやってくる)にしていて、わざとですが、さすがはTKだなと」
――佐藤さんがお書きになったライナーノーツは、今のお話のように熱く、理路整然と書かれていて、ぼんやりしていた部分が明確になりました。
T-Groove「僕も勉強になりました!」
MASKMAN「JBのことをミスターって呼ぶくらいだからね。普通はミスターって言ったら長嶋(茂雄)だもん(笑)」
the Shark「それも古い……」
佐藤「私も最初は“JB”と言っていたんですが、JBに詳しい方やジェームス・ブラウン・プロダクションで一緒に仕事してる人たちは、“ミスター・ブラウン”と呼んだりしていて。それはJBが白人相手に舐められないようにと、お互いを“ミスター”って呼び合うようにして、敬意を持たせるために始めたらしいです」
MASKMAN「確かに伝記映画(『ジェームス・ブラウン〜最高の魂(ソウル)を持つ男〜』)でも“俺をミスターと呼べ”って出てきますよね」
佐藤「それもあって“ミスター”になりました。最初は“JB”とか苗字で“ブラウン”、その後“ミスター・ブラウン”になって、“ブラウン”とかがなくなって、今は“ミスター”。ライナーノーツを書く時、以前は“JB(以下ミスター)”と書いてた時期もありましたが、それだとわかりづらいから、今回は“ジェームス・ブラウン(以下“JB”と略)”と書いています」
――最近は“JB”とはと言っても、世代によってはジャスティン・ビーバー、あるいはジェームス・ブレイクのことで、JB=ジェームス・ブラウンでは通じなかったりもします。
MASKMAN「この前もJB(ジェームス・ブラウン)の話を家でしてたらさ、娘に“JBってジャスティン・ビーバーでしょ”って言われたよ」
佐藤「昔はジャクソン・ブラウンもJBでしたけどね」
――今回新たに組まれたコンピレーションではないですが、2020年にはT-Grooveさん選曲・監修によるTK のディスコ・コンピ『T-GROOVE PRESENTS T.K. SUPER DISCO CLASSICS 1977-1979』がウルトラ・ヴァイヴから出されました。黒田さんも以前、他社でTK Discoの曲を集めた『Sound Of T.K. Disco〜12" Choice For Boogie Generation』を出されていましたが、選者が違うと、同じレーベルのコンピでもここまで違う内容になるのかとあらためて思いました。
黒田「自分のやつはDJ目線ですよね。黒っぽい選曲と言いますか、“今使える”みたいな曲を選びました」
T-Groove「黒田さんのコンピレーションは発売された時にすぐ買いましたよ。あれだけの12インチ・シングルを集めたコンピはすごいなと思いました。僕は王道のディスコが好きなんです。リッチー・ファミリーとかセリ・ビーが大好きなので。僕も結構マニアックな方向へ行ってはいますが、やっぱりメジャーな王道ものも忘れちゃいけないなと思って、そういうのも入れたコンピレーションを作らせてもらったという」
佐藤「T-Grooveさんのコンピを今回買ったんですけど、懐かしいですね。セリ・ビー&ザ・バジー・バンチの〈Macho(A Real,Real One)〉(78年/邦題〈恋するマッチョ〉)なんて40年ぶりくらいに聴きましたよ(笑)」
――T-Grooveさん監修のコンピは、ベディ・ライトやジョージ・マックレー、フォクシー、ビーター・ブラウンのような王道から、グレッグ・ダイヤモンド、さらにはさっき話が出たワイルド・ハニー、ユニバーサル・ラヴといった通好みの曲も入ってますね。特にシャイ・ライツの「Higher」(79年)は、Mercuryと20th Century Foxの間に出された知る人ぞ知るシングル。LPだけでシャイ・ライツを追っていると、この曲を聴き逃しているかもしれません。
T-Groove「そうですね。あのシャイ・ライツがズンドコ・ディスコしちゃった7インチがあるんです。シャイ・ライツってシカゴの素敵なソウル・グループですけど、それがヴィレッジ・ピープルばりにディスコしちゃった曲がありまして……曲を聴いてみましょうか。(手前にあるポータブル・アナログ・プレイヤーで曲を流しながら)彼らは生まれ変わりたかったと思うんですけど、これ、たぶん最初はメジャー・レーベルに売り込んだんだと思うんですよ。でも相手にされなくて、結局TKが拾ってくれた。TKって、いいなと思ったら、とりあえず売り出そうみたいなところがある」
佐藤「そうですね。レコードは市場に出るべきっていう。玉でも石でも出すという」
T-Groove「そう。どんな曲でも、とりあえず出してみようっていうスタンスだったので、どこからも相手にされなければ、TKに売り込んで出してもらえた。それでシャイ・ライツもTKに辿り着いたと。最初はシャイ・ライツの分家なのかと思ったんですけど、実は本家だったんですよ。ユージン・レコードは当時抜けていて、このあとグループに戻りますが、この曲はユージンがいない時期に出したやつ。ソウル好きは嫌いかもしれませんが、これは入れなきゃいけないと思って」
黒田「マイアミ録音とかマイアミ制作ではないんですね」
T-Groove「そうですね。どこにも書いてないですけど、おそらくニューヨーク録音で、プロデューサーは白人。TKは、75年くらいまではジョージ・マックレーの〈Rock Your Baby〉(74年)、ベティ・ライトの〈Where Is The Love〉(74年)、KC&ザ・サンシャイン・バンドの〈That's The Way(I Like It)〉(75年)みたいなマイアミ・サウンドのソウル〜ファンクでしたが、76年くらいにディスコ・ブームが始まると、ディスコ・アーティストを売り込むようになった。TKがディスコ・レーベル化するきっかけになったのは、やっぱりリッチー・ファミリー。それまでマイアミ・サウンドだったところにフィリー・サウンドが入ってきた。リッチー・ファミリーの〈ディスコは恋の合言葉〉(76年/原題〈The Best Disco In Town〉)がヒットしたことでTKが変わったと思うんですよね。一気にユーロ・ディスコ路線になったというか、インターナショナル化していくんです。フランスとかヨーロッパから出しているレコードもどんどんライセンスして、アメリカで出してヒットさせていく。そのあたりが僕は大好きなんですけど、ソウル好きからすると面白くなかったりとか、賛否が分かれるみたいで。僕的な踏み絵はセリ・ビー&ザ・バジー・バンチの〈恋するマッチョ〉。これが好きか嫌いかで、TKディスコが好きか嫌いかを判断しています(笑)。当時リアルタイムでディスコを聴いていた人たちからしたら、ジョージ・マックレーの〈Rock Your Baby〉とKC&ザ・サンシャイン・バンドの〈That's The Way(I Like It)〉と並ぶ名曲なんじゃないかと」
MASKMAN「いや〜、俺はどうでもいいかな(笑)。まあ、でも、次のディスコっていう世界を見据えていたんだろうね」
T-Groove「セリ・ビーの曲は、ミュージシャンは今みんな好きなAOR〜ライト・メロウ界隈というか、NYの一流ミュージシャンが演奏しています。そうやって、NYのミュージシャンを使って曲を作って、セリ・ビーの故郷であるプエルトリコと近いマイアミにあるTKに旦那と売り込みに行ったら、ヘンリー・ストーンに気に入られて、レコードを出したらヒットしたんですよね。本当にTKはいろんな国のアーティストを抱えていて、フォクシーも確かキューバから亡命してきた人たちです。76年以降は、マイアミだけじゃなく、フィリー・ソウル、カナディアン・ディスコ、フレンチ・ディスコ、ユーロ・ディスコと、本当にインターナショナルなレーベルになった」
――それこそ、今回CD化されたクオーツのアルバム(78年)はフランス産のエレクトリック・ディスコですし、「Shades Of September」がDJに人気と言われるオバタラのアルバム(77年)はNYのエレクトリック・レイディ・スタジオ録音だったりと、76年以降の作品は多様化していますね。
the Shark「オバタラは怪獣みたいなジャケットのやつだよね」
T-Groove「クオーツは、昔、ネスカフェのCMで使われた〈Concerto Para Uma Voz〉(69年/邦題〈ふたりの天使〉)を作曲したフレンチ・イージーリスニングの巨匠、サン・プルーによるディスコ・プロジェクト。それがなぜかアメリカではTKから出された。Casablancaとかほかのレーベルからは相手にされなかったみたいで。そうやってTKが受け皿となった結果、曲がどんどんヒットしていく。そうしたらヘンリー・ストーンも気分が良くなって、TK Discoという12インチ・シングル専門のレーベルも誕生させた。TK Discoの第一弾シングルはフィリー・ソウルのワイルド・ハニーなんですよね」
――フィリー・ソウルといえば、MFSBのギタリスト、ボビー・イーライのイーライズ・セカンド・カミングがSilver Blue(配給はTK)から出したセルフ・タイトルのアルバム(77年)もありますよね。
T-Groove「はい。そこらへんは全部リッチー・ファミリーの後になりますね。リッチーファミリーって、75年に『Brazil』というアルバムを出しているんですよ。バリー・ホワイト関連の作品を出していた20th Centuryから。で、そのタイトル曲が全米チャートの上位に入るヒットになったのですが、 じゃあ、セカンド・アルバムを作るぞ!と意気込んでいたら、20th Centuryからリリースを断られた。理由は、実体がない(スタジオ・プロジェクト的な)グループに金なんか出せないというもの。でも、せっかく作ったので、どうしよう……ってなって、最終的にTKに流れついた。ヘンリー・ストーンが、これは絶対売れるぞ!ってリリースした結果、大ヒットしたんですよね」
――反対にフィリー出身のグループだけど、マイアミで録音したのが、今回一緒に出たブルーノーツのGlades原盤作『The Truth Has Come To Light』(77年)。テディ・ペンダーグラスが抜けた後のブルーノーツで、ハロルド・メルヴィンがいた本家ではなく分家。プロデュースがジョージ“チョコレート”とはペリーで、マイアミ録音。フィリー・ソウルとマイアミ・ソウルの合体みたいな感じです。
the Shark「めちゃくちゃ名盤です」
黒田「俺も好きです」
MASKMAN「60年代後半にUNIとかからシングルを出していて、その頃から分裂していたブルーノーツだよね」
――世界トップクラスのTK愛好家と言っていい皆さんのお話、さすがに濃いですが、そろそろお時間も迫ってまいりましたので、最後に今回のコンピレーションあるいはTKについて総括的なコメントをおひとりずつお願いします。
MASKMAN「昔、ジョージ・マックレーやKC&ザ・サンシャイン・バンドがヒットしていた時、日本のレコード会社で“Miami Sound Explosion”とはというTKのキャンペーンがあってね。その時にサンプラーLPを作ったんですよ。リトル・ミルトンの曲をバックに小林克也さんが〈マイアミ・フロリダー!〉ってDJをかぶせたやつで、その内容が良かったんだよね。その前からTKのことは知ってたんだけど、LPにはラティモアとかが入っていて、そこでクラレンス・リードも知った。それからクラレンス・リードを追い続けて50年ですよ。『SOUL ON』誌でもTKの特集をやったし、真剣にレコード会社と組んでいろいろやってましたね。だから、NUMEROから出た“Eccentric Soul〜THE DEEP CITY LABEL”が出た時はびっくりした」
the Shark「TKの音って、案外とっつきやすい。中古レコード屋さんでも安かったりするんです。もちろん、高いものもあるよ。でもね、TK Discoの12インチなんか安いし、ぶらぶらするついでにオリジナルをつまんだりしてほしい。今回ウルトラ・ヴァイヴさんから出たCDなんて、2枚組で1500円ですよ。すごいもん出してるよね。そういうのを買って 家に帰って晩酌するのがいちばんじゃないかなと思います」
T-Groove「TKは沼です。60年代からレコードが出ていますが、僕はディスコが大好きなので74年から80年代までのディスコを掘っていますけど、さすがに全部は掘り切れてないんです。だから、ディスコ好きもR&B好きも、そしてレコード好きもTKを掘っていただいて、どんどんインターネットに載せて、情報共有をしてほしいなと思っております」
佐藤「先ほども言いましたが、ヘンリー・ストーンは自分の哲学として、音楽業界誌に〈Record should be in the market〉と語っていたそうなんです。つまりレコードは市場に出るべきで、玉でも石でも、どんな音楽でも音楽には価値があると。今回ボビー・バードのTK関連の曲を集めた『Back From The Dead』(2005年)も日本初CD化になったのですが、最後に〈I Know You Got Soul〉や〈Sex Machine〉のライヴ音源が入ってるんですね。音質がイマイチで、普通だったらリリースしないだろうなと思われるものも入っていて、でも聴いてみると、ものすごい熱いライヴなんです。それをTK側が、これはレコードとして出すべきだと判断した、その哲学が素晴らしいなと。私はジェームス・ブラウン関連の解説を書いていますが。T-Grooveさんのディスコ・コンピとか、今回のクラレンス・リードのコンピとか、TKには幅広い音源があるので、皆さんそれぞれ好きなものをチェックしていただければ楽しいんじゃないかなと思います」
黒田「今回のコンピは、じつは構想10年ぐらいだったんです。クラレンス・リードに関してはいろんなところに声を掛けたんですけど、実現には至らなかった。何年か前にthe SharkさんとMASKMANさんにリストを渡して、〈これでコンプリートしてますかね?〉みたいなことを話していて……それがウルトラ・ヴァイヴさんの大英断でリリースに漕ぎつけて、本当感謝しています。先輩方の協力がなければ、こういうものは作れなかったので、本当に音楽は人を繋ぐものだと思って感謝しています。だから、クラレンス・リード、ご存知の方も多いと思うんですけども、聴いたことのない方にもオススメしていただければなと。クラレンスは音楽的に素晴らしいのに報われなかった人だと思うので、ひとりでも多くの人に聴いてほしいです。あと、TKのような、メジャー感もマイナー感も味わえるレーベルってなかなかないので、そこも魅力なんですよね。ということで、今回はありがとうございました!」
TK大座談会


取材・文/林剛
撮影/西田周平
Information
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http://www.ultra-vybe.co.jp/tkcp2023/
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