アーティストとしての成長が呼んだ“物言わぬ感性の一致” 早見沙織『JUNCTION』

早見沙織   2018/12/21掲載
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 “人気声優の2ndアルバム”という情報だけを持って聴くと、恐らく度肝を抜かれるだろう。ソウル、ファンク、AORと彼女自身の音楽ルーツに根差し、全収録曲14曲中10曲を彼女自身が作詞・曲した『JUNCTION』は、衝撃的なほどにハイクオリティ。スロー〜ミディアムなナンバーをサラリと歌いこなす圧倒的な歌唱力、独自の世界を創り上げるアンビエントな空気感と、自身が主演した劇場版アニメ「はいからさんが通る」の主題歌で竹内まりやから曲提供を受けていたのも納得の“アーティスト・早見沙織”が、そこにはいる。
――1曲目の「Let me hear」はとても軽快な楽しい曲で、歌声も可愛らしいと思いきや、2曲目の「メトロナイト」は曲もAOR色が強く、ヴォーカルもグッと大人っぽくなって。収録曲のほとんどがご自身の作詞・曲というのも驚きですし、とにかくアーティスト性の高さに驚かされました。
 「ありがとうございます。確かに声でお芝居をすることよりも前、それこそ幼少期の頃から親が歌を教えてくれていたり、幼稚園のときからピアノを習っていたりと、ずっと音には親しみがあったんですね。自分の世代で流行ったものだけじゃなく親の影響も強くて、いわゆる60〜80年代のソウル、ファンク、AORとか。そういったアーティストのライヴに連れていかれて、わけもわからず“おお、カッコいい!”って喜んでましたし、今回の『JUNCTION』もそういったルーツに根差している部分は大きいです」
――だから、ちょっとレトロな匂いのする曲も多いんですね。では、作詞 / 作曲も昔から?
 「いえ、なんとなくピアノを弾いていて“これ、すごく好きだなぁ。録っとこう”みたいな、楽しみの延長線上ではありましたけど、本格的に形を見据えて作るというのはアーティスト活動を始めてからです。そのアーティスト活動も、正直な話、もっと前から始めるチャンスはあったんですね。ただ、大学生のうちは学業に専念したかったんですよ。いち学生としての生活も謳歌していて、それこそ大学の友達とみんなで夏はフジロックやサマソニ、年末はカウントダウンジャパンと、ロック・フェスに行って盛り上がったりもしてましたし(笑)。音楽は大好きで、何か関われたらいいなぁとは思いつつ、声のお仕事との兼ね合いを考えると、どうしても余白が無かったんです」
――なるほど。それで大学を卒業した翌年の2015年にデビューされたんですね。今回の『JUNCTION』は2枚目のフル・アルバムということですが、出来上がってみてどんな作品になったと感じています?
 「自分がお気に入りなもの、ワクワクするものを追求した結果、自分的にはとても楽しい1枚になりました。で、アルバムの曲が大体出揃ったときに、本当にいろんなところに矢印が向かっている曲がたくさん集まっているなと感じたんですよ。カーブもあればストレートもあって、後ろ向きもあればUターンもあるんですけど、そういったものが偶然パッと重なり合った場所ということで『JUNCTION』と名付けたんです。自分がスクランブル交差点を渡るときも、ふと考えたりするんですよ。ここにいる人ってみんな他人で全く知らないけど、偶然にも今、ここで一緒に赤信号待ってる……って」
――ではアルバムで録り下ろした新曲8曲のうち、一番前に進んでいる曲は?
 「 12曲目の〈Bye Bye〉ですね。もともと私、ウェットな雰囲気とかアンビエントな雰囲気が好きなので、デモを出すとよくディレクター陣に“もう少しメジャーなものを”って言われるんですよ。すぐマイナーコードに行って、雨とか月とか青とか出したがるから(笑)。それで、とにかく明るい曲にしよう!と決めて作った曲だから、〈Bye Bye〉と言っていてもマイナスの意味ではないんです。ワクワクする方向に向かっていきたいし、遠い憧れだと思っていたものも走って行った先の自分なんじゃないか……っていう願いも籠もっているから100%前! まぁ、前に進むための切ない別れみたいな要素もありますけど、そこはやっぱりエッセンスとして入れたかったんですよね」
――サビの“ダイキライもダイスキも これから私が決めていくわ”なんて、超絶“前”ですよ。個人的にはBメロの“ちょっと”の歌い方が好きです。音に合っていて。
 「ありがとうございます(笑)。ここの部分は自分でもすごくお気に入りというか、“ここは絶対この歌詞だ!”って決めていたんですよ。逆に後ろ向きというか、“危うさ”みたいなものを感じるのは3曲目の〈夏目と寂寥〉とか6曲目の〈祝福〉ですね。本人は前に進もうとしているけれど、傍から見ているとちょっと危なっかしいっていう。なんとなく私はそんなイメージで作ってましたけど、ただ、これは本当に受け取り方次第ですね。〈夏目と寂寥〉も作ったときは結構明確なイメージがあったものの、明確すぎてもアレかな……と思ったんですよ」
――確かに歌詞の解釈が難しい曲ではありますが“アレ”とは?
 「女の子の可愛らしさみたいなものも描きたかったし、あとは真っ直ぐが故の狂気みたいなものも描きたかったんです。純粋で真っ直ぐなものって、本人はそのつもりがなくても、傍から見ていると狂気めいたものを感じたりもするじゃないですか。ただ、あんまりエグ味が強すぎると受け入れられにくいので、可愛らしい毒っ気みたいな感じで出せたらなぁって」
――なるほど。「祝福」も1曲前のアンビエントな「白い部屋」と合わせて“幻想ゾーン”というか。雑踏の音から始まって、ヴォーカルもファルセットだったりハイトーンが主だったりと透明感が高いのに、実は一番ロックな曲ですよね。
 「そうですね。デモ段階だとピアノを素朴に弾いているミニマムな感じだったのが、ギターベースのアレンジが加わることによって、だいぶエッジも利きましたし、それこそもっとノイジーにして、耳に痛い音にもできたと思うんです。ただ、このアルバムに入れるなら……ということで、そのエッジも大分まろやかに、アンビエント寄りにしたんですよ。全体のバランスを見たときに、ギザギザした感じのアルバムではないだろうなという話になったのと、あとは私の声質もありますよね。声的にガツン!とエッジがある感じの音の響きはしないことが多いので、やっぱりフンワリ乗せたほうが楽器との相性も良いんじゃないかと」
――ロックなアレンジと音の柔らかさが、また得体の知れないギャップ感を醸し出していて印象に残りました。全体的には幻想的で大人なイメージが強いのに、2サビで急に“声優・早見沙織”を彷彿させるような可愛い声音が登場するのも面白い。
 「ちょっと少女性を入れたかったんですよ。大人っぽく歌いすぎると、それこそ危うさが無くなってくる気がしたんですね。その少女性や少年性、思春期性みたいなもののスレスレの感じを表現したくて、無意識のうちにそうなったのかもしれない。やっぱりアニメーションって年齢よりも少し若く作ることが多いので、そういうところに親和性を感じたのかもしれないし、これが正しい表現かわかんないんですけど……ビルの屋上みたいなイメージというか。雲の上から物事を見ているのではなく、高いビルの屋上ギリギリのところで歌っているような、“そこに立っていて大丈夫?”みたいな感じは意識してましたね」
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――それを聴いて、このアルバムを聴いたときの衝撃に合点がいきました。早見さんって歌声がとにかく“大人”なんですよ。でも、もちろん少女の声でも歌えるし、その両方がやれる人って、なかなか稀有なんじゃないかと思うんです。
 「ああ、言われてみれば確かに変な達観みたいな部分と、いつまでも思春期というか、少年みたいな心でいる部分が共存しているタイプな気はしますね。でも、声優やアニメ業界って、そういう人多いんですよ。アニメーションという思春期性が高いものを、ものすごく俯瞰で見ていたり、逆に、すごく大人に見えていた人が“本当に子供なんだ!”って驚くようなお芝居をしていたり。それを私は音楽でも表現しているというだけなので、あんまり垣根が無いのかもしれませんね。表現する一つの媒体として声優さんという職業があり、歌という手法があるだけで、もしかしたらピアノを弾いたとしても、また別の“らしさ”が出るんじゃないかな」
――それこそ9曲目の「Bleu Noir」もAOR感が強いオシャレな曲ですし、それを呟くようにアンニュイな歌声で、あれだけ色っぽく仕上げられるのも“達観”あればこそかと。
 「イメージは“記憶の中のフランス映画”なんですけどね(笑)。やっぱり独特の雰囲気ってあるじゃないですか。学生時代にフランス語が必修だったり、大学でも第二外国語でフランス語を取っていたりと親和性を感じるところもあったので、なんとなくそういう要素を入れたいなぁと昔から思っていたんです。ただ、歌詞は断片的でも実は割と激情的な曲だと私は感じていたので、特にアウトロはエモーショナルに終わってほしいというお願いをしていたら、編曲の大久保 薫さんが何万倍もカッコよくしてくださいました!」
――ピアノの迫力が凄いですよね。ちなみに曲や歌詞って、どういうときに生まれます?
 「大詰めはやっぱり“作るぞ!”って向き合わないと出来ないんですけど、ラフミックスみたいなものは割と何でもないときに出てきたりしますね。あと、メロディと一緒に出てきた断片的なワードから紐解いていって、想像を膨らませていったり。裏タイトルみたいなものを英語で付けることも多くて、例えば〈白い部屋〉は“white”ではなく“vacant”とか“empty”っていうイメージだったんですよ。それで歌詞の中にも“伽藍堂の空白”っていうワードを入れてるんです」
――確かにストーリーよりも、情景だったり映像が先行する歌詞が多いような気はします。10曲目の「little forest」も外部からの提供曲ではありますが、伴奏の音数を極限まで減らしてコーラス・ワークを活かした小粋なサウンドが想像を掻き立ててくれますし。
 「私のデビュー・シングルを作ってくださった矢吹香那さんが書いてくださったんですけど、曲に関する要望はあまり出さなかったんです。むしろ“アップテンポでもいいかも”なんて話をしていたら、この曲をそっとくださって、いざ本番前のプリプロで歌ったときに“なんて楽しいんだろう!”って思ったんですよ。まるで昔に歌ったことがあるような馴染み感があって、“早見沙織が歌う”というのを見越して矢吹さんが書いてくださった妙というか」
――それは“早見沙織”というアーティストのイメージが、傍から見ても確立しているからですよ。それこそアルバム全体を見渡しても、あまりアッパーな曲は無いですし。
 「一番速い〈夏目と寂寥〉でもBPM178くらいですからね。すごくニュートラルな雰囲気で自分にしっくりきて、ナチュラルな気持ちに戻してくれる曲だったんです。歌っているときに“ずっと歌っていたいな、この曲”って思ったりもして、それはデビュー前からお世話になっている川崎里実さんが書いてくださった〈Let me hear〉も同じなんですよ。そうやって何も言わずとも、自分の根本的なところに根付いているものにフィットした曲のおかげで、自分が“自然にいられる場所”みたいなものを貰えたのは有り難かったです。どうしても自分で作ると変に意識したり、雰囲気重視になりすぎちゃったり、チャレンジをしたがったりもするので」
――川崎さんには最初から“リード曲を”ということでオファーを?
 「いえ、“ミディアムからアップテンポの楽しい曲をくださいと”だけお願いしたら、すごくキャッチーな曲が来て、ライヴでみんなで歌っている光景も浮かんだので“あ、これリードかなぁ”と。MVは音源で歌ってくださっているコーラス隊の方々とも一緒に撮影して、その中に川崎さんや矢吹さんも参加してくださったんです。曲順に関しても“これは序盤だな”とすぐに思いましたし、そうやって置かれるべき場所みたいなものを潜在的に秘めている曲が今回、結構多かったんですよね。竹内まりやさんか書いてくださった最新シングルの〈新しい朝〉は後半だなぁっていう印象があって、その後にアルバムの総締めみたいな感じにしたいなぁ……と持ってきたのが〈温かな赦し〉なんです。〈新しい朝〉で壮大に歌い上げたあとに、スッと戻ってくるミニマムな場所みたいなイメージで、ちょっとアース感もあって。いろんな道に進む曲を集めた『JUNCTION』という作品を、さらに、もう一つ包んでくれる曲として置きたかったんです」
――太鼓だったりアコースティックな音がまた、宇宙的なイメージを醸し出していて、とても感動的な締めくくりになったと思います。
 「今回の制作では“物言わぬ感性の一致”みたいなものが多くて、そこでもすごく感動したんですね。例えば〈夏目と寂寥〉もメロディ自体は昭和っぽいというか懐メロ的なところもあるので、あんまり古いアレンジにはしてほしくないな。むしろインディーズ的なバンド・サウンドになったらいいなと思いつつ、それをアレンジャーの倉内(達矢)さんには伝えなかったんです。それなのに一発で理想通りのものが返ってきたから、本当にビックリして! そしたらレコーディング・エンジニアの方が作ってきた音色を聴いたとき、今度は倉内さんが“何も言ってないですけど何も言うことないです”って言っていて、その偶然の連鎖にみんなで謎に感動してたんです。さっきの〈little forest〉の話もそうですし、〈Bleu Noir〉のアウトロの話もそう。あらゆる偶然が積み重なり、アーティストの方々の力が結集して、この1枚が出来たなぁって」
――それは早見さんご自身にしっかりとアーティスト的な感性があるからですよ。
 「そうだったらすごく嬉しいですね。私、もともと自分の意見を言うのが苦手なタイプで、ずっと制作チームからは“もっと主張したほうがいいよ。そうじゃないと何を形にしていけばいいのか、みんなわかんなくなっちゃうから”って言われてきたんです。そこに対して悩みながらやってきた3年間だったから、それがこの『JUNCTION』で形になったことが本当に有り難いんですよ」
――“物言えぬ”からこその“物言わぬ感性の一致”ですもんね。歌詞を見てもメッセージを叩きつけるというよりは、読み手の解釈の力を試されるところがあるのも、主張するのに躊躇ってしまう性質の表れかもしれない。
 「それこそ〈温かな赦し〉なんて、もっと抽象的な歌詞だったから、レコーディング現場で何回も書き直したんですよ。抽象的すぎると全然伝わらないので、なるべくバシッとボールを投げるぞ!って。例えば2番目のAメロの“どんな自分も好きに なれる日は来るかな”とか、最初は“どんな部分”だったんです。でも、そうするとフワッとしすぎるなぁって」
――かなり直球になりましたよ。そして12月23日にはZepp DiverCity TOKYOでスペシャル・ライヴ、来年4月には全国4ヶ所を回る2ndツアーも決定していますが、内容は違うものになるんですよね?
 「はい。“Winterライヴ”と銘打っている23日のほうは自由度が高いので、アルバムの曲も先にアレンジ版でやっちゃおうかなぁとか(笑)。もっとノリノリにしちゃって、既存曲との繋がりも楽しんでもらいたいですね。ツアーのほうはアルバムが軸になってくるんですけど、どうなるのか全然まだわからない! でも、いつもやっているうちにだんだん見えてくるから、きっと回を重ねていくたびに感じることは変わっていくんじゃないかな。ただ、まだどこにも出していない新曲も少しずつお披露目できたらいいなぁとは思ってます。別に音源化を前提にしたものではなく、“こんな曲できたから、ちょっとライヴで歌ってみてもいいですか?”っていうノリでやっていけるように、日々クリエイティヴな活動を進めていきたいですね」
取材・文 / 清水素子(2018年12月)
Live Schedule
■早見沙織スペシャルライブ2018 Winter

12月23日(日・祝)
東京 お台場 Zepp DiverCity TOKYO
開場 17:30 / 開演 18:30
1階席 スタンディング 5,500円 / 2階席 指定席 7,500円(税込 / 別途ドリンク代)

■早見沙織 2019年全国ライヴ・ツアー

4月6日(土)
広島 JMSアステールプラザ 大ホール
開場 17:15 / 開演 18:00
前売 8,000円 / 当日 8,500円(税込)

4月7日(日)
大阪 大阪国際会議場メインホール
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 8,000円 / 当日 8,500円(税込)

4月13日(土)
北海道 札幌市教育文化会館 大ホール
開場 17:15 / 開演 18:00
前売 8,000円 / 当日 8,500円(税込)

4月29日(月・祝)
東京 東京国際フォーラム ホールA
開場 17:00 / 開演 18:00
前売 8,000円 / 当日 8,500円(税込)

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