KAITO もう一回自分を“ここ”に戻してくれた音楽たち

HIROSHI WATANABE aka KAITO   2019/12/04掲載
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 90年代初頭、ニューヨークから日本のクラブ・カルチャーに新風を吹き込み、帰国後も国内外いくつものレーベルから精力的に作品を発表し世界的評価を得てきたHIROSHI WATANABE。その彼が本名名義での活動と同時進行させてきたプロジェクトがKAITO(カイト)だ。ハウス、テクノなどさまざまなスタイルを自由自在に行き来しながら、KAITOではメランコリックなメロディと繊細な電子音で美しい音風景を描いてきた。
 だが、今までの一連の流れから見ると、約6年ぶりとなる新作『Nokton(ノクトン)』は、性質を異にした作品だ。夜の闇に吸い込まれていくような電子音。そこには、自分自身の内面と深く向き合う音楽家のピュアな姿がある。果たして、なぜ彼はこのような意欲作を制作したのか。制作背景を中心に話を聞いた。
New Album
KAITO
『Nokton』

CSCD-1001
――HIROSHI WATANABE名義では2016年にトランスマットから『MULTIVERSE』を発表していますが、KAITOの新作が6年も空いたのは理由があるのですか?
 「本来5作目として出そうとしていたKAITOのアルバムを2017年の頭から作り始めていたんです。実際に収録楽曲もほぼ出来上がっていたんですけど、それを作っている最中にいろいろな出来事が起きてストップしてしまい、アルバムをまとめあげるのってすごくエネルギーを使うんですけど、それがいったん自分の中で“あ、今は無理だな”と思ったことで、(アルバムの制作を)やめてしまうんですよね。で、そのあとに自分の活動を再スタートするために気持ちをリセットする感覚? リハビリのような感じでトライアウトしていったものが『Nokton』なんです」
――KAITOはアルバムを出したあとにその対となるようなビートレスなアルバムを出すという流れがありました。でも今回はその図式とは違う作品だというわけですね。
 「まったく違いますね。KAITOというプロジェクトで表現したものの中では異色な感覚が自分の中で芽生えたんです。その芽生えたものを止めちゃダメだと思って、出てくるならあふれ出させてしまおうと思いました」
――今までと違う感覚が芽生えたのは、制作中断の要因となった出来事が影響しているのではないかと推測されます。もしよければ、お話ししていただけないでしょうか?
 「はい。このことは自分に近い人や友人にしか話さなかったことなので公にするのはじつは今回初めてなんですが、僕の母親が2017年の夏の終わりに心筋梗塞で突然他界したんです。めちゃくちゃ元気な人で、バリバリピアノを弾いてた人なんですけど、突如この世から何も語らず一瞬で去り。そして、その半年後に僕にとって深い恩人であり長年僕たち家族を影で支えてくれた奥さんのお父さんがやはりこの世を去るんです。5年闘病しての最期でした。このふたりの異なる最終局面みたいなものをたった半年で体感してしまったこと、この出来事を受け止めないとならないことで、一回立ち止まって考える時間が生まれました。あらゆる感情や気持ちの整理整頓ができない間は暫く自身のオリジナル作品を作るという活動への意欲を失いましたね。ただずっとそんなわけにもいかないわけで、真っ直ぐに前を向くというきっかけの一つになったのが『Nokton』です。だからすでに一作できあがっているにもかかわらず、これを先に出したいと思いまして。ようするに、もう一回自分を“ここ”に戻してくれた音楽たちなんです。だから構造というか構想もシンプル。感じるものを音の中でどこまで素直に表現できるんだろう? っていう、いわば原点回帰みたいな感じです」
――感情を外側に発散するというよりは自分の内面を探っていくような音ですよね。
 「そうですね。小〜中学生の時の、シンセサイザーに興味がわいて、たった一台のシンセサイザーをいじくり倒しながら“どんな音が出るの?”ってワクワクしている感覚みたいなものを、この楽曲を作っている時にもう一回感じることができた。いろいろなプログラム、シーケンスを詰め込むんじゃなくて、骨組みだけの状態でどこまで人の気持ちを動かすことができるのかっていう。歌を歌える人なら歌声一つで目の前にいる人を泣かせるぐらいの感動を与えられるわけじゃないですか。それぐらいのバイブレーションを音に込められることができたら最高だなって思った感覚をつめこんだ感じです。だから使った楽器は一台だけ。一台のシンセサイザーを使ってシンプルなループを組んで、楽器と自分が一体化し無心にパラメーターを動かすことで自分の気持ちをつめこむというか。だから今までの楽曲の作り方でいうと、細かいところまでオートメーションを書いたりとか、レイヤーのものすごい緻密さを突き詰めるとか、ある種音数も多いけどそれがまとまって聴こえるようにするっていうところをゴールとして作っていたので、そこからは一線を画しています。今までの自分の表現方法とは違うものがここに生まれ出てきてくれたし、それに対する僕自身の喜びがあったと思うんですよね。“これで十分じゃん”みたいなことがやっと見えた。どんな楽器でもものすごい密度の時間をかけてマスターすれば、人の感動につながる表現方法になると思うんですけど、もっとそれを深掘りしていくと楽器をマスターするかしないかじゃなくて、伝えられるかどうかっていう人の熱量だと思うんですよ。熱量がそこに込められていれば十分伝わるんじゃないかと」
KAITO
――そもそもKAITOはどういう経緯で生まれたプロジェクトなのですか?
 「現状だとKAITOと本名名義で活動する2つがメインになってるんですけど、なんの違いがあるのかといったら、KAITOは99年に日本に戻ってきてゼロからもう一度自分のスタイルを模索していく中でできあがっていった楽曲を、ドイツのケルンにあるコンパクトってレーベルが出そうよって言ってくれた中で生まれていったプロジェクト名で。彼らが“本名もいいけど、なにか日本語のプロジェクト名をつけようよ”って言うのでいろいろ考えたんですけど、いいのが思い浮かばなくて。ちょうど息子が生まれたばかりだったので、“KAITO(カイト)”って名前なんだけどと話をして。彼らは日本人は名前に意味を持ってるんだろ? どんな意味なの? って聞いてきたので、この子の名前には“宇宙の謎を解く”っていう意味でもあるんだよと伝えたら、“ワォ、それしかないじゃん!”って息子の名前を使うことになったんです」
――それが今も続いている。
 「だから、僕にとってKAITOというのは、家族と出会って、ともに生きて、ともに成長させてもらっているみたいなテーマなんです。自分が親として生かしてもらってる感覚とか、自分と子供との距離感とか、家族っていうあらゆるものが根底にあって、そういうものの中から感じた音をダンス・ミュージックにコンバートするのがKAITOでした」
――だからこそ、ジャケットにもカイト君の写真を使い、成長していくさまヴィジュアル面でも見せてきたわけですね。
 「自然とそうなっていったんです。だけどある時期から、息子本人をヴィジュアル化するのはやめたんです。指をくわえているちっちゃな赤ちゃんっていうところからスタートして、そのイメージ像を一定のところでストップさせることで、成長しつつも一定の世界観を保とうとしていたところがそれまではあって。でも彼が徐々に成長していく中で、僕がそれを日記みたいに追っかけていくプロジェクトであっちゃいけないなって思うようになったんです。たまたまそういうきっかけをもらってKAITOってプロジェクト名を名乗っているけど、本来は別々のものだから、これは分離させないといけないんだなと感じて。なので、3作目(『Trust』)までは子供のシルエットを使ったり、ジャケットに出してたんですけど、4作目の『Until The End Of Time』ではガラッと変えて、KAITOは僕自身で完結させるためのプロジェクトに置き換えました。そこの延長線上で新しい物語が生まれ出てきたのが『Nokton』です」
――アルバム・タイトルの『Nokton』という単語を検索してみたら、“カメラの広角レンズ”と出てきて。あと、エスペラント語で“ある夜”という意味もあります。
 「僕カメラ大好きなんでずっと写真を撮り続けてきてるんですけど、レンズの名称でもあり、いろいろ語源を辿って調べてみるとエスペラント語の会話の中で使う単語としても綴られる言葉でして、ドイツのフォクトレンダーという古くからあるブランドを日本のコシナというレンズメーカーが今は引き継ぐ形で作っているんですね。その中にNoktonというレンズ・シリーズがあるんです。レンズのF値が1.5以上、ようは暗いところもシャッタースピードをかせげる明るいレンズ。今僕が使っているレンズはすべてフォクトレンダーなんですけど、なかでもお気に入りのNokton 40mm F1.4 SCというレンズを使って夜に撮影をするっていう楽しさがあって(今回のアートワーク、冊子で使われた写真はすべてこのレンズを使用)、夜の静まり返った世界観って、感性が敏感になってる時間帯でもあると思うんですよ。それで今回、自分の中に潜んでいた何かを感じた時に、夜っていうイメージにビシッとシンクロしたというか。べつに夜に聴いてほしいってことではなく、そういうテーマ設定にすることで、僕が感じた何かに、人によっては同調しやすくなってくれるだろうし、そういうことを語らなくても、この世界観の中から勝手に感じてくれたことがシナリオとしてたくさん出てくるんじゃないかなっていう思いからなんです」
――今までトランスマットやコンパクトなどさまざまなレーベルから作品を発表されてきていますが、2016年には自身のレーベル、MUSIC IN THE DEEP COSMOSも立ち上げられましたよね。それはどういう理由からですか?
 「じつは今作品からレーベルの名前を“COSMIC SIGNATURES”に変えたんです(笑)。昔に比べたら作品が出しやすくなったけど、本当に自由に出せているかっていうと、どうしても第三者のフィルターがかかるし、ジャッジがそこに生まれるわけですよね。そういうものから抜け出したかった。純粋に自分主体で自分ディレクションっていう領域を欲しくなっちゃったっていうだけなんです。だけどそれが全部じゃなくていいし、第三者がいることでより良くなるものもあるので、それを否定しているわけじゃなくて。でも自分でいいと思えるものを出せる領域があることで違うバランスがとれるんじゃないかなって思ってます」
――COSMIC SIGNATURESでは今後どんなことを計画していますか?
 「まず、このKAITOっていうプロジェクトを出すための発信地としてもう一回ゼロから立ち上げなおした感覚もあるので、このあとにはさきほど言った、2年前に作り始めていたKAITOの6作目を来年に出すつもりです。内容は贅沢にもギタリスト5人、ベーシスト1人、計6名のミュージシャンをそれぞれ楽曲の中でフィーチャーさせてもらってる作品なので、またベクトルが違うんですけど、それは言ってみれば、本当のKAITOの姿でもある。『Nokton』は僕のシンプルな内面に向き合った作品でもあるので。でもこれを先に出さないと、それ(KAITOの6作目)を出せないっていう気持ちがこみあげてしまったので、これこそ自分レーベルの良さですよね。ライヴだったら生のドラマーとシンプルにコラボレーションして『Nokton』の楽曲にドラム入れてもらうのもありだなと思っているんですけど、作品性としてはこれで十分。このあとにビートありヴァージョンが出ることもないと思う! と言いつつ、じつはかなりひっそりと『Nokton Vol.1』という実験的に先行リリースしていた作品があるのですが、そちらにはビートを入れたテイクも1曲だけボーナストラックとして入れてたりします。その『Vol.1』はアルバムを出すためにすでに配信販売からは削除しましたのでビート・ヴァージョンを持っているコアファンやリスナーの方へは、心からありがとうです。これからも大事に聴いていただきたいです」
――WATANABEさんはシンセサイザーを使ったさまざまなタイプの音楽が出てくるのをリアルタイムで接してきた世代だと思いますが、テクノポップのようなタイプの音楽についてはどうでしたか?
 「YMOはすごく聴きましたよ、でもクラフトワークに対しては興味がなかったんです。なぜか僕が求める音はこっちじゃないなっていう感じがあり、よりもっと今の僕のアイコニックなサウンド・イメージにつながっていく、シンセパッドで空間を埋めていくような感じの、いわゆるニューエイジ・ミュージックのほうが僕の発想のルーツでもあったんです。このへんの話の延長線上でいうと、このアルバムもそうなんですけど、僕が多分表現しようとしている90パーセントは、いわゆるメランコリックで情熱的なもので、哀愁でもあるんです。なぜか哀愁大好きで(笑)、YMOにはテクノポップと言われながらもその哀愁やメランコリックさがじつにふんだんにあったと思うんです。だから好きでしたね。自分の中にずっと流れ続けているメランコリックでディープな深いシンセパッドの利いたアンビエンスに求めたものは、メジャー/マイナーのコードのハーモニック感でいったら、メジャーの明るさよりもマイナーコード感というか、ずっとその世界を懸命に掘り下げているのはありますね。そういうところでいうと、シンセサイザーの音を軸にして空間を埋め尽くしていくヴァンゲリスの世界観には影響を受けましたよ。それはやっぱり映画『ブレードランナー』からなんですけど。今回もテーマとしては“夜”ってつけていますけど、ある一つの形のない空間が常に自分の中にあって、その空間を埋めるための音を演出している感覚、まさにサウンドトラックのような演出です」
――発想のルーツにニューエイジ・ミュージックがあるとおっしゃっていましたが、ニューエイジの人たちって、スピリチュアルな方向にいきがちですよね。『Nokton』も自分の内面に向き合っていくという性質上、一歩間違えばそうなってしまう可能性もある。だけど、そうなっていないです。WATANABEさんの過去のアンビエントの作品にしてもそうなっていない。それはどうしてだと思いますか?
 「それは嬉しいですね。今までいろいろなインタビューを受けたけど、初めていただいた質問かもしれない。スピリチュアルという言葉や、世界に対してどう感じているかっていったら、めちゃくちゃ好きだし興味があるんです。好きですよ。でも、一つ言えるのは、SNSや過去にブログなどや作品の中でもよく発信していることなんですけど、一つだけの宗教というものが軸となるような生き方に対して正直に自分はまったく興味を持ってないんです。もちろんだからといって何も否定もしません、生き方そのものは完全に自由ですから。ただ自分にとってはそういうことのくくりで生きることに対しては生涯フリーダムでいたいと思ってるんです。なので、というかそんな感覚の中、どんな宗教をフォローしている人たちが聴いても同じ目線や視点になってくれるような、フラットな、中間地点に音楽をおきたいというか。そう思ってるのでもしかしたらスピリチュアルな匂いがないんじゃないでしょうか。まだ全然自分には力がないと思ってますが、人種や宗教を飛び越えて音という媒体を通じてあらゆるものが同じ目線でつながっていくことができる、そこに自分自身の音楽が少しでも力になれるなら、生まれてきた意味があるんじゃないかと。だから僕は音楽をやるのかなと思うんです」
取材・文/小暮秀夫
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