“シティ”から“タウン”へ “けもの”のユニークな創作のひみつ

けもの   2019/06/13掲載
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 女性シンガー・ソングライター、青羊(あめ)のソロ・プロジェクト、けものが 5 曲入りのEP『美しい傷』をリリースした。菊地成孔がプロデュースした前々作『ル・ケモノ・アントクシーク』はジャズ色が強く、前作『めたもるシティ』はシティ・ポップを標榜したものだったが、新作は西田修大がギターを弾いていることもあり、ロック色が強め。さらに、レゲエ/ダブに挑んだ「リップクリームダブ」のような新境地も含まれている。そんな青羊へのインタビューではユニーク極まりない作曲法をはじめ、たくさんの興味深い話を聞くことができた。
けもの『美しい傷』
APOLLO SOUNDS・APLS-1907
――青羊さんは中学から短大までホルンをやられていたそうですが、歌い始めたきっかけはなんだったんですか?
 「短大の授業で器楽をやる時に声楽もやるので、歌ったのはそれが最初ですね。ずっとホルンやってきたけどホルン無理そうだなって思って、一回音楽辞めたあとに歌を始めました」
――ホルンを辞めて一旦白紙の状態に戻った?
 「白紙の状態に戻すつもりが、なぜかライヴハウスで働いてみたいと思い始めて。ライヴハウス情報が載っているガイドブックを見て辿り着いたのがジャズのライヴハウスだったんですけど、働きたいって言えなくて、歌を習いたいですって言って歌をやり始めたんです。でもジャズも向いてないなとわかってきて、一旦辞めて、少ししてオリジナルを作り始めました。最初に作ったオリジナルは前の前のアルバムに入れてます」
――曲作りはピアノを使っているんですか?
 「曲作りは何も使わないんです。むしろ楽器の前にいるとどうしようかな?って思っちゃうので」
――え、じゃあどうやって!?
 「たとえば、“CD ジャーナル”っていう言葉が気になっていると、そのうちCDジャーナルとメロディがくっついたものが降りてくるんです。4小節とかの短いものが。そこからあとは増やしていって、曲になるんです。増やす時も楽器は使わないです。あと、動かないですね。動いたり口に出したりするとメロディがへんなところにいっちゃうので。降りてきたなと思ったら黙ってじーっとして、ほかにもメロディがないかなっていうのをたぐり寄せる感じです」
――降りてきたらメモるんですか?
「ボイスメモに入れておいて、あとでメロディを譜面にしたり、コードをつけたり。自分でコードをつけられない場合はトオイダイスケ(けものではアレンジ、ベース、ピアノと幅広く担当)にお願いしたりして」
――どういう瞬間に降りてくるんですか?
 「いちばん多いのは、アドレナリンが出るくらい興奮することがあったあとに、何日かして降りてくるっていうパターンですね。〈ただの夏〉っていう曲の MV を台湾で撮ったんですけど、それがすごく楽しくて、帰ってきた翌日に曲ができました。すごく早くできる時もあるし、作ろうと思っても作れないこともありますね」
――不調の時はどうしてるんですか?
 「ある程度意識して面白い言葉をメモしたりしてます。誰かと会った時その人が言った面白い言葉とかをメモして。本当に待っているだけだと曲ができないので」
けもの
――アドレナリンが出るようなことを意識的にすればいいわけですよね?
 「そうですね。この間は台湾に行って綺麗な景色を観たのが大きくて。夕日が落ちてくるのを屋上から見たんですけど、それがすごくよくて。今まで見たことないというか、見たことあるんだけどちょっとずれている景色がたくさんあって、まだ知らない世界があることが楽しいっていう気持ちが湧いてきて。一緒に行った監督も面白い人だったのですごく楽しかったです。あとは、人の恋バナ聞いたり、面白い漫画を読んだり映画を観たりとか、そういう時にもアドレナリンがでますね」
――『美しい傷』収録曲でいうと?
 「今回の曲でいうと、〈リップクリームダブ〉は、『ボクたちはみんな大人になれなかった』っていう燃え殻さんの本の一部から引っ張ってきました。〈ただの夏〉も燃え殻さんの本の一部を少し引用しています。〈ただの夏〉はオーニソロジーっていうミュージシャンと一緒に作った曲なんですけど、彼が眼鏡外したらかっこよかったんですよ。それで私とスタッフがあー! ってなって、じゃあこれ歌詞にしてみようって作ったんです」
――つねに何が面白いことがないか探しているんですか?
 「そうですね。で、忘れないようにメモしたり、まとめた言葉をインスタグラムにあげたり。インスタにあげると振り返ることができるので便利ですね」
――最初からそういう作り方でしたか?
 「そうですね。ちっちゃい時からずっと木になりたいと思ってたんですけど、それが割と初期の〈おおきな木〉っていう曲になって。あ、これ曲になるんだって思って。ずっと前から思っていたこととか、人に言われて引っかかっていた言葉が詩や曲になります。それに、誰かが私の悪口言ってたら曲にしちゃうぞって(笑)」
――他人の話し声とかも気になります?
 「なりますね。正確に言うと、言葉の意味より響きが気になるんです。意味も大事ですけど、同じこと言ってても言葉のリズムが違うと響きが変わってくるというか。たとえば、誰かが話しているのを聴くのが大好きなんだけど、べつに何をしゃべっていても大丈夫というか。カフェの隣の席で中国語で話しているのをただ聴くのも好きで、内容がどうっていうよりは響きなんですね。ラジオも好きで、人の声の響きが気になりますね」
――今振り返って、前作の『めたもるシティ』はどんなアルバムだったと思いますか?
 「前作はシティ・ポップのつもりでやったので、ちょっと力が入っていて格好つけている感じだったんですけど、今回はシティからタウンへっていう裏テーマがあって。力を抜いて音楽をやってみようって思って作りました。あと、西田(修大)君のギターが入っているので、ロックっぽさが加わったと思います」
――「リップクリームダブ」はタイトルどおりレゲエというかダブですね。こういうアレンジは初めてでは?
 「そうですね。レゲエっていうと本職のレゲエの人に申し訳ないんですが(笑)。これも燃え殻さんのツイートで、フィッシュマンズの〈ナイトクルージング〉のことをつぶやいてバズってたことがあって、それを元にダブ寄りなものにしてトライしてみようと思って」
――アルバム・タイトル『美しい傷』は、別れのあとの温もりを表現した、って資料に書いてありますね。
 「人と話していて、別れたあとにあったかさがあるよねって言われて、それが衝撃だったんです。でも、よくよく考えてみたらそういうのはあるんじゃないかと思って。たとえば昔付き合っていた人を10年とか20年経って思いだした時に、そこに温かさがあるというのはいいなあと思って」
――「room707」はどういういきさつでできた曲ですか?
 「目黒のCLASKA っていうホテルに“傷”っていう部屋があって、それが707号室なんですよ。丸い窓がみっつあって、7階なので東京の夜景もキレイに見えて。女友達と実際に泊まったんですけど、その時の体験も含めて、昔の傷は温かったり美しく見えてくるなって」
――次作はフル・アルバムの予定ですか?
 「それが、そうは思ってなくて。フル・アルバムって必要かしら? って思うんです。フル・アルバムのために曲を揃えるよりは、曲がある程度溜まっていったらマキシや EPを出していくというのが、今の自分のやり方に合っている気がします」
――次作の構想は何かありますか?
 「構想はないですけど、台湾の撮影をヒントにできた曲を少しでも早く聴いてもらいたいですね。その時見た景色とか監督の言ったギャグが曲になっているので。まだ録音までは考えてないですけど、早く人前で歌えたらなって。ドラムの石若(駿)には録り終わった瞬間に“早く次やりましょう”って言われて(笑)、すごいなこの人って思いましたけど」
――ちなみに、石若さんのプレイヤーとしての魅力はどんなところにあると思いますか?
 「一緒にやると、自分が一歩上に上がれるところです。演奏して、自分だけが高いところにあがるんじゃなくて、一緒に連れて行ってくれるというか。あと、石若とレコーディングしたあと、録ったものをよく聴いていると私が笑っているところがあるんですよ。今回も、ちょうど石若見たらニコニコ笑いながら叩いてて、私も思わずにっこりして。それは〈トラベラーズ・ソング〉っていう曲なんですが、前の前のアルバムの時も同じことがあったんですよ。彼がいるとリラックスして歌えるんですよね。石若が楽しむ達人だから、こっちも楽しくなる。年下だけど先輩って思ってます」
――レコ発ライヴも石若さんが叩くんですか?
 「名古屋ではペンギンラッシュさんとダブル・リリース・ライヴなんですけど、それはものんくるとかで叩いてる伊吹(文裕)さんに参加していただきます。あと、8月5日にFEVERでもライヴがあって、そっちは石若さんが叩いてくれます。どんな面白いことができるかワクワクしています。」
取材・文/土佐有明
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