パット・メセニー 新作はクラシック! 室内楽作曲家デビューを果たした『Road to the Sun』

パット・メセニー   2021/04/30掲載
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 ジャズ・ギターのレジェンド、パット・メセニーが自身初となるクラシック・アルバム『Road to the Sun』をリリースし、室内楽作曲家デビューを果たした。アルバムには、ジェイソン・ヴィオーのために書き下ろした組曲「Four Paths of Light」と、ロサンゼルス・ギター・カルテット(LAGQ)のために書き下ろした組曲「Road to the Sun」を収録。さらに、エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトの名曲「アリーナのために」を、メセニー自身が42弦ギターでカヴァーしたヴァージョンがボーナス・トラック的に収録されている。
 おそらく多くのリスナーがもっとも不思議に感じているのは、メセニーほどのキャリアを持つアーティストが、なぜ、いまクラシックを書こうと思い立ったのか、という点だろう。さらに、彼の作品を演奏するソリストあるいはアンサンブルとして、ジェイソン・ヴィオーやLAGQといったクラシック演奏家を抜擢した彼の意図は、どこにあるのか。そうした疑問の数々をメール・インタビューでメセニーに直接投げかけたところ、非常に丁寧かつ長大な回答を得ることができた。メセニーとのやりとりの全文は雑誌『CDジャーナル』夏号(6月18日発売)に掲載予定の特集をお読みいただくことにして、彼の回答の中から重要なポイントを先出し的にご紹介する。
New Album
パット・メセニー
『Road to the Sun』
MODERN RECORDINGS・5053.863932/輸入盤
 まずは、今回のアルバムに着手した経緯について。
 「ここ数年の僕の音楽活動を振り返ってみると、才能豊かなミュージシャンを僕のグループやプロジェクトに招き入れ、彼らから素晴らしい音楽を引き出すことで、その都度、自分の音楽的関心を形にしていくことができた、ということは言えると思う。そうした場合、僕の役割を一言で表すならば、彼らが演奏する音楽を書いてきたバンド・リーダーということになるだろう。つまり、抜擢したゲスト・ミュージシャンの才能や技量を引き出すため、リーダーとして全力を注いできたわけだ。加えて、彼らの得手不得手を知り、彼らの力を最善の形で引き出すためにはどうすればよいのか、しっかり見極めることも重要だ。そうした点が作曲というプロセスに反映してくるし、今回のようなアルバムの場合には、とくにあてはまると思う。
 ジェイソン・ヴィオーとLAGQの起用に関して言えば、僕は以前から彼らの演奏を熟知していただけでなく、彼らの比類なき才能は(インプロの演奏ではなく)あらかじめ記譜された楽譜を演奏した時にベストの形で発揮される、という点に気付いていた。そういうアーティストの場合は、伝統的に作曲家が音符の1音に至るまで細かく指定し、それを楽譜に書き記しておく必要が出てくる。しかも、今回の演奏者だけでなく、将来その曲を演奏するであろう未来の演奏家も、まったく同じ音楽が再現できるようにね。そこに、記譜された音楽の素晴らしい点が存在する。僕が思うに、それが“クラシック音楽”の定義なんじゃないかな。
パット・メセニー
 だからといって、僕が今までそういう細かい指定の楽譜を書いてこなかった、というわけじゃないよ。今回のプロジェクトと以前のプロジェクトの大きな違いは、以前の場合だと、ミュージシャンがインプロしやすい状態を作り、アレンジを洗練されたものにするために楽譜を用いてきた。ところが、今回の2曲はそれとは大きく違う。つまり、ジェイソンやLAGQに限らず、将来、いかなるアーティストも再演可能な楽譜を書くことで、楽譜を通じて同じストーリーを伝えることができるようにしたんだ。
 もっとも、今回のように演奏者のインプロに任せず、すべて音符を楽譜に書き込んだからといって、それが僕の音楽活動の最終目標(注:クラシック作曲家に転身すること)になったというわけではない。でも、細かい指示がすべて記された楽譜という形で、自分が意図した音楽が目に見えるようになると、ほかにはない喜びが得られることも事実だね」
 アルバム最初に収録された「Four Paths of Light」は、急−緩−急−緩の4楽章で構成されたギター・ソロのための組曲。超絶技巧を要求する“急”の奇数楽章と、メセニーならではの美しいメロディが展開する“緩”の偶数楽章が、文字どおり“光と影”のような好対照をなす作品である。演奏しているジェイソン・ヴィオーは、アルバム『Play』で2015年グラミー賞ベスト・クラシカル・インストゥルメンタル・ソロ部門を受賞。学生時代にメセニーの魅力に目覚め、2005年にはクラシック・ギターでメセニー作品をカヴァーしたアルバム『Images of Metheny』をリリースしている。
 「ギター・ソロは、ジャンルに関係なくチャレンジが要求される音楽のひとつだ。これまで、いろいろなジャンルの新人に注目してきたけど、とくにジェイソンはソウルがあるミュージシャンだと思う。超絶技巧を完璧に弾く能力を持ちながら、同時に幅広いエモーションを伝えることもできる。ジェイソンなら信頼して任せられると思って、作曲したんだ。彼の録音を初めて聴いたのは20年くらい前だけど、彼の素晴らしいアプローチ、タッチ、感受性に感銘を受けた。ニューヨーク郊外の小さなホールで初めて彼のライヴを聴いた時、とくにバッハの演奏が完璧だった。その時に種が蒔かれ、いつか彼のために曲を書きたいと思ったんだ。
 バンド・リーダーとして、あるいは今回の場合は作曲家として、ジェイソンくらいレベルの高いミュージシャンを招く時は、才能の限界に挑んでもらうような曲を書かなければ意味がない。〈Four Paths of Light〉はたしかに演奏至難な曲だけど、ジェイソンは僕が音楽に望む高い要求を受け入れ、同時にそれを楽しんでくれると、最初から確信していたよ」
 アルバムの核をなす「Road to the Sun」は全6楽章、演奏時間約30分にも及ぶ大作。2005年グラミー賞ベスト・クラシカル・クロスオーバー部門を受賞したアルバム『ギター・ヒーローズ』でメセニーの「レター・フロム・ホーム」をカヴァーしているLAGQが、メセニーに作曲を委嘱し、2016年に世界初演した。驚くべきことに、「Road to the Sun」は同じテーマやモティーフが6楽章全体を通じて何度も登場する手法、つまりクラシックで言うところの循環形式で作曲されている。しかも演奏を聴く限り、LAGQのメンバーひとりひとりに固有のテーマがあてがわれているような印象を受けるので、あたかもワーグナーの楽劇のように、個々のメンバーのキャラクターをライトモティーフで表現しているような錯覚すら覚える。
パット・メセニー
 「LAGQは、アンサンブルとしては以前からその存在を知っていたけれど、個々のメンバーが何を得意とし、また、どのような才能に恵まれているか、あまり知らなかった。そこで作曲に着手する前、まずはメンバーひとりひとりの特性を充分把握しておこうと思ったんだ。だからといって、彼らひとりひとりを頭に思い浮かべながら、メンバーごとにテーマやモティーフを当てはめていくような“当て書き”をした、というわけではないんだ。つまり、個々のメンバーの音楽性を知ることでアンサンブル全体の特性を把握し、それをオーケストレーションに活かしながら音楽を展開していった、と言ったほうが正確だね。メンバーひとりひとりの音楽的個性を知るため、多くの時間を費やしたことは事実だけど、曲そのものはメンバーを(ポートレートのように)描いているわけではない。曲のセクションごとに、どのメンバーが(特定のメロディやモチーフを弾くのに)もっとも相応しいのか、というオーケストレーションを考慮した結果だね」
 メセニー自身は、「Road to the Sun」の各楽章に説明的な標題(プログラム)を付していない。にも関わらず、リスナーは全曲を聴き終えた後、さまざまな情景を喚起する音楽と共に、何か長大な物語を読み終えたような充足感に満たされるはずだ。「Road to the Sun」をユニークたらしめている最大のポイントは、これまでクラシック・ギターのアンサンブル曲にあまり見られなかった豊かな物語性、つまりナラティヴな要素が音楽の中心を占めている点である。そのあたりは、作曲家としてどのように感じているのだろうか。
 「僕にとって音楽でもっとも重要なのは、演奏形態やジャンルに関係なく、ストーリーテリング(物語を伝えること)という要素だ。いま、君はナラティヴという言葉を使ったけど、それこそが僕の音楽のキーワードなんだ。記譜された楽譜であろうが、インプロであろうが、僕にとっては物語が重要だ。だから僕は、活動の初期からたんなるソング・フォームに収まらない音楽を書いてきたんだ。僕のアルバム、たとえば『ザ・ウェイ・アップ』は、CD全体がひとつの楽曲として構成されているよね。『オーケストリオン』もインプロの曲だけでなく、今回のアルバムと同じくらいの規模、つまり30〜40ページの楽譜に書かれた素材を演奏している曲がある。
 これまで45年近く僕が書いてきた作品と、今回のアルバムの最大の違いは、非常にシンプルだ。つまり、今回のアルバムではインプロがまったく含まれず、すべて記譜されているという違いだけなんだよ。
 もちろん、曲の長さに違いは存在する。短くてシンプルな曲の作曲は、それはそれで難しいけれど、長さは本質的な問題ではない。曲の長短に関係なく、僕の音楽の目標はつねにストーリーテリングなんだ。そのストーリーテリングをベストな形で実現するため、今までさまざまなコミュニケーションの方法を模索したり、さまざまなツールを確立してきたんだ。
 音楽の表現には、さまざまな演奏形態の可能性がある。僕が思うに、音符がそこにあれば、その音符にもっともふさわしい演奏形態という“翻訳”がかならず存在する。今回、クラシックというフォーマットを選んだようにね」
取材・文/前島秀国
Information
パット・メセニーへのインタビューの長尺版とジェイソン・ヴィオー、ウィリアム・カネンガイザー(LAGQ)へのインタビューを雑誌『CDジャーナル』夏号(6月18日発売)に掲載予定です。お楽しみに!
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