ストーンズたらしめる音楽を磨き上げた傑作の40周年記念エディションを聴く

ザ・ローリング・ストーンズ   2021/10/21掲載
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今年はローリング・ストーンズ1981年の傑作『刺青の男(Tatoo You)』のリリース40周年である。それを記念して『刺青の男』40周年記念エディションがリリースされる。オリジナル・アルバムの2021年最新リマスターを収めた1CDヴァージョン、それに「ロスト&ファウンド:レアリティーズ」と題された9曲のレア・トラックを収めたCDを加えた2CDヴァージョン、それに1982年6月ロンドン・ウエンブリー・スタジアムでのライヴ「スティル・ライフ」を収めた2CDを加えたスーパー・デラックス4CDボックス・セットなど4種類がリリースされる。
まずは『刺青の男』がどんな背景を持ったアルバムか簡単に触れておこう。
81〜82年にストーンズは大規模な全米ツアーを予定しており、それにあわせてニュー・アルバムをリリースする必要があった。ところがミック・ジャガーとキース・リチャーズの関係がこの頃悪化していて、新曲作りは遅々として進まなかった。そこでアルバムの共同プロデューサーであるクリス・キムジーは、ストーンズが過去のレコーディング・セッションで残した膨大な量の未発表音源を素材に新作を制作することをメンバーに提案。「音楽は良いワインのように熟成させる必要があるのさ」とはキースの弁だが、それらの音源に歌詞やメロディを付け足したり必要な楽器やヴォーカルをダビングするなどして、新作アルバムを完成させたのだった。もっとも古い音源は『山羊の頭のスープ』(1973年)時のもので、多くは『女たち』(1978年)『エモーショナル・レスキュー』(1980年)から。レコーディング・メンバーもその時代の参加ミュージシャンの演奏がそのまま採用されているので、「トップス」「友を待つ」の2曲には前メンバーのミック・テイラーが参加、「ウォリード・アバウト・ユー」では、テイラーが脱退して後任ギタリスト(ロン・ウッド)が決まる前にオーディション兼レコーディングに参加していたウェイン・パーキンスのプレイが聴けたりする。
録音時期も録音場所も参加メンバーもバラバラで、音楽的な志向もまちまちなはずの複数のセッションの音源をアップデートしまとめ上げたのはもちろんクリス・キムジーの功績が大きい。また81年というニューウェイヴ全盛の時代にふさわしいカッティングエッジでシャープな音像に仕上げたのは、ミックスを担当したボブ・クリアマウンテンの手腕だろう。
前作『エモーショナル・レスキュー』は、レゲエ、ダブ、ニューウェイヴなどにインスパイアされたと思われる空間を活かした実験的な音楽性となって、ストーンズらしいアグレッシヴでストレートなロックンロールを求めるファンには戸惑いも大きかった。ストーンズは10年一日のごとく一定不変のロックンロール美学を追求し続けているようなイメージがあるが、じつはそのつどのポップ・ミュージックの最新の動向にはきわめて敏感で、そうしたトレンドを躊躇なく取り入れ、しかも従来のストーンズらしさとうまくバランスを取って仕上げていく職人技に長けている。『エモーショナル・レスキュー』は、そのバランスがやや実験性に傾いた作品と言えるが、パンク / ニューウェイヴに首までどっぷり浸かって耳が変わってしまっていた当時の私は、こういう実験的な音楽性は若いニューウェイヴァーたちを聴いていればいいと思っていたし、ストーンズがやる必然性を感じなかったのである。
だがストーンズはしたたかだった。『刺青の男』にはまさにファンが求めるストーンズがあった。その印象は1曲目の「スタート・ミー・アップ」によるところが大きい。キース独特のオープンGチューニングによるイントロ一発でわかる、いかにもストーンズらしいグルーヴィなロックンロール。初めて聴いた時の、これこれ、これを待っていたんだよ、という鮮烈な実感はいまだに記憶に鮮明だ。しかもキースのギターも、チャーリー・ワッツのドラムも派手なエフェクトの使用で70年代までのストーンズとはまったく異なる質感で鳴っている。さまざまな小技を織り込んだアレンジも、けっして厚ぼったくならず空間を活かしたシャープでソリッドなミックスになっている。たんに自己の王道パターンをなぞったのではなく、ストーンズのロックンロールがパンクもニューウェイヴも通過したあとの81年という時代に向けて着実にアップデートしたことがわかる現代的な仕上がりになっているのだ。『エモーショナル・レスキュー』での実験が、いい形でフィードバックされている。メンバーが何もないスタジオでただ演奏するだけという無造作で飾らないミュージック・ビデオも、じつにストーンズらしくてかっこよかった。
この曲は『女たち』(1978年)のセッション時の曲で、当初はレゲエ・タッチの曲だった。その時の録音「スタート・ミー・アップ(アーリー・ヴァージョン)」が、今回の40周年盤の目玉のひとつだろう。ゆるいテンポのアーリー・ヴァージョンから、引き締まった筋肉質のロックンロールの完成版へと劇的な変貌を遂げた「スタート・ミー・アップ」こそが、『刺青の男』の成功を象徴している。
ボブ・クリアマウンテンのミックスは「ネイバーズ」でも冴えていて、スネアの音を強調し、ハイハットの音を抜いて、タイトでソリッドで硬質なタッチのサウンドに仕上げていて、同じリフとメロディを執拗に繰り返すストーンズらしい曲でありながら、ニューウェイヴの時代に対抗するようなカッティング・エッジな音像を手にしている。またモダン・ジャズの巨人ソニー・ソリンズが「友を待つ」など3曲でサックスをオーヴァーダブしているのも大きな話題を呼んだ。バラエティに富んだ曲調ながら、ストーンズらしい一本筋の通った痛快なロックンロール・アルバムに仕上がっているのだ。アルバムは全米チャート1位を記録。現在までのところ、ストーンズが全米1位を記録した最後のアルバムである。
40周年盤の最新リマスターは、よりクリアで分離のいい厚みのある音像になっていて、きわめて現代的な音になっており、これだけでも聴く価値がある。しかし40周年盤の最大の聴きどころは「スタート・ミー・アップ(アーリー・ヴァージョン)」を含む9曲の未発表ヴァージョンを収めた「ロスト&ファウンド:レアリティーズ」であろう。いずれも当時の音源にメンバーが新たにオーヴァーダブを施すなどして、従来ブートレグなどで出回っていたデモ音源とはまったく異なる完成度の高いヴァージョンになっている。つまりは「ロスト&ファウンド:レアリティーズ」は、オリジナルの『刺青の男』と同じ制作過程を辿ったと言っていい。なかでもジミー・リード、シャイ・ライツ、ドビー・グレイといったブルース〜R&Bのカヴァーが3曲収められているのに注目だ。デビュー・アルバムで「オネスト・アイ・ドゥ」を取り上げたのをはじめ、何度もカヴァーしているジミー・リードは、ここでは61年のヒット「シェイム、シェイム、シェイム」をやっている。むしろオリジナルよりも泥臭く黒っぽい仕上がりになっているのが最高だ。シカゴ出身のR&Bコーラス・グループ、シャイ・ライツの70年の楽曲「トラブルズ・ア・カミング」(アルバム『I Like Your Lovin'(Do You Like Mine?)』収録)は、ミディアム・テンポのファンク調に仕上げている。地下流出しているブート音源に比べるとギターなどがダビングされ、ヴォーカルは差し替えられており、コーラスが加えられてよりソウル色が強くなっている。たんなる未発表デモというよりも今の楽曲として洗練された音源という印象だ。
そして『山羊の頭のスープ』時のアウトテイクである「リヴィング・イン・ザ・ハート・オブ・ラヴ」は、70年代前半のストーンズらしいパワフルで豪快なロックンロール。これも細かくダビングや差し替えが行なわれ、2021年の音源として完成度の高いものになっている。“新曲”として紹介されてもまったく違和感のない仕上がりだ。
スーパー・デラックス4CDボックス・セットのみに収録のライヴ「スティル・ライフ」は、これも従来からブートレガーの間では有名だった音源だが、さすがに正規盤は音のクオリティが違う。この時期のライヴでよく演奏されていたが正式な音源としては残っていないビッグ・ボッパーのロックンロール・クラシック「シャンティリー・レース」のカヴァーがめずらしい。全体にテンポが速く勢いのあるエネルギッシュな演奏で、この時期のストーンズらしい。ちなみに81年のアメリカン・ツアーの模様を収めた同名の単独ライヴ・アルバムとは違う録音である。
『刺青の男』は、ストーンズをストーンズたらしめるような王道のロックンロールやブルース、R&Bを、81年という時代に合わせてブラッシュアップしたようなアルバムだった。続くアルバム『アンダーカヴァー』(1983年)は、ソウル、ファンク、ヒップホップ、ダブ、アフロビート、カリビアンまでも糾合した過激な仕上がりとなり、現役第一線のバンドとしての矜恃を示したカッティングエッジなアルバムとなった。時代の徒花とばかりに一瞬輝き消えていった若いニューウェイヴ勢を尻目に、彼らの成果を取り込み自家薬籠中のものにしたストーンズのしたたかさがここであきらかになったのである。
80年代以降のストーンズが時代に取り残されることなくトップに君臨し続けたのは、『エモーショナル・レスキュー』『刺青の男』『アンダーカヴァー』というまったく毛色の異なるアルバムを立て続けにリリースし、そのつど進化のあとを聴かせる懐の深さと時代を読む鋭いアンテナ、豊かな音楽的土壌があってこそだった。そして今回の最新リマスターによって、40年も前のアルバムは完全に“2021年の作品”として通用することがはっきりしたのである。必聴の傑作。ぜひ。
文/小野島 大
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