“シンガー・ソングライターとして”前に進むための一歩、山森大輔『銀のピストル』

山森大輔   2018/05/09掲載
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 ROCK'A'TRENCHでの活動を終え、2012年からソロ活動を開始した山森大輔が、ソロ3作目となる完全セルフ・プロデュースのミニ・アルバム『銀のピストル』を完成させた。近年、山森は関ジャニ∞E-girlsらの楽曲制作などでも腕をふるってきたが、今作ではそこで得たものを反映させながら、自分らしさに拘ったポップソングを表現。EDMにアプローチするなど、サウンド面での進化が鮮烈な印象を与えるのはもちろん、社会的な問題に目を向けた表題曲「銀のピストル」の歌詞は聴く者に強く訴えかける力を持ち、ソングライターとしての個性も伝わってくる。まずはここに至るまでの道を振り返りつつ、話を聞いた。
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――新作の話の前に少しだけこれまでのことを振り返っておきたいのですが、山森さんは高校からバンド活動を始め、大学進学後にSKA SKA CLUBにヴォーカルとして参加したんですよね。
 「はい。僕が入って本格的に活動したのは3〜4年。で、活動休止してからは4年くらい音楽をやってなくて、法律の勉強をしていたんです」
――ROCK'A'TRENCHで活動を始めたのは?
 「26歳のとき。そこから6〜7年やりました」
――ソロ活動を開始したのが2012年ということなので、今年で6年目。ということは、ROCK'A'TRENCHでの活動期間に近づいてきた感じですね。
 「そうですね。ほぼ同じくらいです」
――どうですか? ソロで始めた頃に思い描いた通りの活動ができているなと感じますか? それとも、多少は外れていながらも楽しくやれているという感じですか?
 「大いに外れているけど(笑)、状況はいいなという感じですかね。ROCK'A'TRENCHは、そのあとどうするかを考えないでやめたんですよ。ちょうどその頃に子供が生まれたので、これから法律の世界に進むのがいいのか、音楽を続けるのがいいのか、子育てをしながら3ヵ月くらい迷っていたんですけど、その3ヵ月くらいの間にバババっと10曲くらいできたので、とりあえずそれを世に出したいという気持ちが強くあって。それがソロを始めたきっかけだったんです。その10曲くらいが世の中にたくさん届けば、それでもうOKというようなスタートだったんですよ」
――これからずっとソロでやっていくぞ!と腹をくくって始めたわけではなかった。
 「最初は違いましたね。じゃあどうして音楽を続けることになったかというと、そのCD……『WONDERFULL WORLD』を自分の満足のいく形で出せなかったからで。当時の会社の人と意思疎通がうまくいかなかったりして、ちょっとこうバタバタしてしまい、表現欲が満たされなかったんです。一方、それからちょっとして、プロデュースをするようになったり、楽曲提供の仕事を始めたりして、それまで自分やバンドの音楽を作るためだけに必要だったスキルがひと様の役にも立つんだということに対しての喜びを感じるようになった。音楽制作にやりがいを感じるようになり、こういう活動の仕方もありだなと思ったんです。で、そのあともう一枚『REAL EMOTIONS』というアルバムを2015年に出したんですけど、それはそれとして外に向けての音楽の仕事をたくさんやるようになって」
――そうやって楽曲提供やプロデュースの仕事に充実感を覚えながら、シンガー・ソングライターとしての活動もやはり続けようとは思っていたわけですよね。
 「そうですね。完全にプロデューサーとかクリエイターのほうに転向しようという気はなかったです。だから、そっちに充実感をもってエネルギーを注いでいるときでも、月一くらいでコンスタントに弾き語りのライヴを続けてました。弾き語りは鍛えられるので、それは続けてよかったなと」
――現在のモードはどうなんですか? シンガー・ソングライターとしての自分の表現をより強く出していきたいという気持ちが強まっているところもあるんですか?
 「はい、あります。まさしくそれが今作であり、今はもう次の作品のことも考えているところで。ひとりでやっていく以上、やっぱりバンドマンのときとは違うスキルが必要なわけですけど、それはここ数年の制作仕事を通して一通り身に着いた感じがしてるんです。要するに、修行がひと段落したというか。だから、ここからはそれを活かしながら自分自身の音楽を頑張ろうと思ってるところなんです」
――ソロ活動を始めて6年が経ち、改めて今、本格的にシンガー・ソングライターとしての活動を充実させるんだという気持ちのスイッチが入ったわけですね。
 「はい」
――わかりました。ではそういう気持ちで作った新作の話をしましょう。まず、作り始める前にテーマのようなものはあったんですか?
 「ありました。今回は的を絞って、80sとエレクトロというのをキーワードにしたんです」
――なぜ80s?
 「僕自身、80年代に幼少期を過ごしたので好きなジャンルでしたし、一周して今また流行っているということもあって。流行り始めた頃に“お、ようやくきたな”って思ったんですよ。THE 1975とか、僕より一回り若いけど、センスがよくてすごい好きなんです」
――自分のルーツに立ち返ろうというようなところもあったわけですか?
 「いや、80sをルーツと言ってしまうとおこがましいんですけど。僕がニューヨークに住んだのが10歳のときで、それは1989年だったから、いわゆる80sのヒット曲はちょっと前のものとして浴びていたので」
――なるほど。じゃあ、エレクトロをキーワードにしたのはどういうところから?
 「EDMを好きになったんですよ。アヴィーチーを聴いて、いい曲だなって思ったのと同時に、曲の構成に関して衝撃を受けまして。それまでの音楽とは全然違う曲構成で、“サビに入った瞬間にドラムが抜けるって、どういうこと?!”って思って。しかもサビが終わったあとの間奏で一番盛り上がる。それまでの僕にとってのポップスの概念が覆された感じがしたんです。“なんてイケてるアイディアなんだろう!”と。それで、“オレもこれ、やりたい!”って思っちゃって」
――無邪気にそこに突進していったと。
 「はい。とにかくEDMを聴きまくって。あと、YouTubeに“EDMはこうやって作るんだぜ”ってあげてる外人さんがいたりするので、そういう動画を探しては画面をとめて拡大して、“なるほど、こういうソフトを使ってるのか。よし買おう!”って」
――それなりにお金もかかりますよね。
 「かかりましたね。でもブラックフライデーとかセールのあるときに、まとめてどーんと。奥さんにバレないように(笑)」
――ははは。じゃあ徹底的にEDMを勉強して、ソフトも揃えて、現在進行形のサウンドを用いた上で、今の自分を表現しようと。
 「そうです」
――因みに今回はミニ・アルバムという形になりますが、フル・アルバムを作るより、とにかく少しでも早く今の表現を外に出したい、届けたいという気持ちが強かったからそうしたわけですか?
 「その通りですね。もともと僕はアルバム派で、一枚を通して聴くのが好きだったんですけど、さすがに最近はアルバム単位で聴くことが減ってきてて。パッと出てきたポップスのキラメキを、たくさん打ちあがってる花火を見るような感覚で楽しむのが現代の音楽の楽しみ方だなとも思うし、僕自身、今はシングルの延長のEPっぽい形でどんどん出していくことに興味があったものですから」
――腰を据えてじっくりフル・アルバムを作ろうというモードではなかった。
 「もちろんまたそういう気分になるときもあるでしょうし、フル・アルバムという枠のなかで物語を作っていくのも好きではあるんですけど、やっぱりフルとなると労力もかかる。特に僕の場合、ソロは全部自分でやるというのがテーマとしてあるものですから。楽器もプロデュースもミックスも全部自分でやる。だから1stアルバムも2ndアルバムも気が遠くなるような時間がかかって。今はじっくり時間をかけて作り上げることよりも、もっと頻繁に出すっていうふうにしていきたい気持ちが強いんです。それなりにスキルがあがったというのもあるし、曲数もフル・アルバムの半分ということもあるけど、今回、かかった時間は(以前のアルバムの)4分の1以下なんですよ」
――全部自分でやりたいという気持ちは、ソロを始めた当初からあったんですか?
 「バンド時代からあったはあったんです。冨田恵一さんも何かのインタビューでおっしゃってましたけど、コントロール・フリークの気があるみたいで」
――となると、バンドでやっていくのは難しいですよね(笑)。
 「そうなんですよ。それがメンバーと揉める原因でもあったりしたんですけど。ソロは制約もないし、機材も進化してるので、家でマスタリングまでできる時代になった。いよいよ僕の時代がきたなと(笑)」
――では、1曲ずつ話を聞かせてください。まず表題曲の「銀のピストル」ですが、歌詞のテーマは幼児虐待。まあ、その言葉を使うとそれだけで意味が限定されてしまうところがありますが、そのことについて思うところがあったから作った曲であることは間違いないですよね。
 「そうですね。僕自身、この曲を説明するときに“幼児虐待がテーマで”って話すこともあるんですけど、そうじゃない言い方をしたいという気持ちもちょっとあって。なんていうか、応援したい気持ちがあるんですよ、そういう境遇におかれた子供たちを。僕自身は恵まれた家庭環境に育って、父と母は互いにリスペクトし合ってたけど、そうじゃない家庭も僕はたくさん知ってますし、そういう家庭なり情報なりに接したときに、すごくこう揺さぶられるところがあって。バンド時代に所属していた事務所が養護施設に匿名でずっと寄付をしていて、僕らも何度か慰問という形で行って演奏してたんですね。その当時『ゲゲゲの鬼太郎』のエンディングに使われた曲(「カクメイノウタ 〜Diggin' 〜」)があったので、子供たちも喜んでくれるかなってことで。そのときの子供たちの様子がずっと心にひっかかってまして」
――どういう様子だったんですか?
 「子供だから屈託がないんですけど、心に穴があいてるような部分も同時に見えて。そういう子供たちの心の欠けた部分をちょっとでも丸くしてあげられるのがアーティストのパワーだと思って演奏したんですけど、子供たちにとっては僕らがいい演奏をすることよりも有名でよく知ってるアーティストが来るほうがやっぱり嬉しいわけですよ。そのときにヒット・グループになりたい、ならなきゃって思ったんですね。それで“いっちょやってみよう!”ってことでJポップ路線に舵を切ったりもしたんですけど、やっぱりメンバーとの関係性だったり音楽性だったりのことでいろいろあって長続きしなかった。やがてバンドは活動休止することになったわけですけど、僕自身の心のなかにはあのとき養護施設で目にした子供たちのことがずっと残っていて。で、今回、この曲のトラックが先にできて、どんな歌詞にしようかと考えたときに、自分のなかでストンと落ちた。ずっとひっかかってたあのことをこのトラックに乗せて歌おうって思ったんです」
――何年もずっと山森さんの心にひっかかっていたことだったんですね。
 「同じような話を聞いては思い出して反応してしまったり。最近特にそういうニュースが多いじゃないですか。だから心のフックにずっとひっかかっていたものが、今ポロッと落ちたのかもしれないですね」
――“銀のピストル”というのは、そういう子供にとっての仮想の武器というか、心のピストルというか。山森さんとしては、「キミにもそういうものがあるんだよ」と伝えたかった。
 「うーん。というか、僕がこの曲を聴いて揺さぶられてほしいのは、子供じゃなくて大人なんです。子供が聴くということは考えないで作った。例えば僕が今、養護施設に慰問に行ったとしても、この曲は歌えない」
――ああ、確かに「新しい父さんは僕を殴って ママはそれを見て見ないふりする」というところなどは……。
 「聴かせられないですね。でも大人には響くと思うんです」
――そういう歌詞ではあるけど、曲調は明るい。それは、あえてそうしたんですよね?
 「うん。明るい曲で悲しいことを歌ってるもののほうが僕には刺さるんですよ。そういう表現方法が好きなんです。暗いトーンで暗いことを歌うことは、僕はしないですね。それは好みの問題でもありますけど、そもそも僕のこの声に暗いものが合わない。そういう曲もなくはないけど、あとで聴き返してもあんまり好きになれないんです」
――特にこの曲に関しては、そういう現実を憂いたりするのではなく、希望を持たせたいわけですもんね。
 「その通りです。だからヴォーカルに関してもエモーショナルになりすぎないよう意識しました。楽しいことを歌ってるみたいにライトに歌う。それでもところどころ、どうしても感情がグッと入っちゃうところは入っちゃうわけで」
――この曲は本当に広く聴かれることになるといいですね。
 「はい。特にやっぱり、子供を持つ親にたくさん聴いてもらいたいですね」
――続いて2曲目「Radio La La La」。トラックは「銀のピストル」の感じに近いものですが、それは意図的に?
 「意図的です。80sとエレクトロというキーワードが出て最初にできたのがこの曲なんですよ」
――歌詞はほぼ英語ですけど、英語詞のほうが書きやすい?
 「英語だと抽象的でもそこから意味が滲みやすいところがある。韻を踏むと詩的にもなるし、書いてて楽しいですね」
――この曲は明るくて開放的だし、海沿いをドライヴしてるときにラジオから流れたら最高に気持ちいいでしょうね。
 「ああ、嬉しいですね。そんなふうに聴いてもらえたら最高です。夜の首都高もいいかもしれませんね」
――ラジオ・フレンドリーってところは、曲を書いていて意識するところですか?
 「どうしてもしちゃいますね。ラジオ・フレンドリーってことは、つまりパキっとした曲ってことだと思うんですよ。よくできたポップスはやっぱりラジオに向いてると思うし、そういうのが好きです」
――3曲目は「Can't U See?」。
 「このなかで一番古くて、バンド時代に関ジャニ∞さんに提供した曲なんですよ」
――ほかの曲と違って、これだけAメロ、Bメロ、サビというふうにメロディが動きながら展開していく。その頃のほうがメロディに動きのある曲を作っていたんですかね。
 「そうかもしれないですね。今作のほかの曲はトラックとして作っているけど、これは歌ものとしてアコギで作っているので。この当時はJポップ・ヒットみたいなことを考えて作っていたんですよ。コブクロさんの曲がいくつもチャートに入ってた頃だったので、Aメロ、Bメロ、サビみたいなことをちゃんと意識してたんです」
――なるほど。僕は90sのR&Bっぽくも聴こえました。
 「あ、それもちょっと意識しました。細かい16分の裏ノリの感じとか。ベタベタしたものは歌いたくないから、少し洋楽っぽさも入れて」
――セルフカヴァーするにあたって意識したのは、どんなところですか?
 「実はこの曲、最初に作ったときはこの打ち込みの感じだったんですけど、(関ジャニ∞に)歌ってもらえることになった段階で河村カースケさんや三沢マタロウさんといった一流ミュージシャンたちとナマのサウンドでやれることになった。もちろんそれはそれで作ったときとは全然違ういい仕上がりになったんですけど、でも打ち込みで作ったオリジナルの方もかっこいいから聴いてほしいという気持ちがあって。だからセルフカヴァーと意識せずに歌えましたね」
――4曲目は「Dance Baby Dance」。これがもっともEDMらしい曲ですね。でも山森さんのヴォーカルは温かみがあるので、エレクトロといえどもヒンヤリした感じにはならない。それはほかのひとにはない明確なオリジナリティだと思うんですよ。EDMでありながら、サーフミュージックのような感覚もそこに含まれているというか。
 「ああ、そう言われるとそうですね。僕がやると自然にそんな感じになっちゃうんですよ」
――歌詞も面白い。ジュブナイルSFのように夢がある。
 「手塚治虫さんがすごい好きなんです。『火の鳥』で宇宙に行ったりするじゃないですか。そう、『宇宙編』。ああいう世界観からの影響ですね」
――5曲目はMVにもなっている「フルムーンの彼女」。幽霊の女性に恋をするというストーリーが面白いですね。
 「ショートフィルムを見せるようなイメージが頭にあって書きました。映画『ゴースト / ニューヨークの幻』のイメージもありましたね。あれっていろんな要素が入ってるじゃないですか。ロマンティックだったり、ファニーだったり、切なかったり。そういうのが合わさったものを見せたいなと」
――なるほど。そして6曲目には「銀のピストル」のアコースティック・ヴァージョンが収録されています。5曲目まではトラックに特化した打ち込み曲が並んでいて、最後にアコースティック曲が入るというのは、山森さんの拘りだったんじゃないですか?
 「実はスタッフと打ち合わせしているなかで、ミニ・アルバムとしてボリューム感を出すためにもう一曲何かあったほうがいいよねってことになって、このヴァージョンを入れたんです。ライヴではこの形で歌っていて、それも気に入ってたので」
――あ、そうなんですか。でもこのヴァージョンが最後に入ったのはすごく大きいし、シンガー・ソングライターとしての根っこの部分を表現したという意味で、とても意義深いことだと思いました。
 「そう思ってもらえると嬉しいです。友達に打ち込みのほうの〈銀のピストル〉を聴かせたら、“こういう歌詞なんだから、もっと普通の音で聴きたい”って言われて(苦笑)。まあ、そういう声もあるようなので、こっちも入れられてよかったです」
――アコースティック・ヴァージョンを除くと、サウンド的にもいろいろ冒険しながら進化を伝えてくるミニ・アルバムだと言えそうですが、次の作品ではこのサウンドをもっと突き詰めて進化させようと考えているのですか? それとも、このサウンドはこれで納得したので次に進もうと思ってますか?
 「後者ですね。これはこれでやりきれたというか、サウンド的に満足のいくものができたので。こういうサウンドを好きなひとが聴いたら“イエイ!”ってなれるものを作れたと思うんですよ。だから次に進みたいと思ってます」
――もう次の作品も考えているんですよね。
 「年末にもう一枚ミニ・アルバムを出そうと思っていて、曲ももうできてます。そしてまた来年も作品を出すつもりです」
――おお! 今はどんどん出して、自分の表現の広さを提示したいということですね。
 「はい。僕、けっこう多作なタイプなんですよ。なので、今までは2年に1枚ぐらいだったけど、ここからは続けて出したいと思っていて。その第一弾が今作という感じですね。楽しみにしててください」
取材・文 / 内本順一(2018年4月)
山森大輔“銀のピストル”release weekend LIVE
はや亭vol.27

www.daisukeyamamori.com/
2018年5月13日(日)
東京 下北沢 ERA
出演: ストライクカンパニー(BAND set) / ツジケイタ / 山森大輔(BAND set)ほか
開場 17:00 / 開演 17:30
前売 2,800円 / 当日 3,300円(税込 / 別途ドリンク代)


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