[こちらハイレゾ商會]第97回 ザ・ビートルズ『レット・イット・ビー』スペシャル・エディション
掲載日:2021年11月9日
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こちらハイレゾ商會
第97回 ザ・ビートルズ『レット・イット・ビー』スペシャル・エディション
絵と文 / 牧野良幸
『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』以来続いているビートルズのスペシャル・エディション。ついに『レット・イット・ビー』もハイレゾで出た。聴いたのはスーパー・デラックスで、本編の2021年新ミックス、“ゲット・バック・セッション”の一部の音源、そしてグリン・ジョンズの1969年ミックス『ゲット・バック』などを収録している。
ビートルズの作品で『レット・イット・ビー』ほど残された音源が注目されるアルバムもない。LPが発売された1970年代初頭、僕のようなビートルズ初心者、それも地方の中学生にさえ未発表音源の存在が耳に入り気になったほどだ。『サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド』や『アビイ・ロード』の未発表音源にはそこまで興味はない。人気の高い“ホワイト・アルバム”でもそうだ。
なぜか。ビートルズの制作する様子を見せるという“ゲット・バック・セッション”のコンセプトは『ゲット・バック』の制作中止でいったん崩壊したけれど、ビートルズ・ファンはずっとそのコンセプトに惹かれ続けているのかもしれない。『レット・イット・ビー』と未発表音源はコインの表裏のように一体なのだ。
あれから50年余りがたち、今や未発表音源のお蔵出しが当たり前の時代である。アルバム『ゲット・バック』や“ゲット・バック・セッション”など、それまで海賊盤でしか聴けなかった音源が正規にリリースされたのだから感無量だ。それもハイレゾ(96kHz/24bit)という極めてアナログ・ライクな音で聴ける。長生きはしてみるものである。
まずはフィル・スペクターの制作した『レット・イット・ビー』の、新ミックスを聴いてみよう。
最初の「トゥ・オブ・アス」。アコースティック・ギターの細やかな音、シンバルの綺麗な減衰音を聴いただけで新ミックスに納得する。ヌケの良くなった音場は蒸留水のように透明感がある。ヴォーカルにも空気感を感じた。今回の新ミックスも、これまでどおりオリジナルのスタイルを尊重しながらいい音に仕上がっていた。
『レット・イット・ビー』収録の曲は大雑把に書くと二つのスタイルがある。「ゲット・バック」や「アイヴ・ガッタ・フィーリング」などのシンプルなロックと、「アクロス・ザ・ユニヴァース」や「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」などオーケストラをオーヴァー・ダビングした曲だ。
新ミックスの音でそれらがどうなったかというと、「ゲット・バック」などのシンプルなロックはより力強いロックのサウンドになった。存在感の薄かったジョージの「フォー・ユー・ブルー」でさえ、力強い演奏になると4人の団結力を感じてしまうほどだ。この曲は新ミックスで格上げをしたい。
もう一つのスタイル、「アクロス・ザ・ユニヴァース」や「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」といったフィル・スペクターが大胆にオーケストラやコーラスを施した曲。こちらも新ミックスの効果は歴然だ。ストリングスのきめ細やかな音にウットリする。ロックというよりクラシックかイージー・リスニングのオーケストラを思わせる上品さ。とくに「ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード」のエンディングでオーケストラだけになるところは、ビートルズとは違う音楽を聴いているかのよう。
もちろんそれでフィル・スペクターの仕事を否定するつもりはない。ビートルズ・ファンとしては2021年ミックスも楽しんで聴こうと思うし、実際に新ミックスを聴くのは楽しい。
フィル・スペクターの前に制作を任せられていたグリン・ジョンズの『ゲット・バック』1969年ミックスがハイレゾで聴けることも注目だ。今まで海賊盤でしか聴けなかった音源。レコードであれCDであれ音質は心許なかった。しかしこうして正式に発表され、我が家のステレオ・システムで堂々ハイレゾ再生してみると、その音にはびっくりするばかりである。
ビートルズが当初目指したシンプルなロックが見事に収録されている。問題は中途半端な喋りの部分とか、アルバムとしてのつめの甘さであるが、それもいい音で聴くと海賊盤で聴いていたほどには気にならない。むしろそういう未完成なところが“ホワイト・アルバム”と同じように聴く者を魅了するのではないか。これは永久保存版としたい。
“ゲット・バック・セッション”でのアウトテイクやジャムの音源も同様である。これらもいい音で聴くと散漫な感じが後ろにひき、ビートルズの制作の様子を逃さまいと耳を傾けてしまう。
このように『レット・イット・ビー[スーパー・デラックス]』は今までになく楽しめる内容だ。正直、膨大な未発表音源やデモは1回は聴いても、何度も聴き返すことは少ない。しかし本作は全57トラックを何度も楽しめそうだ。
ハイレゾは全トラックを一気に再生できるので、本編の「ゲット・バック」演奏後の“バンドがオーディオションに合格するように”というジョンの冗談から、「モーニング・カメラ(スピーチ) / トゥ・オブ・アス(テイク4)」冒頭の会話に流れるように聴けてしまう。それもまた一興だ。



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