[注目タイトル Pick Up] “青白い火花が散る! チェリビダッケとベルリン・フィルのブルックナー第7番 / “特異な年”1991年から30年、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が192kHzで登場
掲載日:2021年11月22日
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注目タイトル Pick Up
青白い火花が散る! チェリビダッケとベルリン・フィルのブルックナー第7番
文/長谷川教通





 セルジュ・チェリビダッケとミュンヘン・フィルによる録音は、すでにシューベルトの「未完成」やドヴォルザークの「新世界より」などが配信され話題となっているが、何と言っても音楽ファンの期待はブルックナーだろう。いよいよ交響曲第4、6、7、8番がいっきにリリースされた。さらに伝説の名演と言われるベルリン・フィルとの第7番のライヴ録音も加わった。これは嬉しい。第2次大戦後、フルトヴェングラーが活動できなかった時期にベルリン・フィルを指揮し、フルトヴェングラーの後継と目された時期もあったのに、彼の歯に衣着せぬ物言いや妥協を許さない性質もあってオケとの関係は破綻し、1954年以降ベルリン・フィルの指揮台に立つことはなかったが、1992年3月31日と4月1日、当時の連邦大統領ヴァイツゼッカー直々の計らいによってシャウシュピールハウスでブルックナーの交響曲第7番を振った。38年ぶりのベルリン・フィルへの帰還だった。長い間カラヤンの指揮で響きに磨きをかけてきたオケと、カラヤンとは真逆の音楽性を求めて楽譜の隅々まで徹底的に解析し、1小節ごとに響きをコントロールするチェリビダッケとのぶつかり合いは、青白い火花が散るような緊迫感だ。テンポは遅いが、だからといって張り詰めた意識の持続が途切れることはない。各楽器の輪郭は明確で響きの見通しも良い。オケと指揮者の化学反応が生み出した一期一会の名演だ。一方、1979年から首席指揮者を務めるミュンヘン・フィルの録音と比較すると興味は何倍にも膨れ上がる。オケの響きはいくぶん暖色系になり、チェリビダッケの指示する細かい局面での響きの変化、どの音にアクセントを置くのか、おそらくボウイングの強弱や弓圧にまで指示が入っているのではないか。それに応えようと熱を込めるオケ。彼らでなければ出せない響きが空間に漂い出す。第2楽章のすばらしさ……指揮者とオケの絆の深さを感じさせられる。かつてベルリン・フィルを離れてから、ヨーロッパ各地やアメリカなどで国際的な客演指揮者として生きたチェリビダッケが、最晩年にミュンヘン・フィルで創り上げた響きは、まさにオンリーワンの世界。第4番では南ドイツの雄大な風景を彷彿とさせるし、第6番、第8番の壮大なオケの鳴りとピアニシモのすごさに圧倒される。



 もうすぐクリスマス。昨年は新型コロナウイルスの蔓延で、日本でも静かなイブを過ごせたけれど、今年はどうなんだろうか。クリスマス本来の宗教的な意味を考えると、ただのお祭り騒ぎは謹んで、クリスマスにちなんだ音楽を聴きながら過ごしたいと思う。そんな人にオススメのアルバム。今回はカナダのケベックから二つのアルバムを紹介したい。ケベックといえば世界遺産の街並みに明かりが灯って美しい冬の季節。この時期はかなりの寒さで、クリスマスのイメージにぴったり。最初のアルバムは“NoëL”。歌うのはアンサンブル・ヴォーカル・アーツ・ケベック。40年以上もの歴史を持つ合唱団で、現在“ART CHORAL=合唱の芸術”という16世紀から21世紀にわたる50人の作曲家によるシリーズのコンサートや録音に取り組んでおり、“NoëL”はその第7集にあたる。フランス、イギリス、ドイツのクリスマスの歌に、プーランクの「クリスマスのための4つのモテット」を組み合わせたプログラムになっており、「きよしこの夜」や「グリーンスリーブス」の旋律で知られる「みつかいうたいて」「もろびとこぞりて」「ああベツレヘム」など、日本でもよく知らた歌が収録されている。ときどきリコーダーの音色も入るがほとんどがア・カペラ。シンプルで素直な歌声に聴き入ってしまう。次のアルバムはラ・シャペル・ド・ケベックによる『Le chemin de Noël』。ケベックはフランス語圏なので英語では『The Road To Christmas(=クリスマスへの道)』になる。1985年の創設以来カナダを代表する合唱団として活動しており、このアルバムではコントラルトのソロ、ハープ、オルガンを加えた編成で、より壮麗なサウンド。曲間には朗読も入って、2時間20分を超える大作となっている。長年音楽監督として合唱団を率いてきたベルナール・ラバディによれば“音楽と詩と精神の3つが幸福のもと組み合わされた、理想のクリスマス”とのこと。このような時間を過ごしながら一年の出来事を思い返す……クリスマスを待ち望む意味なのだと思う。ケベックの美しい風景を思い描きながら穏やかな時間が流れていく。

新倉瞳
『11月の夜想曲』


(2020年、2021年録音)

 ソリストとしてオーケストラとの協奏曲を弾くのはもちろん、室内楽の奏者として、コンサートからCM、さらにチューリッヒを拠点とするクレズマー・バンドの一員としても活動し、いまや各方面から引っ張りだこのチェリスト新倉瞳が、意欲あふれるアルバムをリリース。ハイレゾ配信ではWAV、flac、DSDと多様なフォーマットが用意されているが、今回の試聴はflac384kHz/24bitで行なった。さすが最高スペックの解像度。圧巻の空気感が楽しめる。世界初演&初録音がずらりと並ぶという画期的なコンセプト。気鋭の作曲家に新倉自身が委嘱した作品だ。アルバム・タイトルの『11月の夜想曲』はファジル・サイの協奏曲からとっているが、彼は人気のピアニストであるとともに作曲家として注目されている鬼才だ。チェロのテクニックを多彩に使いこなした作品で、オケは飯森範親指揮の東京交響楽団。さらに日本の作曲家が続く。人気の藤倉大の「スパークラー~チェロのための」はチェロのソロで、重音に弾ける音&こする音がちりばめられた斬新な作品。挟間美帆の組曲「イントゥー・ジ・アイズ」は、塚越慎子のマリンバとチェロの共演で、二つの楽器が創り出す空間の拡がりや距離感の表現は、これぞハイレゾ! 佐藤芳明のアコーディオンが鮮やかな「2つの楽器のための2つのカノン」も聴き応えあり。和田薫の「巫(かんなぎ)~チェロと和太鼓のための」は林英哲の和太鼓との共演だ。この和太鼓はスピーカー泣かせだ。壮絶な低音域の音圧感を再現できるだろうか。ましてや連打したときのアタックと空気の唸りがすごいので、ヤワなウーファだとドロドロの低音になってしまうかもしれない。そしてアルバムの最後は、新倉が“大好き”だというクレズマーのメロディをアレンジした「ニーグン」。チェロの音色に自身の歌声、さらにマリンバとアコーディオン、和太鼓も加わる。何という豪華メンバーだろうか。音楽仲間の気持ちの通い合いが伝わってきて、音楽することの愉しさを感じさせてくれる素敵なアルバムに仕上がった。

“特異な年”1991年から30年、ニルヴァーナ『ネヴァーマインド』が192kHzで登場
文/國枝志郎

 1991年という年はロックにとって特異な年だったと改めて思う。ガンズ・アンド・ローゼズの『USE YOUR ILLUSION I&II』やメタリカの『Metallica』がリリースされて大きな話題となったのはロック好きならご存じだろう。しかしここで取り上げたいのはもう少しオルタナティヴな感性を持ったロックの名盤である。たとえばマイ・ブラッディ・ヴァレンタインの『LOVELESS』。たとえばプライマル・スクリームの『SCREAMADELICA』。ロックとはちょっと違うかもしれないけどマッシヴ・アタックの『Blue Lines』なども挙げたいし、ティーンエイジ・ファンクラブの『Bandwagonesque』、ダイナソーJr.の『Green Mind』、ニール・ヤングの『Weld』『Arc』、The KLFの『The White Room』……時代を確実に変えたこれらの名盤がみんな1991年にリリースされていたのは、今考えても圧巻だったなあと思うわけである。さて、そういう名盤だから、今年はさぞかし“30周年記念盤”が出るだろうと期待していたのだが……。15時間以上の音源を集めたメタリカの30周年記念盤はさすがに他者の追随を寄せ付けない壮絶なセットだったが、期待のマイブラは結局カタログの再発のみだったし、プライマルはオリジナルの再リマスターはなく(まあ20周年の時にマイブラのケヴィン・シールズによってリマスターされているので、それはそれでいいんだけど)デモ・トラックを集めたアルバム『デモデリカ』が出たのみ。マッシヴ・アタック、ティーンエイジ・ファンクラブ、ダイナソーJr.からは新しいものは出てこなかった(The KLFはストリーミングで過去のカタログを配信しはじめたけどね)。せめて……と思ったハイレゾ配信も今のところ影もかたちもない(涙)。
 そんな中、このニルヴァーナの『ネヴァーマインド』はさすがの対応。フィジカルではリマスターやライヴをてんこ盛りした5枚組CD+Blu-rayのスーパー・デラックス・エディションなど、相当な物量が投入されていて圧巻。今のところハイレゾに関してはオリジナル・アルバムの13曲のみなのがやや残念だが、今回はオリジナルの1/2インチ・ステレオ・アナログ・テープから新たにリマスタリングされていること、これまで出ていた同盤のハイレゾが96kHz/24bitだったのに対し、30周年盤は192kHz/24bitとスペックアップしていることがポイントだ。さて、あなたのシステムはこの新しいリマスターをどのように再生してくれるだろうか?


 ニルヴァーナと並んで、個人的にも30周年のイベントがないかなとひそかに期待していたのがニール・ヤングだ。ニールが1991年にリリースしたライヴ・アルバム『Weld(ウェルド~ライヴ・イン・ザ・フリー・ワールド)』と、その姉妹編とも言えるノイズ・アルバム『Arc』である。ニルヴァーナやパール・ジャムをはじめとするグランジ・ムーヴメントの真っ最中に発表され、ニール・ヤング現役! を高らかに宣言したアルバムだった。80年代のニール・ヤングがともすると迷走を繰り返していたという思いが強かっただけになおさらである。いささか正体不明のテクノ・アルバムをリリースしたり、ロカビリーやカントリーばかりのアルバムを作ってみたりと、とにかく焦点の定まらない活動が多かったのは衆目の一致するところだろう。そんな彼もアルバム『Life』(1987年)でかつての仲間クレイジー・ホースと組んで第一線に復帰。続く『Freedom』(1989年)、『Ragged Glory(傷だらけの栄光)』(1990年)という傑作を作ったことで見事な復活を果たすのである。『Ragged Glory』のリリース後のライヴを収めたのが『Weld』で、ソニック・ユースを前座に起用したライヴということも手伝ってか、当時のグランジ・ブームにも負けない荒削りなパワーが発揮された名ライヴ・アルバムとなったし、そのライヴにおける“ノイズ”のみを抽出した『Arc』も、そうした自由なグランジ・ムーヴメントの中ではむしろリスペクトされる要因ともなった。その衝撃から30年。さあ、なにか来るかと思っていたら……あれま、思いもかけぬアルバムが出てきたぞ。『Weld』でも『Arc』でもなく、前述した“正体不明のテクノ・アルバム”こと『Trans』が!
 あらためて聴いてみよう。1曲目は従来のニール・ヤング路線なので油断すると思うが、2曲目(タイトルは「Computer Age」!)からはヴォコーダーのロボ・ヴォイスとノイズが盛大に鳴り響く。これがとにかく当時のファンを大いに面食らわせたのである。ハイレゾ好きなニール・ヤング御大のことだからいずれは全アルバムをハイレゾで出してくるだろうなと思ったけど、2021年に30周年の『Werd』ではなくてあえてニールの盤歴でも異色中の異色と言えるこのアルバムをハイレゾ(192kHz/24bit)で聴き込むというのも、一筋縄ではいかない存在としてのニール・ヤングにふさわしい行為かもしれない。それにこれ、案外メロディがいいなと気付かされたりも。


 バッファロー・ドーターの、1996年にビースティ・ボーイズが主催するレーベルGrand Royalからリリースされたファースト・アルバム『Captain Vapour Athletes』がハイレゾ(44.1kHz/24bit)で堂々の登場だ。
 バッファロー・ドーターはシュガー吉永(ギター、ヴォーカル、TB-303)、大野由美子(ベース、ヴォーカル、エレクトロニクス)、ムーグ山本(ターンテーブル)の3人からなるれっきとした日本のバンド(結成は1993年)だが、ルシャス・ジャクソン(バッファロー・ドーターより一足早くGrand Royalからデビュー)の来日公演の際、彼女たちにデモテープを渡したことがきっかけで彼らもGrand Royalと契約し、アメリカ・ツアーも行なうなど当初から海外でも活動を繰り広げていた。Grand Royalからはセカンド・アルバム『New Rock』(1998年)とリミックス・アルバム『WXBD』(1999年)をリリースし、続く『I』(2001年)はLAのレーベルEmperor Nortonから、『Pshychic』(2003年)、2006年『Euphorica』(2006年)はV2 Recordsよりワールドワイドに発売されたために、今でも世界中にファンベースを持つユニットなのである。近年はセルフ・レーベルBuffalo Ranchを設立したり、メンバーのソロ活動(シュガー吉永のMETALCHICKS、大野由美子のHello, Wendy!など。女性ばかりのシンセ・バンドである後者のアルバム『No.9』は秀逸なハイレゾ・アルバムでもあり、当欄でも取り上げている)も積極的に行なってきたが、今年2021年9月にはじつに7年ぶりとなるバッファロー・ドーターとしてのアルバム『We Are The Times』が登場。そこには彼らがまだユニットとして進化し続けている事実がくっきりと刻印されていて、聴き手を安心&狂喜させた記憶がまだまだ鮮明なところに、こうして彼らの原点であるファースト・アルバムがハイレゾでリイシューされたのはいいタイミングだと思う。
 セカンド・アルバム以降から顕著となる反復電子音響はまだ片鱗程度しか見当たらないが、アシッド・ベース・マシンTB-303を駆使し、タイトルにまで援用した10分以上に及ぶ「LI303VE」などに聴ける実験的アプローチは今聴いても圧巻。ジャーマン・ロックに再接近したセカンドのハイレゾ化、それ以降のアルバムのハイレゾ化も待たれるところだ。

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