史上初のクラシカルDJ / 指揮者、Aoi Mizunoが開く“ミレニアル世代のためのクラシックの入り口”

Aoi Mizuno(水野蒼生)   2018/09/26掲載
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 お台場の観覧車の下を通り抜けると、そこには“異次元クラシック”の世界が広がっていた――。今年創立120周年を迎えたクラシック最古のレーベル、ドイツ・グラモフォン(DG)がコンサートホールを抜け出し、よりリラックスした雰囲気でクラシック・ミュージックを楽しめることを目的に始めたクラブ・イベント“Yellow Lounge”。クラシックの超一流アーティストたちがクラブで演奏するという、今までになかった斬新なアプローチが大きな反響を巻き起こし、第1回の独ハンブルクでの開催以降、若い世代を中心にチケット争奪戦が繰り広げられる人気イベントとして成長した。日本では2012年に実験的な形で一度開催されたことがあるが、それから6年が経過した今年2018年9月12日(水)、〈Yellow Lounge Tokyo 2018〉として日本に本格上陸を果たした。
 場所はZepp東京の隣、ちょうどお台場の観覧車の真下に位置する“森ビル デジタルアート ミュージアム: エプソン チームラボ ボーダレス”(以下、チームラボ)。開演までチームラボのデジタルアートを存分に楽しんだ後、そのままイベントに参加してもらうという粋な趣向だ(もちろん、演奏中もチームラボのプロジェクション・マッピングはそのまま継続)。また、この日は電子楽譜専用端末GVIDO(グイド)とのコラボにより、実際の演奏にもGVIDOが使用された。開演前、人気ピアニストのアリス=紗良・オットが「普通、ピアノのペダルは3つだけど、今日は(端末操作用も含めて)5つあるの!」と興奮気味に楽屋で語っていたのが印象的だった。
 この日、登場したアーティストは、後述するDJ以外に山中千尋、オット、ミッシャ・マイスキー(ピアノ伴奏はなんとオット!)。これだけのアーティストの演奏を幻想的なプロジェクション・マッピングのなかで聴くこと自体、たいへんに贅沢な体験だが、若い女性を中心とした観客がシート・クッションに座り、あぐらまたは体育座りでその贅沢な演奏を聴いているのを見ると、“クラシックは格式あるホールでおとなしく聴くもの”という先入観が木っ端微塵に吹き飛んだ。
 山中のクールなジャズ、マイスキーのホットな「火祭りの踊り」に交じって、とくに強烈な感銘を受けたのは、オットの弾くサティ「グノシェンヌ第1番」。もともとアートな空間とサティの音楽は相性が良いが、この日、彼女はありえないほど繊細なピアニッシモを駆使し、会場内の空調音やプロジェクターの排熱ファンの“ノイズ”すら音楽に取り込んでしまうことで、チームラボでなければ絶対に体験できない“非日常性”を現出してみせた。
 しかし、クラブ・イベントという観点から見れば、この日、もっとも異彩を放っていたのは、イベント中に計3回のDJプレイを披露したAoi Mizuno(水野蒼生)だろう。現在、ザルツブルク・モーツァルテウム大学で指揮を学んでいる彼は、“Yellow Lounge”開催に先駆け、デビュー・アルバム『MILLENNIALS -WE WILL CLASSIC YOU-』をリリース。“ミレニアル世代による、ミレニアル世代のためのクラシックの入り口”を開くべく、DGが誇るクラシック音源を大胆にミックスしたアルバムだ。
Aoi Mizuno
Aoi Mizuno
 「中学生の頃からベートーヴェンがいちばん好きな作曲家なのですが、ベートーヴェンはけっして“老後の楽しみ”で聴かれるための音楽を書いたわけじゃない。彼がリアルタイムでバリバリ現役の時に書いた音楽が、たまたま超ロングセラーになって生き残っているだけなんです。その“超ロングセラー”ということが、要するに“クラシック”ということなのかなと。たとえ時代は異なっていても、曲のなかに込められた意志や人間性は、自分と同じミレニアル世代も共感できると思うんです。好きなアーティストがいると、誰でも友達に広めたくなるじゃないですか。“最近このバンドやばくてさー”みたいに。それと同じような感覚で“クラシックの入り口、開きます”というのが、このアルバムの使命なんです」
Aoi Mizuno
 水野のユニークなところは、『MILLENNIALS〜』をたんなるミックスCDに終わらせず、ひとつの音楽作品として楽しめるよう、さまざまな工夫を凝らしている点だ。そこには、指揮者としてのクラシックへのこだわりと、DTMやDJプレイで鍛えた“いまどき”の感覚が、何の矛盾もなく共存している。
 「最初の〈ノット・ソー・ロング・タイム・アゴー〉というトラックでは、R.シュトラウスの〈ドン・ファン〉の冒頭主題をリフレイン(サビ)として繰り返し、それをベースにしながらベートーヴェンブラームスをミックスしています。リフレインの主題は、ただ原曲のまま流すのではなく、エフェクトをかけて聴きやすさを心がけました。また、ミックスも、どのタイミングでどう移調すべきか、スコアと照らし合わせながら(クラシック的に矛盾がないよう)厳密に転調しています。パズルのような作業でしたが、完成作品を友達に聴かせたところ、“普通に1曲だと思った”と。つまり、ミックスされていることに気づかなかったんですね。ひとつの音楽作品として聴いてもらえて、とても嬉しかったです」
 さらに水野は、たんなるミックスに飽き足らず、『MILLENNIALS〜』を一種のコンセプト・アルバムに仕上げてみせた。
 「トラック3〈レザレクション…?〉以降は、あるストーリーに沿って音楽が展開していきます。〈レザレクション(復活)〉はマーラーの交響曲第2番〈復活〉が原曲なのですが、そこで歌われる歌詞が“私は復活するために死ぬ”って言っているような内容なんです。“それって、本当に〈復活〉なのかな?”という疑問があって。そういう観点から〈復活〉を再構成し、ワーグナー〈ジークフリートの葬送行進曲〉やベルリオーズ『幻想交響曲』〜〈断頭台への行進〉、ストラヴィンスキー『春の祭典』〜〈生贄の踊り〉など、“死”に向かっていく曲を合間にミックスしました。そして、トラック4〈ダンス・パーティ・イン・ザ・ヘル〉の『幻想交響曲』〜〈サバトの夜の夢〉でいったん“地獄”に堕ちたあと、マーラーの交響曲第5番〜〈アダージェット〉を元にしたトラック5〈フォーギヴネス〉で“赦し”が得られ、トラック6〈メロディ・ウィズ・ユア・ディーエヌエー〉で堂々“復活”を遂げベートーヴェンの〈歓喜の歌〉を歌う、というストーリーにしてみました」
 そんな『MILLENNIALS〜』の凝ったストーリー展開も、水野にとっては“目的”ではなく、あくまでも“クラシックの入り口”を開けるための手段にすぎないという。
 「リスナーがこのアルバムだけで満足してしまうと、じつは意味がないんですよ。たとえ曲の構成に気づかなくても、“このトラックの何分何秒の部分が好き”という感覚で、元ネタ(のクラシック・アルバム)に辿り着いていただきたいんです。オリジナルのクラシック作品に興味を持っていただき、聴いていただくことがとても重要なので。将来の夢としては、オーケストラの全パートを別録りでレコーディングしたあとにミックスで曲を仕上げるとか、いろいろなアイディアを持っていますが、“クラシックの入り口、開きます”という活動は今後も続けていきたいと思っています」
取材・文 / 前島秀国(2018年8月)
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