シネマティックな115分のマインドトリップ 井出靖のリミックス・アルバム

井出靖   2024/11/12掲載
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 アーティスト、音楽プロデューサー、レーベル・オーナー、キュレーターなど幅広い活動を通し、80年代から現在に至るまで、奥深く、斬新なコンテンツやイベントを発信し続けている井出靖。本人名義による最新作『The Journey』は、自身の作品『Late Night Blues』『Cosmic Suite』『Cosmic Suite2』からセレクトされたリミックス・アルバム。ダブ、ジャズ、ハウス・ミュージック、テクノ、ヒップホップ、民俗音楽などを行き来しながら進んでいく本作(115分)は、まさに“Journey”そのもの。“架空の映画のサウンドトラック”を超え、“映画そのもの”と呼ぶべき音楽体験は、既存のリミックスの概念を完全に超えている。
井出 靖
 「これまでの音楽作品に対して“ロードムービーみたいだね”と言われることが多かったんですけど、『The Journey』は映画のサウンドトラックというより、映画そのものを作っている感覚で制作してみようと思いました。自分のなかにあるイメージは『ツイン・ピークス』。楽しく暮らしているように見えるけど、不穏な人たちがいろいろ登場するじゃないですか。街の中とか店の中ではなく、周辺の森の中で静かに鳴っている音というイメージなんです」
 ケン・イシイ、沖野修也 & ROOT SOUL、砂原良徳、田中知之、チャールズ・ウェブスター、クリス・ココ、DJネイチャー、キコ・ナヴァロらジャンルや世代を超越した国内外のアーティストが参加した『The Journey』は、80年代以降の東京カルチャーにおける中心的存在であり、今も刺激的な活動を継続している井出靖の人脈、スキル、センスが注ぎ込まれている。本作の凄さを紐解くためには、『Cosmic Suite』シリーズの経緯を理解する必要があるだろう。
 2020年11月にリリースされた『Cosmic Suite』は、1曲36分の作品。ジェフ・ミルズのトラックを基盤に、Ground Gallery(井出靖が主宰する音楽レーベル)が所有する原盤からセレクトされた音の素材、さらに凄腕の演奏家たちのセッションを有機的に組み合わせて制作され、ジャズ、ハウス、レゲエ、テクノ、アフロとさまざまなジャンルが入り混じった音楽旅行を体験できる作品となっている。そして2022年6月に発表された『Cosmic Suite2』は『Cosmic Suite』の要素を“歌モノ”に転化させた作品。先行シングル「Lava feat.UA」をはじめ、「Mirror feat.Josue Thomas」「Outer Space feat.DJ KRUSH」「Hear,There feat.Kan Takagi,RECK」などが収録され、時空を超えたセッション/コラボレーションが実現した。
 この2作を踏まえて制作されたのがリミックス・アルバム『The Journey』なのだが、井出自身は『Cosmic Suite2』制作の真っ只中に、すでにリミキサーに依頼していたのだという。
 「『Cosmic Suite2』を作っていたときに、同時にリミックスの制作もオファーしていたんです。リミックスもどんどん上がってくるから、エンジニアのWatusiくん(COLDFEET)は途中でわけがわからなくなったみたいです(笑)。『The Journey』はたんなるリミックス・アルバムというより、とにかく極端なものにしたくて。どうやって表現しようかと考えていくなかで、レコードがどんどんつながっていくような感覚でやってみようと。そこから考え方を変えて、自分の作品として制作することにシフトしたんです。(リミキサーとして参加した)スティーヴン・スタンレーもいろんなヴァージョンを上げてくれたし、なかには6バージョンくらい作ってくれた人もいたんです。それを使いながら、僕とWatusiくんで細かくエフェクトをかけて、全部をつなげていきました。ダブミックスもかなりやりましたね」
 圧倒的な立体感と奥行きを持つサウンドも『The Journey』のポイント。その音像について井出は「たとえて言うなら、立体建築のようなサウンド」と説明する。
 「今はキング・ダビーが使っていた機材を再現したプラグインも安価で買えるし、やろうと思えば何でもできるんですよ。ただ、この時代にパッケージ作品を出すなら、すごく音が良くないと意味がないなと僕は思っていて。リミックスはクラブでかけることを意識して、塊、団子みたいな音になることが多いですけど、『The Journey』はそうではなくて、広がりがあるんです。最適な機材を使って部屋で鳴らすと、天井から床まで、全体的に音が鳴るような感覚になる。音が抜けている空白の部分をAIで探して、そこを埋めていくこともできるし、たとえて言うなら立体建築みたいな音なのかなと思います。田中知之くんもキックの裏まで感じられるようなサウンドを作ってくれたし、Watusiくんも張り切ってマスタリングしてくれました。めちゃくちゃ時間がかかってますけどね。そもそもWatusiくんは全部つなぐことを知らなかったし(笑)、僕も何度も聴き返して、“ここがコンマ何秒遅れてる”“ここが少しズレてる”など気になることがあれば全部メモして、直してもらったんです。去年の11月からはじめて、終わったのが6月くらい。マスタリングって普通1日か2日ですけど、半年以上かかってるんですよ。頭がおかしいですよね(笑)」
 CDは2枚組で発売。“宇宙から古代へ、古代から宇宙へ”という本作の世界観とリンクしたアートワーク(気鋭の日本画家、神山侑子の絵画を使用)を含め、手に取れるプロダクトしての魅力を備えた作品となっている。
 「『スター・ウォーズ』シリーズみたいに、どっちから聴いてもらってもいいと思っています。115分って長いので(笑)、もちろん1枚ずつ聴いてもらってもいいですし。CDのを交互に使ってプレイしているDJもいるし、自由に楽しんでもらえたらなと。Tシャツやフーディーとセットにして販売したり、遊び心ではないけど、いろいろな楽しみ方を提示したいと思っています。ゆっくり時間をかけて知ってもらえたらいいかな。いい音で『The Journey』を聴いてもらえる機会も作っていきたいですね」
 音楽作品のリリースと並行して、アート、ファッションを軸にしたさまざまな活動を行なっている井出靖。なかでも注目すべきは、“スクラップシリーズ”という書籍の刊行だ。レア・ポスター約500枚の写真を収めた『VINTAGE POSTER SCRAP』、ビンテージTシャツをテーマにした『VINTAGE MUSIC T-SHIRT SCRAP』、そして今年3月には第3弾『VINTAGE JAZZ POSTER SCRAP』を上梓。ジャズに焦点を当て、オリジナルのヴィンテージ・ポスター、フライヤー、当時の公演のブックレット、カレンダー、マガジンなどを収めた書籍だ。
『VINTAGE POSTER SCRAP』
(GRAND GALLERY)

『VINTAGE MUSIC T-SHIRT SCRAP』
(GRAND GALLERY)

『VINTAGE JAZZ POSTER SCRAP』
(GRAND GALLERY)

 「ポスターやTシャツは以前から集めていましたけど、本にしたいと思ってからはさらに買うようになりました。あまりにもお金を使いすぎるから、税理士に怒られてます(笑)。企画を立ててどこかに持っていくのではなく、今は自分で書籍も作れるし、すべて自分たちでやっている感じですね。記録を残すこと、記憶に残ることを形にしたいという気持ちもあります。Tシャツやポスターの展覧会もよくやってるんですけど、知人ではない方々がたくさん来てくれるんですよ。そこで得られる情報もあるし、勉強になります」
 現在は日本のロック・ミュージックをテーマにしたポスター本の制作を進めているという。前述した通り、80年代以降の東京のカルチャーを牽引してきた井出靖(その半生は自伝本『ROLLING ON THE ROAD 僕が体験した東京の1960年代から90年代まで』に詳しい)。膨大な知識と体験、研ぎ澄まされたセンスと莫大なコレクションは、今後もさまざまな形の作品として結実していくことになるだろう。
 「音楽に関しても、パッケージが出せるうちは出したい。次に作りたい音楽ですか? そうですね……深海で鳴っているような音楽を作りたいというアイディアはあるんですけど、やり始めるとまた大変なことになるので。でも、まずは『The Journey』をじっくり広めていきたいと思ってます」
『ROLLING ON THE ROAD 僕が体験した東京の1960年代から90年代まで』
(GRAND GALLERY)


取材・文/森 朋之
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