理想を掲げて困難に立ち向かうべき――クリスチャン・ヤルヴィ、ライヒ生誕80年記念アルバムをリリース

クリスチャン・ヤルヴィ   2016/10/29掲載
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 ミニマルの巨匠スティーヴ・ライヒ生誕80年を記念するアニヴァーサリー・アルバム『スティーヴ・ライヒ: デュエット』のリリース。ワーグナーの超大作「ニーベルングの指環」のハイライト盤というべき、『ワーグナー〜デ・フリーヘル: 楽劇「ニーベルングの指環」〜オーケストラル・アドヴェンチャー』のリリース。そして、ポスト・クラシカルの作曲家たちを紹介していくミニ・フェスの開催――。指揮者クリスチャン・ヤルヴィの今シーズンの活動は、あまりにも刺激的すぎる。そんな彼が『デュエット』リリースにあたり、1時間近くにわたって近況を語ってくれた独占インタビューをお届けする。
足掛け4年の大プロジェクト
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photo ©Peter Adamik
――今年5月にインタビューさせていただいた時、ライヒの80歳の誕生日(10月3日)までに『デュエット』のリリースを間に合わせたい、とおっしゃっていましたね。リリースが実現できて、おめでとうございます。
 「ありがとうございます。このアルバムだけでは、何としてもリリースさせなくてはなりませんでした。私にとってのマスト(must)です(笑)」
――そもそもライヒとは、どのようにコラボを始めたのですか?
 「ライヒと直接の面識を得たのは、彼が〈18人の音楽家のための音楽〉と〈ドラミング〉を演奏したコンサートをヨーロッパで聴いたのが最初だったと思います。その後、私がウィーン・トーンキュンストラー管を指揮して〈3つの楽章〉を録音したアルバムをリリースした時、彼から絶賛の言葉をいただきました。“ありがとう、初めて〈3つの楽章〉が好きになった。それまでの録音は、どれも不満だったから”(笑)。それ以来、頻繁に連絡を取り合うようになったんです。2011年、ロンドンのバービカン・センターでライヒ生誕75年の記念フェスを開催した時、彼にこんな提案をしてみました。“私は来年2012年から、MDRライプツィヒ放送交響楽団(MDR)の音楽監督に就任するのですが、ライプツィヒであなたの作品を演奏するプロジェクトをやりませんか?”。ライヒの答えは“OK!ぜひやろう。ここ数年の私のベストの作品は〈ユー・アー(ヴァリエーションズ)〉と〈ダニエル・ヴァリエーションズ〉だ。でも、アンサンブルのために書いた作品なので、オケで演奏することが出来ない。どうする?”。そこで〈ユー・アー(ヴァリエーションズ)〉と〈ダニエル・ヴァリエーションズ〉を通常のオケで演奏できるよう、ライヒに新たなヴァージョンを作ってもらい、ライプツィヒで世界初演しました。その2曲に加え、ライプツィヒでは〈フォー・セクションズ〉のような大編成の作品や、〈デュエット〉〈クラッピング・ミュージック〉のような小編成の作品も演奏し、すべてライヴ録音しておきました。その成果が、今回の『デュエット』という2枚組アルバムです。足掛け3年、いや4年の大プロジェクトになりました」
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photo ©Peter Rigaud
――「ダニエル・ヴァリエーションズ」のオリジナル版は、同じライヒの〈18人の音楽家のための音楽〉とほぼ同じ楽器編成で作曲されていますよね。ということは、今回のようなアレンジの方法論を使えば、〈18人の音楽家のための音楽〉もオケで演奏することが可能になりますけど、どう思います?
 「それは、素晴らしいアイディアですね。覚えておきましょう(笑)。どのみち、〈18人の音楽家のための音楽〉は、より大きな編成で演奏したいというニーズが、必ず出てくると思います」
――もうひとつ、〈ダニエル・ヴァリエーションズ〉は、2002年にアルカイダに殺害された記者ダニエル・パールをテーマにした作品ですね。今、テロがこれだけ日常茶飯事になってしまった2016年に、この曲の新録音をリリースするのは、非常に大きな意味があると思います。
 「今回の『デュエット』は、ライヒ生誕80年のアニヴァーサリー・アルバムとして録音しましたが、同時に生命と人間性を賞賛するメッセージも込めました。人間は、“いつか良くなる”“きっと実現できる”という希望を持ちながら生きていく、理想主義者であるべきです。目標とする理想は個人によって異なるにせよ、我々は、理想を掲げて困難に立ち向かうべきだと思います。目の前の道が障害だらけでも、それを乗り越えて進まなければならない。ちょうど、ライヒのようにね。同じように、我々はたとえダニエル・パールの身の上に起こった出来事を知らなくても、〈ダニエル・ヴァリエーションズ〉に共感することができます。なぜなら、理想主義を目指したパールの物語は我々自身の物語でもあり、程度の差はあれ、パールと我々は同じ体験を共有しているからです」
ワーグナーもライヒも、理想主義を目指す作曲家
――それから、もう1枚、2017年11月のすみだトリフォニーホール開館20周年コンサートで指揮なさる『ニーベルングの指環 オーケストラル・アドヴェンチャー』を、バルト海フィルハーモニックの演奏で録音なさいましたね。
 「私にとってはワーグナーもライヒも、理想主義を目指す作曲家という点で、じつは同じではないかと考えています。2008年、私はバルト海フィルを立ち上げました。オケが成長し、いよいよCDデビューを飾ることになった時、ワーグナーの「指環」がデビューにふさわしいのではないかと思ったんです。なぜなら、『指環』という作品が、“世界の秩序”と“世界の調和”をテーマにしているからです。バルト海フィルは、バルト海周辺10ヵ国から集まったオケですが、同時にノルディック(北欧)の思考を表現するという目標を掲げています。スカンディナヴィア諸国、ロシア、ドイツ、ポーランド、ラトビア、それに私の故国エストニアなど、これらはみんなバルト海沿岸に位置しているノルディックの国々です。ワーグナーがオペラ指揮者をしていた時、彼は(現在ロシアの)ケーニヒスベルクの劇場から(現在のラトビアの首都)リガの劇場に異動しました。つまり、ワーグナーはもともとノルディックに縁がある作曲家なのです。興味深いことに、『指環』の原作になった北欧神話「エッダ」には、世界樹のトネリコが出てきますけど、「エッダ」が生まれたとされるアイスランドには、トネリコは1本も生えていない(笑)。「エッダ」に出てくるトネリコは、じつはバルト海に浮かぶエストニアのサーレマー島のトネリコがモデルなんじゃないかという説があります。エストニアの第2代大統領で、言語学者・映画作家でもあったレナルト・メリによれば、「エッダ」に出てくる“神々の黄昏”の光景は、太古の時代、サーレマー島に隕石が落ち、周囲が炎で包まれた歴史が元になっているのだそうです。「指環」と言えば、誰もがドイツやライン河を連想しますけど、じつはバルト海やノルディックの国々とも関係が深いんですよ(笑)」
旧世代から新世代への橋渡し
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photo ©Peter Adamik
――あなたが音楽監督を務めているもうひとつのホームグラウンド、MDRライプツィヒ放送交響楽団(MDR)の今シーズンの演奏会は、ブライス・デスナーマックス・リヒタージョニー・グリーンウッドといったポスト・クラシカルの作曲家たちをアーティスト・イン・レジデンスとして招聘しますね。
 「先ほど触れたライヒ、それからフィリップ・グラスジョン・アダムズなどのミニマルの作曲家たちは、すでに大御所として知られていますけれど、21世紀の現代は、もはや彼らの時代とは言えません。我々が生きる現代は、彼ら3人の作曲家に影響を受けた20代、30代の才能あふれる若手がどんどん登場してきています。そこで、2016 / 17年のMDRのシーズンは、3つのシリーズというかミニ・フェスを用意しました。旧世代から新世代への橋渡しをするためです。

 まず、1つめは〈正しい危機(Regular Crisis)〉というシリーズ。普通、危機というとネガティヴな意味を想像しますよね。でも、よく考えてみると、人間は危機を乗り越えて発展していくという側面がある。だから、逆説的に“正しい危機”というタイトルを付けました。この“レギュラー・クライシス”というシリーズでは、ライヒの作品と、より若い世代のブライス・デスナーの作品を組み合わせて演奏します。ライヒ自身が、“未来はデスナーのような作曲家にかかっている”と述べているからです。このシリーズでは、同じ〈レギュラー・クライシス〉というタイトル名を持つマルチメディア・カンタータも初演します。映像作家マリーナ・ランディア(Marina Landia)が経済学者や各界のリーダーにインタビューした映像を上映しながら、デスナー、ルイ・アンドリーセン、それに私自身の曲などを演奏する作品です。映像自体はマイケル・ムーアの映画のような内容で、インタビューされた学者やリーダーが“ソリスト”として登場します(笑)。
 2つめのシリーズは〈理想のカオス(Ideal Chaos)〉。“正しい危機”とほぼ同じ意味のパラドックスです。こちらのシリーズでは、来年80歳を迎えるフィリップ・グラスの作品と、ロック出身のジョニー・グリーンウッドの作品を演奏します。先ほどのデスナーも、ロック出身の作曲家ですけどね。

 それから、3つめのシリーズは〈実用的な崇高(Practical Spirituality)〉。このシリーズでは、来年70歳を迎えるジョン・アダムズの作品と、より若い世代のスヴェン・ヘルビッヒの作品を組み合わせて演奏します。“Neue Meister”というドイツのレーベルから、ヘルビッヒの新作アルバム『I Eat the Sun and Drink the Rain(私は太陽を食べ、雨を飲む)』が出るのですが、そのアルバムで、彼が作曲した美しいア・カペラ作品を指揮しました。私が合唱作品だけを指揮した初のアルバムです(笑)。

 このほか、MDRではマックス・リヒターの作品も演奏します。“リヒターはすでにメインストリームすぎるんじゃないか?”という批判の声もありますが、私に言わせれば、リヒターこそ我々の時代を代表する作曲家のひとりです。なぜ、アルヴォ・ペルトやリヒターのような、静謐な響きに満ちあふれた作品が現代の聴衆に受け入れられているのか?考えてもみてください。我々は、騒然たるクレイジーな世界に生きている。しかし、その現状に甘んじているわけではない。もっと現状を良くしたい、良くしなければならないという希望を持っている。だからこそペルトやリヒターのように、平穏な境地から崇高さを目指していく音楽が受け入れられているのです」
取材・文 / 前島秀国(2016年9月)
トリフォニーホール開館20周年コンサート
クリスチャン・ヤルヴィ・プロジェクト2017
2017年11月3日(金・祝)
東京 錦糸町 すみだトリフォニーホール
15:00〜

[出演]
クリスチャン・ヤルヴィ指揮新日本フィルハーモニー交響楽団
フランチェスコ・トリスターノ(p)

[曲目]
クリスチャン・ヤルヴィ: 新作
フランチェスコ・トリスターノ: ピアノ協奏曲(日本初演)
ワーグナー(デ・フリーヘル編): オーケストラル・アドヴェンチャー「ニーベルングの指環」



スティーヴ・ライヒ 80th ANNIVERSARY《テヒリーム》
www.operacity.jp/concert/calendar/details/reich80tokyo
@reich80tokyo
2017年3月1日(水) / 2日(木)
東京 初台 東京オペラシティ コンサートホール: タケミツ メモリアル
1日 19:00〜
2日 19:00〜

[チケット]
東京オペラシティチケットセンター 03-5353-9999
ぴあ 0570-02-9999 (P 305-076)
ローソン 0570-000-407(L 35107)
e+


[出演]
パーカッション / 指揮: コリン・カリー
コリン・カリー・グループ
シナジー・ヴォーカルズ
ゲスト: スティーヴ・ライヒ

[曲目]
ライヒ: クラッピング・ミュージック(1972) 
ライヒ: マレット・カルテット(2009) 
ライヒ: カルテット(2013)
ライヒ: テヒリーム(1981)
※2日間同一プログラム



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