大河ドラマ『青天を衝け』OST、音楽を担当した佐藤直紀が、厳選されたアナログLP収録曲の背景を語る

佐藤直紀   2022/01/26掲載
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“日本資本主義の父”と呼ばれる実業家・渋沢栄一(1840〜1931)の生涯を、若手トップ俳優の吉沢亮が演じたNHK大河ドラマ『青天を衝け』。経済という視点からこの国の近代史に迫った異色作は、アグレッシブかつフレッシュな音楽演出でも大きな話題を呼んだ。放送が終わった2022年1月、膨大な劇中トラックから24曲を厳選したアナログLP『大河ドラマ 青天を衝け オリジナル・サウンドトラック LPコレクション』がリリースされた。大河ドラマの音楽の定石をあえて踏み越えた楽曲は、どれも新鮮な響きをたたえたものばかりだ。これまで数多くの名作ドラマ / 映画を手がけてきた名匠・佐藤直紀に、本作にかけた思い、アルバムの聴きどころを語ってもらった。
――昨今、大河ドラマのサウンドトラックがアナログ盤でも発売されるのは、かなりめずらしいケースです。企画を聞いて、最初どう思われましたか?
「正直に言いますと、大胆なことを考えるなあと(笑)。サントラというのは基本、純粋な音楽作品というよりは、映画なりドラマを思い出しつつ楽しんでいただくものだと思うんですね。それでいうと『青天を衝け』の視聴者層のどれくらいがアナログ盤の再生環境をお持ちなのか、僕には見当が付かなかった。とはいえ、チャレンジングな試みをさせていただけるのは作曲家冥利につきますし、素直に嬉しかったです」
――実際にプレスされたアナログ盤を試聴された感想はいかがでした?
「月並みな感想ですが、やっぱり音が温かい。プツプツという微かなスクラッチ・ノイズが懐かしく、逆に心地よかったりもして。すごくリラックスして聴けました。あと、CDに比べて収録時間にかぎりがあるのも、かえってよかったんじゃないかなと」
――今回のLPコレクションは2枚組、24曲が収められています。昨年(2021年)リリースされた『青天を衝け』オリジナル・サウンドトラックCDは第3集まであって、トータル60曲近くが入っている。それを半分弱に絞った形ですね。
「はい。CDだと毎回、容量ぎりぎりまで曲を詰め込んでしまいます。あれもこれも聴いてもらいたいという煩悩が、どうしても出てきちゃう(笑)。でもLPの場合は、はなからそれが不可能でしょう。いろいろ考えて厳選しなきゃいけないぶん、おのずとコンセプトが明確になると言いますか……。結果的には自分の作家性、音楽性みたいなものが、よりストレートに現れたアルバムになった気はしています」
――選曲にあたって、何か基準のようなものは?
「これは非常にシンプルで、なるべく楽曲として完成されているもの、親しみやすいものを優先的に選びました。今回の大河ドラマのために書き下ろした曲はトータルで百十数曲になるんですが、その中にはまったくメロディアスではない、聴き方によってはSEに近いものもかなりあるんですね。『青天を衝け』の世界観は、じつはそういう目立たない楽曲が作っていたりする。僕自身、非常にこだわって力を注いだ部分だし、気に入っている曲も多いんですけど、それはあくまで映像と合わさって機能するものなので。サントラ盤ではやはり曲単体で楽しめるものが中心になりますし。LPは、CDに比べてよりその傾向が強いのかなと」
――LPのA面からD面まで順に聴いていくと、若き渋沢栄一が成長し、未来に向けて羽ばたいていく感覚が蘇ります。このような構成は意識されていましたか?
「いえ、とくにストーリーと曲順をシンクロさせるとか、起承転結を再現するみたいなことは考えていません。あくまで通して聴いた際の気持ちよさ、スムーズさを重視して、直感で並べています。レコードの場合、聴いている途中で盤を引っ繰り返すという儀式が挟まるじゃないですか。それを想像しながら、ああでもない、こうでもないと曲順を入れ替える作業はとても楽しかった(笑)。その結果、レコードを通して聴いた印象とドラマ全体の流れがたまたま一致した部分はあるかもしれません」
――2枚組のLPをじっくり聴いてみて、あらためて楽曲のバラエティの豊かさに驚かされました。と同時に、いい意味で“大河っぽくない”という強く感想も抱いたんです。
「ああ、なるほど」
――先ほど「かぎりなく効果音に近いような楽曲に、じつはすごく力を注いだ」というお話がありましたが、たしかに物語を派手に盛り上げるエモーショナルな旋律は意外に少なくて。むしろ多様な音がちりばめられた、重層的な楽曲が記憶に残ります。もちろん大河ドラマという枠組みは堅守しつつ、すごく繊細でチャレンジングなアプローチを選ばれたんじゃないかと。全体を通じて、何か留意されていたことはありますか?
「まさにおっしゃるとおりで、視聴者の感情を無理やりコントロールしたり、ある方向へと強引に導いたりする楽曲はできるだけ作らない。これは今回、自分の中では非常に大切なテーマでした。僕自身、CM音楽から職業作曲家のキャリアを始めたこともあって、とにかくクライアントの要望にしっかりと応え、関係者の皆さんが喜んでくれる曲を提供することを、つねに考えてきたんですね。自分のやりたいことは二の次、三の次だった。でもここ数年、そういった劇伴のあり方に違和感を抱くようになって……」
――何か具体的なきっかけがあったのでしょうか?
「年齢的なものもあるだろうし、時代の空気がちょっとだけ変わってきたのかもしれない。自分でもよくわかりませんが、ともかく誰かのニーズばかりを気にして、小賢しいテクニックで曲を書くのに疑問を持ち始めたのは事実です。むしろ作品のイメージに寄せすぎていないほうが、演出家や音効さんと予期せぬケミストリーが起きて、豊かな仕上がりになるんじゃないかと」
――作り手の姿勢として、かなり抜本的な変化ですね。
「そうですね(笑)。もちろん、自分の好き放題やりたいという意味ではないんです。とくに大河の場合、長年のファンも大勢いらっしゃるので。踏み越えちゃいけない一線は確実に存在する。プロとしてそこは意識しつつ、先方からの発注に対して、“オーソドックスに考えればこうですが、むしろこんな曲はいかがですか?”という僕なりの提案を、今回はたくさんできた。NHKの製作スタッフも最大限、冒険を受け容れてくださいました」
佐藤直紀
佐藤直紀
――要はそれを許容する懐の深さを、『青天を衝け』という物語が持っていたと。
「本当にそう思います。僕としてはリミッターを外した感覚で、持てる力をすべて注ぎこむことができた。加えて、主人公が渋沢栄一だったのも大きいですよね」
――どういうことでしょう?
「やっぱり91歳まで生きた方なので。“渋沢栄一の人生ってこうだよね”と簡単には要約できない(笑)。出会いも多いし、時代もどんどん移っていく。人物も物語も多面的なので、楽曲も自然とそれに沿ったもの──どこか空気のようにフワッとした仕上がりになった側面はあると思います。面白いもので、2010年に手がけた大河ドラマ『龍馬伝』の劇伴は、もっとガシッとしていますからね。もちろん僕自身が若かったのもあるけれど、やっぱり主人公が太く短く生きた男なので。音楽もそれに繋がるトーンにはなってくる」
――たとえばA面4曲目の「目利きの小僧」。1分40秒ほどの短い曲ですが、これも非常に重層的な作りですね。跳ねるようなリズムのパーカッションとどこかスパニッシュ風味のギターが絡み合って、曲調そのものが“閃き”とか“気付き”を体現している。一般的な大河ドラマのイメージとはずいぶんかけ離れたアレンジです。
「そう言っていただけると、すごくホッとします。この曲は、青年時代の栄一が持っていた才気煥発さ、もっと言えば無鉄砲で計算高いところを表現したもので。ウドゥという壷に似たアフリカの打楽器で細かいリズムを刻み、おっしゃるとおりスペイン風のギターも入れて、ごく薄くフィドル(ヴァイオリン)の音も入っています。自分では正直、ちょっと派手にやりすぎたかなという思いもあったんですけど(笑)。監督も選曲家さんもすごく気に入ってくださって。本編でよく使っていただきました」
――『青天を衝け』だけでなく、佐藤さんが手がける作品には昔から、いわゆるワールド・ミュージック的な要素がたくさん入っています。何か理由があるのですか?
「これもある種“ずらし”の手法だと思います。たとえばオーケストラに使われるような楽器は、構造も奏法もきわめて完成度が高い。だからこそ作曲家の書いた譜面を正確に再現できるわけですが、こと映像に合わせてみると、その緻密さがちょっと窮屈に感じられる瞬間もあるんですね。一方で民族楽器には、もう少し余白というか、自由度がある。ガチガチな決まり事が少ないから、指定したメロディを弾いてもらってもそこに奏者の感性、もっと言えば魂の響きが乗っかったりする。それが映像とうまくはまると、説明的メロディをいくら重ねてもなしえない、文字どおり登場人物の内面から滲んでくるような音楽演出が可能になるんですね。そういう強みと魅力があるので、ドラマ / 映画 / アニメにかぎらず、ここぞという場面で僕は積極的に用いています」
――B面2曲目「血洗島の三人衆」は、天空から降り注ぐような美しいピアノの音色に、フラメンコのパルマ(手拍子)を思わせるクラップが加わって、ケルト風の旋律が幽玄なイメージを描いていきます。
「あれはアイリッシュ・トラッドで使われるティン・ホイッスルという縦笛なんですが、僕の中では日本の篠笛なんですね。ピアノの鉄弦を指で弾く音は、同じく琴の置き換え。旋律自体はわりと和楽器のものに近いんですけど、日本人のDNAに訴えながら音色を少しずらすことで、やっぱり映像に広がりが生じる。『青天を衝け』ではありませんが、2021年公開の映画『るろうに剣心 最終章』では、ウードというアラブ音楽の弦楽器を用いました。あれもじつは琵琶の置き換え。発想は〈血洗島の三人衆〉と同じですね」
――なるほど。続くB面3曲目「学問の世界」もそうですが、どこかECM時代のパット・メセニーを連想させる手触り、質感もありました。
「ああ、それはあるかもしれない。パット・メセニーっぽい楽曲を書こうと意識したことはありませんが、彼の音楽は間違いなく、僕の身体の中に入っているので(笑)」
――メセニー・サウンドともどこか繋がるかもしれませんが、『青天を衝け』の劇中曲は総じて映像的、空間的ですね。とりわけ高低差を感じさせる音作りが印象的で、空の高い位置から音が響いてくる感じが強くします。これは意図したものですか?
「ええ、これは明確に意識しています。前半のお話とも繋がるんですが、音楽が登場人物やストーリーに近付きすぎない。もう少し視点を高く置くというか……。映像と音楽の細かいマッチングとかはあまり気にせず、より俯瞰的なアプローチで曲を作るというスタンスは全編に共通しています。メロディの作り方、楽器選びやアレンジの方向性、サウンド・プロダクションすべてが同じ。そこがいちばん難しく、やりがいのあるところでした」
――さまざまなモチーフが重なり合い、絶え間なく流れていくようなテーマ曲も、従来の大河とはまったく違う趣があります。膨大な作品と向き合ってきた佐藤さんにとっても、今回の『青天を衝け』は間違いなく、大きな転機となる作品になったと。
「本当にそうですね。もちろん今まで、どの仕事もすべて全力で取り組んではきましたが、50代に入ったこのタイミングで『青天を衝け』と出会い、いろんなチャレンジをさせていただけたのは本当に幸運だったと思う。すごく正直に告白しますと、ここ数年、自分は作曲家としてもうやりつくしてしまったんじゃないかって感じる瞬間もあったんですね。でもこの作品が、そんな弱音を吹き飛ばしてくれた。映像とともにある劇伴音楽には、まだこんな新しいアプローチや可能性がある。自分もまだ面白い音楽が作れるんじゃないかって(笑)。けっして大げさではなく、僕にとって『青天を衝け』はそんな未来を開いてみせてくれた作品だと思っています」
取材・文/大谷隆之
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