荘村清志、新作は、武満徹が愛した「郷愁のショーロ」ほかを収めるバリオスとタレガの作品集

荘村清志   2020/10/12掲載
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昨年デビュー50周年を迎え、ソロ、デュオからさまざまな奏者やオーケストラとの共演まで多彩な活動を展開している日本を代表するギタリストの荘村清志が、『ノスタルジー 〜郷愁のショーロ』と題した、心身が癒されるような、魂が浄化されるようなアルバムをリリースした。バリオスとタレガの作品集で、「アルハンブラの想い出」も収録されている。東京音楽大学客員教授も務める彼が、コロナ禍の時代にどう自分と向き合うか、音楽家としての姿勢と精神性をじっくり語ってくれた。
――ここ半年ほどコンサートは中止や延期になり、音楽大学のレッスンも通常の形では行なわれなかったでしょうが、どのように自分をコントロールされていましたか。
「本当に大変な時代になったと思います。演奏会もなく、生徒にも会えず、人に会うことがままならない時期が長かったですね。ただし、ここしばらくは徐々に改善され、仕事が動き出しています。もちろんいろいろな制約はあり、注意深く対処することが必要ですが、私はこの時期は充電期間にあてました。マイナスの要素ばかり考えていては前に進めませんので、時間にゆとりができたぶん、自分の中身を充実させるように心がけました。
趣味はたくさんあり、テニスはもう何十年も続けていますが、これはようやく最近になって練習が再開できるようになりました。映画を観るのは昔から大好きで、これがいちばん自分を豊かにしてくれると思っています。自粛期間は映画館に行けないため、ものすごい数のレンタルビデオを借りてきて観ましたね。1950年代のモノクロ映画がやはりもっとも印象に残っています。『第三の男』や『鉄道員』など本当にていねいに作られていて、監督も俳優もすばらしい。邦画も『忠臣蔵』などの時代ものをたくさん観ました。読書も好きで、池波正太郎のファンなんですよ。とにかく、内面を充実させることに務めました。それがギターを弾くときに表現力の深さにつながると思いますから」
――新譜はバリオスの「郷愁のショーロ」で始まりますが、この曲は武満徹さんが大好きだったそうですね。
「そうなんです、武満さんは数あるギター曲のなかでもとくに好きでした。生前、音楽家の集まりや仲間同士の飲み会で酔っぱらってくると、“荘村、いっちょあれやってくれ”といい、いつも弾かされました。武満さんの飲み会には井上陽水さんや小室等さんも参加していて、私はそこでも弾いたんですよ。
 じつはこの曲には不思議な縁を感じているんです。私は16歳でスペインのナルシソ・イエペスに師事することになったんですが、そのときに友人のギタリストがこの曲の手書きの楽譜をもっていました。当時はまだバリオスの楽譜は出版されていなくて、私はその曲を聴いて一度で魅了され、すぐに手書きで写譜させてもらいました。まだコピー機はありませんでしたから。それを帰国してから弾いていたら武満さんが気に入ってくれたわけです」
荘村清志
――バリオスの作品は、パラグアイ特有の情熱と哀愁が不思議な形で混在していますよね。
「そうなんです、えもいわれぬ情感の豊かさと深々とした表現が感じられます。今回は、そうしたバリオスの多様な魅力が表せればと考え、選曲しました。ほとんどの曲がステージではあまり弾いていないものです。〈ワルツ〉はテンポの伸び縮みが特徴で、特別な指示は書かれていないので、自分なりに考えて奏でています。〈マドリガル=ガボット〉は、バリオスの人柄のやさしさが現れた曲だと思います。〈パラグアイ舞曲 第1番〉はエネルギッシュでリズミカル。コンサートでは最後に演奏する曲です。すばらしい旋律を有し、“ハートがある”という感じの曲ですね。
 じつは、スペインのギターの大巨匠であるアンドレス・セゴビアは、バリオスを1曲も弾いていないんです。演奏会でも録音でもバリオスは弾かなかった。というのは、バリオスは大変なギターの名手で、その才能にジェラシーを感じていたセゴビアは、バリオスを演奏しなかったというのです。もうひとつ同様の話があり、ロドリーゴの〈アランフェス協奏曲〉は作曲家が親しくしていた名ギタリストのレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサの助言を受けながら作曲され、デ・ラ・マーサが初演を行ない、彼に献呈されています。というわけで、セゴビアはここでもジェラシーを抱いたのでしょうか、この協奏曲を弾いていません。私たちからすれば、天才ギタリストとして名を馳せたセゴビアが、なぜそんな嫉妬心を抱いたのか不思議で、いい曲であれば弾いてくれればいいのにと思いますが、これは彼の信条なのでしょう。非常に人間的な一面ですね」
――セゴビアのナマの演奏はいかがでしたか。やはりヒューマンな雰囲気が漂うものだったのでしょうか。
「スペインにいた時代、マドリードのテアトロ・レアルという2,000人ほどのホールで聴いたときのことをよく覚えています。最初はすごく小さな音で始まりました。えっ、と思いましたが、弱音にはみんな耳を澄ましますよね。それが後半になるにつれ、徐々に音がホール全体に響くようになり、まるでオルガンのような響きに思えました。きっと、これはセゴビアの考え抜かれたテクニックで、聴き手の耳を慣らしていくわけです。音色はすばらしく美しく、深い感動を覚えました。
89歳のときには最後の来日公演があり、このときは終演後に7〜8人でセゴビアを囲んで食事会があったのですが、本当に気さくでよくしゃべり、“アンダルシアのおじさん”という感じでした。最後にエスプレッソが出てきたとき、若い奥さまに砂糖を制限されていて、悲しそうでした。スペイン人は濃いエスプレッソには砂糖をスプーンに5杯入れるのが普通です。でも、巨匠は2杯入れたところで奥さまに“アンドレス、No!”と叫ばれ、一瞬にしてシューンとなっていました。これも人間的な側面ですね」
荘村清志
――ところで、タレガの「アルハンブラの想い出」は、ずいぶん演奏されていますよね。
「ええ、長年弾いています。23歳のころに初録音しました。若いころは楽譜に忠実にきちんと弾いていたのですが、年々自由になり、テンポの揺れや間の取り方、音色の変化なども自然になっています。作為的になるのは避けたいため、すべてが自分の内面から自然に湧き出てくるように心がけ、表現も深まったと思います。タレガは小品を多く書いた作曲家で、シンプルで素朴。〈エンデチャとオレムス〉は亡くなる直前の作で、単旋律のシンプルさが特徴。こういう曲を深みのある感情表現で演奏するのは難しいのですが、これまで積み上げてきたものを出すようにしています。自分を見直す、原点に戻るということも考えながら……。〈アルボラーダ〉は朝の歌といった感じの曲で、明るく希望に満ちている。〈涙〉や〈アデリータ〉は昔から弾いている曲です。これらも音数が少なく、自分のなかから出てくるもので作っていかないとならないですね」
――今後はどのような計画がありますか。
「秋からコンサートを再開し、〈名曲コンサート〉ではバリオスとタレガを弾いていきたいと思っています。来年はアルベニスに集中し、演奏会と録音を考えています。コロナ禍で充電したことが、生かされればいいなと思っています。前向きに進んでいきたいですね」
取材・文/伊熊よし子
写真/Yuri Manabe
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