【鑑賞ガイド&制作の舞台裏】 サラウンドで聴けば、そこはジャングル! 『交響詩 ジャングル大帝』をとことん楽しむコツ

冨田勲   2009/10/21掲載
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【鑑賞ガイド&制作の舞台裏】
サラウンドで聴けば、そこはジャングル!
『交響詩 ジャングル大帝』をとことん楽しむコツ
文/佐藤良平
取材協力/野尻修平(音楽家/尚美総合芸術センター 主任研究員)



音楽を聴くためのDVD
 このアルバムにはCDのほかにDVDが入っている。音楽を聴くならCDと考えがちだが、このDVDは音楽を聴くために作られたものだ。DVDというと普通は動画が入れてあるが、本作のDVDは音楽が主役であり、演奏中は『ジャングル大帝』のストーリーに沿って静止画が表示される。静止画の元になったイラストは、1966年に発表された『交響詩 ジャングル大帝』アナログ盤に付けられたオールカラーのブックレットに、手塚治虫が自ら描き下ろした貴重な作品だ。

 動画が付くとどうしても映像が主で音楽が従になってしまうが、本作は音の比重が大きいため、目から入ってくる情報と耳から入ってくる情報の量的なバランスがうまく取れており、演奏を聴きながら場面を想像するという充実した体験に浸ることができる。

サラウンドで活きる楽器の演技
 DVDだけの魅力として、5.1chサラウンド音声でも作品を味わえる。作曲者の冨田勲はサラウンド音楽の第一人者であり、かねてから『ジャングル大帝』もサラウンドで表現したいと強く希望してきた。今回の企画で、やっと念願かなったというわけだ。

 この曲はオーケストラで演奏されるので、普通ならヴァイオリンが左、コントラバスが右、打楽器は左の奥といったように楽器の配置が決まっている。ところが、実際に聴いてみると本作では楽器が自由自在に動き回っている。なぜかというと、それぞれの楽器がマンガに出てくるキャラクターになりかわり、ストーリーに合わせて演技するからだ。その効果は普通の2チャンネルステレオでもある程度まで分かるが、サラウンドでは聴き手の周囲を楽器が取り囲み、自分が『ジャングル大帝』の世界に入り込んだような気持ちになれるのだ。

 冨田は「ぜひサラウンドで聴いてください」と語っている。スピーカーの配置を厳密にしなければならないとか、高価な装置でなければダメだとかいうことはない。とにかく聴き手の周囲に6台のスピーカーを設置し、それぞれから別々の音が正しく出ていれば大丈夫だ。これまで体験したことがない人も、ぜひ気楽にサラウンドを楽しんでもらいたい。

藤岡幸夫指揮 日本フィルハーモニー交響楽団によるオーケストラ全体でのレコーディング。
楽器ひとつひとつの音をよりクリアに録るため、通常の録音よりもマイクが多く立てられている。


凝りに凝った録音方法
 普通、オーケストラの音を録る場合は全体を一つのものとして録音する。大抵は指揮者の頭の上にメインのマイクを吊るし、それだけでは足りない音を拾うために補助のマイクを何本か立てるといった方法をとる。それに対して本作品では、オーケストラ全体での録音と並行して、各々の楽器の音が混じらないよう、各楽器のグループごとに小部屋に隔離して録音するという方法もとられた。

 空間は分けられているが、演奏は一斉に行なうので、楽団員は指揮者が見えないとタイミングを合わせられない。そこで今回はすべてのブースにテレビを置き、その画面に指揮者の姿を生中継で映しておいて、楽団員はそれを見ながら演奏することになった。ひとりひとりの奏者はほかの楽器の音が聞こえないと自分が出す音の大きさや弾き方を決められないので、進行中の演奏全体の様子をヘッドフォンでモニターしながら弾いている。

 こうした方法をとると、普通にオーケストラを録音するのに比べてはるかに手間と時間がかかるが、あえてそれをやったのは「楽器に演技をさせたい」という冨田のアイディアを実現するためだった。こうしてできあがったユニークな音楽は、ほかのソフトではまず体験できない。

 なお、DVDで聴く場合には、メニュー画面の設定によってさまざまな聴き方ができるのも大きな特色だ。ストーリーやキャラクターの動きに関するガイドがほしければ、綾戸智恵のナレーションを聴きながら楽しめる。演奏だけを楽しみたければ、ナレーションを切ればよい。また、ナレーションを文字の形で読める字幕を日本語と英語から選んで表示することもできる。もちろん、画像を観ないで注意力を音に集中して聴くスタイルも可能だ。

横浜港で行なわれたフィールドレコーディング。
「船に積まれて」の冒頭、エライザの乗せられた貨物船が港を出
航するシーンで使われるサラウンド効果音の素材が録音された。

写真提供:尚美学園大学大学院 トミタ研究室(http://www.tomitamethod.com/


教育としての意義
 また、このソフトはレコード会社と学校法人が協力して作り上げた点にも大きな意義がある。レコード会社の現コロムビアミュージックエンタテインメントは1966年に『交響詩ジャングル大帝』オリジナル版を制作し、近年は冨田の新作を次々とリリースしてきた。学校法人尚美学園は音楽教育の分野で有為な人材を輩出しており、10年前から冨田が研究室を置いてサラウンド音楽を実践している。

 本作品にはマンガ『ジャングル大帝』のストーリーに沿ってオーケストラのしくみを理解できるという教育的な配慮が盛り込まれ、サラウンドで聴けばなおいっそうの楽しさが味わえる点もあいまって、ほかに類例がないユニークな存在となった。

 発売に先がけて小学校で実施した試聴会では参加した児童たちから積極的な反応を得ており、その効果はすでに実証されている。子どもたちが音楽への関心を高めるきっかけとして、この作品は重要な役割を果たしてくれるに違いない。

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