待望の再演ツアーがスタート!冨田勲「イーハトーヴ交響曲」解題

冨田勲   2013/09/04掲載
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 冨田勲が80歳を迎える節目の年に手がけた大作『イーハトーヴ交響曲』。チケットがソールドアウトした2012年11月の世界初演から9ヵ月後、さらにヴァージョン・アップを遂げた再演ツアーが8月29日の花巻公演からスタートしました。
 ここでは、9月1日の名古屋公演のレポートをいち早くお届けするとともに、いま一度、この交響曲を紐解いてゆきます。
マーラー的な“音宇宙”の中で
賢治の作品世界を表現した大作
岩手・花巻市文化会館(2013年8月2日)での公演
(C)Crypton Future Media, INC. www.piapro.net
 9月1日、すなわち立春から数えて二百十日。宮沢賢治の『風の又三郎』を読んだことのある読者なら、この日、謎の小学生・高田三郎が“風”のように転校してくる冒頭の場面をご記憶かもしれない。古来より台風が襲来するとされるその二百十日、名古屋には別の“台風”が到来した。「どっどど どどうど どどうど どどう / 甘いざくろも吹き飛ばせ / すっぱいカリンも吹き飛ばせ」という『風の又三郎』の一節を、初音ミクと合唱団がぞくぞくするような半音階の旋律(戦慄?)に乗せて歌う、「イーハトーヴ交響曲」という“台風”だ。
 舞台上にずらりと並んだオーケストラ、混声合唱、児童合唱は、マーラーの声楽付き交響曲を思わせる大編成だ。そして実際、「イーハトーヴ交響曲」は冨田勲がマーラー的な“音宇宙”の中で賢治の作品世界を表現しようと、10年以上をかけて構想・完成させた大作である。かつてマーラーは、自作の中に民謡詩集『少年の不思議な角笛』を織り込むことで、ドイツ語圏の聴衆の意識に直接訴えかけようとした。同様に冨田も、賢治のテキストや歌曲を自由に引用することで、昭和生まれの日本人の心の奥底に眠る“幼年期の記憶”に働きかける。先に触れた「風の又三郎」をはじめ、有名な「雨にも負けず」、賢治が作詞作曲した「牧歌」や「星めぐりの歌」などが、「イーハトーヴ交響曲」の中に走馬灯のように現れては消えていく。
 もうひとつ、マーラーと冨田の比較で非常に興味深いのは、ふたりとも自分の子供時代に聴いたさまざまな音楽やサウンドを楽曲の中にふんだんに引用することで、“幼年期の記憶”を具体的に音響化していることだ。マーラーに出てくる軍楽隊のトランペットや農民のダンスに相当する要素は、冨田の「イーハトーヴ交響曲」では次のようなものとなっている。小学校時代、冨田が岡崎で観た日活映画『風の又三郎』の主題歌「ドードドの唄」。戦後、同じ岡崎で彼が見たチャップリンの映画に出てくる手回しオルガン。音楽に飢えていた学生時代の冨田が、NHKのラジオ番組『音楽の泉』で初めて聴いたというラフマニノフの交響曲第2番や、ダンディの「フランスの山人の歌による交響曲」などなど。
 さて、ここから驚くべき飛躍が始まる。賢治作曲の「牧歌」の旋律とダンディの第1楽章のコーラングレ主題が偶然にも出だしが似ているため、冨田は賢治の「牧歌」をダンディの主題にオーバーラップさせ、賢治の作品世界と自己の音楽体験をダイレクトに結びつけてしまうのだ。かくして、「牧歌」≒ダンディの主題は「イーハトーヴ交響曲」全体を統一する循環主題となり、冨田は音とイメージのオーバーラップを駆使することで自由連想の“音宇宙”を広げていく。すなわち、チャップリンの手回しオルガンは第5楽章「銀河鉄道の夜」のケンタウロス祭の辻音楽に姿を変え、同じチャップリンが『モダン・タイムス』のレストランの場面で歌っていた「ティティナ」が、ダンディの交響曲のアラビア風の主題と重なりあって第3楽章「注文の多い料理店」の音楽の土台となり、チャップリン風の山高帽をかぶった初音ミクが料理店(レストラン)のエンタテイナー役としてそのアラビア風の主題を歌う、といった具合である。
初音ミクとはつまり
人形に“魂を吹き込む”こと
岩手・花巻市文化会館(2013年8月2日)での公演
指揮者の大友直人(左)と冨田勲
 そのエンタテイナー役をはじめ、第4楽章「風の又三郎」の又三郎役や第5楽章「銀河鉄道の夜」のカムパネルラ役を演じる初音ミクの起用に関して、冨田は終演後の楽屋で筆者にこう語った。
 「要するに、ミクは日本人が昔から継承してきた伝統芸、つまり人形に“魂を吹き込む”という作業を最新技術で実現したものなんです。人形浄瑠璃にしても、飛騨高山のからくり人形にしても、大の大人たちが何人も集まって人形に魂を吹き込んでいる。指揮者に合わせるミクが、リタルダンド → フェルマータ → ア・テンポと自然にテンポを変えて歌うためには、じつは非常に細かい作業が必要なんですよ」
 この言葉を聞いて、ぼくは突然気が付いた。かつて冨田が、羽田税関で“軍事機器”と疑われるような形状を備えていたモーグ・シンセサイザーから幻想的な響きを引き出したことも、あるいは長9度という異例の跳躍音程を使って『ジャングル大帝』の主人公レオの雄叫びを見事に表現したのも、すべてはこの“魂を吹き込む”ということではなかったか。この意味において、「イーハトーヴ交響曲」は“魂を吹き込む”伝統芸能者・冨田の集大成的な作品に他ならない。マーラーの交響曲の標題をもじれば、それこそが「冨田勲の音楽がわたしに語ること」なのだ。
 プログラム前半に演奏された名曲集が、多彩な音色のパレットを駆使して「イーハトーヴ交響曲」を描き上げた“音の画家”冨田の作家性をくっきりと浮かび上がらせる役割を果たし、「イーハトーヴ交響曲」をより深く味わうための“副読本”のように聞こえてきたのも面白かった。夜行列車の「ゴトンゴトン」というレールの継ぎ目を拍子木で表現した『新日本紀行』のテーマと、銀河鉄道の走行音をピアノとチェロの音形で表現した第5楽章「銀河鉄道の夜」。咸臨丸のマストの帆を力強く孕ませる風のような『勝海舟』の大らかなコーラスと、二百十日の風のざわめきを歌う第4楽章「風の又三郎」の半音階のコーラス。雄大なアフリカを感じさせる『ジャングル大帝』冒頭のホルンと、岩手山の壮大な風景を彷彿とさせる第1楽章「岩手山の大鷲〈種山ヶ原の牧歌〉」のホルンなどなど、他にも挙げればキリがない。「イーハトーヴ交響曲」を単体で聴くより、これら名曲と併せて聴いたほうが、絶対に理解が深まると思う。
 『風の又三郎』の原作においては、三郎は二百十日のわずか1週間後に転校し、“風”のように消え去ってしまう。だが、「イーハトーヴ交響曲」は、この後3週間に渡って東京と大阪で“風”を吹かすことが決まっている。東京・大阪上陸の頃までに、“台風”はさらに勢力を増しているはずだ。
取材・文 / 前島秀国(2013年9月)
無限大の旅路 〜イーハトーヴ交響曲〜
冨田勲 x 初音ミク
無限大の旅路 〜イーハトーヴ交響曲〜


■ 東京公演
東京 渋谷 Bunkamaura オーチャードホール
9月15日(日) 開演 13:30 / 開演 18:00(1日2回公演)
9月16日(月・祝) 開演 13:30

河合尚市指揮 東京フィルハーモニー交響楽団
鈴木隆太(key)
慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団
聖心女子大学グリークラブ
シンフォニーヒルズ少年少女合唱団 ほか

S 9,500円 / A 8,500円(税込 / 全席指定)
※ お問い合わせ: キョードー横浜 045-671-9911


■ 大阪公演
大阪 オリックス劇場(旧・大阪厚生年金会館)
9月21日(土) 開演 15:00

河合尚市指揮 大阪交響楽団
イーハトーヴ特別大合唱団 ほか

S 9,500円 / A 8,500円(税込 / 全席指定)
※ お問い合わせ: リバティ・コンサーツ 06-7732-8771


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