今、書きたいのは“祈りの音楽” 千住明が初の合唱曲集をリリース

千住明   2011/04/08掲載
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 2009年のNHK全国学校音楽コンクールの小学校の部の課題曲は千住明の作品だった。映画やドラマの音楽など、おもに商業音楽の世界をベースに活躍している作曲家という印象が強かったので、合唱界ではこの人選は新鮮に受け取られたはずだ。しかし千住自身は“頼まれたから書く”という以上の思い入れを、合唱に対して感じていたようで、なんと今回、これまで手がけた合唱曲だけを集めたアルバム『glee(グリー)』がリリースされた。合唱は、自身が今後書いていきたい“祈りの音楽”を託すのにふさわしい表現体なのだと語る千住明。インタビューは折しも、東日本大震災の3日前に行なわれた。
――千住さんと合唱曲という組み合わせは、正直やや意外な気もしました。
千住明(以下、同)「やっとここまで辿り着いたという感じですね。以前から仕事では、たとえば民謡を合唱とオーケストラのために編曲するといったことはたくさんやってきたのですが、合唱の世界はすごく独特で、なかなか自分から率先して合唱曲を書く機会はありませんでした。でも何年か前から、映画のサントラとか、さまざまな仕事で意図的に合唱を入れるようにしてみたら、自分の中の合唱に対する敷居みたいなものが少しとれてきたような気がしていて、ちょうどその矢先、2009年にNHKコンクールの課題曲と早稲田大学グリークラブからの委嘱があって、それが、積極的に合唱も書こうと思ったきっかけです」
――NHKコンクールと早稲田大学グリークラブのための作品は、どちらも覚和歌子さんの詞によるものですね。


 「詩人の覚さんは僕と同い年ですが、歌謡曲の詞も書ける人で、僕がデビューしたばかりの頃に、まだアイドルだった高橋由美子さんのために2人で4曲ぐらい作ってるんです。今回のコンクールの課題曲は、先に彼女に声がかかって、僕と一緒にやりたいと言ってくれたそうですし、早稲田のほうは、僕が慶應出身なので早稲田の人に詞を書いてもらおうと思って彼女に頼んだ。その2つがちょうど同じ時期だったので、“あ、これは縁があるな”と」
――NHKコンクールの課題曲は、2曲から1曲を選んで歌うという、異例の選択制でした。


 「覚さんが、どちらか選んで、という意味だと思うのですが、2つ詞を書いてきたんです。でも僕が合唱を書くことに飢えてたんでしょうね、どちらも捨てられないと思って、2つの詞に曲を書いちゃった」
――千住さんの仕事の多くでは、先に音楽を書いてあとから詞をつける“メロ先”のケースが多かったと思うのですが、詞が先にあることに不自由は感じませんか。
 「今回の収録曲のほとんどは詞が先です。合唱曲は詞先のほうが断トツにいいんですよ。早稲田のための曲では、覚さんがすごくいい詞を書いてくれました。男の子たちに母の歌を歌わせるのはいいですよ。もちろんこれから、大人の人たちがどうやって歌ってくれるのかも楽しみにしています」
――収録曲の中では、5曲目の「心と心で」が1997年といちばん古い作品ですが、合唱曲はこれが初めてだったのですか。
 「たぶんそうだと思います。90年代は突っ走って劇伴を書いてた時代で、時間がなかった。合唱曲をちゃんと書くようになったのは、90年代の終わりからです。ただし、〈心と心で〉自体は、もともと映画の主題歌で、僕ではなくて別の方がアレンジしたものなんです」
――最新作は15曲目の〈地・水・火・風・空 (A Ba La Ka Kya)〉で、今年放送されたNHKのTV番組のために作曲されたものですね。
 「これがまさに、僕がこれからやりたい音楽なんです。人から頼まれたものではない、自分発の音楽。“祈りの音楽”なのですが、その世界を作るのには混声合唱がいちばん書きやすい。いわゆる合唱の世界の作品とはちょっと違うものになるかもしれませんが、人の声をインストゥルメンタルとして使いたいと考えています。次は全曲ア・カペラの合唱だけで、洒落た大人のアルバムを作りたいと思っているのですが、その予告編みたいな曲ですね」
――今後、この合唱曲アルバムはシリーズ化されていくとのことですが。
 「ええ、その予定です。合唱のなかでも、ア・カペラのよさは圧倒的ですよね。以前に、フランスの礼拝堂を巡ったことがあるのですが、長い残響のなかで体験するグレゴリオ聖歌はとても素晴らしかった。ただし、僕はキリスト教の祈りとも違う、日本人ならではの祈りの音楽を書きたいと思っています。すがって祈るのではなく、自然に流れているような祈りの音楽。はたしてどのジャンルに含まれるのか。やっぱりクラシカルでしょうね。ヒーリングほどポップスにはならないでしょうから」
――祈りというのは、千住さん自身の祈りなのでしょうか。


 「僕が音楽家として何ができるのだろうと考える時、やっぱり、僕の音楽を必要としてくれる誰かのために音楽を書きたいという気持ちがあります。音楽でその人を支えることができるかもしれない。そう考えてみると“祈り”という言葉は、あまりおこがましくなくて、いいんじゃないかと思うんです。僕はこれを使って祈りますから、もしそれを必要とする人は聴いてください、というね。BGMで聴いてもらってもかまわない、空気清浄機みたいな音楽(笑)が書きたいですね」
取材・文/宮本 明(2011年3月)


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