乾いた情景描写で今を生きる人々の機微を描く二人組、T字路s

T字路s   2012/02/09掲載
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 爆音ロックンロール・バンド=DIESEL ANNのギター・ヴォーカルとして活躍していた伊東妙子(タエコ)と、今や日本のスカ・シーンの旗頭となったCOOL WISE MANのベーシスト篠田智仁(シノダ)による2人組、T字路s。乾いた情景描写で今を生きる人々の機微を描いていく彼らの音楽は、胸を鷲掴みにして、心を激しく揺り動かす、まさしく現在のブルースだ。激情の歌声とギターでどん詰まりの世の中に光を照らす、T字路sのふたりに話を聴いた。
――T字路sは、ギター・ヴォーカルとベースの2人組というちょっと変わった編成ですが、ドラムレスっていうのは最初からイメージしてたんですか?
シノダ 「最初からドラムなしでやるっていうのは前提としてなかったけど、二人であわせてみたら、ドラムがないほうが面白いかなって思えるようになってきて」
タエコ 「以前に10年以上やってたDIESEL ANNでは常に振り切ってるような歌い方で。シャウトの連続みたいなライブやってたら、終わったらヘトヘトな感じだったんです。でも、T字路sをはじめてから、バックが小さい音量で歌を歌ってみたら、自分の歌がまだ伸びるなって思えて」
――爆音のギター・バンドとは、今は真逆の編成ですもんね。どんなところに発見があったんですか?
タエコ 「とくに意識して歌い方を変えようとかは思ってないんですけど、勝手に変わっていった感じがあって。低いところで揺らしたり、歌の中でドラマを作るような、細かい技が使えるようになって。前のバンドは、そこまで細かいところに気をつかうような歌い方っていうのは無理だったから、それがすごく嬉しかった」
――シノダさんも、COOL WISE MANでのベース・プレイとは、またガラリと変わったものを求められるわけですもんね。
シノダ 「俺もドラムなしでベース演奏するのもやったことなかったから、これは難しいなっていうのが最初にあって。とくにCOOL WISE MANなんかは、完全にリズムのバンドだから。今まで、自分はメロディって意識はあんまりなかったんだけど、T字路sをやるようになって、すごくメロディを意識するようになりましたね」




――今回の『マヅメドキ』にはカヴァーが数曲入ってますが、T字路sはライヴでもよくカヴァーを披露してますよね。ダウンタウンブギウギバンド「あいつの好きそなブルース」や、ストリート・スライダーズ「のら犬にさえなれない」なんかは、タエコさんの歌と抜群にハマってるんですよね。
シノダ 「実際に演奏してる曲以外にも、候補はたくさんあるんですけど、本人が自分に詞がしっくり入ってこないと絶対に歌わないんですよね」
タエコ 「うん。“これやれば?”って言われても、1小節でも自分の感覚と違うなって思うと、“歌いたくない!”って思っちゃう」
――浅川マキさんの「あたしのブギウギ」は、タエコさんが選んだ曲ですよね。
タエコ 「他にもカバーした曲もあるんですけど、マキさんの曲に共通して言えるのは、暗いんだけど暗くなりきらないというか、暗いところでもヘコまないでヤサグレちゃう感じが素敵なんですよ。<あたしのブギウギ>は、それがよく出ている曲のひとつだと思ってて。中島みゆきとかだと、落ち込みきってそこに浸っちゃうんだけど、マキさんは落ち込んだらグレちゃうんですよね(笑)。“病んでられっか!”ってヤケ酒あおっちゃうような感覚が好き」
――そこらへんは、タエコさん自身にも通じる?
タエコ 「まさにそうですね(笑)」
――たしかに、一時期はそういうはすっぱな感じの女性像ってあったけど、最近の女性アーティストの曲にないかもしれないですね。
タエコ 「元気出して、大丈夫!みたいなのもないし、逆に落ち込んで浸っちゃうっていうのもない」
シノダ 「マキさんは、タバコくわえて斜に構えてても、悪ぶってる感じもしない。自分のことをかっこつけてビッチを気取ってる人はたくさんいるけど、全然違うんですよね。ビリー・ホリデイとかもそうだけど、男の人が好きで、繊細だから傷つきまくって、だけど強く見えるような……って、タエちゃんがそうかどうかは、分からないけど(笑)。芯は強いし、頑固なところはすげえ頑固だし。普段は弱々しくて自信なさそうだけど、男らしいところは俺よりも断然男らしいからね(笑)」
――MCで喋ってる声は可愛らしいけど、歌いはじめるとドスの効いた歌声になるギャップもいいんですよね。
タエコ 「どっちも素ですからね。ギャップと言われても困ります、みたいなね。よく“その声、どうやって作ったの? 一回潰したらそうなるの?”とか聞かれるんですけど、まったくそんなことなくて。医者にも“すごく綺麗なノドですね!”って言われたぐらいで。そのままの歌い方でいいですって」
――バーボンとタバコでノドを潰した……みたいな、ジャニス・ジョプリンから続く、ハスキーな女性豪傑シンガー伝説みたいなものとは無縁な(笑)。
タエコ 「茶色いお酒は飲めません!」
――(笑)そういうところと通じるかもしれないけど、T字路sの音楽は、ブルースからの影響は感じさせるけど、直訳的な解釈とは距離を置いた感覚があって、そこが信頼おける部分というか。
タエコ 「もちろんブルースは好きだし、訳詞とか読むと隠語とかのオンパレードじゃないですか? そういう面白さを歌詞に入れたいっていう気持ちはありますね」
――ライヴでやってる「Hoochie Coochie Man」のカヴァーも、女性の立場から捉え直したユニークなものですよね。
シノダ 「俺ら、ブルースを勉強したっていう感じはまったくないんだけど、まわりの人が現在のブルースだって言ってくれたりして。ブルースって、スカとかと一緒で、ブルースから直接影響受けてやってる人たちは、すごい人たちがいるじゃないですか? そんな人たちと同列には並べられないとは思うけど、俺らのことをブルースって言ってくれるのは、もっと大きな意味で、たとえば生活感とか、そういうところがブルースって言ってくれてるとしたら、それはすごくうれしいことだし、そういう風になりたいなとは思うんですよね。ブルースって、底辺の人たちからはじまったもので、俺はそういうルーツ・ミュージックが好きだから。そこにはユーモアがあったり、哀しみがあったり、いろんなものがあって、そういう部分をT字路sでは出したいなとは思ってて。今更かっこつけてもしょうがないし、安い家に住んで、最低限の暮らしをしてやってるわけだから、そういう意味でブルースって言ってくれるならうれしいな」
タエコ 「(激しくうなずきながら)それそれ!」
――とくに誰それを指して言ってるわけじゃないけど、本当にブルースに影響を受けて、日本でブルースを演奏する場合、日本語の歌詞でやるとなると、もともとあるブルースのフレーズやボキャブラリーに縛られちゃいがちだと思うけど、T字路sはそこに全然囚われてない。
シノダ 「うん、そこはまったく無視してると思います。昔のブルースの和訳をそのままやっても、今の時代にリアリティを覚えるかどうかはわからないし、だとしたらもっと現在のリアリティとかを大切にしたい。そこはタエちゃんの分野で、歌詞がそういうところを感じさせると信じて(笑)」




――タエコさんの書く詞は、最新の言葉を使っているわけではなくても、古い音楽をちゃんと聞いてきた人たちがチョイスした、現在にも通じる普遍的な言葉っていうのを意識してる。だから、カヴァー曲とオリジナル曲の差を感じさせないし、T字路sがセレクトするカヴァー曲も、今聞いてもキラっと光るものを感じさせる言葉を持ってる曲たちなんですよね。
タエコ 「私は、自分がメッセージを発信しているという意識はあまりなくて、自分の私小説みたいな感じだったり、自分が作った物語を歌って、それが聴いてる人の思いと重なればいいなと思っていて。だから、一生懸命に自分に語りかけて、自分の中で純度を高める言葉を選んで詞にしてる。まずは自分が思い入れられることを前提に作っていて、自分がグッときて、胸が(かきむしられるように)ウワーッてなるようなものを作っているから」
――『マヅメドキ』にはDIESEL ANN時代から歌い続けてる「泪橋」も入っていて、この曲は僕も聴くたびに涙してしまいそうになるぐらい大好きなんですけど、タエコさん自身も自分の歌を歌っていて、歌の中に入り込んでしまうことはある?
タエコ 「その時に込めた詞にもよるけど、<泪橋>なんかは、スタジオでひとりで練習してる時でもすごい元気をもらって、感極まって泣きそうになっちゃう時もあるんですよ。<風来坊のララバイ>を歌ってる時は、ヤサグレちゃうぞって気分になったり、入り込んで熱くなっちゃって、シノちゃんのベースのことなんか全然考えられなくなって、“ワタシ、今ノッてるからついてきてよ!”って気分になっちゃったり(笑)」
――作った時には私小説的なものになったかもしれないけど、そこが日記と私小説の違いで、物語として完成しちゃったら、離れちゃうんでしょうね。
タエコ 「一度曲を作ったら、自分もリスナーの状態になってて、今の自分の感情と重ねる……お客さんで涙ぐんだりしてる方も、自分の何かとリンクしてるからなんだろうと思うけど、私自身も曲ができた段階でいったん自分から離れてて、それをリスナーとして一番近くで聞いてるような気分になるのかもしれない」
――なるほどね。アルバムの最後に収録されている「東風」は、バンバンバザールが中心になって企画された、『Sing along〜Songs for TOHOKU〜』にも収録されていたナンバーを、改めてレコーディングした楽曲ですね。
タエコ 「これは震災の後に初めて作った曲で、初めて外に発信するってことを考えて作った曲かもしれない。ホントに震災直後だったので、混乱しながら作ったっていう感覚があって」
シノダ 「震災の直後は、タエちゃんも結構やられちゃってたからね。その時期にできた曲なんで、他とは違うんだろうけど、今こうしてトータルで聴いてみると、暗くなっていないというか、希望が感じられるものになってる」
タエコ 「言葉が全然選べないから、何度も直してね。3月中に歌詞をつけた曲だったから、不安な気持ちもありながら作ったのを覚えてます。簡単に明るいメッセージも言えないし、かと言って暗くなったってしょうがない。明日はどうなるのかわからないけど、泣いてるわけにはいかない。“強い風に吹かれてもとりあえず歩け!”って感じで。もう少し経ってたら、また違う曲になってたかもしれないけど」
シノダ 「あの時期は、ライヴハウスも営業できない状態だったしね。だから、震災の一週間後にバンバンバザールとやったクアトロのイベント(勝手にEXNE)は、俺らにとっても逆に救いになった。ミュージシャンの中でもやりたい人はたくさん居ても、家から出られなかったり、イベントが飛んじゃったりした人も多いと思うから。たぶんこっち側もモヤモヤしてたけど、いざライヴをやってみたら前向きになれた」
タエコ 「そういう連続だったね。あの頃はライヴを一回やるごとに力をもらって、っていう感じでしたね」
――「東風」が当時の状況や心境が反映されてるのと同じように、T字路sからこの先に生まれてくる曲も、その時々の見えてる感覚だったりが反映されるんでしょうね。
タエコ 「うん。それが自分の曲作りの軸になっているから、純度をもっと高めていきたいと思ってます」
取材・文/宮内健(2012年1月)
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