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『プルリブス』主演レイ・シーホーンの出世作 『ベター・コール・ソウル』のほろ苦い劇中歌たち【後編】

2025/11/26掲載
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『ベター・コール・ソウル』の名シーンを彩った劇中歌が知りたいです。
 伝説的ドラマ『ブレイキング・バッド』を生んだヴィンス・ギリガンの最新ドラマ『プルリブス』がApple TVにて配信開始となり、主人公を演じるレイ・シーホーンのブレイク作『ベター・コール・ソウル』にも耳目が集まる中、本ドラマを彩った劇中歌のリサーチを前・後編でお届けしています。

 『ベター・コール・ソウル』は、『ブレイキング・バッド』に登場する悪徳弁護士“ソウル・グッドマン”の過去を描いたスピンオフ・ドラマ。ボブ・オデンカーク演じる駆け出しの弁護士ジミー・マッギルが、正義の弁護士を志しながらも、悪へと落ちていく過程が哀愁と滑稽さをもって描かれます。“『ベター・コール・ソウル』のほろ苦い劇中歌たち【前編】”では、そんなジミーと、レイ・シーホーン演じるその恋人役キムとの関係にフォーカスした名シーンとその劇中歌を紹介しました。

 一方、本ドラマの魅力は、『ブレイキング・バッド』から続投して出演する、ジョナサン・バンクスら演じる他の名脇役たちの背景も掘り下げられているところ。後編では、ボブ演じるジミーに加え、他の登場人物にも着目し、その名シーンと劇中歌をリサーチ。物語を盛り上げた選曲の数々を紹介します。

デイヴ・ブルーベック「アンスクエア・ダンス」
シーズン1 ep.4 / デイヴ・ブルーベック『タイムレス・クラシック・アルバム』ほか収録
 大手弁護士事務所にギャフンと言わせたいジミーが、悪だくみに奔走するシーンで使用。後にかけがえのない相棒となるキムが、その様子を痛快そうに見ている表情も印象的でした。大きな存在に立ち向かう登場人物たちの反骨精神は魅力的ですが、動機ややり方が子どもじみていることも。手拍子や足音が彩るジャズの名ダンス・ナンバーが、そんな滑稽さをユーモラスに演出しています。



クリス・ジョス「チューン・ダウン」
シーズン1 ep.7 / Chris Joss『 Sticks』収録
 『ブレイキング・バッド』でもさまざまな闇のトラブルを解決してきたマイクの鮮やかな仕事ぶりを引き立てた渋いファンク・チューン。息子を失った悲しみと、息子に代わり遺された家族を守り続ける日々を億尾にも出さず、寡黙かつ冷徹な仕事をこなすマイク(ジョナサン・バンクス)に痺れた人も多いはず。淡々と刻まれるドラムとローズピアノのかもす色気が、そんないぶし銀を最大限引き立てています。



フォーレ「シシリエンヌ」
シーズン2 ep.2 / 『フォーレ:レクイエム 組曲≪ペレアスとメリザンド≫、パヴァーヌ シャルル・デュトワ / モントリオール交響楽団 / キリ・テ・カナワ / シェリル・ミルンズ』ほか収録
 ジミーが認められたいのは、兄であり、法曹界で尊敬を集める偉大な弁護士チャック(マイケル・マッキーン)。一方チャックは、要領の良い弟にコンプレックスを抱いており、それが悲劇へと繋がっていきます。そんなチャックが、よく弾いているのがフォーレの代表曲「シシリエンヌ」。妻と実弟の不倫を描いた戯曲『ペレアスとメリザンド』の音楽として知られ、別れた妻とジミーの楽しそうな会話にも嫉妬を覚えるチャックの愛奏曲として、かなり意味深な選曲と言えます。

リトル・バーリー「ホワイ・ドント・ユー・ドゥ・イット」
シーズン2 ep.9 / リトル・バーリー『スタンド・ユア・グラウンド』収録
 ジミーが、恋人キムのために、兄チャックを陥れる細工をしている時に流れます。ドラマのテーマ曲も務めるリトル・バーリーの楽曲で、ちょっとした思い付きが取返しのつかない悲劇を生んだ重要シーンを物憂げに彩りました。彼らをドラマに抜擢した音楽スーパーバイザー、トーマス・ゴルビックのお気に入りの楽曲でもあり、毎回タイトルバックを彩ったテーマ曲は、同曲に似たものをというオーダーがあったそうです。



リトル・リチャード「ハリー・サンダウン」
シーズン3 ep.3 / リトル・リチャード『ザ・Okehセッションズ』収録
 ジミーが、兄チャックに嵌められ、不法侵入の容疑で留置所に入れられるシーンで流れます。兄弟の不仲に疲弊したジミーは、魂を揺さぶるリトル・リチャードの絶唱をバックに、闘うしかないと腹を決めます。



ルーチョ・ネヴェス・イ・ス・オルケスタ「マンボ・デ・マチャグアイ」
シーズン4 ep.6 / V.A.『ペルー・マラヴィロッソ: ヴィンテージ・ラテン・トロピカル・アンド・クンビア』ほか収録
 弁護士資格を停止されても、金策に苦労しても、めげずに何度でも起き上がるジミーの復活力は、ビターな物語の一服の清涼剤。哀愁と陽気さを内包したフォルクローレをラテンジャズ・アレンジで聴かせるルーチョ・ネヴェス楽団の軽やかなサウンドは、そんなジミーの生きざまにぴったり。



アバ「ザ・ウィナー」
シーズン4 ep.10 / アバ『スーパー・トゥルーパー』収録
 ジミーと兄チャックがまだ仲良くやっていた頃の回想で、2人で歌ったカラオケのナンバー。このシーンが冒頭で流れた第10話では、過去に万引き歴があり、奨学金審査に落選した女学生に「みんなキミの過去は忘れない。頭を使え。勝者がすべてを得る(The Winner Takes it All)。負けるな」と自身を重ねて激励する場面も。

イマ・スマック「チュンチョ」
シーズン5 ep.6 / イマ・スマック『ザ・カンテサンス』ほか収録
 『ブレイキング・バッド』で壮絶な復讐劇を繰り広げた、カルテルのボス“ガス・フリング”(ジャンカルロ・エスポジート)も本ドラマにも出演。復讐の準備はすでに始まっており、その犠牲者とも言えるメキシコ青年ナチョ(マイケル・マンド)とともに、敵を欺くため自分の店を燃やす場面で流れます。ペルーの歌手、イマ・スマックによる鳥や森の生物の鳴き声をまねた特異な歌唱法が、2人を呪うかのように響き渡り、不吉さを醸しています。



ドレザージュ&スロウ・シヴァー「パーフェクト・デイ」
シーズン6 ep.9 / デジタル・シングル ドレザージュ&スロウ・シヴァー「Perfect Day (From "Better Call Saul") 」収録
 ジミーと恋人キムのやりすぎた悪ふざけと、ガスやマイクが抱える闇社会の脅威が結びついた最悪のフィナーレを彩りました。数々の間違った選択が集約された愚かな“お祭り騒ぎ”を、“完璧な一日”と表現するハリー・ニルソンのカヴァーは皮肉。ドラマの音楽スーパーバイザーを務めたスロウ・シヴァーによるアレンジと、ドレサージュの柔らかな歌唱によるドリーミーな響きが、これまでの犠牲者を悼むように優しいのはせめてもの救いです。



ザ・ハーモナイジング・フォー「オール・シングス・アー・ポッシブル」
シーズン6 ep.13 / ザ・ハーモナイジング・フォー『ファーザー・アロング』ほか収録
 最終シーズン6の最期の4話は、『ブレイキング・バッド』の前日譚ではなく、その後の世界としてモノクロで展開されます。駆け出し弁護士のジミーが、悪徳弁護士“ソウル・グッドマン”を経て、『ブレイキング・バッド』での破滅以降、“ジーン”と名を変えて指名手配から逃れている時間軸。シリーズを締めくくる最終ラスト、ソウル・グッドマンは、法廷で最期のショウを見せた後、素直な感情を傍聴席にいるキムに吐露し、本来の自身に帰ることができます。そんな彼を法廷に見送ったのが、「ただ信じてください」と歌うアメリカの古き良きスロウ・バラード。すべての終わりを目前に、観る側の心を静かに揺さぶる選曲です。


 
 『ブレイキング・バッド』もそのスピンオフ『ベター・コール・ソウル』も、登場人物たちがとった数々の誤った選択が、破滅のラストへ導く悲しい物語。不器用な大人たちが、葛藤し奔走する様子は、時に滑稽でありながらも愛おしく、ビターな選曲の数々とともに胸に焼き付けます。
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