僕の昭和少年時代(絵と文 / 牧野良幸) 第4回 ベンチャーズからモンキーズへ、小学生の洋楽遍歴

2019/01/22掲載
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第4回 ベンチャーズからモンキーズへ、小学生の洋楽遍歴
絵と文/牧野良幸
“ビートルズ”という名の台風
僕が小学生を過ごしたのは1960年代。昭和30年代終わりから40年代中頃にかけてだ。子どもから見てもその時代の音楽は非常に活気があったと思う。世はテレビ時代だから、子どもはラジオよりテレビ。ブラウン管を通じて日々伝わる音楽のパワーは圧倒的だった。
日本は高度成長期だったから、歌謡曲や和製ポップスは賑やかだった。そしてそれらに影響を与えている外国の音楽、すなわち洋楽も賑やかだった。歌謡曲はともかく、洋楽がテレビを通じて流れるなんてほとんどなかったのに、どうしてあれだけ子どもの頭に入ってきたのか不思議である。『シャボン玉ホリデー』のような歌番組で日本人が歌うのを聴いていたからかもしれない。
洋楽の代表はやはりビートルズ。子どもにもビートルズの存在は知れわたっていた。とは言ってもビートルズの姿を目にしたことは一度もなく、僕の場合、音楽も聴いたことはなかった。ビートルズが及ぼした社会現象とか、ビートルズに対する大人たちの騒ぎ方ばかりが目についていた。すなわち“ビートルズの影響で、男が女のように髪を伸ばし始めた、けしからん”ということ。
今では信じられないことだが、男の長髪は子どもが見ても、気色の悪い姿だった。現代でたとえるなら――もう何にたとえても驚かないが――男がミニスカートにガーターベルト、ハイヒールで歩いているようなものか。
いずれにしても長髪の若者は、怪獣映画やアニメに登場する爽やかなお兄さんとは別の人種に思えた。大人たちがヒステリックなまでに長髪の若者を攻撃しているのを見るにつけ、その大本であるビートルズというのは日本の文化を破壊している恐ろしいやつらだと思ったものである。かつて伊勢湾台風という大きな台風が来たように、日本列島に“ビートルズ”という名の台風が押し寄せて来たと感じた。
もちろん1966年(昭和41年)に、その台風が法被を着て本当に日本にやってきたとは、当時8歳の子どもにはわからない。これが二つ歳上の兄貴なら“ビートルズの来日は覚えている”となるのだから、この時期の年の差は大きい。
“テケテケテケ”とベンチャーズ
ただビートルズを恐れ、長髪の男には“女みたいだ”と反発して、大人の側についた僕も、そのほかでは若者の側についたのだった。やはり小学生もれっきとしたヤングだ。
まず不良の代名詞と言われたエレキ・ギター。“エレキ”は大好きだったなあ。あの電気音がたまらなかった。子どもでも頭に血が上ってゾクゾクしたくらい。血気盛んな若者がエレキにのめり込んでいたのは当然だろう。エレキに関しては僕も大人の白い目などまったく気にしない。これがわからない大人はダメだなあと思ったくらい。
エレキの“テケテケテケ”という独特の奏法が日本中を興奮させたと思う。その代表がベンチャーズだ。
同じエレキでもビートルズは正体不明の台風にしか思わなかったが、ベンチャーズのほうはちゃんと音楽として受け入れた。当時ビートルズの「ビートルズがやって来る ヤァ!ヤァ!ヤァ!(ア・ハード・デイズ・ナイト)」や「涙の乗車券」がまったく届かず、ベンチャーズの「ダイアモンド・ヘッド」がスパッと頭に届いたのは、たぶんインストゥルメンタルだったからだろう。兄貴と風呂に入っている時に一緒に「ダイアモンド・ヘッド」を口ずさんで練習したのを思い出す。
社会現象というなら、ビートルズ以上にベンチャーズのほうが社会現象になったと僕的には感じている。ベンチャーズは日本の歌謡曲とも相性が良かった。70年代の始めでさえ、ベンチャーズの曲である渚ゆう子の「京都の恋」や欧陽菲菲の「雨の御堂筋」が大ヒットしたのだから日本人との相性は確かにいいと思う。
モンキーズがやって来た
ベンチャーズの人気がひと段落したところから、エレキのブームは邦楽に移る。タイガースやテンプターズが登場してグループ・サウンズ・ブームが始まった。グループ・サウンズについては別に書くことにしているので、ここではグループ・サウンズ・ブームの頃の洋楽について書く。
当時人気があったらしいヨーロピアン・ポップスはさすがに小学生には大人すぎた。やはり子どもはアメリカだ。といってもウォーカー・ブラザーズの「ダンス天国」などはそうとう流行ったけど、子どもがグループ名を知るほどではなかった。
やっぱりベンチャーズのあと、子どもたちに有名になったのはモンキーズだ。彼らを主人公にした『ザ・モンキーズ・ショー』というテレビ・ドラマまで始まったのだから印象は強い。もちろん日本語吹き替えであるが、『ルーシー・ショー』とか『奥さまは魔女』とか、当たり前のようにアメリカのドラマが日本のお茶の間のゴールデンタイムに流れていた時代だから、『ザ・モンキーズ・ショー』もすぐに食いついた。
モンキーズのメンバーは音楽をやる人とは思えないほどキャラが立っていて、ドラマが面白かった。加えて番組中で流れるモンキーズの音楽もいいなと思っていたのである。ベンチャーズほど狂騒的にはならなかったけれど、モンキーズではしっかり洋楽鑑賞をしていた。
これが小学四年生か五年生あたりか。『ウルトラマン』とか『ウルトラセブン』といった怪獣番組を見終わって、『ザ・ガードマン』みたいな大人のテレビ・ドラマも積極的に観る年頃だ。グループ・サウンズに夢中だったこともあり、洋楽を聴く素地はできていたのである。
ただ、モンキーズがビートルズに対抗して計画的に作られたグループだったとは、当時はぜんぜんわからなかった。大きくなってそれを知った時には、何か騙されたような気分になったものである。しかし「モンキーズのテーマ」はいい曲だったからそれも許すことにした。
ベンチャーズやモンキーズは70年代に入る頃には完全に忘れ去られてしまうが、その後は地味にカムバックして今も話題になることがある。とくにモンキーズは「デイドリーム・ビリーバー」が永遠のスタンダード曲として世代を超えて聴かれていると思う。
だけど僕としては「デイドリーム・ビリーバー」を『ザ・モンキーズ・ショー』で聴いた記憶がないのである。この曲の存在を知ったのはレコードを買うようになった高校生あたりだ。こんな名曲に反応しなかったなんて、小学生の洋楽志向といっても、その程度だったということかもしれない。
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