プログレッシヴロック・バンド、
金属恵比須のドラマー“後藤マスヒロ”の還暦を祝うライヴ〈後藤マスヒロ 還暦記念ライヴ〉が8月30日に東京・高円寺 HIGHにて開催されました。
生誕60周年はもちろん、後藤のプロドラマー生活35周年もお祝いする本公演は完売御礼。昨年ステージで競演したレジェンド・塚田円(
那由他計画)や交流の深いプログレ・アイドルの
XOXO EXTREME(キス・アンド・ハグ・エクストリーム)もゲストに迎え、いつにも増して見どころの多かった当日の模様をお届けします。
なお、金属恵比須は10月12日(日)大阪・中津Vi-codeでも、後藤の還暦にちなんだ〈「大阪マスヒロ万博」〜後藤マスヒロの進歩と調和〜〉を開催します。詳細は金属恵比須の公式サイトをご確認ください。
[ライヴ・レポート] 金属恵比須と言えば、キング・クリムゾンやジェネシスといった70年代プログレとディープ・パープルを筆頭にしたハードロック黄金期へのオマージュ、そして横溝正史的なオドロオドロしい文学ネタを、楽曲に“みつしり”に詰め込んだ特濃サウンドが身上。そんなハイカロリーな楽曲群を支えるバンド最年長ドラマー、後藤マスヒロは頭脳警察でキャリアをスタートし、人間椅子、GERARDのメンバーを歴任。2006年にプログレ・バンド“新世界”の2ndアルバム『鏡の国のアリス』のレコーディングで高木大地と出会ったことをきっかけに金属恵比須に加入した。
本公演は、後藤マスヒロの還暦祝いとあって、彼のソングライティングにもフォーカスしたセットリストに。出囃子も、いつもの映画『八つ墓村』のサントラではなく、後藤のソロ・アルバム『INTENTION』冒頭の「introduction」がチョイス。高木大地(vo,g)、稲益宏美(vo)、香珀(key)、埜咲ロクロウ(b)に続いて、“赤いちゃんちゃんこと大黒帽”姿の後藤マスヒロが登場すると、彼の楽曲性が炸裂する同アルバムより「THAT」でライヴはスタートした。後藤のドスの効いたドラミングをハモンドやメロトロンが彩り、ヴォーカルの切れ目にベース&ドラミングが際立つ構成の楽曲で、まさにマスヒロ主人公のライヴにふさわしい幕開けだった。CDでは入江陽が淡々と歌うヴォーカルを、稲益がくずれた感じに歌うのにも痺れた。
続いて、ライヴ定番の「武田家滅亡」が投下。何回「武田さん」を滅亡させる気なのか、ライヴでは欠かせない稲益の「武田家滅亡」のコールに加え、ワウペダルで噛みつくようなグルーヴを生む高木のギターに会場のライヴへの推進力はさらにアップ。続いて、間髪入れずに「う・ら・め・し・や」へ。作詞を稲益が作曲をマスヒロが手掛けた同曲は、小松左京のSF長編小説をテーマにした2022年作『虚無回廊』の収録曲で、ルーキーの香珀(key)が新加入してからは初の演奏となる。SNSでは香珀がかなり凝ったという華麗なピアノ・アレンジに彩られ、幽霊の恐怖を歌う稲益の情念あふれる歌唱も際立つ。稲益は、この日、黒のミニドレスに紫の着物を羽織り、いつもより大人びた装い。しかし、間奏では着物を頭にかぶり、幽霊のように徘徊するなど、相変わらず細かいパフォーマンスが憎い。楽曲の締めには、見るたびにキレを増す埜咲ロクロウのベースと後藤のドラミングという両者のソロで、金属恵比須のハードロック面が際立つ3曲で序盤は終了。
MCを挟み、中盤は、1曲目と同様『INTENTION』収録の後藤のソロ曲「White Refrain」から。なんと、ファンク・ナンバーである。後藤マスヒロはメンバーの中でも珍しくブラック・ミュージックも愛するという一面を持つが、金属恵比須のステージではかなり珍しい。マスヒロのドラムとロウロウのベースが組みあげるリズムとグルーヴの上を、高木のギターソロが滑らかに描かれる。かなり異色のパフォーマンスだが、“プログレ+ハードロック”というサウンドをはじめ、強度のある個性を持った金属恵比須が、別ジャンルを演奏するのはライヴの醍醐味だ。
続く「箱男」では高木の野太い歌唱による呪いの歌詞「死ね!死ね!」が、「還暦祝いなのに“死ね”はどうなのか」と笑いを誘うMCも。高木は、歌唱パートではバンドのマスコット?ともいえる名物“箱男”に扮するので、早着替えも披露。金属恵比須のライヴならではのヒーローショーのような一幕だった。
そして、ファンにっとては一番気になるところの新曲が披露された。タイトルは、まだ仮題で「バンフー」。歌詞はまだなくハミングで歌われているが、金属恵比須の楽曲の中では異色の明るく、サイケデリックな曲調で、どことなくブリティッシュ・ロックの香りがする。ギターのパワーコードと、マスヒロのフィルの入れ方は60年代後半〜70年代初頭のTHE WHOのようで、「まさか、バンWHO?」と浮かんだところで、高木がギターを持って大股でジャンプをした。そう、ピート・タウンゼントのように。ここでTHE WHOが楽曲のインスピレーション源となっていることは確信が持てたが、後で聴いたところによると、仮題は「Van Halen + The Who」とのこと。歌詞が入り、どのような物語が描かれるのか期待が高まるナンバーだ。
ここで、本日一人目のゲストである塚田円(那由他計画)が登場。演奏されたのは夏目漱石の小説から着想された「彼岸過迄」。2023年のベスト『邪神覚醒 〜プログレ・ベスト〜』にも収録されたプログレ色の強い楽曲で、昨年4月のライヴでも塚田円をゲストに迎えて演奏されている。ライヴ仕様で、ややテンポアップしたグルーヴに、キレの良い塚田のオルガンがのりグルーヴをぐいぐいと引っ張る。「彼岸過迄歩き続ける」の歌詞では、還暦を迎えた後藤を指をさすなど、ユーモアも忘れないさすがのプレイを披露した。もちろん4月に続き、ボコーダーでコーラスを入れる演出もあり、あのアレンジが気に入ったファンも満足げだ。なお、塚田が参加したボコーダー入りの「彼岸過迄」は、ライヴ盤『邪神〈ライヴ〉覚醒』にも収録されている。
プログレ濃度が上がったところで演奏されたのは「紅葉狩」の第3部と4部。「箱男」もそうだが、「紅葉狩」も組曲形式で4部構成の大作だ。キング・クリムゾン「エピタフ」「ポセイドンのめざめ」を目指したという叙情的性にあふれた名曲で、金属恵比須のプログレ成分を煮詰めたようなパフォーマンスを味わうことが出来た。
「紅葉狩」の余韻に浸っていると、この日2組目のゲスト、XOXO EXTREMEが登場。横山陽依が学業の都合で欠席となってしまったが、一色萌、小日向まお、桃瀬せな、小嶋りんの4名が現れると、ステージが一気に華やぐ。4人が身を包む深みのある赤い色のドレスは、奇遇なことにマスヒロのちゃんちゃんこと全く同じ色。このちゃんちゃんこは、何と、大黒帽とあわせて稲益の手作りだそうで、稲益は作りながら「もしかしたらキスエクの衣装と同じ色かも。。。」と思ったそうだが、あまりにも似た色に、“キスエク”メンバーとマスヒロの5人並んだ写真撮影コーナーも始まった。
盛り上がったところで、XOXO EXTREMEと金属恵比須が披露したのは、一色萌が「ひんやりした曲」と紹介した「Hibernation(冬の眠り)」。この曲は高木が2021年にキスエクの2ndアルバム『Le carnaval des animaux -動物学的大幻想曲-』に提供したもので、高木いわく「プログレというより、岩崎宏美」とのこと。稲益が「歌謡曲」というと、キスエクのメンバーたちも頷く。イントロにメロトロンの幽玄な響きが重なるものの、しっとりとしたバラードにのせて、キスエクのメンバーの個性あふれるソロ歌唱で繋いでいくさまは、ひたすら美しかった。“湿ったメロディ”とプログレは本当に相性がいい。また、歌唱しているとき、もしくは、自分の歌う番でない時に見せる表情からは、踊らなくても世界観を創出できるキスエクの魅力も垣間見えた。さらに稲益の歌唱も重ねられ、5人の女性によるサビは圧巻だった。
キスエクのメンバーがはけると、高木大地から12月6日に昨年に続きトーク・ショーが開催されること、そしてライヴ定番曲「武田家滅亡」にリマスターを施したCDのリリースが予定されていることが告知。会場からは拍手が上がる中、プログレ・ベスト『邪神覚醒 〜プログレ・ベスト〜』のタイトル曲となった「邪神覚醒」で本編は終了。
アンコールは、還暦を迎えた後藤マスヒロを改めてお祝いするコーナーから。キスエクからの花束贈呈にはじまり、ダミアン浜田陛下、難波弘之、そしてマスヒロの大先輩である頭脳警察の石塚俊明から贈られたメッセージも読み上げられた。後藤マスヒロの人徳も伝わるが、ロックのライヴでは珍しい場面だ。ファンを含め、皆におじぎをしてお礼をしたマスヒロが最後に贈る楽曲は、2014年発表のミニ・アルバム『マスヒロ白書』より「嗚呼!!哀愁の通勤電車」。もはやプログレ要素は一切ないパンクロック・チューンで、「通勤者なめんじゃねー」と某路線に怒りをぶつけた同曲を、XOXO EXTREMEと金属恵比須で披露する。マスヒロは「この曲をアイドルに歌わせるなんて…」と恐縮していたが、ぴょんぴょんはねたり可愛らしく踊るキスエクの貴重な一面も見ることができた場面だった。
2度目のアンコールは、引き続きキスエクを迎え、金属恵比須が編曲と演奏を務めたキスエクの名カヴァー「Nucleus」「DAYLIGHT」を披露。北欧の偉大なプログレ・バンド、アネクドテンのもっとも狂暴かつヘヴィなナンバーと、エイジアの壮大かつポップな大ヒット曲を、金属恵比須の重厚な演奏とキスエクのキレッキレのパフォーマンスで堪能できたのは、この日のボーナストラック。キスエクのファンの方が振るペンライト(金属恵比須のライヴでは見たことがない)の残像とともに、出し物が盛りだくさんだった“後藤マスヒロ還暦祭り”は幕を閉じたのだった。
撮影: 木村篤志
文: 川上影森UNXUN