[こちらハイレゾ商會]第99回 フルトヴェングラー“バイロイトの第九”をハイレゾで聴く
掲載日:2022年1月11日
はてなブックマークに追加
こちらハイレゾ商會
第99回 フルトヴェングラー“バイロイトの第九”をハイレゾで聴く
絵と文 / 牧野良幸
e-onkyo musicでフルトヴェングラーの残した録音が続々とハイレゾ配信されている。今回はその中から、いわゆる“バイロイトの第九”として親しまれてきたベートーヴェンの交響曲第9番「合唱」を取り上げたい。
これは1951年7月29日、バイロイト音楽祭の戦後再開を記念しての演奏会ライヴ。近年バイエルン放送やスウェーデン放送が収録した別の音源が発掘されて、これはゲネプロの録音という説が有力になった(と思う)が、この音源自体の価値が変わらないことは誰もが認めるところだろう。
クラシックを聴く者にとってフルトヴェングラーは避けて通れない。レコード愛好家ならおそらくみんな初心者の頃にこの“バイロイトの第九”に出合ったに違いない。十代の頃は当たり前、中学生の時という人も少なくないだろう。
しかし出合いは早くても「どの年齢で“バイロイトの第九”を愛聴するようになるか」となると、人それぞれではあるまいか。フルトヴェングラーの録音はどれも古くてモノラルだ。そのためステレオ録音があたりまえの世代には最初とっつきにくい。
僕も興味を持ったものの、レコードはすぐに投げ出してしまった。輸入盤オリジナルLPを立派なシステムで聴けば印象も違っただろうが、国内盤中古レコードを買うのが精一杯の若造にそんな余裕はなかった。その後CD(リマスターを含む)でも挑戦したのだが、やはりのめり込んで聴くまでには至らなかった。その意味では熱心なファンではなかったかもしれない。
実のところ僕が“バイロイトの第九”をストレスなく聴けるようになったのは、2011年にSACDハイブリッドでリリースされた時からである。ずいぶん年月がかかってしまった。
そのかわり分かったこともある。いったんフルトヴェングラーの録音になじむと、こちらの耳が変わるということだ。それまで物足りないと思っていたモノラルでも十分にフルトヴェングラーの音楽が伝わるようになる。
すると他の演奏も次々と聴きたくなるのがフルトヴェングラーだ。録音年代にこだわり、発掘音源も気になりだした。ここにいたりようやく「マニアが熱く語っていたのは、こういうことだったのか」と膝を叩いたわけである。
ではハイレゾで“バイロイトの第九”を聴いてみよう。スペックは192kHz/24bitである。
拍手の後、フルトヴェングラーが登場する足音、ステージ上でなにか話している声が聞こえ、やがて演奏が始まる。聴き慣れた旧EMIの音源(足音付き)である。
第1楽章。弦の高音部分は硬いものの、オーケストラの音は見渡せるような開放感があり聴きやすい。モノラルだが窮屈さはなく、左右に広がる。ヒスノイズもほとんどない。このハイレゾをもし若い頃に聴いていたら、すんなりとフルトヴェングラーのファンになれたのに、と思う音質だ。第2楽章スケルツォではティンパニの強打や木管楽器の粒だちのいい音が聴ける。
第3楽章アダージョは美しい楽章だが、フルトヴェングラーの演奏で聴くと、天上の楽園の奥へ奥へと導かれていくかのようだ。弦がピッチカートを奏し、ホルンがソロを奏すところで楽園の最深部にたどり着いた感じ。まさに天上にいるようだ。この楽章には、このあとにベートーヴェンが作曲する後期弦楽四重奏曲と同じ深淵さがあるわけだが、それを実感できるのがフルトヴェングラーの演奏なのである。
そして「歓喜の歌」で有名な第4楽章。バス独唱はクリアで、残響にバイロイト祝祭劇場の響きを感じる。一般にモノラルはステレオより音質が劣るが、声楽に限れば、モノラルでも素晴らしい音が聴けると僕は思っている。この録音でもそうだ。ゆいいつ合唱が一番奥で狭い音場になっているのが残念であるが、1951年の録音と考えれば致し方ないと思う。でも熱気は十二分に伝わるから満足である。最後は怒涛のフィナーレ、なだれ込むように曲は終わる。
ハイレゾの音質は聴きやすいので、初めて“バイロイトの第九”を聴くなら、このハイレゾで聴いてみてはどうか。もちろんモノラルだからステレオ録音のような広がりはないが、少なくとも僕が若い頃に聴いた音よりは聴きやすい。そしてフルトヴェングラーのファンで、すでにソフトをお持ちの方も、このハイレゾは気になるだろう。
ちなみにフルトヴェングラーのハイレゾは他にもベートーヴェンやシューベルト、ブラームスの交響曲などが配信されている。オペラ好きの僕としては1937年、ロンドン、コヴェント・ガーデンでのライヴ録音でフラグスタートが歌う『ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」~第3幕、ワーグナー:楽劇「神々の黄昏」(抜粋)』が興味深い。オペラ全曲なら晩年の『ベートーヴェン:歌劇「フィデリオ」』『ワーグナー:楽劇「トリスタンとイゾルデ」』『ワーグナー:楽劇「ワルキューレ」』などもハイレゾで配信されている。あと、1954年録音のフィッシャー=ディースカウがイエスを歌う『J.S.バッハ:マタイ受難曲』も注目したい。



弊社サイトでは、CD、DVD、楽曲ダウンロード、グッズの販売は行っておりません。
JASRAC許諾番号:9009376005Y31015
Copyright © CDJournal All Rights Reserved.