[注目タイトル Pick Up] “小菅優が4年の歳月をかけた、多彩な音楽で伝える“四元素” / 「ゴルトベルク変奏曲」がコルトレーンに パイプオルガンとテナー・サックスによる癒しの一作
掲載日:2022年1月25日
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注目タイトル Pick Up
ふたつの曲とその変奏だけで構成された映画『ドライブ・マイ・カー』のサントラ
文/國枝志郎


 村上春樹の原作、濱口竜介の監督・脚本による映画『ドライブ・マイ・カー』は、公開直前に第74回カンヌ国際映画祭で4部門(脚本賞、国際映画批評家連盟賞、AFCAE賞、エキュメニカル審査員賞)を受賞し、その後アカデミー賞4部門ノミネート(作品賞、監督賞、脚色賞、国際長編映画賞)、そしてキネマ旬報ベストテンで5冠(助演女優賞、読者選出日本映画監督賞、脚本賞、監督賞、作品賞)達成と見事な成果をあげ、公開後半年が経過した今も大きな盛り上がりをみせている。封切時(2021年8月)全国115館だった上映館数は、ノミネート発表時には200館以上と倍増するほどの人気となっており、すでにご覧になっている読者も多いだろう。
 原作、脚本、俳優とすべてが素晴らしく噛み合ったこの映画、しかし忘れてはならないのはやっぱり「音楽」なのだと言い切りたい。声高に主張したりはしないにもかかわらず、不思議な広がり、空間性、時間の流れや逆に静止した時間といったことすら感じさせるようなここでの「音楽」は本当に素晴らしいのである。この映画の音楽を提供したのがドラマーとしてキャリアをスタートさせ、その後さまざまな楽器を操って多くのミュージシャンとのセッションワークをはじめ、映画やドラマのサウンドトラックもいくつか手がけてきたマルチプレイヤー、石橋英子だと知ったのは映画を観る前だった。ああ、これはきっと素晴らしい体験をさせてくれる映画になるんだろうなと期待したものだが、結果はその期待をはるかに上回るものだった。
 3時間もの映画のサウンドトラックというのであれば、長短含めた多くの曲が用意されるものだと思うのだが、このサウンドトラックはちょっと変わっている。オリジナルのサントラは10曲、わずか38分のプレイングタイム(ボーナストラックを収録した12曲版でも46分)と1時間にも満たないうえに「Drive My Car」と「We'll live through the long, long days, and through the long nights」というふたつの曲とその変奏だけで構成されている、ちょっと風変わりともいえるサウンドトラックなのだ。だが、ジム・オルーク(ギターほか)、山本達久(ドラムス)、須藤俊明(ベース)、マーティ・ホロベック(ベース)、波多野敦子(ヴァイオリン、ヴィオラ)といった凄腕の音楽家の参加も手伝って、ここで聴ける音楽は無限の色合いを持って響く。サウンドトラックはもちろん映画を彩るひとつのパーツだけれど、このアルバムはその範疇から飛び出して独立したアートとしても聴き続けていける作品だと思う。
 なお、前述したようにこのサントラには映画公開と同時に配信された10曲入りオリジナルと、その後2曲のボーナストラックを追加して2月に配信開始されたばかりの12曲入りアップデート版のふたつが存在する。ハイレゾスペックはどちらも同じ(48kHz/24bit)なので、お好みでどうぞ。


 2021年末に出た和製インスト・ジャズ・バンドGecko&Tokage Parade5枚目(本人たちによれば、過去代表曲のリアレンジをメインとした本作は5枚目ではなく、“4.5枚目”とのこと)のアルバム『Next Border』がとても素晴らしかったので紹介しようと考えていたところ、年が改まってすぐに今度はバンドのピアニストでリーダーでもあるGeckoの、Wataru Sato名義でのソロ・アルバム『Fading Spaces』が出てしまった。なんという創作欲! しかもどちらも目を見張るほど素晴らしいのだ。
 Wataru Satoを紹介するとき、ウクライナのピアニストLubomyr Melnyk(ルボミール・メルニク)に師事したと書かれることが多いようだが、長いことクラシック音楽の世界で無視され続けたあと、「世界最速のピアニスト」「continuous music(連続音楽 / 持続奏法)という独自のピアノ奏法の創始者」として、ロンドンの実験音楽レーベルErased Tapesから作品をリリースするようになって注目されたメルニクからは奏法というより、音楽と向かい合う態度のようなものを習得したのではないかと思う。Wataru Sato名義での音楽はメルニクのそれに比べたら音数ははるかに少ないが、ミニマルな音の中に漂う抒情性には共通したものを感じるのだ。2021年7月に配信限定(ハイレゾ配信あり)でリリースされた5曲入りミニ・アルバム『Spaces』をベースに、弦楽四重奏を加えて鎌倉の閑静な一角にある音楽室「カノンハウス鎌倉」で録音されたのが『Fading Spaces』である。Wataruが弾くピアノはチェコの老舗ペトロフで、そのちょっと明るめの音色が弦楽四重奏の響きと調和してロマンティックな味わいを感じさせるし、ガットギターやグロッケンシュピール、そしてフィールドレコーディングによる自然音を加えたサウンドもアルバムに彩を添えている。部屋の空気がミュージシャンによって美しく振動していくさまをみごとに捉えた録音も素晴らしい。淡い光を感じるハイレゾ(48kHz/24bit)に耳が虜になる。


 1997年に京都を拠点に演奏活動を開始したアコーディオン奏者の生駒祐子、コントラバス奏者の清水恒輔からなるインストゥルメンタル・デュオ、mama!milk(ママ!ミルク)。アコーディオンとコントラバスという楽器から紡ぎ出される音楽は「旅へいざなう音楽」「まだ見ぬ映画のサウンドトラック」などと評されてきた。ふたりだけの演奏のほかに、多くのミュージシャンとの共演や、音楽家だけでなく美術家とのコラボレーションも積極的におこなったり、日本だけではなくベルリン、ヴェネチア、パリ、上海などさまざまな場所の寺院や歴史的建築物、フェスティヴァルでのライヴや舞台作品のサウンドトラックにもかかわるなど、幅広い活動を繰り広げてきた。近年はセルフ・レーベルMUSICA MOSCHATAを設立し、2021年10月にはそこから最新アルバム『Charade』をリリース。全25曲が収録されたこのアルバムにはアコーディオンとコントラバスのほかに、ピアノ、フルート、二胡、マリンバ、声、テルミン、ヴィオラ、チェロ、フリューゲルホルン、テナーサックスなど、多彩な楽器が導入され、幻想的な素晴らしい作品集となった。しかし残念なことに、この稿執筆時点(2022年2月15日)ではハイレゾを含むデジタル配信はまだおこなわれていない。この甘美な楽園音響は、ハイレゾで聴けばどれだけ濃密な世界に聴き手を誘ってくれるのだろうと日々夢想していたところ、突然2017年作の『L'accordo Contrabbando』(ラコルド・コントラバンド / 密輸契約?)がハイレゾ(48kHz/24bit)で配信サイトに登場してきたのだった。
 本作はユニットのふたりにもう一人のコントラバス(守屋拓之)を迎えて、ユニットの過去の作品の再演を中心としたアルバムである。そういう意味ではベスト盤的な捉え方もできるだろうし、ハイレゾで彼らの音世界に入っていく入門編としても悪くないかもしれない。アコーディオンの響きが、ふたりのコントラバスの重厚な低音によってよりいっそう艶っぽさを増していて素晴らしい。これを聴きながら新作のハイレゾ、待っています!

カルテット・アロドが一体となって描き出す、ハーモニーの迫力が半端ない
文/長谷川教通



 カルテット・アロドの最新録音第3弾はシューベルト。弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」「四重奏断章」に弦楽四重奏曲第4番というラインナップだ。いま勢いに乗る彼らがたんなる名曲の好演奏でした……で終わるはずもない。強烈なメッセージをプログラムや演奏に詰め込むのは、2017年秋にリリースされた『メンデルスゾーン』で猛烈な勢いで弾ききったメンデルゾーン、そして1年前の『マティルデ・アルバム~ヴェーベルン、シェーンベルク、ツェムリンスキー:弦楽四重奏作品集』のプログラミングでも実証済み。ツェムリンスキーの妹マチルデをテーマにしたアルバムだった。シェーンベルクの妻となったマチルデが画家のリヒャルト・ゲルストルと駆け落ちしてしまう。この出来事はゲルストルの自殺という悲劇的な結末を迎えたわけだが、そうした心情を弦楽四重奏曲に反映させたシェーンベルクの作品に、ウェーベルンの名作「弦楽四重奏のための〈緩徐楽章〉」とツェムリンスキーの作品を加えたことで、アルバムをドラマティックに展開させた。
 そしてシューベルト。もう出だしの和音から“これぞハイレゾ”と言わんばかりの壮絶な音! 192kHz/24bitの威力を徹底的に追求したような録音だ。弦楽器4本が一体となったエッジの鋭さはカルテット・アロドの真骨頂だ。終楽章のプレストでの推進力は、師匠であるエベーヌ四重奏団にも匹敵すると思わせる。ところが第2楽章の変奏で聴かせる若々しさと清々しさをともなったロマン的な演奏がとてもいいのだ。この楽章では変奏ごとにトラックわけされていて、シューベルトの“歌”をどんな感情を込めて弾いているのかを確かめることができるのも愉しい。「四重奏断章」は切れ味の鋭さとスピード感に淡い抒情を織り込んだ表現で、これは名演。2020年7月スイス、ラ・ショー・ド・フォンの収録だが、ヴァイオリンの鋭い高域にざらつきやひずみ感がまったくない。多くの録音ではフォルテシモでキーンと金属音が入り込んだりするが、これは驚異的だ。アンサンブルが一体となって描き出すハーモニーの迫力がまさに半端ない。それなのに各楽器の定位も動きも明瞭にとらえられている。演奏の精度の高さをみごとに収録した最高水準の録音と言えそうだ。



 アドヴェンチャー&スペクタクル&ファンタジック……3拍子揃ったハリウッド映画音楽界の大御所ジョン・ウィリアムズがウィーン・フィルに指揮デビューしたのだから、クラシック音楽ファンからは、あのムジークフェラインに『スター・ウォーズ』の音楽が流れるの? ええっ『イーストウィックの魔女たち』ではアンネ=ゾフィー・ムターがヴァイオリン・ソロを弾くの? まさに歴史的事件として話題沸騰。そう思っていたら、2021年10月にはベルリン・フィルへの指揮デビューというのだから、彼の音楽がいかに人々の心をとらえ、親しまれているかがわかろうというもの。2022年2月8日はジョン・ウィリアムズ90歳の誕生日。いやー、すごい作曲家だ。
 この二つのアルバム。映画音楽ファンは言うまでもなく、オーディオ・ファンにとっても最高に愉しめる音源だ。ウィーン・フィルとベルリン・フィルというすばらしいオケの競演で、しかも指揮は作曲者でもあるジョン・ウィリアムズ。はたしてオケの違い、ホールの違いが聴き取れるだろうか。ウィーンの馥郁とした響きが溶け合って華やかに奏でられるサウンドの魅力。ベルリンのスカーッと抜けの良いブラスの鳴りや、圧倒的な音圧感、スマートでシャープなアンサンブル。こんな比較がハイレゾでできるなんて贅沢だなーと嬉しくなる。どちらのアルバムでも演奏されている『未知との遭遇』の音楽がわかりやすいかもしれない。冒頭の静かな前奏からガツンと強烈なアタックが入る。「へーっ、こんなに違うものなの」と気がつくに違いない。ベルリンのホールは音の飛びが良いことで知られるが、オケの鳴りがパーッと音場に飛び出していく。こういう音離れの良さではベルリンだろう。一方のウィーンではオケの鳴りが聴き手に向かって飛んでくるのではなく、聴き手の周りを巻き込むようなイメージ。それにしても、あの映画で使われた有名な音階が聴こえると、ラストのキラキラとまばゆいばかりのシーンが目の前に浮かんでくるし、『スター・ウォーズ』も『レイダース』も、なんてすばらしい音楽なんだろうか。


 いま注目の若手指揮者、サントゥ=マティアス・ロウヴァリのアルバムだ。2012年には東響を振っているし、2017年にはタンペレ・フィルを率いて来日しているから、もっと日本での知名度が上がってもいいのではないだろうか。最近ではニューヨーク・フィルやベルリン・フィルにも呼ばれるほど注目度がアップしている。1985年フィンランドのラハティ出身。父はクラリネット奏者、母がヴァイオリン奏者で、ともにラハティ響の楽団員という音楽一家だ。ラハティ音楽院、シベリウス・アカデミーで打楽器と指揮を学び、2009年にフィンランド放送響を振ってプロ・デビュー。エーテボリ響では首席指揮者や芸術監督をつとめ、トレードマークのライオンのような髪型と細身の身体で颯爽と指揮する姿はインターネット配信で広く知られるようになり、2021~2022年のシーズンからはフィルハーモニア管の首席指揮者に就任。エサ=ペッカ・サロネンの後任として指名されたのだから、オケ側の期待の高さがわかろうというものだ。エーテボリ響との契約も2025年まで延長されたはずだから、掛け持ちということだろうか。まさに引っ張りだこ状態!
 さてフィルハーモニア管を指揮した第1弾。チャイコフスキー。名曲中の名曲『白鳥の湖』をSignum Recordsに録音した。2019年11月ロイヤル・フェスティヴァル・ホールでのライヴ収録だ。とてもリズミカルで、テンポも軽快。バレエ音楽におけるストーリー性や情感にとらわれすぎることなく、むしろ曲の持つ躍動感やダイナミズムをストレートに表現した表現で、オーケストラを思い切り鳴らし、オケの自主性を巧みに引き出したアクティヴなサウンドが聴き手に高揚感を与える。管楽器のソロを際立たせるなど、なかなか聞かせどころをおさえた指揮ぶり。さすがに打楽器を学んだだけあって、リズムの刻み方が明快。どこか同じ打楽器奏者でもあったサイモン・ラトルにも通じるものがある。間違いなくヨーロッパの音楽界を背負って立つ指揮者になると思う。

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