7年ぶりのバンド編成でジャパン・ツアーを行なっている
BECK。日本公演2日目となった5月29日東京・NHKホール公演のライヴ・レポートと写真が到着。セットリストもプレイリストとして公開されています。
また、東京公演は全世界にライヴ配信も行なわれ、この模様は2025年6月5日(木)23:59まで見逃し配信で見ることができます。
なお、BECKは6月1日(日)に今回の日本ツアーとしては最終公演となるASIAN KUNG-FU GENERATION主催のロックフェスティバル〈NANO-MUGEN FES.2025〉に出演することも決定しています。
[ライヴレポート] ベックが約1年ぶりの来日公演を行った。単に2年連続で来日したということではない。昨年はレアなソロ・アコースティック・ライブで、対する今年は単独来日としては7年ぶりのフル・バンド・セットと、彼のパフォーマンスの両極を立て続けに体験できたことがポイントであり、私たち日本のファンは本当にラッキーだったと思う。
今回の東阪単独ツアーは「NANO-MUGEN FES 2025」(ベックは6月1日に登場)への出演に合わせて組まれたもので、ベックは早々に来日し(既に2週間近く滞在しているとか)、東京や大阪で観光を楽しんでいたようだ。
コロナのパンデミック以降、「とにかく早く日本に来たかった」と昨年のステージで言っていたように、彼の日本と日本のファンへの愛によって実現したのが、ベックの2年連続公演なのだ。
驚くほど軽快に始まったオープナーの「Devils Haircut」の段階で、ベックのフル・バンド・セットの醍醐味は早くも明らかになる。「Mixed Bizness」、「The New Pollution」と『Odelay』、『Midnite Vultures』期のファンキーなナンバーを畳み掛ける展開に、NHKホールの1階は既に総立ち状態だ。電飾ネオンの漢字やカタカナが踊る冒頭から、次々とカラフル&ポップな映像を映し出す巨大スクリーンまで含めて、随所にエンターテイメントとして「見せる/魅せる」ステージが意識されていたのは、今回の公演が配信されていたことも理由として大きいだろう。
『Odelay』、『Midnite Vultures』と並んで今回のセットで存在感を示していたのが、『Guero』と『Colors』のナンバーだった。前者(「Girl」や「Qué Onda Guero」)はヒップホップ、サンプリングのソリッドなビートメイクが際立っていて、後者(「Wow」や「Dreams」)はシンセポップの浮遊感たっぷりのリキッドなメロディが際立っていた。この硬軟自在ぶりこそがベックの真骨頂であり、どこまでも折衷的でポストモダンな音楽の天才ぶりが遺憾なく発揮されている。
ちなみにギターのジェイソン・フォークナー、キーボードのロジャー・ジョセフ・マニングJr.の元ジェリーフィッシュ組は、近年のライブには欠かせない盟友的存在。ベック流クロスオーバーを阿吽の呼吸で乗りこなせる彼らの貢献なくして、この日のステージはここまでユニークで楽しいものにはならなかったはずだ。
ベックは音楽の天才であると同時に、華麗なステップやマイケル・ジャクソンばりのジャケット捌きを披露する、一流のパフォーマーでもある。昨年のソロ・アコースティックではスタンドマイクで歌うか、DIYで忙しなく動き回るかで踊っている暇はなかったので、久々に彼のエンターテイナーぶりを目の当たりにして嬉しくなってしまった往年のファンも多いだろう。
蕩けるようなファルセットボイスで「Debra」を演じるように歌うあたりにはプリンスやプレスリーも憑依していて、つくづくこの人は“ロック・スター”を自覚的にブリコラージュしているロック・スターなのだった。
懐かしの「Beercan」以降の中盤は、前半のアッパーからチルへと徐々にモードが移り変わっていく。そして、その中核を成すのはもちろん『Sea Change』のナンバーだ。岩山に夕陽が沈んでいく映像をバックにした「The Golden Age」から、星の瞬く夜空で歌われる「Lost Cause」へ、そしてスペーシーな音響に恍惚とさせられる「Paper Tiger」へ、昼から夜へ、地上から空へと立体的に展開していく演出が見事だ。
『Sea Change』は昨年のソロ・アコースティック・ライブの中核を成していた作品であり、そこではベックのソングライティングの核を示すようなシンプルなプレイだった。翻って今回の『Sea Change』曲は、アコースティックなのに何故かハイファイで、生成りのフォーク&カントリーが気づいた時には宇宙の彼方で鳴っているような飛躍に、ベックのサウンドメイキングの革新性の極みが刻まれたプレイだった。どちらも意義深いパフォーマンスであり、『Sea Change』は改めてライブで化けるアルバムだと思った。ちなみに「The Golden Age」は「昔、時差ボケで寝られなかった時に渋谷で書いた曲」だそうで、そんな曲を渋谷のNHKホールで日本のファンと分かち合えたベックはとても嬉しそうだった。
そんな『She Change』の贅沢なトリップを終えての後半は、ベックが自身のルーツへと立ち返っていくようなセクションになったと言えるんじゃないだろうか。特に象徴的だったのが「Loser」のイントロで、最近のライブでは同曲をアコギのインプロで始めるのが常になっている。ステージの階段に腰掛けたベックが弾くスライドを多用した渋いブルース・ギターはまさに彼の原点であり、あまりにも有名なあのギター・リフがそこに割って入った瞬間、「ベック・ハンセン」が「ベック」に一瞬で変化したのを感じて鳥肌が立ってしまった。「Loser」はNHKホールを揺るがす大合唱になり、「E-Pro」の圧倒的なヘヴィネスと合わせて間違いなくこの日のハイライトだった。
そしてオーラスは、昨年のアコースティック・ソロと同じく「One Foot in the Grave」だった。ハーモニカ一本で歌いきる同曲もまたベック・ハンセンの原点であり、ベックらしさが120%全開になったカラフルでエクレクティックな集大成的セットがかくもシンプルな帰結を迎えたのは、今後の彼のキャリアを考える上でワクワクさせられることでもあった。
ベックはここ数年でバンド・セット、ソロ・セット、オーケストラ・セットetc.と様々なライブフォーマットを試してきたわけだが、それは自身の既存曲の解釈、再定義と向き合う経験になったはずだ。現時点での最新アルバム『Hyperspace』から既に6年が経とうとしている今、だからこそ彼に期待されるアクションはもちろん新たな創作であり、「One Foot in the Grave」のエンディングは、ベックが再び真っ白な巨大キャンバスと向き合う決意を感じさせるものだったからだ。
「See You Next Year」と言い残してステージを去ったベック。新たなベックとの新たな出会いを、その言葉を信じて待ちたい。


文:粉川しの
Photo by Teppei Kishida