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香港の大スター、レスリー・チャンが死去。

レスリー・チャン   2003/04/02掲載(Last Update:08/03/31 17:57)
 2003年、4月1日、レスリー・チャンが逝った。香港のセントラルホテルから転落して死亡。現地のテレビ局によると、遺書も残されているとのことで、自殺と見られている。

 レスリー・チャン(張国榮)1956年9月12日生まれ。父は紡績工場の経営者で10人姉弟の末っ子として生まれた。高校を卒業後イギリスに留学。帰国して受けた歌謡コンテストで準優勝したことをきっかけに歌手の道を進む。映画デビューは78年、『紅樓春上春』。84年、吉川晃司のカヴァー曲「モニカ」での大ヒット(写真はベスト・アルバム)。その後は俳優としても『男たちの挽歌』など、出演したヒット作は周知のとおり。80年に俳優業を休止してカナダに移住するが、その後復帰。93年の『さらば、わが愛/覇王別姫』は国際的に高い評価を受け香港を代表する国際スターとして決定的な人気を得た。97年に、日本でもコンサートを開いている。

 ジョン・ウー監督の出世作となった『男たちの挽歌』で見せた初々しさ、世界中から絶賛された『さらば、わが愛/覇王別姫』(チェン・カイコー監督作品)でのナイーヴで儚い美しさ、そして日本でもアジア映画大ブームのきっかけとなり、結果的にアジア映画の市場を日本に定着させた感もある、『ブエノスアイレス』『欲望の翼』など、ウォン・カーワイ監督一連の作品における、内に情熱を秘めた静かな存在感・・・・・・。彼を思い出すと、どの作品にも“死”を連想させるような、寂しい“美しさ”が感じられ、悲報を聞いた時は、悲しみと共に、不謹慎は承知で、不思議に納得できた。レスリー・チャンは人間の生を超越したような怪しい美しさに魅力があったからだ。ジャッキー・チェンやブルース・リーでは無く、こうした静なる“アジア”が世界で認められるきっかけを作った功績は、計り知れないものがあるのでは無かろうか? 近年では『恋戦-OKINAWA-rendez-vous』(2000年)や『カルマ』(2002年)など、コメディや本格サイコ・ホラーにも挑戦し、役者として大きく幅を広げていた時期だけに、その死が悔やまれる。謹んで冥福をお祈りします。
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