[注目タイトル Pick Up] セリーヌ・モワネのオーボエを聴いてほしい / ンドゥドゥゾ・マカティーニと南アフリカの音楽家による新世代のスピリチュアル・ジャズ
掲載日:2022年7月26日
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注目タイトル Pick Up
セリーヌ・モワネのオーボエを聴いてほしい
文/長谷川教通



 ぜひ、このオーボエを聴いてほしい。e-onkyo musicではBerlin Classicsレーベルの3タイトルが配信されている。2017年に録音したシューマンのロマンスにバッハのコンチェルト、さらにフランス近代の作品を収録した『Lumière』だ。それぞれ時代も性格も異なるプログラムなのだが、どれを聴いても「作品の様式がどうの、時代背景や演奏スタイルがどうの」などといった理屈はすっかり忘れ、とにかくセリーヌ・モワネの奏でる音色に魅せられてしまうのだ。一音一音は明瞭でクッキリしているのに、音のつながりがすこぶるスムーズ。もちろんレガート奏法だという意味ではない。バッハのアレグロ楽章のなんと軽やかなこと。装飾音もさらりとこなしてしまう。まるで羽が風に舞うかのように自然でやわらかな曲線を描いていく。循環呼吸法を巧みに操っているのかもしれない。息のコントロールが絶妙で、そこから多彩なニュアンスが生み出されるのだ。バッハのアダージョ楽章やシューマンのロマンスでも、息の長い旋律を大きく弧を描くように吹いていく。ロングトーンもけっして単調な音色感ではなく、デリケートな音量の強弱と多彩な表情の変化が加わる。その音色のまろやかで艶やかなことといったら……。さらにいくぶん陰りのある響きまで使い分けるのだから、聴き込んでいくうちにどんどん惹き込まれてしまう。最新のアルバム『Lumière』ではプーランクのソナタなどフランス近代の作品を取り上げているが、モワネならではのセンスの良さや香り高い雰囲気が漂いだす。でも、それは彼女がフランス出身でパリ高等音楽院で学んだから……それだけではけっしてない。モワネは20歳の頃、アバド率いるグスタフ・マーラー・ユーゲント管弦楽団で活躍し、わずか23歳でドレスデン・シュターツカペレのソロ・オーボエ奏者に任命され、いまやドイツを中心にヨーロッパ各地のオーケストラから引っ張りだこ。たしかに使用楽器はパリのマリゴだけれど、彼女の創り出す音色には出身地や楽器や奏法といった要素を超えた独自の世界があって、それこそがモワネの感性であり才能であり、そして何より努力なのだと思う。それがドレスデンのオケにも新風を吹き込んでいるだろう。ラヴェルの「クープランの墓」はフローリアン・ウーリヒとのデュオ。オーボエの一瞬の息づかいをも逃さないピアノとの掛け合いが聴きもの。ドビュッシーの「ラプソディ」では、オーボエより5度低いコールアングレの音色も聴ける。録音も優れているので、オーディオ・ファンならモワネの音色をどう表現するか、トライしてほしい。


 2020年はベートーヴェンの生誕250周年ということで、メモリアルイヤーを記念して数多くの大型プロジェクトが企画・制作されたが、それらの中でも注目される全集がいよいよハイレゾ配信された。それも192kHz/24bitというのだから音楽ファンなら聴き逃がすことはできないだろう。ヤニック・ネゼ=セガン指揮するヨーロッパ室内管弦楽団による2021年、バーデン=バーデンの祝祭歌劇場での収録だ。7月2日から10日にかけて集中的に収録されたようだ。ヨーロッパ室内管といえばクラウディオ・アバドが手塩にかけて育てたことで知られている。その後はニコラウス・アーノンクールの薫陶を受け、現在はネゼ=セガンと密接な関係を築いている。いまやモダン奏法はもちろん、ピリオド奏法にも対応するオールラウンドな名人集団に成長しているのだ。ネゼ=セガンがベートーヴェンの交響曲全集の録音でヨーロッパ室内管と組むのは必然だと言えそうだ。50~60人ほどの編成であれば、ハーモニーの見通しも明瞭で、俊敏なアンサンブルも可能になる。ネゼ=セガンの狙いもそこにある。多くの音楽ファンが、初めて聴くような鮮度とエネルギッシュなベートーヴェンを届けたいのだ。第5番の冒頭から「うぁー、すごい!」と驚きの連続。例の“ダダダダーン”もフェルマータなしでいっきに畳みかけてくる。その勢いに圧倒されてしまう。そうだ、ネゼ=セガンは重厚さとか深遠さといったイメージを剥ぎ取り、ベートーヴェンの音楽の底流にあるエネルギーと煌めきを引き出すことに精力を注いでいるのだ。テンポは速めに設定し、拍を強調して音楽に推進力を与える。フルトヴェングラーやワルターの演奏に親しみを抱く音楽ファンには、この“いかにも現代的な演奏”がどう映るだろうか。第8番の有名な第2楽章と続く第3楽章を聴いてみれば、単調なリズムからうねるような動きを引き出し、繰り返しにも変化とコントラストを与え、独特なビート感を生み出していることに感心するのではないだろうか。旧弊から解き放たれたような開放感と輝きのある第9番。今回の録音ではコントラファゴットの入った新版で演奏されている。終楽章で、バリトンの「フロイデ」から合唱が盛り上がった後の沈黙、それから静かに続く木管……たしかにコントラファゴットの音色が聴きとれる。録音は指揮者の意図であるだろうが、各声部の動きを克明にとらえたもので、きわめて明晰な演奏とサウンドに仕上がっている。


 アルバム・タイトルの『Pardessus de viole(パルドゥシュ・ドゥ・ヴィオール)』って? おそらく初めての人も多いのではないだろうか。“ヴィオール”というのだから、フランスで好まれた楽器なのだろうと予想はつく。そこでちょっと調べてみると、ヴィオール属でいちばん音域が高く、17世紀末から18世紀後半にフランスの貴族たちの間で人気のあった楽器らしい。もともと“ヴィオールの国”とも言われたほどその妙なる響きを好んだフランスで、イタリアのヴァイオリンに負けるわけにはいかないと作り出された高音楽器。それがパルドゥシュ・ドゥ・ヴィオールなのだ。現代では、高音域の弦楽器と言えばヴァイオリン。音量や輝かしい音色の陰で“幻の楽器”となってしまった。でも、当時製作された楽器はかなり現存していて、これを復活させようという演奏家や楽器職人もいて、徐々に拡がりを見せている。復活のために必須なのが、この楽器の実力や魅力を発信してくれる名人の存在。このアルバムはバロック・チェロやヴィオラ・ダ・ガンバ奏者としても活躍するメリザンド・コリヴォーによる録音で、収録されているのはいずれもパルドゥシュ・ドゥ・ヴィオールのために書かれた作品。当時フランスで活躍していた作曲家たち(バリエール、ボワモルティエ、ケ=デルヴロワ、ドレ)によるもので、ほとんどが未出版で、もちろん初録音という貴重さ。しかも192kHz/24bitなのでオーディオ・ファンにとっても嬉しい音源といえる。高音域の倍音がタップリと含まれた妙音は、音域が似ていても響きはやはり違う。これがフランスの貴婦人たちが好んだ響き。わずかに儚さをも感じさせる典雅な音色をどこまで再生できるだろうか。高音域だけではなく、中音域に含まれる倍音成分をどこまで精細に再現できるか。そのことによって楽器から発せられる音波に空間に漂う反射音が重なり合って作り出される響きが味わい深いものになるからだ。再現される音像のリアリティや存在感、楽器を包み込む空気感が違ってくる。こういう愉しさこそが、ハイレゾ再生に与えられた愉悦なのだ。

ンドゥドゥゾ・マカティーニと南アフリカの音楽家による新世代のスピリチュアル・ジャズ
文/國枝志郎

 サウス・ロンドンのジャズ・シーンが注目されてひさしいが、中でもサックス奏者、シャバカ・ハッチングスはその中でも最重要人物であることは間違いないだろう。彼は2022年5月にShabaka名義で初の(!)ソロEP『Afrikan Culture』をインパルス・レーベルからリリースしたが、それ以前に3つのユニットでそのジャズ・スピリットを敷衍してきた。2011年にスタートさせたSons of Kemet(サンズ・オブ・ケメット)、2016年から活動を開始したThe Comet Is Coming(ザ・コメット・イズ・カミング)とShabaka And The Ancestors(シャバカ・アンド・ジ・アンセスターズ)がそれである。この3つのユニットの現時点(2022年7月)での最新作はそれぞれ『Black To The Future』(2021年)、『Trust In The Lifeforce Of The Deep Mystery』(2019年)、『We Are Sent Here By History』(2020年)。いずれもジャズの名門インパルスからのリリースであり、またすべてハイレゾ(96kHz/24bit)での配信も行なわれている。
 前置きが長くなったが、今回紹介したいのはシャバカ本人ではなく、ジ・アンセスターズのピアニスト、Nduduzo Makhathini(ンドゥドゥゾ・マカティーニ)のソロ・アルバム『In The Spirit Of Ntu』だ。
 南アフリカにルーツを持つジ・アンセスターズのメンバーはそれぞれソロ活動を行なっているが、中でもピアノ / キーボード奏者のマカティーニは早くからソロ活動を開始しており、2020年に名門ブルーノート・レコードと契約してアルバム『Modes Of Communication: Letters From The Underworlds』(こちらも48kHz/24bitハイレゾ配信あり)をリリース、高い評価を得た。
 そして今回、奇しくもシャバカのソロ(ハイレゾあり)と時を同じくしてリリースされたのがマカティーニの通算10作目となる本作である。ベースのスティーヴン・デ・スーザ、サックスのリンダ・シッカハネ、トランペットのロビン・ファーシー、ヴィブラフォンのディラン・タビシャー、パーカッションのゴンツェ・マケネ、ドラムスのデイン・パリスなど、現在の南アフリカの有望な若手ミュージシャンを起用し、欧米のジャズのアーカイヴを参照しながらも、祝祭的で時にシャーマニックな新世代のスピリチュアル・ジャズを展開する。この夏、深く聴き込みたい一枚。


 この印象的なジャケットは忘れられない。1987年にコロンビアからリリースされたテレンス・トレント・ダービーのデビュー・アルバムである。アルバム・タイトルは『Introducing The Hardline According To Terence Trent D'Arby』。あまりにも長いので、当時の日本盤のタイトルはきわめて短い、シンプルな『TTD』とされていたことを思い出した。その日本盤CDが今、僕の手許にある。日本盤独自の帯のキャッチコピーの文句は、こうだ。
「不敵な奴―TTD 髪の先から爪先まで眩暈がするほどカッコいい。歴代のスーパースターを脅かす凄い奴が現れた。強靭な意志としなやかな四股を持つ天才シンガーが、今、時代を変える!」
 帯のジャンル表記は「ROCK’N SOUL / CONTEMPORARY」。ロックンソウルという呼び名には当時の日本盤担当者の思いが込められているのだろうが、実際その音楽はロック、ファンク、R&B、ゴスペルなどがミックスされた、しかしどれでもないような新しい衝撃を与えてくれるアルバムだった。アメリカはニューヨーク生まれながらアメリカを嫌い、イギリスでデビューしたという逸話も話題になり、チャート初登場1位を獲得。TTDは一躍時代の寵児となったのである。このアルバムがグラミー賞、ブリット・アワードと英米の音楽賞に輝いたのも当然の結果と言えるだろう。
 そんなTTDだが、1995年に4枚目のアルバム『Vibrator』をリリース後コロンビアを離れ、その後“夢のお告げ”によってサナンダ・マイトレイヤに改名する。以後はイタリアに住み、自身のレーベルを設立してサナンダ・マイトレイヤ名義での活動を現在も継続中である。コロンビア時代ほどのワールドワイドなヒットこそないものの、その音楽は今もなお、進化し続けているのだ。
 デビュー作である本作は、先にも書いたようにもともとテレンス・トレント・ダービー名義で制作されたもので、ジャケットにもアーティスト名がクレジットがされていた。2008年にSony BMGがリイシューした際もジャケットは当時の表記のまま、つまりTerence Trent D'Arbyという文字がジャケットに表記されていたのだが、初のハイレゾ・リマスター(44.1kHz/24bit)となった今回の配信版のジャケットではTTDの名前がなくなっていることが確認できる。つまり、このアルバムは今やTTDのではなく、サナンダ・マイトレイヤのデビュー・アルバムになったのだ。古い聴き手にとってはちょっと違和感が残らなくもないけれど、大ヒットした「If You Let Me Stay」や「Wishing Well」をハリのある音質で聴けるのはやはりありがたい。


 1992年結成だからすでに30年もの歴史を誇る日本のインスト・レゲエ・ユニット、LITTLE TEMPOが2011年の『Sun Bride(太陽の花嫁)』以来なんと11年ぶりのニュー・アルバムを、彼らにとって初のハイレゾ(48kHz/24bit)でリリース! 梅雨があっという間に終わって灼熱の夏本番となったこの時期に最高のサウンドトラックと言える至高の一枚の登場だ。
 デビュー以来ほぼ不動のメンバーは土生“TICO”剛(スティールパン) / Seiji Bigbird(b) / HAKASE(key) / 春野高広(sax) / 田村玄一 (スティールパン、ペダルスティール) / 小池龍平(g) / 大石幸司(ds) / 田鹿健太(perc) / 内田直之(エンジニア)。この鉄壁のメンバーで国内 / 海外問わず、フェスティバルやライヴハウスでの公演を数多くこなしつつ、レコーディングにもコンスタントに取り組み、1997年のファースト・アルバム『The Way Back Home』以降、順調にリリースしてきた彼らだが、2008年に自主レーベル、Sunshine Recordsを設立してからは少し間隔が空いたものの、今回のように11年もかかったというのは初めてのこと。『太陽の花嫁』の後にベスト・アルバムが2012年にリリースされたものの、その後はシングルのリリースすらなかったので、ファンの渇望は相当なものだったはず。しかし待たせただけあって、11年ぶり、13枚目のアルバム『LOVE MAX』はリゾート気分満点、ウォームなメロディ満載のポジティヴィティあふれるアルバムとなった。
 スティールパン奏者としても活動するBuffalo Daughterの大野由美子をゲストに迎えた「Starlight Serenade」はアルバムの白眉。アルバムのオープニングトラック「Summer Saudade」とカップリングの7インチ・シングルもカットされるそうで、うーむ、ハイレゾはもちろん最高だけどこれも欲しいな……となってしまうこと必至。もちろんこれだけじゃなく、アルバム全体がとてつもなく愛にあふれたタイトルどおりのリゾート・サウンドになっているのでこの夏、まずはこの一枚をぜひハイレゾであなたのハードディスクに。

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