[こちらハイレゾ商會]第106回 ああ、面白かったと聴き終えた吉田拓郎のハイレゾ
掲載日:2022年8月9日
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第106回 ああ、面白かったと聴き終えた吉田拓郎のハイレゾ
絵と文 / 牧野良幸
吉田拓郎が今年(2022年)いっぱいで第一線を退くという。10年ぶりのスタジオ・アルバム『ah-面白かった』がリリースされただけに寂しい。思えば僕やその前後の世代に、吉田拓郎ほど影響を及ぼした日本人アーティストはいなかった。
そこで今回は吉田拓郎の思い出なども語りながら、『ah-面白かった』のハイレゾを聴こうと思う。ハイレゾはflac(48kHz/24bit)とWAV(48kHz/24bit)が配信されている。
吉田拓郎は1970年にエレックレコードからデビュー。イギリスでビートルズが解散し、日本では大阪万国博覧会があった年だ。デビュー曲は「イメージの詩」。翌71年の「青春の詩」はラジオの深夜放送でよく耳にしたと思う。“あー、それが青春”というフレーズは中学生の間でも流行った記憶がある。
しかし吉田拓郎が有名になったのは1972年、CBS・ソニーに移籍してのシングル「結婚しようよ」だ。おそらくほとんどの人がこの曲で吉田拓郎を知ったと思う。
60年代のGSブームが終わり、フォーク・ブームが始まりつつあった。赤い鳥の「忘れていた朝」(兄貴のレコード)はいい曲だと思ったし、学校でも校内合唱大会で「戦争を知らない子供たち」が歌われたりして、なんとなくフォークもいいなと思っていた。でも当時の洋楽のヒット曲、ミッシェル・ポルナレフの「シェリーに口づけ」やシカゴの「クエスチョンズ67/68」にくらべればフォークは地味だった。
そんな中で「結婚しようよ」は洋楽と同じ土俵に彗星のように登場した。洋楽の最大手CBS・ソニーからレコードを出した日本人ということでもまぶしかった。シングルの「結婚しようよ」やLP『元気です。』は自分では買わなかったもののジャケットの手触りは覚えている。兄貴が買ったのかもしれない。級友のレコードだったかもしれない。誰が持っていてもおかしくないレコードだった。
『ah-面白かった』の1曲目「ショルダーバッグの秘密」を聴くと、「結婚しようよ」の頃と全く変わらない、あいかわらずの“拓郎節”である。もっともこれまでの吉田拓郎のアルバムはどれも“拓郎節”だったのだが、本作の発表時点で76歳という高齢を考えると、ヴォーカルの若々しさに言葉もない。いまだに少年のような心が宿り、歌詞はストレートに胸を打つ。
昔の話をまた書くと、吉田拓郎の登場は日本中の若者に影響を与えたと思うが、僕のような地方の中学生たちの日常も変えた。級友たちが突然ギターを弾き始めた。僕もギターに手を出したけれどFのコードはおろか「禁じられた遊び」さえ弾き通すことができず挫折した。
自分がギターを弾けないから言うわけではないが、吉田拓郎はフォーク的な曲も好きだがロック的な曲も好きだった。1974年、兄貴が買ってきた『今はまだ人生を語らず』(現在は『今はまだ人生を語らず-1』)は僕にとって吉田拓郎の第二ラウンドとも言えるレコードだ。フォークというよりポップでキャッチーなバンド・サウンドに惹かれた。当時起きたニューミュージックとは一線を画す。“拓郎節”があるように“拓郎サウンド”というものがあると思う。
『ah-面白かった』もバンド演奏での聴きどころが多い。ラテン風の「君のdestination」、ディスコ風(?)の「アウトロ」など、どれもカッコイイ。ハイレゾの音はエッジよりも中身を豊かに再生している感じ。エネルギーが詰まった音だからガッツリとした演奏が聴ける。そこに吉田拓郎のヴォーカルがくっきりと浮かぶ。字余りの歌い方さえクッキリと伝わる。
アルバムには他にも吉田拓郎ファンに突き刺さる曲が並ぶ。「雨の中で歌った」は現代の吉田拓郎の歌だが、昔の吉田拓郎が歌ってもおかしくないような曲だ。「雪さよなら」はファースト・アルバムに収録されていた「雪」のセルフ・カヴァーで小田和正がバックコーラスで参加している。メロディを聴けば誰もが知っている名曲だが、オリジナル以上の哀愁で聴ける。
最後はアルバム・タイトルとなった「ah-面白かった」で終わる。全9曲。昨今のアルバムとしてはかなり少ない収録曲だ。ああ、もう終わり、と思うくらい時間がたつのが早い。36分弱で聴き終えた。これなら中学生の時のように何度でも聴ける。実際、この文章を書いている間何度も聴いた。そして聴くたびに、ああ、面白かったと感じた。
吉田拓郎がこれで第一線を退くというのはいかにも惜しい。幸いハイレゾ配信では『元気です。』をはじめとするCBS・ソニー時代のアルバムがハイレゾで配信されている。「結婚しようよ」が収録されたシングル集『よしだたくろうシングル・コレクション』もハイレゾである。いつか新作が聴けるまで『ah-面白かった』やそれらを聴いていよう。



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