現代ジャズ・シーンを鬼才ドラマーの
カッサ・オーバーオール(Kassa Overall)が、9月12日にリリースしたニュー・アルバム『
CREAM』を携え、日本デビューを果たしたブルーノート東京に凱旋中です。
ベンジ・アロンセ(コンガ、エレクトロニクス)、エミリオ・モデスト(サックス)、マット・ウォン(キーボード)、ジェレマイア・カラブ・エドワーズ(ベース)のメンバーとともに、10月8日、10月9日(木)、10月10日(金)と3日にわたり開催する公演のうち、初日10月8日のレポートが公開されました。
なお、10月9日(木)、10月10日(金)のチケットは販売中。詳細はブルーノート東京のホームページをご確認ください。
[ライヴ・レポート] これは先祖返りなのか、それともブラック・カルチャーによる啓示なのか。「音楽のタイムトラベル」を目指したというカッサ・オーバーオールの最新作『CREAM』は、ジャズの方面からヒップホップの名曲へとリーチし、一発録りによって偉大なる音楽的遺産をリブートした作品だ。そのダイナミックな航行が結実した今回の来日公演、舞台となったのはブルーノート東京である。
初日の2ndショー、20時半を過ぎた頃にバンドが入場してくる。バスケットボールシャツのカッサを筆頭に、スウェットやTシャツなど各々ラフな格好だ。ヒップホップを題材に選んだ『CREAM』のノリもあるのか、本邦におけるジャズの殿堂であろうとリラックスした面持ちでアルバム冒頭の「FREEDOM JAZZ DANCE」から始める。サックスのエミリオ・モデストが象徴的なフレーズを吹き、早速ソロに突入。隣に位置したベンジ・アロンセがコンガを交えて堅牢なループを作る傍らで、カッサは訛りを加えた独特なアクセントでドラムスを縦横無尽に叩いている。半世紀以上前に誕生したジャズ・スタンダードが、かくもしなやかに聞こえるとは。
続く「BIG POPPA」はノトーリアス・B.I.G.のレパートリー。リムショットを交えたカッサのプレイはボサノヴァを基調にしたものであり、その細やかなスティック捌きと時折見せるヨレたプレイからは、優れたラッパーのフロウを全身で浴びている感覚にも似た快感を覚える。4小節を前提としたループが根底に敷かれていることによって、リズムキープの役割からドラムが開放され、自由闊達なフレーズが導かれるのだ。何たる離れ業だろう。「BIG POPPA」自体がアイズレー・ブラザーズ「Between the Sheets」からのサンプリングであることも考慮すると、夥しいほどのメタデータがバンドに組み込まれていることがわかる。
アルバムの表題曲のような役割も果たしているウータン・クラン「C.R.E.A.M. (CASH RULES EVERYTHING AROUND ME)」のカバーではマット・ウォンによるグランド・ピアノの瑞々しい音色が際立つ。エミリオによる長尺のサックスソロは、カッサの豊富なボキャブラリーから繰り出されるフレーズとの相乗効果によって、遥か高みにまで到達。ここまでドラムソロは無いに等しいのだが、やはりその特殊なプレイに耳が向いてしまう。さらに本作の出発点にもなったというディガブル・プラネッツ「REBIRTH OF SLICK (COOL LIKE DAT)」はシン・サカイノのウォーキング・ベースがバンド全体を導くように展開。演奏の分岐点が多い分、インプロビゼーションの比重が大きく、終盤にはサルサを想起させるホットなビートにまで行き着いた。
カッサがマイクでメンバーを紹介すると、ライブ後半の入り口となる「NUTHIN BUT A “G” THANG」でしとやかに再開。スティックからブラシへと持ち替え、カッサが息を潜めるようにサックスとピアノの絡みを見つめる。原曲はドクター・ドレーによるGファンクのシンボル的なナンバーであり、スヌープ・ドックと共に扇状的なリリックを重ねる内容なのだが、カッサはそれをインティメイトに仕上げた。
そこから一転してタムを多用した打感の強烈なドラムソロで観客を存分に煽ると、雪崩れ込むように「CHECK THE RHIME」へ。各々のソロが終わると拍手が起き、キャッチーなフレーズが演奏されると皆が一様に首を縦に振る。まさに壮観だ。パーカッションとドラムの連なりからリズムのポケットを探り出し、ベンジがハンドクラップを煽るなど、バンドの体現するグルーヴが体系的に刻み込まれる瞬間もあった。
アルバム『CREAM』のトラックリストそのままに、スピリチュアル・ジャズを経由したアウトキャスト「SPOTTIEOTTIEDOPALISCIOUS」の再解釈から、ジュヴィナイル「BACK THAT AZZ UP」をこれまた長尺に発展させ、1時間以上にも及ぶショーが終幕した。『CREAM』のランニングタイムのおよそ倍近い時間をかけ、ジャズが長い歴史のうちに醸成してきたインプロビゼーション文化の粋を盛り込みつつ、カッサの特異なアイデアが最良の形で実現されたパフォーマンスであった。思えば華美なエレクトロニクスもなければ同期音源すらもない。プレイヤーの身体と楽器だけで、まだこんな新しいものが聞けるなんて! カッサ・オーバーオールが偉大なる音楽的遺産より持ち帰ってきた宝物は、遥かなる未来すらも照射している黄金の羅針盤だ。



text by 風間一慶
Photo by Tsuneo Koga