パティ・スミスとドイツ・ベルリンの現代音響芸術集団“サウンドウォーク・コレクティヴ”によるエキシビションとライヴ・パフォーマンスが日本初上陸。そのエキシビションが4月26日から6月29日(日)まで東京都現代美術館にて開催されています。
詩とロックを融合させた革新作『
ホーセス』(1975)で知られ、70年代ニューヨークのアート・カルチャーの伝説的アイコンとして50年以上にわたり創作活動を続けるアーティスト、パティ・スミス。そして、アーティストのステファン・クラスニアンスキーとプロデューサーのシモーヌ・メルリが率いるサウンドウォーク・コレクティヴは、アーティストやミュージシャンとの共同作業を通じて場所や状況に応じたサウンドプロジェクトに取り組んできており、
ジャン=リュック・ゴダールや
シャルロット・ゲンズブールらとの長期的なコラボレーションも実施。写真家のナン・ゴールディンを追ったドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』では劇伴を手がけ、同作は2022年のベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞しています。
今回、日本で発表されるのは彼らの最新プロジェクト「コレスポンデンス(CORRESPONDENCES)」。パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴによる10年以上におよぶ協働プロジェクトで、さまざまな地理や歴史、自然環境を横断する作品としてエキシビションとパフォーマンスの2形式で発表されます。これまで、ジョージア、コロンビア、ギリシャ、ブラジル、アメリカと世界を巡回してきました。
Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE. “コレスポンデンス=往復書簡”の作品たちは、パティとステファンが10年にわたり交わしてきた“対話”から生まれたもの。ステファンが、詩的な霊感や、歴史的な重要性をもつ土地を訪れフィールドレコーディングによって「音の記憶」を採集し、パティがその録音との親密な対話を重ねて詩を書き下ろし、さらにそのサウンドトラックに合わせてサウンドウォーク・コレクティヴが映像を編集。こうした“往復書簡”により、本展の根幹をなす8つの映像が生まれています。
これらの映像は、会場に合わせて構成されたオーディオヴィジュアル・インスタレーションとして展示され、展示空間全体をサウンドウォーク・コレクティヴのフィールドレコーディングとサウンドデザイン、パティ・スミスの声で包み込み、合計約2時間の没入型体験へ誘います。チェルノブイリ原発事故や森林火災、動物の大量絶滅といったテーマを探求するとともに、
アンドレイ・タルコフスキー、ジャン=リュック・ゴダール、
ピエル・パオロ・パゾリーニ、ピョートル・クロポトキンといった芸術家や革命家を参照しながら、人間と自然の関係やアーティストの役割、人間の本質について観るものに問いかける作品に。
Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE. ステファンとパティを招いた記者発表の場で語られたところによると、ステファンは「通常は映画を作ってからサウンドトラックを作りますけれど、私たちは音を作ってから、そこにイメージを出し、映像を作っています」と説明。また、パティは「私にとって、すべてのクリエイションは詩から始まります。今回は、音に対して、即興で詩(言葉であったり、ドローイングであったり)を書き、音から映像になる前のもう一つのステップとしています」と補足して語っていました。
また、本展ではサウンドウォーク・コレクティヴとパティ・スミスが、日本に滞在して制作された作品も展示されています。
広島の被爆樹木にインスピレーションを受けた作品をはじめ、福島第一原発からの汚染水について考えて作られたものなど、パティ曰く「日本の皆さんが環境問題を考えたときに、どんな歴史を背負ってらっしゃるのか、どんなことに苦しんできたのか、そしてこれからどんなことをやろうとしているのかに思いを寄せて作った」作品たち。これらの作品は、二人の大きなテーマであり、本展でも「チェルノブイリの子供たち」として展示されている、チェルノブイリ原発の問題の延長線上にあるもので、作品同士も“往復書簡”のように関係しあっているとのこと。加えて、パティが日本文学の中で敬愛するという、
太宰治にオマージュを捧げたドローイング作品や、先日その訃報が世界に衝撃を与えたローマ教皇フランシスコの死を悼みながら詩を綴ったという作品などもあり、日本で書き下ろされた作品群は大きな見どころとなっています。
Photo by Kei Murata, Courtesy of MODE. 世界を旅してきた2人が、10年の歳月をかけて、その土地の風景から生み出してきた表現で問いかける本展。
内田也哉子を進行役に迎えた、記者との質疑応答の場面にて、「英語では“Food for thoughts”と、考えるための食べ物になるという言い方がありますが、皆さんがそれぞれに自分なりに考える何かの糧になれば嬉しい」とステファンが語ったように、美術展示の枠を超えた意義深い体験となりそうです。
また、パティ・スミスは、滞中の
芥川龍之介と太宰治のお墓参りに行ったことや、「第二次大戦中に日本兵と応戦した父親が、原爆が落とされた時には自分も泣いたと語ったこともパティ自身の歴史の一部としてある」と明かしており、彼女と“日本との対話”も綴られた本展示に是非足を運んで頂きたいところです。
なお、パティは日本のロック・バンド“
dip”の2023年作『
HOLLOWGALLOW』がお気に入りで「アメリカで探したけれど見つからないから、日本のどこで売っているか教えてほしい」と記者団に問いかける場面も。京都・ロームシアターにて行なわれたライヴ・パフォーマンスが終わり、5月2日(金)、3日(土)に開催される東京・新国立劇場 オペラパレス公演も完売となってしまいましたが、パティと日本のロックとの“対話”にも期待がふくらみます。
Stephan Crasneanscki, Simone Merli) (Photo by Vanina Sorrenti)
Patti Smith (photo by Jesse Paris Smith